第15話 知らない告白

 気が付くと医務室らしきところのベッドに横たわっていた。

 看病をしてくれていたフェーデが涙を流しながら手を握ってくれる。

 横のベッドにはアンナが寝ていた。過労で気を失ったとのことでしっかり休めば元気になるそうだ。

 フォルスとリージェンは戦争の後始末をしてくれているそうで、医務室にはいなかった。

 フォルスはイグレシア教会に降伏を宣言させ、リージェンはレベル軍に勝利を知らせた。

 ディーンがいなくなったエイズルは敗北を認め、戦争は終わった。

 丸一日ほど寝ていたようで、もう夜もふけてきたらしい。

 フェーデは付きっきりで俺とアンナを看病していた様で、安心したのか眠ってしまった。

 身体中が痛いが、一日寝てしまったこともあり目が冴えてしまい、全く眠れない。

 医務室をでると廊下が野戦病院のようになっており、手当を受けているエイズル兵、イグレシア教徒、レベル兵で埋め尽くされていた。

 みんなの視線に責められている気がして、人気のない庭に逃げ出した。

 案の定、庭にもひしめき合っていたので、しばらく歩くと人のいない石畳の小さな広場にでた。

 色々とネガティヴなことを考えてしまうので、ボーっと星を眺めながら心を休める。

 地面に寝転び、星を眺めてはディーンを殺したことを思い出し、星を眺めては傷ついた人々を思い出す。

 抱えきれない罪悪感に苛まれていると、足音が聞こえた。

「こんなところにいた」

 星空を遮る様にアンナが顔を覗く。

 何も言わずに横に寝そべる。

 星が良く見えるねー、と何事もなかったかのように呟く。

 話したいことはたくさんあるはずだが、今は後ろ向きになっていたし深夜のテンションなので変なことを口にしてしまいそうで、言葉が出てこない。

 不自然に黙ってしまうと、アンナが先に口を開いた。

「ありがとね。助けに来てくれて。嬉しかった」

 アンナに御礼を言ってもらい、喜んでしまう自分に腹が立つ。

 傷ついている人が大勢いるのに、能天気に喜んで言い分けがない。

「みんなが来てくれた時ね。もう本当に結婚する間近だったの。あと数分、数秒遅かったらエイズル女王になっていたかもしれないんだから」

 クスクスと笑う声が溶ける様に消えていく。

 そっとアンナの手が触れた。

「ダールで攫われてからね。二日しか経ってないけど、ずっと考えていたんだ」

 ゆっくりと暖かい手で包まれる。

「結婚なんかしたくないな、アルタは私を助けてくれるかな、もし結婚させられちゃったらアルタは悲しんでくれるかな、とかね」

 木々がさわさわと揺れて、風の音だけが聞こえる。

「船に乗せられてから挙式の瞬間まで、アルタのことばかり考えていた。それだけ考えちゃっていたら、さすがに自分でも分かる」

 アンナの手の平がじっとりと汗ばむのがわかる。

「好きだよ、アルタ」

 そっと首を横に向けると、身体ごとを俺に向けて寝そべっていた。

 アンナの顔が思っていたよりも近かった。

「やっとこっち見た」

 クスクスと可笑しそうな笑顔をみて、胸が高鳴る。

「俺もアンナが好きだ。でも、この戦争で傷ついた人も死んでしまった人もいて、ましてや俺はディーンを殺してしまった」

 アンナが真剣な、それでいて優しい表情で黙って俺を見ている。

「喜んでちゃいけない気がして、笑ってちゃいけない気がして、とても幸せになんかなっちゃいけない気がするんだ」

「アルタは凄い人だと思うけど、そんなに何でも一人で背負いきれるなんて思っちゃダメだよ。そういう重たい荷物はフォルスに持たせちゃった方がいいよ」

 気にも留めないという言い方で俺を励ます。

「フェーデは喜んでくれると思うな。私たちのこと気にかけていたし。リージェンはまだあんまり話していないけど、咎めるようなことは言わない人だと思うよ」

 確かにみんな優しいので俺を責めたりはしないだろう。そういう人達だ。

 俺は誰に許されたいんだろう。見ず知らずの人か。自分の大切な人か。

 誰を喜ばせるべきなのか、考えずに悩んでしまっていた。

 アンナの目を見ると、気持ちがスッと楽になる。

 我ながら単純な頭と心をしていると思うが、これだけの美少女に告白されたら喜んでしまうのは当然だろう。

 まして、自分の好きな人なのだから。

 身体を起こし、アンナを見下ろす。

「ありがとう。もうウジウジしない。これからもアンナを守る」

「ありがとう。ウジウジしたら慰めてあげるから、これからも私を守ってね」

 アンナも身体を起こし、見つめ合う。

 急に恥ずかしくなってきてしまい、どちらともなく笑い合う。

 笑い声はいつまでも溶けずに残っていた。


「でも、よくこんなところにいるのが分かったな」

 城からコッソリ抜け出して、誰にも気づかれない様に遠くまで歩いたつもりだったんだけどな。

 ああ、とアンナが広場の奥を見やる。

「ここね、エイズルの祭壇なの。星霊王が祀られているところだから。アルタがいるよ、って教えてくれたの」

 ね、と宙に向って話しかける。まるでそこに星霊王がいるかのように。

 アンナは俺の表情で察したのかニコッと笑う。

「うん、ずっとここにいたよ。どうせアルタには見えないからって応援してくれていたの」

 恥ずかしくて顔が赤くなっているのがわかる。 というかアンナだって恥ずかしいだろ。 よく星霊王の前で告白できるな。

「そんなに驚かないでーって言ってるよ。星霊王って言ってもアルタが思うようなものじゃないってさ。火の星霊でテラっていう竜なんだけどね」

 そもそも星霊っていうものをやっと受け入れられるようになってきたのに、星霊王とか竜とか当たり前の様に言われても困る。

 アンナが通訳をしてくれていると、途中からテラと話し始めてしまった。

 止めることもできず、ただそれを眺めていると、

「初めまして、アルタ。頑張りましたね。ああ、さっきの告白のことじゃなくて、昨晩の戦いのことですよ」

 アンナの全身を赤い光が包み込み、いつものアンナではない口調で話す。

 これは降霊術か? テラが話しているのか?

「アンナの魔力は使っていませんので安心してください。あなたと直接お話がしたかったので身体だけ貸してもらいました」

 どことなく母性を感じる。星霊王と言われて男性を想像していたが、テラは女性なんだろう。

「さて、何から話しましょうか。元の世界への戻り方とかでしょうか」

「知っているんですか?」

 そんなあっさり帰る方法が見つかるもんなのか。

「いや、異世界から来た人なんて初めてなので分かりません。ですが、時空の星霊であれば異世界に通じるゲートを開くことができますので、そこから帰れるのではないかと思います」

 つまり、引き続きエステレラに向うっていう目的は変わらなそうだ。

「ただエステレラに行くだけでいいんですかね? 手順とか必要なものとか、何か心当たりがあれば教えてください」

 手を頬に当てて首をかしげる。普段のアンナではやらないような仕草だ。

「アンナがいれば時空の星霊とコンタクトを取るのは問題ないでしょうし、強いて言うなら私があげた剣を持っていくといいですよ」

「蛹の剣ですか? あれは一体何なんでしょうか」

 誰も詳しく知らない伝説の剣だ。星霊王の剣だという話だし、このタイミングで話を聞いておきたい。

「昨日使っていた剣ですよ。あれは大昔にハムンで起こった水害をオリジンという魔導師が静めたことへの御礼として人間に与えました。剣そのものに魔力が込められているので、降霊術の対象にすることもできます」

「何で俺以外の人は持てないんですか?」

「何故でしょうね。オリジンも普通に持っていましたし、過去に何人か使っている者もいたのですが。ああ、でもここ二千年ほどは誰も持っていなかったかもしれませんね」

 さらっと時間の感覚が狂うセリフが出てくる。星霊ってやっぱり何千年も生きているものなのか。

「俺が魔法を受けつけない理由について何か知っていますか?」

 全く分かりません、と首を振られる。

 凄く親切だし、俺の質問が悪いのだが、知りたいことが知れたかと言われると微妙だった。

「最後に一つだけ教えてください。テラって元々別の町にいたんですか?」

「ええ、良くわかりましたね。元々ヒューゲルにいたんですが、エイズルが私の祭壇を移してしまいまして。なのでエイズルの人たちとはあまり相性が良くないんですよ」

 エイズル人がテラの加護を受けているようには見えないので、もしやと思ったら案の定だった。

 テラに別れを告げ、アンナが目を覚ます。

 ぼちぼち帰ろうか、と今一度テラに礼を告げ、城に戻る。

 少し恥ずかしかったが、アンナの手を握ってみると、ぎゅっと握り返してくれた。

 顔を見ると背けられたので表情は分からなかったが、手から嬉しそうな感情は伝わってきた。

 まだ後始末がたくさん残っていそうだが、頑張ろう。

 城に着いたらフェーデが目を覚ましていた。

 心配しましたよ、とむくれるも俺とアンナの様子がいつもと違うことに気が付いたように、アラアラと微笑んだ。

 フェーデはヒューゲル出身なのだろう。聞かなくても分かる。

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