第17話 知らない自分
目が覚めると満天の星が見えた。
夜になるまで気を失っていたのかと驚き、起き上がろうとするも身体に重さを感じない。
星々は目の前に留まらず足元にも後ろにも広がっていた。
まるで宇宙空間を漂っているようだ。
しかし、息は出来ているし、地球や太陽といった馴染のある星がある訳ではない。
小さな煌めきが四方八方から俺を見ているように思えた。
「急に済まないね。今のうちに話しておかないと、後で怒りそうだから」
先程頭に響いた声だった。
ハッキリと聞こえているのだが、上下左右のどこから声がかけられているのか分からない。
変わらず誰もいない空間をプカプカと浮いている。
「何から話そうか。何でも答えてあげるよ」
返事をしようとするが、発声できない。
(お前は誰で、ここはどこだ?)
頭の中でメッセージを送ると、返答があった。
「自己紹介がまだだったね。僕はアマネ。時空の星霊と言った方が伝わるかな。それとも最初にアモンを倒した魔導師といった方が良いかな」
一度に重要そうな情報を並べられて混乱する。頼むから一つずつ処理させてくれ。
ごめん、ごめん、と軽く謝るが、俺の様子を楽しんでいるように思える。
「僕は約二千年前にアモンを倒した。そして時空の星霊になった」
これ以上でも以下でもないんだけど、とより簡易に説明することに戸惑っている。
(アモンを倒した魔導師だっていうのは分かった。ただ、人が星霊っていうのはどういうことだ?)
「人だって星霊になれるよ。僕だけが特別な訳じゃない。みんなに祀られることで星霊となるんだ。ただ、最近はそういう人もいないかもね。君のように人が星霊になるわけがない、と思い込んでいれば、どんな英雄だってなれないし、功績がなくても祀られれば星霊になり得る」
(二千年前は、まだ人が星霊になるような時代だった、ということか)
そうだね、と嬉しそうに話す。
「僕が何者なのかは一旦いいかな? ここはどこだって話だけど、時空の狭間だと思ってほしい。Aの世界とBの世界を結ぶ、その中間だね」
世界を結ぶ時空の狭間、ということは、
(俺は元の世界に帰っているのか)
「いや、今は僕が君と二人で話したかったからここに招待したんだ。帰りたいっていうなら送っていくけど、みんなに別れも言わずに帰りたくはないだろう?」
サラッと言われたが、元の世界に帰ることは出来るらしい。
時空の星霊であるアマネが鍵になっていたのは間違いなかったみたいだ。
(帰るのに条件はあるのか? 今断ったら二度と帰らせてもらえないのか?)
「条件なんて考えてもなかったな。強いて言うなら僕に嫌われたら帰れなくなるかな。現状僕しか君を帰せないからね」
俺の理解を待つように続ける。
「ちなみに嫌いになるようなことはないと思ってくれて構わないよ。だから今断っても大丈夫だ。自分のタイミングで申し出てくれ。急に言われても困るけどね」
方法は全く分からないが、とにかく今すぐ選択を迫られているようじゃなくて安心した。
アマネの言う通り、みんなに別れが言えないのも嫌だし、何よりもう少しアマネに聞かなきゃいけないことがある。
(なんで俺に話しかけた?)
「君にしか話しかけられない、と言うのが正しいのかな。祭壇まで来てくれればアンナほどの魔導師であれば話ができるけど、さすがにこの距離では無理だ」
(なんで俺には話しかけられるんだ)
「鋭いね。その調子で何でも聞いて答えに辿り着いてくれ。僕は嘘をつかないよ」
愉快そうに笑い、質問に答える。
「それはね、君が僕のコピーだからだよ。」
今まで以上に訳が分からないが、言葉通りの意味なんだろう。俺はアマネのコピー?
「これについては先にアモンの話をしてしまった方が理解できると思うんだ。一旦話をしていいかな?」
この際、お任せするから何でも包み隠さずに教えてくれ。
「約二千年前に霊鉄大戦と呼ばれる戦争があった。星霊のエステレラと鉄のエイズルの戦争だね。戦況はエイズルに軍配が上がりそうになった。そこでエステレラの王アモスはエステレラという国そのものを国民ごと異世界に避難させようとしたんだ」
「当時最強の魔導師とも言われていたアモスとはいえ、さすがに国や大勢の人間を異世界に送るというのは簡単なことじゃなかった。時間もかかるし、魔力もどんどんと無くなっていく中、その間にもエイズルはエステレラを攻め続ける」
「アモスと王妃は国民全員の避難を見届けるために、ギリギリまで粘った。最後二人を転送して逃げ切るはずだったが、二人の転送が始まった瞬間、王妃がエイズル兵に殺されてしまった」
「目の前で愛する人を殺され、愛する祖国を蹂躙されたアモスは理性を失い、制御しきれなくなった膨大な魔力は彼を暴走させ、悲しみと憎しみから目に入るものを全て破壊する魔王となった」
「それが魔王アモンの誕生の理由だ」
ここまでついて来れているかな、と様子を伺ってくれる。
(アモスがエステレラを転送するのに使ったのは時空の魔法か?)
そうだよ、と肯定する。
(魔力が暴走すると魔王や魔物になるのか?)
「普通はならないよ。国まるごと異世界に転送しようとする無謀で巨大すぎる魔力を使っている時、絶望に直面しその魔力を破壊に向けたって感じだね」
「魔王アモンは自我を無くし、手当たり次第に破壊した。愛する人を殺したエイズル兵を、愛した祖国エステレラを」
「エイズルがエステレラの異変に気付くころには魔王アモンはエイズルの目と鼻の先まで迫っていた。鉄の力でエステレラを下したとはいえ、上空に飛ぶ魔王からの魔法に何もできず、エイズルは破壊された」
「世界中、全ての国が襲われた。もう国同士の戦争なんてしている場合じゃなかった。数多いる魔導師がアモンを倒すべく挑み、殺された」
「そして僕がアモンを倒した」
さっきに比べると声のトーンが落ちているように聞こえる。
(お前はどうやってアモンを倒したんだ?)
「時空の魔法を使って肉体を完全に崩壊させたのさ。具体的に言うと肉体が消滅するまでアモンに流れる時間を早めたってことだね」
「肉体が朽ちてアモンは消滅した。だが、器を失った魔力は呪いに変わった。アモンを倒すに至った僕の魔力に取り付くように、アモスの悲しみと憎しみが僕に呪いをかけた」
これまで饒舌だったアマネがそこで話すのを止める。
(何があったんだ?)
「僕の愛する妻であるヴェガが呪いにより次のアモンになってしまった。そしてアモンになったヴェガが僕の生まれたエステレラに更なる破壊をもたらした」
「アモンは自分を倒した魔力に取り付き、その魔力の持ち主が愛する人を次の器とし、その魔力の持ち主が生まれ育った国を滅ぼす存在となった」
「アモンを倒して世界に平和は訪れた。だが、一緒に魔導師として戦ってくれたヴェガは目の前で魔王に変貌していった。僕がどうにかヴェガの異変を止めようとしているとアモンは時空の狭間に逃げてしまった。そして僕はアモンから世界を救った英雄と称えられた」
「その後、僕はヴェガをアモンにしてしまったこと、逃がしてしまったことへの自責の念を抱えながら、何か彼女を助け出す方法がないかを探し、さまざまな魔法を試し、作るが努力も虚しく最後には病で命を落とす」
「人々はアモンを倒した英雄としてエステレラの祭壇に僕を祀ってくれた。そして僕は時空の星霊となった」
自分がアモンを倒したことで愛する人が魔王になり、愛する祖国が滅ぼされてしまうなんて。
他人に任せていれば、と何度も悔いたのだろう。
アマネは命を落とす瞬間、どんな気持ちだったのだろう。
ただ、聞けば聞くほど分からないことが出てきてしまう。
(アモンは何で時空の魔法を使えるんだ?)
「アモスの魔力が核となっているからね。アモスが得意としていた時空の魔法を使えるんだ。アモンは器となったものの魔力も利用していく」
おかげで復活の度にアモンも多種多様な魔法が使えるようになってしまう、と苦笑いする。
(今のアモンはヴェガなのか?)
「まさか。アモンは僕を含めて五回倒されているよ。おかげで彼女はとうの昔に消滅している」
ヴェガを倒すことにならなくて良かった。しかし、今のアモンも誰かの愛する人であることには間違いない。
魔力のことは良く分からないが、一つ気になったことがある。
(アモンの器になる人は誰でもいいのか? 強大な魔力が乗り移っているのであれば、器が耐え切れない、なんてことにはならないのか)
「よく気が付いたね。君の言う通り、魔力の乏しいものにアモンが移ると、完全なアモンに変貌するまでに時間が必要なんだ。時代によってアモンの復活に時差が生じるのはそういう理由だね」
(じゃあヴェガはアモンになるまで早かったのか)
「僕が最初のアモンを倒してから約百年後だね。その頃には僕は既にこの世にいなかったんだけど星霊にはなっていたから彼女がアモンになってエステレラを滅ぼすのを見ている」
英雄として祀られたことが原因で、あんなに悲しい思いをするとは皮肉だね、と渇いた笑いをする。
(アマネの後にアモンを倒した魔導師たちは呪いのことを知った上でアモンを倒したのか?)
「知っていた人もいれば、知らなかった人もいるね。僕や一部の星霊しか知らないことだから。アモンに挑む為に僕と契約した人には教えてあげていたけどね」
(時空の魔法以外でもアモンは倒せるのか)
「倒せるよ。僕が時空の魔法を使ったってだけ。最も時空の魔法が一番手っ取り早いとは思うけどね。さっき器の話をしたと思うけど、元々の魔力が小さい人にアモンが乗り移ると、復活までに時間がかかるし、復活した後もそんなに強くないんだ」
「アモンが弱い時代であれば、降霊術を使えるぐらいの魔導師でも倒せる。しかし、その魔導師の愛する人の魔力が強ければ、復活するのも早い上に倒すのも大変だ」
全く厄介な呪いだよ、と溜息をつく。
二千年の間に五回の復活を遂げているということは、かなり復活までに期間が空いた時代もあったんだろう。
だとすると・・・。
(前にアモンが倒されたのって、十三年前だよな?)
「そう。魔導師であった僕の妻でも百年程必要としたからね。大したもんだよ」
(そんなに凄い魔導師だったのであれば、かなり有名だったんじゃないか?)
前回アモンを倒したのは確かエストロって人だったよな。アンナのお姉さんの手がかりになってる・・・。
(まさか今のアモンって・・・)
「ああ。アンナの姉のソラ・ガミールだよ」
最悪の状況だった。
アンナが探していたお姉さんが復活したアモンだったなんて。
誰かがアンナのお姉さんを殺すことになるのか。
しかも、十三年で復活したってことは相当強いはずだ。
それだけ強い魔導師に挑める人なんて限られている。
辿り着きたくない仮説に至ってしまう。その仮説を否定してほしくて尋ねてしまう。
(十三年で復活するほど強力なアモンを倒せる人なんているのか)
「もう君は気付いているんだろう? アンナしかいないよ」
アンナにお姉さんを殺させるのか? そんな残酷なことをさせていい訳がない。
怒鳴りたいところだが、声がでない。
行き場のない怒りに頭がいっぱいになったが、ある事実に気付いて思考が停止する。
「そうだ。次のアモンは君だよ」
アンナはお姉さんを殺し、俺をアモンにする。
そんなのあんまりだろ・・・。
何でそんなことになるんだよ。
(どうすればいいんだ)
「どうすることも出来ないよ。選択肢は二つだ。歴代最強のアモンを野放しにし、数年で世界を滅ぼさせるか。アンナが姉を殺し、君がアモンになるのか。この二つのどちらかしかない」
歴代最強のアモンを野放しになんかできない。アンナも含めて仲間や世界中の人が死んでしまう。
百歩譲って俺がアモンになるのはいい。だが、アンナにお姉さんを殺させることなんてできない。
あれ、俺がアモンになったらいつ復活するんだ?
「そろそろ話も佳境だね。説明ばかりで済まなかった。長くなったが、これでアモンにまつわる真実は大方説明できた」
「残すところは君の話だ」
「君は僕のコピーだと言っただろ。君はね、アモンを完全に消滅させるために作った僕が作った器なんだ」
理解が追いつかない。これ以上俺に何を突き付けるんだ。
もうやめてくれ・・・。
「僕がアモンを倒し、ヴェガが時空の狭間に消えたあと、僕はどうにかして彼女を救う方法がないかを探した。ただし、時空の狭間という名の宇宙で、彼女を探すことなんて不可能だった。苦心の末、僕はこの呪いの連鎖を断ち切る手段をどうにか思いついた。それは異世界の人間をアモンにし、破壊の矛先を異世界に向けることだった。幸いにもアモスがエステレラの国民を逃がすために異世界にゲートを繋いでいたからね。その世界に器を作ったんだ。君の住んでいた世界はアモスが繋いだ別の世界だったんだよ」
「異世界に器を作るのはそれなりに苦労したけどね。魔力がない世界だったから肉体と魂が作れれば良かったのは不幸中の幸いだ。肉体を活性化させる治癒魔法の応用で肉体そのものを、電気信号を操る雷の魔法の応用で魂が作れることが出来た」
「いずれも僕自身の身体を設計図に作り上げたからね。それでコピーと表現させてもらった」
「それでも全然上手くいかなくてね。失敗ばかりだったよ。君が何体目だったか悪いけど覚えていない。何せ二千年近くかかってしまったからね」
俺が魔法で出来た作り物? 日本が異世界でこっちが本物?
俺は初めからアモンになる為に作られた人形。
信じられない。信じたくない。何で。そんなことってあるかよ。
「君には辛い思いをさせて申し訳ないと思っている。本当だ。しかし、誰かがやるしかないんだ」
「だから、僕は君のためにも細部に渡って工夫して作ったんだ」
「絶望しているようだけど、使命を全うしようと思い始めているだろう?」
何でもお見通し、という具合に決めつけてくる。
しかし、言う通りだ。俺は俺の感情に反するように頭では受け入れてしまっている。
こんなに苦しいのにアンナのお姉さんを倒す気でいる。
(俺はどうすればいい?)
「アモンになって日本に帰るんだ。君がそっちの世界に行ったら僕がこちらから完全にゲートを封鎖するよ。そうすればこの世界に住む君の仲間たちは幸せに暮らすことができる」
「日本では魔力は存在しないから、もしかしたらアモンにならずに済むかもしれないね」
(俺をこの世界に転送したのはお前か)
「そうだよ。君の世界の明治神宮にゲートを作って転送させてもらった」
(俺の十七年の記憶もお前が作ったのか)
「そうだよ。いわゆる一般的な十七歳の記憶になるように作ったつもりだ。こちらの世界で生み出すと魔力が必要だからね。異世界で作ったものを転送するしかなかったんだ。電車で目が覚めたのを覚えているかい? 君はあの瞬間に生まれたんだよ」」
(何でそんな意味のないことをした。器でいいなら記憶も何もない状態で作って、こっちに持って来ればいいだろ)
「ただのプログラムのような人形だと誰にも愛してもらえないだろ。アモンを倒す人に愛されなければ意味がないんだ」
(アモンを倒すのはアンナに決まっていたのか)
「アモンを倒せるような魔力の高い女の子が生まれるのをずっと待っていたんだ。アンナは小さい頃から才能があったけど、まさかここまでとは思わなかったね」
(アンナに好かれたのもお前が仕組んだことなのか)
「ある程度はね。ガミール村にはアンナと年の近い子供はいなかったからね。同い年で知り合えば興味を持ってもらえると思ったからアンナが十七歳になるタイミングで君を作った。好奇心旺盛な子だったから日本の記憶を作っておいた。異世界から来たなんて人がいたら、アンナは積極的に話しかけると思った。星を観るのが好きな子だったから、同じ趣味を持つ設定にしておいたよ。話が弾んだだろう? ああ見えてお姫様に憧れるようなところがあってね。ピンチの時に全てを投げ打ってでも助けに来てくれそうな騎士のような行動原理を持たせておいたよ。それから・・・」
(もういい! もうそれ以上は言わなくていい・・・)
「まあ、目を付けた女の子の好みに合わせて作ればいいから、そんなに難しいことではなかったよ。安心してほしいのはアンナの心を操ったりはしていない。アンナ自身が君を選んだんだ」
(俺がアンナを好きになったのは?)
「それも同じさ。アンナみたいな女の子を好きになるように作ったんだ。見た目や性格、ちょっとした癖なんかも、かなり魅力的に見えたはずだよ?」
(もう分かった。これ以上聞きたいことはない・・・)
「そうか。また何か聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてくれ。僕に出来るのはそれぐらいだ」
「あと、エステレラに着けば僕のいる祭壇に来ると思うけど、僕からアンナにこの話をするつもりはないから」
「いつ誰にどうやって話すのかは君が好きに決めればいい」
徐々に視界が暗くなっていく。
自分が目を閉じているのかも分からない。
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