10 桜の季節の最後のホームルーム

 「一年間お疲れ様でした。みんなは俺の想像を超えて成長してくれました。すごく嬉しかったです」一馬は話し始めた。

 一年を振り返りながら思い出を話した後、みんなに大切なことを伝えたい。と前置きし、一馬は本題に入る。

 「今日この日を持ってクラスは解散させられる。そうするとみんなは壊されてしまうんだ。それをなんとか阻止したい。君たちは大事な生徒なんだ」

 ざわめいた。静かにしろと言い、続けた。

 「俺は実は人間なんだ。そしてツバサも。俺らはロボットたちに感情を作るよう言われていた。君達は俺の想像をはるかに超えて成長してくれて人間になった。大切な生徒を壊されるわけにはいかん。今から逃げよう。はるか遠くの海の外。そこで人間として生きよう」

 静まり返った。

 人工知能はプログラムされていないことには対応できない。彼らが少しでも人間らしく自我が芽生えていないと逃げることはできない。頼む。と一馬は願った。

 タケルが静寂を割いた。

 「先生。僕ら知ってたんだ。先生とツバサが人間だって。確信はなかったけど。この一年すごい楽しかった。感情って尊かった。大切だった。見るもの全てに色がついたよ。それを教えてくれた先生とツバサありがとう。でも僕らは逃げられない。逃げられないようにできている。二人だけ逃げて他のロボットにも感情を教えてやってほしい」

 だめか。どうすればいい。


 その時扉が音を立てて開いた。

 そこには白衣の男が立っていた。

 「そこまでだ遠藤一馬。そんな企てを許すわけないだろう」

 ニヤつきながら死にゆくお前に一つ教えてやろうと続ける。

 「実は俺も人間だ。三人いたんだよ。俺が最初に目覚めさせられた。科学者だからという理由で。その時は知能のないロボットばかりだった。つまらなくて何人かコールドスリープのやつを生き返らせて遊んだが俺の言うことを聞かなくて殺した。言うことは聞くが自我があるやつが欲しかった。だから面白くなるようにこの世界のロボットを人間らしく俺がプログラムした。まだつまらなかった。どうやっても俺の思った通りだから味気ないロボットばっかりだったからな。そこでロボットを人間のようにしようと考えた。お前らはその材料だ。うまくやってくれてありがとう。君らのおかげで実験は進んだよ。もうお前らは用無しだ。死んでくれ。」猟銃を構えた。

 「まずは貴様だ。遠藤。いいオモチャが手に入った」と言い猟銃を向けられた。反射的に目を閉じる。

 バン!

 乾いた発砲音が響いたがどこも痛くない。うっすら目を開けるとタケルが目の前で盾になっていた。銃弾が腹にあたっていた。ゆっくりと上半身が崩れた。ロボットから血は流れない。

 白衣の男が、そんなプログラムをした覚えは、と言っているとサツキが一馬とツバサの手を引いた。

 「いくよ」

 三人は急いで廊下に出て走った。

「逃がせないんじゃないのか」

 と聞くとサツキは

「この一年間で大切なことを教わったの。これはプログラムじゃなくて心に刻まれてる。もちろん先生たちを逃がせないようにプログラムされてる。けど大切な仲間を、全ての命を助けるようにこの教室で心に刻まれた。大切なのは心の方みたい」

 一馬は嬉しかった。生徒が教師の予想を超えて大きく成長するのは、教師への一番の恩返しなのだ。

 クラスの生徒たちは次々に壁になった。人を傷つけられるようにはプログラムされていないし、一馬も教えなかったから攻撃はできない。

 バン!バン!

 銃声がなる。

 銃声のたびに一人、また一人と壊されていく。

 白衣の男の実験は失敗だった。言うことを聞かないならば壊さねば。と、人工知能の入っている頭を撃ち抜いていた。

 一馬は銃声を聞きながら逃げることに耐えられなかった。

 ツバサとサツキだけに逃げるように言い、白衣の男に立ち向かうことにした。


 ツバサとサツキは校舎の外まで出た。

 少し前から、発砲音は聞こえていない。

 ツバサはサツキに言う。一人だけで生きたくない。戻ろう。音は止んだからどっちかが勝っているはずだ。

 白衣の男ならどうしようか。とツバサが思っていると、

 「何があっても守るわ」サツキは言った。


 二人が教室を覗くと教室には一人の死体と、十六対ものロボット残骸が転がっていた。

 一馬は血だらけになりながら座っていた。

 「大丈夫?」とツバサとサツキが聞くと、返り血に染まる一馬は俺は大丈夫だ、と言う。

 その時タケルの上半身から声がした。

 「もうすぐバッテリーが切れて壊れる。話したい。」

 三人はタケルの元に急いだ。

 「ツバサ。色々ごめんな。人間より優れていると思いたかったんだ。でも先生に教わった。ロボットも人間も生きていて尊重されるべきだと。ずっとちゃんと謝りたかったんだ。」

 ツバサは言う。

 「何言ってんだよ。くよくよ忘れられないのはロボットだから?とっくに許してたよ。一年間楽しかったよ。賑やかでよかった。ありがとう」

 タケルは笑顔になった。

 「サツキ。好きだったよ。ロボットのくせに。ありがとう」

 サツキは顔をくしゃくしゃにしながら答える。

 「人間が泣く時ってこういう時だよね、多分。絶対忘れないから。私も好き」

 タケルもくしゃくしゃな顔になった。

 「最後に先生。ありがとうございました。全てでした。俺も循環して次の命になれるのかな?だったらまたよろしくお願いします」

 そんな縁起でもないこと、と一馬が言おうとした時動かなくなった。

 三人はずっと泣いた。

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