第18話 知らない気持ち

 目が覚めるとフォルスの背中に負ぶわれていた。

「気が付いたか、坊主」

 どれぐらい意識を失っていたのだろうか、日は落ちており、周囲の風景からベラハ山を下りていることが分かった。

「全く情けないのお。そんなことで魔王を倒せるのか?」

 魔王という言葉で思い出す。さっきまでアマネと話していたと思ったが、あれは夢か?

 時空の狭間に行っている間、意識を失っていたのであれば、どちらにせよ夢みたいなものだが。

 フォルスに降ろしてもらい、地に足をつける。

 だが、足から伝わる重力や少し肌寒い風、フォルスの心配そうな表情、全てが偽物のように感じてしまい、気分が悪くなる。

 魔法で作られた肉体と魂、アマネに作られた記憶、アンナに合わせられた意識。

 俺は自分のものだと言えるものを、何一つ持っていなかった。

 しばらく人の流れのまま足を進めていると、前からアンナが走ってきた。

 アンナの顔を見て、涙が出そうになる。

「アルタ、大丈夫?」

 スッと手が伸びてきたのを見て、思わず払ってしまった。

 アンナの初めて見る表情に冷や汗をかくのを感じるが、何も言葉が出てこない。

 アンナが気遣っているのは俺じゃない。アマネが作り出した人形だ。

 目を背ける様にアンナを通り過ぎる。俺は優しくしてもらえるような存在じゃない。

 足を進めると、グイっと肩を引かれる。

「どうしたの?」

 無視されたことを怒っているようにも、異変に気が付いて事態を解決しようとも、突き放されたことに傷つき泣き出しそうにも見えた。

 肩を掴むアンナの手には力が入っていない。

「しょうがないのお。おい、嬢ちゃん。後で謝らせに行くから姉ちゃん達のところに行ってきな。坊主はちょっと思春期を拗らせておってな」

 アンナが食い下がろうとするが、すぐに手を放し、足早に走っていった。

 日が落ち切ったことで行軍を止めることを知らせる鐘が鳴り響く。

 頭を軽く叩かれ、こっちへ来いとフォルスに連れられる。


 兵の列から離れ、野営の光が確認できる距離を保ちながら、人気のないところで腰を下ろす。

 水筒の水を煽り、フォルスが口を開く。

「男女のことに首を突っ込みたくはないが、お前たちはこれから魔王を倒そうと苦労してベラハ山を越えたのだぞ? そんなことで戦えるのか」

 呆れた様に、面倒くさそうにフォルスが注意をしてくれる。

 あんな酷い態度を取ったにも関わらず、声をかけてくれるのはありがたい。

 だけど、フォルスが気にかけてくれていることへの感謝も作り物なんだろう。

 ふと、アマネとの会話を思い出す。

 アンナに愛されるように作られた、ということであれば、フォルスはどうなんだ?

 ハッとしてフォルスを見るも、怪訝な顔をされる。

 知りたい答えはあいつしか知らない。

(アマネ、聞こえるか)

 気を失う前にしていたように頭の中で強く意識して呼び掛ける。

 しばらくすると、予想通りアマネの声が聞こえた。

『聞こえているよ。どうしたんだい?』

(確認しておきたいんだが、俺はアンナに愛される為に作られて、そうなるように設定されたんだよな?)

 はあっと息をつき、少し面倒臭そうに、申し訳なさそうに言う。

『そうだよ。あの時間がただの夢にでも思えたかい? 残念だが受け入れてくれ』

(そうだとすると、フォルスはどうなんだ? フェーデやリージェンとも巡り合う様に作り込んだのか)

 笑い飛ばすようにアマネが答えた。

『ああ、仲間たちとの絆が全て偽物に思えた、ってそんなところか。安心していいよ。アンナに関わること以外は何もしていない』

 聞きたかった言葉をやっと聞けた気がした。

『この世界に来てから得た経験は間違いなく、君自身のものだ。人との絆もそうだし、勝利の喜びにしてもそうだ。大事なものがあるなら自分が勝ち取ったものだから誇っていいし、失敗したことがあれば自分の責任だと反省すればいい』

 そうか。それが聞ければ十分だ。もう少し頭を冷やせば、みんなの顔をちゃんと見られる気がする。

『真実は君を傷つけたとは思うが、そんなに思い詰めることでもないと思うよ。君はたまたま僕が魔法で生まれたが、他のみんなはどうだ? 神の奇跡や両親の愛から生まれたという違いはあれど、結局はみんな作り物じゃないか』

 無神経さに腹が立つものの、励ましてくれているような気概は感じられる。

『そこまで思い悩める君は、紛れもない人間そのものだよ』


 アマネとの会話を終え、深く息をする。

 冷たい空気を吸うと、視界が少し鮮明になった。

 フォルスは携帯していた食料を口にしながら、ぼんやりと遠くを見ていた。

「ありがとう」

 やっと口を開いた俺を見やり、溜息をつきながらニヤリと笑った。

「最初に礼を言えただけ褒めてやるか。何か言いたいことがあるなら言うてみい」

 頭をぐりぐりと乱暴に撫でられる。あまり加減ができておらず首が痛い。

 全てを話してしまいたいが、そうもいかないだろうな。

 話すことを整理する時間をくれ、と伝えて考えを巡らす。

 アモンの呪い、自分の生い立ちや役割、アンナのお姉さんのことは秘密にすることにして、フォルスに報告をする。

 時空の星霊とコンタクトを取っていたこと、二千年前の戦争、アモンが生まれた理由、アモンの強さと復活までにかかる時間の関係、アンナであれば今のアモンであっても倒せること、俺が元の世界に帰れること。

 伝えた内容だけでもフォルスは驚愕していた。

 もっと衝撃的なことを叩きつけられた身としては、出し惜しんでいる様で複雑な気持ちになったが、最後まで真面目に聞いてくれた。

 話を聞き終えたフォルスは手を組み、何かを考え込むような姿勢でジッと黙る。

「このことは公にする必要はないな。三人には教えてやれ」

 俺の背中をバシッと叩き、立ち上がり伸びをする。

「もう少し頭を冷やしてからで構わないから、早めに嬢ちゃんのところに行ってやれ。要らん心配をかけさせるな」

 兵の列に戻るフォルスの背に再度礼を言う。

 仲間を励ますように背を向けたまま手を振ってくれる。

 仲間と築いた絆を感じ、自分を誇ろうと強く思った。


 時間をおいてアンナ達のところに足を運ぶ。

 アンナの後ろから話しかける形になってしまったので表情は見えないが、フェーデは少し気まずそうに微笑み、リージェンは何事もなかったかのように声をかけてくれた。

「もう具合は良くなったのか?」

「ああ。心配かけてすまなかった」

 アンナはこちらを振り向かず、ジッとしている。

 深呼吸をして声をかける。

「アンナ、ごめん。もう大丈夫だから。ちゃんと謝りたいから少しだけ時間をくれないか」

 一瞬の沈黙の後、コクリと首を振り、立ち上がる。

 目線の高さに明かりはなく、立ち上がるとこの距離でもアンナの表情は読み取れない。

 他の人に聞こえないように、列を離れる。

 適当なところを見つけて座ると、アンナも黙って横に座ってくれた。

 胸に湧く愛情も、アマネの思惑通りだと思うとやるせない。

 いつまでも黙っていられないので、意を決して話す。

「さっきはごめん。せっかく心配してくれたのに、あんな態度を取って」

 アンナは膝を抱えて俯く。

 ゆっくりと言い訳をさせてもらう。

 フォルスと同じように、アンナを傷つけるような真実は隠しつつ、アマネに教えてもらったことを伝える。

 一通り話し終え、チラリとアンナを見ると、ゆっくりと目が合った。

 もう辺りはすっかり暗くなってしまい、隣にいるアンナの顔が見えない。

「昔ね、お姉ちゃんがいなくなっちゃった時のことを思い出してたんだ・・・。アルタに嫌な思いをさせちゃって、話し合えないまま、いなくっちゃうんじゃないかって思って・・・」

 ゆっくりと自分の頭を整理しながら言葉を選んでいる。

「フェーデとリージェンがいてくれて、あの頃とは違って一人じゃないんだなあ、って思えたんだ。でも、アルタに嫌われちゃったかと思うと胸が苦しくて・・・」

 嫌いになんかならないと声に出したかったが、その感情もアマネの思惑通りなのかと思うと、喉元で止まってしまう。

「怒ってたわけじゃないんだよね?」

 不安そうに確かめる。

「ああ。怒ってないよ。・・・嫌いになんかならないよ」

 良かったー、と張り詰めていた空気を抜くように、アンナの声から力が抜ける。

 覚悟を決める。アンナの為にもアマネのことは考えない様にしよう。

 最後にどんな結末が待っていようとも、自分に出来ることをしよう。

 アンナを全く傷つけない、全く悲しませない、というのは難しくても、最後は笑顔になってもらえるように振る舞おう。

 その為であれば、魔王にだってなろう。

 少し元気が出てきたようで、アンナが気合を入れながら立ち上がる。

「私、魔王を倒すよ。それでみんなが笑って暮らせる平和な世界を作る」

 自分に言い聞かせるように、決意表明をする。

「そしたらね、どこかに遊びに行こうよ! 美味しいもの食べたり、旅を続けたり。いーっぱい色んなことしよう」

 明るくいつもの調子で未来を語る。

 その夢を叶えてあげられないのに、俺は賛同する。

「人生で一番楽しい思い出を作ってあげる。生きててよかったーって思わせるよ。・・・だから、もし、その時にそう思えてたら・・・」

 徐々に元気がなくなっていく。

「この世界で、ずっと一緒にいて」

 顔は見えなくても、どんな気持ちで言ってくれているのかはわかる。

 それが何を意味しているのか。何を捨てて何を選ぶ決断を強いているのか。

「ああ。その時はずっと一緒にいるよ」

 俺はアンナに嘘をつくことに慣れ始めてしまった。

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