第16話 知らない情勢

 ――戦争から一夜明けてエイズルとその周辺国は、エイズル国王ディーンの死、レベル軍との戦争、伝説の剣を持つ英雄、と歴史に残るような大事件を一度に目の当たりにし、にわかに色めきだっていた。

 戦争の火種となったエイズル王によるレベル王の暗殺が白日の下に晒されるも、これまで迫害されてきたレベル人が都合の良い理由をつけていると信じようとしなかった。

 しかし、エイズル国にあるイグレシア教会教皇の名の下に読まれた『レベル人は無用の迫害を受けてきた、製鉄による呪いはなく、遥か昔から亜人は存在していた』という声明文は、大陸の約半数が所属するイグレシア教徒に衝撃を与え、極一部ではあるものの、レベル人の解放を認める運動が起ころうとしていた。


「実際は解放運動と呼べるほどのものは起こっていない。今は潮目が変わっている様を見せつけるだけで十分だ」

 戦争に勝利した労いとしてレベル城に招待され、客間で待たされている間にリージェンが新聞の内容を読み上げてくれた。

 何でも戦争を起こす準備の一つとして、このような号外を既に作成していたらしい。相変わらず抜け目ない。

 無事勝利すれば、あとは号外の内容に近づけるよう行動する、という作戦だったらしい。

 フォルスは元々イグレシア教徒にいたレベル人への迫害や教会の在り方に疑問を呈する者たちからの支持を多大に受けていた。

 流刑からの脱走、レベルとの同盟によるエイズル城陥落は教会内でのフォルスの発言力を強め、エイズルと結託し甘い蜜を吸っていた層を抑え込むことに成功した。

 フォルス曰く、教皇は元々お飾りのようなもので良くも悪くも教会の多数決で動く人、とのことだったので力業でイグレシア教そのものの姿勢を示すことに成功した。

 リージェンは各地に散らばるレベル人を利用し、伝説の剣を持つ英雄によりレベル人解放軍が勝利したと拡散し、レベル国の地位向上を目指していた。

 それと同時にエイズル軍のほとんど全ての武器を没収してしまった。しかし、エイズルに住まう貴族階級や商人たちの財については一切関与せず、これまで通りの生活を約束した。

「国を落としたとしても遺恨は残る。エイズルの影響力が大きいことには変わりないので、最低限仕返しをされないように手を打った。エイズルに駐留する軍の上層部は権力を楯に威張っていただけだから自ら戦えるようなやつらではない。貴族や商人にレベルと争うことに利がない、と思わせることができれば十分だ」

 それに、とリージェンは悪そうに笑う。

「エイズル軍から武器を没収したことで、今や鉄製の武具のほとんどがレベルの所有物となった。今まではイグレシア教を利用してエイズルが独占をしていたが、今後は鉄製の武具を各地に流通させることでエイズル一強の時代を終わらせる。そうすることでゆっくりと国の格差は無くなっていくだろう」

 一国の主になると考えることのスケールが大きすぎてついていけない。

「ともあれ、レベル人解放のまず第一歩がエイズルに勝利することだった。改めて礼を言う」

 ディーンと戦ったのは確かに俺たちだったが、レベル兵の頑張りがあってのことだ。美味しいところ取りをしたようで悪い気がする。美味しかったとも言い切れないが。

「姫様、今回同盟を願い出たのは嬢ちゃんの救出が理由だったのは間違いないが、実はその前からレベル国に協力してほしいことがあってな」

 すっかり忘れていた。無事にアンナを救い出したのだから、本来の目的のことを考えなければならない。

「坊主と嬢ちゃんはエステレラに行く用事があるんだ。ただし、ベラハ山を踏破するのにこの四人だけで行くのはハッキリ言って不可能だ。レベルの支援を仰ぎたいんだが、どうだ?」

「ああ、分かった。手配しよう」

 サラッと協力を取り付けてくれた。決して安くない支援だろうに、そんな簡単に請け負ってしまっていいのだろうか。

「ただし、私からも一つ条件を出させてくれないか」

 前にもこんなことがあったな。リージェンは自分の思う通りに話を進めるのが上手いことは短い付き合いだが間近で何度も見てきた。今回も何か企みがあるんだろう。

「我々は準備が整い次第、魔王アモンを討つ。その為に力を貸してくれるなら同行を許そう」

 たまに見せる意地悪そうな笑みを浮かべ、俺たちを試すかのように顔を見回す。

 それにしても戦争が終わった直後に魔王討伐とは・・・。何を考えているか全く読めない。

「エイズルとの戦争で兵は疲弊しています。今魔王に攻め入るのは危険ではないでしょうか」

 フェーデも俺と同じことを考えていたようで、リージェンを止めに入る。

 アンナとフォルスは天井を見たり、腕を組んだりして何か考えあぐねている。

「今でないとダメなんだ。魔王討伐の目的はレベル人解放のための第二歩目として絶対に果たさねばならない」

 いつも以上に真剣な眼差しで自分の覚悟を言葉にする。

「悠長にしていると、レベルがエイズルに歯向かった、というイメージが固まってしまう。大勢の考えが揺らぐきっかけはできた。レベル主導の元、魔王を倒すことで解放の気運が高まる。それぐらいしないとレベル人への偏見や差別は終わらないだろう」

 我々が世界に対して、有益であることを証明せねばならない、と自分に言い聞かせる様に目的を明かす。

 レベル人の解放が目的だ、というのは変わりないが、そこまでしないといけないなんて。

 十五歳の少女が抱えられる問題ではない。

 隣に座っていたフェーデがリージェンの手をそっと優しく包む。

「私はイグレシア教を盲信していました。最初はレベルと同盟を組むことにも懐疑的でした。でも、一緒に戦うことで、言葉を交わすことで、教えが間違っていることに気が付けました。だから、きっとみなさんも分かってくれると思いますよ」

 私に出来ることがあれば、何でも協力します、と固く手を握った。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように、リージェンは年相応の少女の顔をしていた。

 弱音を吐く相手もいないだろうし、自分の価値観を肯定されるのは心強いだろう。

 考えこんでいたフォルスが膝を叩いた。

「わしも協力しよう。エイズルと教会に一泡ふかせてやったから、やることもないしのお。何よりペダルへの手向けになるだろう」

 ガハハと笑い、見せつける様に腕を叩く。

「魔王を倒したその時は一緒に酒を浴びるほど飲もうではないか」

「いいだろう。望むだけの食事と酒を用意することを約束する」

 よしっ、と気合を入れて立ち上がり、準備運動をし始める。フォルスは今からでも出発できそうだ。

 アンナも気持ちが固まったのか、口を開き始める。

「私はお姉ちゃんを探したい、という気持ちが正直一番大きいけど、みんなに助けてもらったのは本当に嬉しかったし、私の魔力が役に立てるのであれば何でもしたい」

 チラッとこちらを見て、すぐにリージェンに視線を戻す。

 みんな何も言わずに待っていてくれていた。無理強いされることなく自分の言葉で意思を伝える。

「俺もリージェンに協力するよ。元の世界に戻る手がかりも見つかるかもしれないし、蛹の剣を使えることがレベル人のためになるのであれば、手を貸したい」

 リージェンはいつもより小さい声でありがとうと呟き、準備があるのでまた後程といって足早に部屋を出てしまった。

 去り際の瞳がうっすらと濡れているようにも見えた。


 その後、レベル女王としてリージェンは諸外国に対し、魔王討伐に向かうことを宣言した。

 国を問わず、人種や年齢を問わず、協力は惜しまないと。

 予想以上に反響があり、様々な国から志願兵や物資の提供がレベル国に集結した。

 それだけ魔王を倒すことはみんなの悲願であり、エイズルを倒した伝説の剣があれば勝てるかもしれない、と信じてもらえているということだろう。

 リージェンの言葉から二日もすると、レベルには大勢の人と物資が続々と集まり、予定を早めてベラハ山への進軍を始めることとなった。

 レベルからベラハ山の山頂まで約十日、さらにそこから魔王が住むとする星観の塔まで十日ほどのスケジュールらしい。ベラハ山を除けば他は平地のようで、背後から迫るエイズル兵に気を取られない分、ダールへの山道よりはいくらかましに感じる。

 レベルを発ち、二日ほど歩いたところでベラハ山がその姿を現し始めた。

「でかいだろう。あれに今から挑むんだ。見てみろ、山頂には雪が積もっておるのが見えるわ」

 ダール出身ということでフォルスは昔から山登りや長距離移動が好きなのかもしれない。

 一方、都会生まれインドア育ちであろうフェーデは溜息をついていた。

「本では見ていましたが、あんなに大きいのですね・・・」

「ここから麓までまだ三日歩くぞ。近づけば近づくほどに今より大きくなるかな。楽しみだ」

 ガハハと笑う声がまるで遠足を楽しむ子供のように明るく響く。

「アンナもわりと体力あるよな。ダールに向う時もそんなに疲れてなかったみたいだし」

 健康的に日に焼けているし、田舎者だからと自称するほどだから、小さい頃から外で遊んでいたのだろうか。

 そういえばアンナの出身地はどこなのだろう。

「前にも言ったかもしれないけど、私の島はすごい田舎だったから。年の近い人もほとんどいなかったし、ずっとおじいさんたちにくっついて畑仕事を手伝ったり、魚取ったりしてたんだよね」

 小さい島だったから山登りは全然経験ないんだけど、と疲れよりも好奇心が勝っているように目を輝かせる。

「そういえばアルタのいた日本って山とかあったの? 私たちの世界よりもずっと便利で町が大きいような話は聞いたけど」

 一緒に旅を始めた頃、元の世界の話をしたことを思い出す。

 魔法はないものの、電気と機械に溢れた世界で、魔物がいないから戦闘なんて民間人は無縁であること。確かにどんな生活をしていたのかイメージはしにくいだろうな。

「日本にも山はたくさんあったよ。ただ、車とか電車っていう勝手に動く乗り物があったから山を登って向こうの国に行くなんてことはほとんどなかったな。一部の人が趣味で登るって感じかな」

 日本にいたことが遠い昔のように感じるが、こっちの世界に来てからせいぜい二週間ぐらいしか経っていないんだろうな。

 エステレラに着いたら、俺の旅も終わるのかもしれない。魔王を倒す手伝いはしたいが、負ければ命を落とすだろうし、勝ったら本当に残る意味が無くなってしまう。

 いや、残る意味はあった。アンナと一緒にいたい。

 しかし、このままずっとこの世界にいていいんだろうか、という葛藤は尽きない。

 エステレラへの旅が始まり、ずっと歩き続けていると考えることが多くなる。

 疲れを紛らわすために他愛もない話をしていると、背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。

 レベル城に残って仕事をしていたリージェンが優雅に合流した。

 待たせたな、と言って軽快に馬から降りる仕草は女王というより王子様に見えた。

「姫様がこんなところで油を売っていていいのか?」

「私だけ馬で先を急いでも魔王を倒せるわけではない。それに行軍の苦労を味わっていないと兵を労わることもできないからな」

 まさに王の鑑だ。こんな人に仕えることができるレベル兵はさぞ幸せ者だろう。

「身の安全を第一に考えさせてもらうとしても、君たちと一緒にいるのが一番安全だ」

 それに私だけ仲間外れにされるのは悲しいからな、と口に薄い笑みを浮かべて、アンナとフェーデの顔を見た。

 リージェンを囲むように二人がワイワイ盛り上がっている。こうしてみると女友達で旅行に行っているようにしか見えない。

 これから世界の命運を決める戦いに赴こうとしているにも関わらず物見遊山で行く様に見えたら、周りの兵がピリつかないだろうかと気になってしまう。

 が、それは杞憂のようで、兵たちは綺麗な女性が三人楽しそうにしている光景に癒されているのか、幼い頃から知っている忠誠を尽くすべき女王が友達と仲良さそうにしている光景が眩しいのか、

 いずれにしても暖かい目でこちらの様子を見守っていた。

 それはそれで緊張感に欠ける。


 行軍を続け予定通りベラハ山への登頂が始まった。

 ベラハ山に最も近い国がレベルだという話は確かで、フォルスの言う通り四人で着ていたら麓に着く頃には食料は持たなかっただろう。

 長く続く兵の列は戦闘部隊と補給部隊に別れ、補給部隊によりレベルからリレーのように最前線まで物資が送られていた。

 節制した食事ではあるものの、少しの酒が振舞われることで、みんな夜の一杯を支えに歩き続けた。

 明らかに気温が下がり、吐く息が白くなってくる。

 代わる代わるアンナとフェーデが火の魔法を使い暖め合っているが、険しい山道を登りながら魔法を使うのは普段よりも消耗が激しいようで、魔法に頼ってもいられないようだった。

「そういえば、じいさんは魔法を使えないのか?」

「全く使えないわけではないが、昔からエーテルの扱いが下手でな。イグレシア教会に世話になったのは感謝しているが、昔は馬鹿にされて辛かったのを覚えておる」

 フォルスにもそんな時があったんだな。誰よりも強い印象があるからいじめられているのなんて想像できない。

「それが悔しくてな。魔法に頼らず、身体を鍛え、技を磨いた。気が付けば気に入らないやつを黙らせる程に強くなっていたわ」

 まあ、自分をいじめたやつに優しくしろ、なんて言うつもりはない。

「なんでイグレシア教会に世話になってたんだ? その頃はまだなかったと思うが、魔力が高いと魔導団にスカウトされるなんて話も聞くと、かなり魔力至上主義な風潮なんだろう?」

「わしが生まれた頃にはダールは寂れていてな。家族も貧しくて売られたんだ。当時は珍しくなったんだ。イグレシア教徒にも色々おってな。それこそ姉ちゃんのように慈愛に満ちた人も中にはいて、わしはそこで育てられた」

 普段の明るさを思うと胸が苦しい。幼い頃に家族に売られ、引き取られた教会では魔法が使えず、その辛さを想像することもできない。

「魔王って何が目的で世界を滅ぼそうとしているんだろうな・・・」

 フォルスが大きく白い息を吐き、荷物を背負いなおす。

「それは誰にもわからん。歴史上、魔王が現れた時代は実はそう多くない。二千年前から数えて今が六度目の復活と言われている」

 足を止めることなく、気を紛らわすように続ける。

「大体数百年ごとに現れていたからな。今回は何故か十三年で復活を遂げてしまった。だからこの時代の人間は急に絶望に落とされたように何かしら抱えておる」

 まあわしほど波乱万丈なやつもそういないがな、と苦笑する。

「俺のいた世界にも戦争はあったが、魔王なんていなかった。あくまで人と人との争いだったし、その戦争ですら自分には関係のない他人事だと思っていた」

 幸せな世界にいたはずなのに。今更ながら、人同士でどうしていがみ合ってしまったんだろうと切なくなる。

「なんでこの世界の人達は希望を持って生きていけるんだ。じいさんは何を支えに頑張ってこれたんだ」

 ジッと俺の目を見据えるように、フォルスはゆっくりと話す。

「魔王という共通の敵がいるからだと、わしは思っておる。見てみろ、レベル人だのエイズル人だの、いがみ合っていたやつらが列をなして山を登っている。残念ながらわしらは気に入らないことがあると誰かのせいにしてしまう。魔王がいるからこそ協力できているなんて皮肉だがのう」

 だから坊主のいた世界を羨ましいとは思っても行きたいとは思わないな、と少し悲しそうにつぶやく。

 故郷と家族を失っても、魔王がいることでもたらされたものに目が向けられている。

 改めてフォルスの心の強さに気付かされる。

 あくまでわしの考えだがな、と釘を刺し、少し後ろを歩くフェーデを指差す。

「せっかくの機会だし姉ちゃんにも聞いてみな。ある意味わしとは正反対だからな。また違った角度から話を聞けるだろう」

 確かにこの機会にみんなの考えも聞いてみるのもいいかもしれない。

 礼を言い、後ろから一生懸命山を登るフェーデに合流する。

 疲れで話す余裕なんてないだろうか。

「いえ、黙々と歩いていると余計に時間を長く感じてしまいますので、話しかけてもらえるのはありがたいです」

 息を弾ませているが、気を紛らわしたいという気持ちも嘘ではないようなので聞いてみる。

「この世界の人たちは魔王や魔物がいて理不尽に命を奪われることがあるのに、どうして諦めずに立ち向かえるんだ?」

 フェーデの中に答えはあったのか、時間を空けずに答えてくれた。

「恐怖の元凶が魔王だと明確に分かっているから、かもしれませんね」

 手袋をしているとは言え指先が冷えているのか、指を動かして暖めている。

「魔王は復活しては国を滅ぼし、魔物は人を襲います。ですが、幸いなことにその頻度は多くありません。あくまで本に記されている歴史ですが、いつの時代も復活の際に一つの国を滅ぼしては姿をくらませ、その後は時折他の国を襲うものの、何故かそこまで大きな被害でないことが多い様です。魔王は復活するのに、とてつもない魔力を使い、復活後に目に留まった最初の国を滅ぼしては魔力を使い果たしているのではないかと言われています。その後は魔力が回復したら攻撃を再開する、という理屈をつけるとある程度説明はできます」

 俺が想像していた漫画やゲームの魔王とは少し違うのだろうか。放っておくと世界が滅ぼされる、ということにはならなそうな話だ。

「それだと今は弱っているということか? ここで倒したらまた将来復活してどこかの国が滅ぼされてしまうんじゃないか?」

 倒さずに殺さない程度に弱らせて、被害を最小限にしておくのがいいんじゃないか?

「確かにそういった考えを持つ方もいますね。一つ目の質問ですが、魔王の中では弱っているとしても、それでも人が容易に太刀打ちできる相手ではありません。攻めるなら今、というのは間違いないでしょうが、それができる勇気や強さは誰しもが持ち合わせているものではありません」

 寒さと疲労の中でも流さず、しっかりと答えてくれる。

「二つ目の質問ですが、この遠征で魔王を倒せたとしても、いつかは復活してしまうと思います。これまで何度も復活していますから。未来の人達に押し付けてしまっているのかもしれません。ですが、放っておけば十分に魔力を回復し、二つ目、三つ目の国を滅ぼす可能性がないとは言い切れません。誰しも魔物が現れた時、天災が訪れた時、今度こそ魔王が自分の国を滅ぼすのではないかと、恐怖します」

 魔王のいない世界で生きた俺を、羨む様な目で見られる。

 急に自分の能天気さに罪悪感を覚える。

 無駄なんじゃないか、なんて言わないでくださいね、と微笑むように言う。

「みんな、それを考えない様にしているんですから」

 希望か絶望か、どちらを胸にして口にしているのか、分からなかった。


 翌日、もう少しで山頂というところでリージェンに声をかけられた。

「浮かない顔をしているな。怖気づいたわけでもないんだろう?」

 フォルスとフェーデの話を思い出していたんだが、そんなに暗い表情をしていたのだろうか。これから一層士気を高めなければいけないのに、足を引っ張ってはいけない。

 しかし、どうにも気持ちがスッキリしない。

 思っていることを正直に話す。魔王を倒す理由、立ち向かえる理由、将来またどこかの国が滅ぼされる可能性、魔王がいない世界から来た自分の甘えた考え。

 一喝してほしいのかもしれない。そんなことを考えてもしょうがないし、子供が考える下らない悩みであることは薄々分かっている。

 でも、魔王のいない世界にいた俺からすると、この世界の人達の諦めを、どうにかならないかと考えてしまう。

「君は素直な人間だな」

 リージェンは嫌味なく笑う。

「厳しい言い方をすると、君一人に出来ることなんて、そう多くはないぞ。それは私もそうだし、アンナやフェーデ、フォルスだってそうだ」

 決して蔑むことなく、励ましてくれる。

「自分が正しいと思ったことを果たせばいい。それによって誰かが不幸になってしまっても、その人を救う人もいれば、その人だって一人で立ち上がれるものだ」

 人はそんなに強くないが、そんなに弱くもないはずだ、と山道を踏みしめながら話す。

「君は蛹の剣を使える。誰よりも分かりやすい使命があるんだ。私は君を利用しているが、君は自分の正義に従えばいい」

 あと少しだ、と白い息を吐きながら明るい表情をする。

「君の正義と私の正義は同じものだと思っているよ」

 少し先を歩いていたアンナが山頂に着き、こちらに手を振っている。

 リージェンが息を切らしながら、ペースを早める。

 ずっと頭の上に立ち込めていた重い雲は、アンナの上から少しずつ晴れ、少しだけ青空を覗かせた。


 頂上につき達成感を味わう兵たちは、数日後に魔王と戦うとは思えないほど、晴れやかな顔をしていた。

 みんな一時の休息を味わっている中で、アンナが元気にはしゃいでいた。

 リージェンは笑顔でそれに応え、遅れながらも登り切ったフェーデを労っていた。

 一番に頂上に着いていたらしきフォルスが先頭集団と談笑をしていると、こちらに気が付き近付いて来る。

「ここまで来ればあと少しだ。予定より少しだけ遅れているようだが、もう三、四日でエステレラに着く」

 チラリと俺の顔を見て、

「少し男らしい顔つきになったではないか」

 と肩を叩いて豪快に笑う。悩んでいる俺を気遣ってくれているように思えた。

 やっとベラハ山を越えられるという思いと、まだ先は長いなという思いが、ない交ぜになって口数が減る。

 しかし、みんなと話すことで随分と心が軽くなった。

 自分のやれることをやる。蛹の剣の力で魔王を倒し、レベル人の解放の手助けをする。アンナのお姉さんの手がかりを探す。

 魔王を倒すことで将来不幸になる人がいるかもしれないが、この世界の人たちはみんな乗り越えてきたんだ。

 俺の力が役に立つのであれば全力を尽くそう、と今一度決意を胸にエステレラに向かう。

『やっと来たね、待っていたよ』

 誰かに声をかけられたが、幻聴のようにも思えた。

 気にせず、山を下りていくと再び声が聞こえた。

『今のうちにゆっくり話したいんだけど、いいかな』

 どこかで聞いたことのあるような声が、ぼんやりとだが確かに聞こえた。

 でも、耳で聞くというよりは頭に直接響いているような、記憶の中の音を再生しているような感覚だった。

(誰だ? 俺に話しかけているのか?)

『ああ、そうだよ。こうして話すのは面倒だからね。少しだけ時間をもらうよ』

 テレパシーのようだが、誰かが何かの魔法を俺に使っているのだろうか。

 辺りを見回すと、急に足元がぐらりと揺れた。

 レベル兵に抱きかかえられたようだが、目の前が真っ暗になり、意識が飛んでいく。

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