第19話 知らない作戦
フェーデとリージェンにも同じように報告をした。
当然二人も驚いてはいたものの、受け入れるのも早かったように思えた。
明日にはエステレラに着く、ということで今更何があってもやるべきことは変わらない、ということなんだろう。
夜が明けて、長かった旅の終わりを告げる様に、徐々に魔物も強力になっていった。
だが、士気の上がったレベル兵たちの連携は凄まじく、大型の魔物であっても危なげなく進んでいく。
「あれが星観の塔か」
空に届かんとする高さの塔が間近に迫ってきた。
遠くの方からも薄っすらと見えてはいたものの、いざ近づいてみると本当に高い。
魔王の住んでいる土地、ということもあってか、見渡す限り何もない。
所々に遺跡のようなものはあるが人気はなく、遠くの方に魔物がはびこっているのが見える。
「ここがエステレラか」
アモスが守ろうとした国。アマネが愛した祖国。
草木も生えない荒れた大地は、この世の終わりのような光景だった。
長い旅路を終えた達成感も束の間、魔王の爪痕を強く感じさせる静かさに、みんな言葉を失ってしまう。
沈黙を破る様にフェーデが声を上げる。
「大変です。エーテルがほとんどありません。魔法が使えません」
レベル兵たちも気づいたのか、にわかに列がざわつき始める。
リージェンも修理をした水鉄砲に力を込めるも、イマイチ手応えがないように見える。
「これだけ荒れた土地ですと、星霊も不在で加護もなく、エーテルが枯渇しているのでしょう」
全くない、という訳ではないようだったが、とても戦闘に利用できるような威力は望めないようだ。
「確かに大地や空気中からはエーテルを感じないけど、何もないから空が広くて星がよく見えるよ。上空には十分なエーテルがあるから大丈夫だと思う」
アンナが何気なく言うが、フェーデが驚く。
「アンナは普段そんなところからエーテルを持ってきているんですか?」
「いや、大地や空気中のエーテルだって使うけど、顕霊術みたいにかなりの魔力を消耗する時は、さすがに星から借りるイメージでやっているよ」
アンナがみんなはそうじゃないの? と首を傾げた。
「理屈は分かるが、そこまで遠くのエーテルを扱うのは常人には思いつかない。常識に捉われない発想と、それが出来るだけのエーテルの操作が組み合わさってできる技なんだろうな」
リージェンが空を見上げて右手を伸ばして集中する。
「私はレベル人としてナムヂーの加護を強く受けているから、水のエーテルであれば多少は集められそうだ。だが、水鉄砲は普段から時間がかかるからな」
溜息をついて悔しそうに水鉄砲をさする。
フェーデも同じように空高く手を伸ばすが、上手くいかないようだ。
リージェンは他の兵たちにも共有するために、後方に続く兵たちに伝令を告げる。
最終決戦を前にして予想外のトラブルが発生してしまった。
途方に暮れていると頭の中で声が聞こえた。
『やっとエステレラに着いたね。アンナと一緒に祭壇まで来てくれないか?』
そういえばアマネは時空の星霊としてエステレラの祭壇に祀られているって言っていたな。
『最後の詰めだ。この世の理を知り、アモンを倒すんだ』
まだ何か隠しているのか。
アマネの話を伝えると、とりあえず二人で行ってこい、とフォルスが送り出してくれた。
星観の塔へ進む列を離れ、アマネの案内に従って祭壇を目指す。
(アンナには俺から話すから何も言うなよ)
『信用されていないな。大丈夫だよ、いたずらに君たちを傷つけるつもりはない』
それにしても吹っ切れたみたいで安心したよ、と快活に笑う。
そういう性格にしたのはお前だろ、とわずかに怒りが湧くが、その気持ちもすぐに収まる。
俺がおかしいのか、普通の人も同じ様に気持ちの切り替えが出来るものなのか。それすらも分からない。
砂埃が舞う平原にポツリと朽ち果てた祭壇が鎮座していた。
アンナがアマネを視認したのか、目を凝らしながら挨拶をする。
が、すぐに立ち止まる。
「なんでアルタと同じ顔なの・・・」
アンナが祭壇を前に立ち尽くす。
意味が分からない、という具合に俺とアマネがいるのであろう場所を何度も見比べる。
アマネの肉体を元に作った、とは言われていたが、同じ顔にしていたのかよ。
そういう大事なことは事前に教えといてくれ。
「二人とも聞こえるかな。アルタに聞こえる様にもしているから調整が必要でね」
『アンナに伝えたくない話は君にだけ聞こえるようにするから安心してくれ』
器用だな、と投げやりに返す。
「どういうこと? なんでアルタが時空の星霊と同じ顔をしているの?」
混乱しているアンナにアマネが優しく話しかける。
「やっと会えたね、アンナ。分からないことだらけだろうけど、一つずつ話していくからちょっと待っていてくれ」
アンナは戸惑いながらも言われるがまま黙って頷く。
「ちなみに見た目が同じなのは、アルタが僕の生まれ変わりだからだよ」
アンナが驚いた表情で俺を見る。
勝手に適当なことを言いやがって、とは思いつつ、誤魔化すには丁度良い嘘だろう。
アンナの目を見て俺も頷く。
「事前にアルタには色々と話をしていたのは聞いているよね。何でこのタイミングで二人だけを呼んだのかって話からだけど、アモンを倒す作戦会議をしたくてね」
アンナが食いつくように何度も首を振る。相変わらず順応性が高いな。
「アルタが持つ星霊王の剣は降霊術の対象になるのは知っているよね。そこに僕を降霊させてほしいんだ。そうすればアモンの肉体にダメージを負わせられる」
「蛹の剣への降霊術は前にマーリで経験した。あの時はカマイタチみたいに斬撃を飛ばせたが、アマネを降霊させると何が出来るんだ?」
「斬った相手の時を止めることが出来るよ。他にも時間を早めることも遅くすることも出来るけどね」
それと、とアマネが続ける。
「前も言っていたけど、蛹の剣って何だい? それは星霊王の剣だし、人の手に渡ってからも草薙の剣と名付けられているんだよ。せっかくだからそっちで呼んであげな」
聞き覚えのある名前を告げられた。それって・・・。
(草薙の剣って、あの三種の神器のか?)
『そうだよ。その剣は二千年前から伝説の剣だったからね。本物はハムンに隠されていたが、象徴としてエステレラにレプリカがあったんだ。アモンがエステレラの一部を転送した際に、君の世界に渡ったんだろう。それが三種の神器として奉られているはずだ』
再び、アンナにも聞こえる様にアマネは話を続ける。
「エステレラについてエーテルが少ないことに驚いたんじゃないかな。ここは星霊も寄り付かない土地だからね。ただ、星観の塔の頂上まで行けば、そんなに影響はないから安心してくれ」
アンナが勢いよく手を挙げる。黙っていないといけないと思っていたんだろう。
「アマネがいるのに何でみんな時空の魔法が使えなかったの?」
確かに星霊が祀られている土地であれば、加護により契約していない星霊の魔法を少しだけ使える、という話だった。
アマネの加護に気が付かないっていうのはどういうことなんだ?
「それは僕が元々人だからだよ。正確には星霊になってからまだ二千年程度しか経っておらず、この土地にエーテルを与えられるほどの力がないんだ」
再びアンナが挙手をして質問をする。
「星観の塔の頂上なら魔法が使えるっていうのは、星が近い分だけエーテルを引っ張ってくる距離が短くなるから、って認識で合ってる?」
その通りだよ、と嬉しそうにアマネが肯定する。
「じゃあ、星に触れるぐらい近づいたら無限にエーテルを使えるの?」
昔から気になってたんだけど、とアンナが首を傾げる。
それを聞いてアマネが大きな声で笑い始めた。子供みたいな無邪気な質問を馬鹿にしている、という風にも聞こえない。
しばらく笑い続けて、アンナの顔が赤くなってきたころ、ようやくアマネが話し出した。
「アンナ、君はやっぱり凄い魔導師だね。そんなこと思いつきもしなかったよ。確かに君の言う通りだ。この世界は星霊に力を借りて魔法を使っているとされているが、その星霊は星に力を借りているんだ。星霊を経由する分、どうしたってエーテルは減ってしまうからね。星に手が届くほど近づけられれば理論上は無限のエーテルを使うことが出来るはずだ」
テンションが上がって早口に捲くし立てる。
俺たちのことを気にせず、ぶつぶつと何かを考え始めてしまった。
「そうか、草薙の剣に降霊しても、アルタが攻撃を当てられなかったら意味がない。アンナを星に送り、そこから無限の魔力でアモンを倒す、という方法もありか」
いや、しかし、と楽しそうにああでもない、こうでもないと悩み始める。
俺とアンナは目が合って、しばらくかかりそうだね、と苦笑する。
「歴代最強の魔王だし、やっぱりアルタの剣じゃないと倒せないのかな。私が時空の魔法を使ってアマネと同じ方法で倒すのは無理かな」
その答えはアマネしか知りえないので、何とも言えない。
「アマネが言う通り、俺が攻撃を当てられないで負ける、っていうケースもあるだろうし、他にも方法があるなら色々考えたいな」
出来ることならアンナにお姉さんがアモンだと認識させないようにしたい。
考えがまとまったのかアマネが話を戻す。
「結論、星まで行って無限のエーテルを利用する作戦は無しだ。まず、そこまでのエーテルを使わなくともアンナなら倒せるはずだし、無限の魔力なんて使えばアモンごと、この世界が滅んでしまうからね」
散々時間をかけた上で却下されてしまった。
「でも発想は面白いよ。つまり、アンナには出来るだけ空高くにいてもらい、アモンを倒すのに十分な魔法で葬ってもらう、というのが作戦の大筋になりそうだね」
「星に近づくっていうのがそもそも不可能に思えるんだが、出来るのか?」
まだ何か考えているのか適当にあしらわれる。
「君は時空の狭間に行っただろ。あそこなら星から無限のエーテルを借りられる」
時空の狭間はまるで宇宙空間のようだったから、確かに星に近いそうだ。
浮かんでいた疑問を読まれていたかのようにアマネに先に答えられる。
「ちなみに星が無限のエーテルを持っている理由だけど、星っていうのは僕らより高次元の存在なんだ。分かりやすく言うと神とか創造主のことだね。その高次元の存在からもらうエネルギーをエーテルと呼んでいる。人が何かを祀ることに星が反応し、星霊が生まれるだけのエーテルを貸してくれる。生まれた星霊は人々にエーテルを又貸ししているわけだね」
星霊のことを神と同じように捉えていたが、さらに高次元の存在がいるのか。
聞くタイミングを見計らう様にアンナが手を挙げ、先程話し合っていたアマネと同じ倒し方は自分にも可能なのかを質問する。
「とどめとしてはそれでいいんだけど、肉体が朽ち果てるまでアモンの時を進めるとなると、それだけ時間もかかるから足止めしなきゃいけないんだ。アルタの攻撃が当たるなら草薙の剣で少しずつ弱らせて、最後はその方法を使うってのもありだと思うんだけど、アルタに出来る?」
そう思うならもっと俺を強く設定しろよ、と思ったが虚しくなるので踏みとどまった。
強敵の倒し方か。今までの戦闘を思い出す。
「なあ、ちょっと話が逸れるんだけど、二つの魔法って同時に使うことって原理的に難しいのか? あと何で俺だけ草薙の剣を持てるんだ?」
「二つの魔法を同時に使うのは不可能ではないんだけど、違う種類のエーテルが混ざっちゃうからね。それだと上手く発動しないんだよ。だから原理的には可能だけど、実際使わないって感じだね」
アマネは何かを考えながら話しているようで、唸りながら答える。
「君だけ草薙の剣を持てたのは魔力がないからだよ。その剣は強力だからアモスが持つ人の魔力に反応して重くなるようにしたんだ。それで腕力に関わらず、みんな同様に重く感じていたんだね」
あと一つ、これが出来るのなら。
「他人に魔力って貸したり出来ないのか?」
「出来るけど、貸す方の魔力分だけしか貸せないよ。魔力を貸す行為そのものが魔力を大量に消費するからね。あまり現実的ではないね」
知りたいことは知れた。だが、この作戦が現実的なのかは俺には分からない。
アマネとアンナに作戦を伝えてみる。この二人が出来ないと言うなら誰にも出来ないだろう。
二人はふんふんと話を聞いてくれたが、途中から明らかにテンションが高くなっていった。
「いいね! その作戦でいこう! それなら上手くいくだろうし、何かトラブルが起こっても対処しやすそうだ」
「凄いよ、アルタ! 私頑張るよ!」
賛同してもらえて良かった。これでアモンを倒すことが出来る。
魔力が無くても戦えることが嬉しくなり、気持ちが高揚する。
それにもう一つの作戦の成功率も高くなった。
ベラハ山でアマネに真実を聞かされてから絶望していたが、落としどころが見つかった。
俺なりのハッピーエンドで幕を目指すしかない。
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