第2話

 全てが夢だったのか。


 俺には分からない。


 もしかしたらこれも夢で、俺はずっとループしているのかもしれないという恐怖が襲う。


 だが多分それは間違いであり


「なぁ母さん」

「なに?」

「俺って魔法使いの末裔なの?」


 空気が止まった。


「データ上に存在しない回答です」

「我々の想定にない状態です」

「特異点の突破を確認しました」


 まるで機械の音声かのように、俺の母親と父親らしきものは何かを喋った後


「メッセージをお届けします」


 そして二人はいつもの両親のようになり


「頑張りなさい」

「応援してる」


 そう言って大金の入ったケースだけを置き、消えていった。


「……未来を見る力か」


 魔法


 俺が初めてそれに触れた日の始まりであった。



 ◇◆◇◆



「えー皆さんはもう立派な大人でありー」

「……」


 まるで同じ映画を見ているかのように、同じ言葉、同じ表情で話す校長。


 今思えば、これが夢であるならどれだけ幸せなのだろうか。


 何故って俺は知ってるから。


 もしこのまま俺が何もしなければ


「話長くない?」

「舞ちゃん静かに」


 今喋っている彼女が確実に死ぬ。


 俺は想像する。


 もしかしたら類似しているだけで、やっぱりあれは夢であり、この世界は今も平和に何の事件も起きないのではと。


 そして


「えー最後に」


 あまりにもアホらしく印象深い言葉


「「サインっていくらで売れますかね?」」


 こうして始業式は最悪の形で終了した。


 皆が友人と楽し気に移動する中、俺は


「死ぬのか……」


 真実を知る。


「あー、死んじゃうのかー」


 うわぁー


「はぁ」


 そしてまるで舞台を再現するかのように


「どうした未来」

「先……生……」


 俺が唯一頼れる教師がそこにはいた。


「普段から死んだような目をしているお前が、今は全身から負のオーラが漂ってるぞ」

「いや失礼ですね」


 生徒に言う言葉じゃないだろ。


 普段なら吹き出して笑いそうだが、今は乾いた笑いしか出なかった。


「それで、何か悩みか?性の悩み以外なら何でも聞いてやる」

「何故性の悩みはダメなんですか?」

「そりゃお前、一回そっちの悩みを聞いてたら生徒に襲われたことがあるからだよ」

「あー、あの急に転校した生徒ってもしかして……大丈夫だったんです?」

「ワンパンだったよ」

「さすがですね」


 なんとも強かな人だ。


「それで?」

「そうですね」


 どう言葉にすればいいのか。


「先生は……知らなくていいことってあると思いますか?」

「なんとも難しい問いだな」


 先生はしばらく考え


「あるな」

「……そうですか」

「何故急にそれを?」

「俺も同じ意見です。例えばもし、俺が持っているこの百円」


 俺は財布から取り出してみる。


「俺はきっと、何も知らなければこれで何気なくジュースを買うんだと思います」

「……?そうだな」

「ですがもし、この百円を今」


 俺は募金の箱に手をかける。


「ここに入れると、貧困の子供が一人救えると知りました。そしたら先生はどうしますか?」

「そりゃお前」


 俺はお金を落とすと、中からは何もない空間にお金が落ちた音が鳴った。


「入れるだろうな」


 先生は財布を取り出し、同じく百円を募金箱に入れた。


「ですがもし知らなかったら、どうなってました?」

「……私はきっと、そのお金をジュースに使っていたのだろうな」

「はい。そして子供が死んでも、心は痛まずに済んだでしょう。だって知らないのですから」

「皮肉な話だがその通りだな。で?お前は何が言いたい。道徳の授業ならとっくの昔に捨てた身だ」

「要約しますと」


 俺はもう一度百円を入れた。


「誰かの命を、自分が握ってしまった実感を持ったことが怖いです」

「……」

「俺……どうしたらいいんでしょう……」


 知らなければ他人だ。


 知らなければポテチでも食いながら、テレビの向こうで死んだ彼女を見れた。


 でも知った今は、もう他人事じゃない。


 救える存在が自分だけと分かった今、もう逃げられない。


 向き合うしかないのだ、死と。


「……はぁ、全く」

「?」


 先生はポンと俺の頭に手を置く。


 それは普段の強気な先生と違い、とても優しい触れ方だった。


「多分、詳しくは言えないことなんだろ?」

「すみません」

「謝ることはない。助けが必要か?」

「大丈夫です。明日には何事もなく、終わってますから」

「そうか」


 わしゃわしゃと髪を乱雑に撫でられる。


 俺が髪をセットするタイプの人間だったらどうするつもりだったのだろう。


「私は別に貧困した奴が餓死で死のうが、通り魔に誰かが襲われようと気にしない」

「教師の言葉じゃないですね」

「でもな」


 先生は俺の目を見て


「手の届く奴の悩みくらいはいつでも聞いてやる」

「……ありがとう……ございます」

「この世界には解決出来ない悩みなんてありふれている。だからせめて、誰かに嫌なこと吐き出したい時は、いつでも私の場所に来い」


 最後にもう一度、先生は俺の頭を軽く叩き


「ほら、私の自己紹介ちゃんと聞いておけよ」

「先生の挨拶なんて聞かない方が無理ですよ」


 こうして俺は、いつの間にか軽くなった足取りで教室に向かった。



 ◇◆◇◆



「果穂、お昼一緒食べよ」

「うん」


 最早既視感だけでは言い訳できない場面。


 ここで俺は勝負に出る。


「なぁ」

「「「え?」」」


 突然見知らぬ男に話しかけられて驚く二人。


「実は俺占いが出来てさ。少し二人を占ってもいいか?」

「み、源君?急にどうしたの?」

「学校でナンパするなんていい度胸だな」

「まぁまぁ、ものは試しでさ」


 俺はわざとらしく何かを考える仕草を取り


「もしかしてだけど、二人は今から屋上に行こうとしてる?」

「!!!!」

「な、なんでそれを」

「お!!勘が冴えてるな」

「いや勘て……」

「じゃあこの後も俺の勘なんだけどさ、屋上行くのやめといた方がいいよ」

「いや急に何言ってーー」

「何故ですか?」


 急にグイッと果穂が詰め寄る。


 もしかして占いとか好きなのかな?


「見てこれ」


 俺は適当にシャーペンを取り出す。


「不凶の兆しが出てる」


 不凶の兆しって何だよ。


「やめておいた方がいい」

「凄いよ舞ちゃん!!源君はきっと本物だよ!!」

「全く、果穂は昔から騙されやすいんだから」


 舞はまだまだ色々聞きたそうな果穂を引っ張っていった。


 だけど最後に果穂はもう一度俺に向かって


「ねぇ、本当に何も知らないの?」

「ん?ああ」

「そっか」


 果穂が少し真剣な目をしたまま去っていった。


「ま、これで大丈夫だろ」


 あくまで俺は関わり過ぎない。


 占いとかいう偶然のお陰で、偶々彼女達は屋上に行かない。


 理由が曖昧で不確かである程、俺は命という責任から逃れることが出来る。


「拙者にも占いして欲しいでござるわ」

「いやだから誰だよお前」


 そのまま昼食、掃除と次いで遂に



 ◇◆◇◆



「昨日に引き続き職員室から屋上の鍵が消えたそうだ。見つけた奴、もしくは盗んだ奴はすぐに知らせろ」


 皆が久々の学校で疲れたのか、ゾロゾロと教室から出て行く。


「果穂行こ」

「うん」


 放課後になっても二人はちゃんと生きていた。


 まぁ当然といえば当然か。


「俺も行くか」


 バックを持ち、そのまま廊下を歩く。


 躊躇うことなく一直線で階段に向かい


「年寄りに労働させるなよな」


 上へと登る。


 階段を上がっていくと、立ち入り禁止と書かれた扉が目の前に現れる。


「えっと」


 バックから鍵を取り出す。


「これで合ってるか?」


 鍵が何個かついてたため、どれが正解か分からないがどうやら一発で当てたらしい。


 少し鈍い音と共に、扉が開く。


「うお!!」


 急に吹いてくる風に体が持ってかれそうになる。


「確かにいい景色だな」


 まるで、この世界にいるには自分だけかのような錯覚に陥る。


 もう少しこの多幸感を味わいたいところだが


「今は」


 フェンスの前に立つ。


「やっぱり壊れかけてる」


 舞が落ちた場所。


 そこのフェンスを少し引っ張れば、明らかに不穏な音がする。


「先生に報告するか。俺は怒られるだろうが」


 今回はしょうがないか。


 未然に事故を防ぐためだ。


「……それにしても」


 壊れそうとは言ったが、こうして俺の力でかなり強めに引っ張っても意外となんともない。


 相当な力じゃないとダメそうだなこれは。


「まぁ気にしなくていっか」


 俺はミッションを達成した。


 あの二人も、まさか自分が死んでいたなんて今も思ってないんだろうな。


「それを知るのはこの世界で俺だけか」


 思ったよりも、人生というのは奇抜であると再認識させられた一日だったな。


 俺はフェンスに手をかけ


「さよなら、あったかもしれない世界よ」

「へぇ、まるで別の世界から来たみたいね」


 軽く背を押される。


「ッ!」


 確実な死が目の前に迫り、俺の心臓が止まる。


 まるで世界がスロー再生されるように、ゆっくり、ゆっくり俺はフェンスにぶつかり


 そして


「……」

「驚き過ぎよ。安心して、その程度で壊れる筈ないわ」

「はぁ」


 動き出した心臓が安堵の声を何度も上げ続ける。


「さて、色々聞かせてもらおうかしら」


 そこに居たのは黒髪の女。


 端正な顔立ちと恵まれた体を持った、世間では『本物』と呼ばれる存在こそが


「私を楽しませてね」


 俺の数少ない友人の一人である。


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