第3話
黒瀬 日和
通称『本物』
某アニメの台詞に『偽物が本物に敵わないなんて道理はない』という素敵な言葉がある。
確かにそれは真実かもしれないが、本物というのは本来の物の姿を指す。
であるなら、人間の本物とは何か。
一生を掛けても結論を出せない問いに、一人の少女が答えを見せた。
少女は齢5歳にして、あらゆる芸術家が唸るほどの賞をいくつも叩き出す。
10歳になった頃には世界トップレベルの大学を飛び級で合格する。
そして中学生で既に、現在存在するあらゆる競技でのプロとして一線級の舞台に立っている。
そして今、その容姿がこの世で最も美しいという結論が出されたわけだ。
もし完璧な人間を上げろと言われれば、100人中200人が彼女の名前を上げるだろう。
人間の究極ともいうべきその姿に、人々がその二つ名を与えたのは当然の結果だったのだろう。
そんな二次元から飛び出してきたかのような彼女だが
「ここは重要イベントね。セーブ機能さえ有れば、あなたを拷問し無理矢理事情を吐かせられるというのに」
「物騒なこと言うなよ!!」
彼女の頭自身もまた、ゲーム脳であった。
「まったく、それがこの退屈な世界で特殊な力に目覚めた最も幸せな男の反応?」
例えゲーム脳だろうと何だろうと、彼女が本物の天才であることに変わりはないのだ。
「……どうしてそのことを」
「私を誰だと思ってるの?何となく教室に行ったら、あなたが面白そうな会話をしてるから後を付けたのよ」
「待て。お前って俺と同じクラスだったのか?そもそもあの教室にいたのか?」
気付かなかった?
こんな目立つことが当たり前みたいな存在を見逃したというのか?
「余裕のない男程モテない生き物はいないわ」
「余裕があってもモテないから余裕がなくなるんだ」
「あら、それが本当ならごめんなさい。モテなかったことがないから分からなかったわ」
「そもそも男じゃねーだろお前」
「そうね。ついでに疑問に答えると、手違いで私が面白みのなさそうなクラスに入れられていたから、少し直談判してきたの。そしてどっかの冴えない男を驚かせようと教室に入ろうとしたら、面白い話をしてるじゃない」
「ナチュラルにクラス自由に変更できるのヤバすぎだろ」
いや、それが出来るからこそか。
「それで?どうやって気付いたか教えてくれるか?」
「しょうがないわね。過去回想形式で教えてあげる」
「それを現実で使う人間いるんだな」
◇◆◇◆
「あら、年甲斐もなく木登りをしてたら朝会に遅れたわ」
日和は学校の裏庭にある大きな木の上で困っていた。
『何やってんだこいつ。何?朝から木登りとかしてたの?』
「もしかしたら乙女ゲームみたいに白馬の王子様に会えるかもでしょ?」
『過去回想なのに俺に話かけるなや』
「それにしても困ったわ。まさか未来と別のクラスなんて」
『絶対困ってないだろ』
『そう?久々に焦ったのは事実なのよ?』
するとゾロゾロと人が流れ出てくる。
その中に日和は知り合いがいるのを見つけた。
「……辛気臭い顔ね」
そして日和は携帯を取り出す。
「もしもし」
「はい、どちら様でしょうか」
「黒瀬って頭でっかちの叔父様達に伝えて頂戴」
「く、黒瀬様!!しょ、少々お待ち下さい!!」
暫く携帯からは慌てる音が響いた。
『ここから先はプライベートだから詳しくは言えないわ』
『別にいいし聞きたくもない』
「いちいちこっちまで来いって、いつの時代よ。全く面倒ね」
かなり大きな建物から出てくる日和。
何があったのか詳細は語らないが、少なくとも日和のクラスが変わったことだけは確かだった。
「もうすぐお昼ね。サプライズとしては少し待たせ過ぎたわ」
日和は真っ直ぐ学校に向かった。
学校に入ると、四限目の最中のためか廊下に人の気配はなかった。
「どうやって驚かせようかしら。目の前で飛び降り自殺に見せかけるドッキリとかいいかしら?」
『……』
『あら、どうかした?』
『なんでもないが、不謹慎だからやめておけ』
「思いついたわ!!」
日和はバックを漁る。
中から多くの化粧道具と男用の制服、それに数多くの桂を取り出す。
『何してんの?』
『最近コスプレにハマってるのよ』
そして日和はトイレに駆け込み準備を始める。
目標は、日和の憧れる現実には絶対存在しない二次元オタク。
どれだけ近くから見ても白く好き通るような肌にそばかすを加え、長く綺麗な髪を畳みボサボサの髪を乗せる。
服にはシワが出来、前が見えないようなグルグルの模様が入った眼鏡をつける。
「完璧ね」
それは誰が見ようと正真正銘の二次元オタクであった。
そして昼休み
皆が教室から出始めた頃に日和は教室に侵入した。
予定通り、アホ面を浮かべている男の隣は空席だった。
日和はさりげなく隣に座る。
最初は演技をして正体を見せてやろうと考えていると
「なぁ」
「え」
日和は驚く。
目の前の男が自らの意思で他人に話しかけるなどと思っていなかったからだ。
「実は俺占いが出来てさ。少し二人を占ってもいい?」
「み、源君?急にどうしたの?」
「学校でナンパするなんていい度胸だな」
「何を言ってるのかしら?ナンパなんてこの拗らせ童◯が出来るはずないわ」
『失礼すぎん?』
『事実よ。恥ずかしいならそこらの犬とでも捨ててきなさい』
『うるせぇ生娘が』
『セクハラで死刑にするわよ』
『ごめんなさい』
「もしかしてだけど、二人は今から屋上に行こうとしてる?」
「!!!!」
「な、なんでそれを」
「……占いの能力?もしくはテレパシー?いや、前者はともかく後半はあり得ないわね」
日和はまず最初に超常的なものが原因だと疑う。
理由はそっちの方が面白そうだからである。
「じゃあこの後も俺の勘なんだけどさ、屋上行くのやめといた方がいいよ」
ピンポイントで屋上という言葉が出てきた。
明らかに上に何かある。
「ふ〜ん、面白そうなことになってるわね」
日和は考える。
天才的な頭脳を使い、目の前にいる男が本物の何かを使えるのかというバカみたいなことを必死に証明する。
だがそれは偶然にも真実であった。
「行ってみた方が早いわね」
ここで一旦区切るをつける。
天才は有能だが万能ではない。
1を聞いて10も20も知ることが可能だとしても、1がなければ凡人も超人も皆0である。
ここで得た情報だけでは、いくら考えたところで意味はないと判断したのだ。
それより今は伏線を張ろう。
ただの日常にすら、物語のよう奇想天外な出来事を起こす。
それが黒瀬日和という人間性であった。
「拙者にも占いして欲しいでござるわ」
「いやだから誰だよお前」
『これが伏線か?』
『ええ、気付かなかったでしょ?』
『ああ。しょうもなさ過ぎてな』
そして日和は結局正体を見せずに教室から出る。
「屋上に何かあるのは確実ね」
職員室に向かい、屋上に行く最後の鍵を盗み取る。
鍵が盗まれた件もあるけれど、日和の力なら赤子の手をひねるようなものだった。
「マヌケね。せめて赤外線くらい置いたら?」
『いや普通盗まんてそんなもん』
『なんの為に管理してるのかしら』
そして日和は自身と同じく、二つ目の鍵を盗んだ少年を見つけた。
『ふ〜ん、普通盗まないね〜』
『……例外はある』
そして真っ直ぐ日和は屋上に向かった。
道中すれ違う人間はいない。
屋上に行く人間など限られてる上に、意味のある場所だとも思えない。
だからこそ、日和は不思議に思う。
「先客がいたのかしら?」
こうして屋上に踏み入れた。
高度があるせいか、日和は少し肌を震わせた。
「至って普通ね」
特に何もない。
あれだけ屋上に行くなと言うのだから、死体やら宇宙人やらを想像していたが特に何もないようだ。
つまらないと感じると同時に、ある意味現実が見えてくる。
「へぇ」
一箇所
どうにも怪しい部分
「なるほど、これが理由ね」
確かにこれは危険だと日和は考えた。
「本当に危険ね」
◇◆◇◆
そして放課後になった。
日和は男の様子を観察する。
肩の荷が降りた様子が伝わってくる。
そして日和にとってはこれからが本番だ。
後ろをつける。
案の定屋上に向かう男。
きっと彼もまた、答え合わせの時間なのだろう。
そして男はフェンスに触れる。
「さよなら、あったかもしれない世界よ」
曖昧が真実へと変わり果てた瞬間であった。
◇◆◇◆
「未来予知……いえ、これだとダサいわ。『未来掌握』……といったところかしら?」
「多分な」
俺は自分に起きたことをあらかた話した。
夢を見たこと、それが未来であったこと、俺が魔法使いの末裔であること、そして
「一度死んだところを見た」
「だから朝からしょうもない顔してたのね」
「それは生まれつきだ」
俺の状態を見た日和は一言
「最高の展開ね」
「言うと思った」
「むしろあなたの方こそ、そんな能力を持っているというのにつまらなそうね」
「……だって、どう考えてもこの力ヤバいだろ」
知られたらまずいという話もあるが
「ピンポイントに見た夢は、舞って人が死ぬまでの景色だった。つまりさ、何か大きな事件が起きる前兆みたいなものを知らせてくるんだ」
それってつまり
「これから俺は、この力のせいでどれだけ人生を振り回されるんだ」
第三者でありたいのに、無知のままでいたいのに
「こんな力、欲しくなかった」
「……そう。だからといってその力から逃れる術はないのでしょう?」
「……」
その通りだ。
だからもう
「受け入れ、私を楽しませるしかないわね」
日和は本当に楽しそうに笑う。
「よかったわね。この世界のどこを探しても、ここまで私を昂らせる存在はいないわ」
「そうですか」
「それじゃあ決まりね。未来を見たら必ず私に報告しなさい。事件でも起きるのなら、私が解決してあげる。もしくはもっと面白い事件にしてあげるわ」
「いやそれはやめて」
「と・り・あ・え・ず」
顔が近付く。
あまりにも綺麗すぎる顔が俺に視界を埋め尽くした。
「楽しみましょう未来。この腐った世界を全力で」
そのあまりにも壮大過ぎる告白に、俺はついつい
「分かったよ」
頷いてしまうのだった。
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