第14話 知らない死闘

 中央を延びる通路をフォルスが勢い良く駆け抜ける。

 フォルスの背後に光がぶつかった。フェーデが強化魔法をかけているのだろう。

 フェーデの背中を守る様にリージェンは引き続き銃に力を込めていた。

 正面はフォルスに任せ、俺は通路の右側に並ぶ長椅子の陰に潜む。

 花嫁衣装に身を包んだアンナが見える。

 フォルスがディーンを殴り飛ばそうとするが、盾のような光を放ち攻撃を防ぐ。

 その勢いのまま大司祭が立つ祭壇を思い切り蹴り飛ばす。その音に紛れてアンナの元に走り出す。

 フォルスがいた辺りに天井まで届くほどの火柱が立つ。

 心配になるが今はアンナを救うことだけを考える。

 最前列の長椅子の脇から飛び出すと、火球が顔をめがけて飛んできた。

 が、何ともなく、アンナの手を引き、庇う様に前に立ち剣を抜く。

「大丈夫か、アンナ」

 アルタ、とか細い声が聞こえる。どうやら傷などはなさそうだ。

 改めてディーンと対峙する。

 ウェーブがかかった長髪が胸まで伸びている。精悍な顔立ちをしているが、目に浮かぶ残酷さを隠そうともしていない。

 右手から剣の形をした光を放ち、襲い掛かってくる。

 咄嗟に蛹の剣で受けるが、力が強く押されてしまう。

 鍔迫り合いになり、間近で顔を覗き込まれる。

「貴様は何者だ。どうしてその剣を持っている」

 何とか横に受け流し、胴に振りかぶるも光の盾で弾かれてしまった。

 ディーンはアンナには興味がないのか、再び斬りかかってくる。

 俺に魔法は効かないはずだが、光の剣と盾が蛹の剣を阻む。

 相手は刃こぼれもしないだろうから武器の破壊も狙えない。

 背後でけたたましい音がしたと思うと、ディーンが下がり足元から火柱が立つ。

 やはり、この魔法は効かないようで炎の中からディーンに襲い掛かる。

 が、またしても光の盾によって防がれてしまう。

 打開策が浮かばないまま剣を構え、間合いをとる。

 視界の端でアンナがフェーデたちのところに逃げたのが見えた。

「質問に答えろ」

「アンナを助けに来た。剣については教える義理はない」

 ディーンの背後を通る様に太い水流が正面の壁を壊す。

 大司祭が壊れた壁から中庭に出て、それをフォルスが追いかけるのが見えた。

「私の邪魔をするのは許さない。虚仮にするのも許さない。何かを隠したまま死ぬのも許さない」

 後ろに下がりながら光の剣を消し、右手を空に掲げた。

 赤い光が右手からディーンの全身を包んだと思うと、太陽を思わせる巨大な火球が出現した。

 魔法が効かないとはいえ、さすがにこれは防げないのでは、と一瞬躊躇うと、

「アルタ、逃げて!」

 アンナの声に反応して、咄嗟に左に転がる。

 体勢を崩しながら逃げるも、後ろで爆音がし、右足に激痛が走る。

 熱い。右足が燃えている。叩いて火を消そうとするも熱くて思う様に動けない。

 何で今度は攻撃されてしまったんだ。訳もわからず悶えながら後退していると、背後から波が立ち、右足を鎮火してくれた。

 辛うじて立つことはできるも、とても踏み込める状態ではない。

 再び水流がディーン目掛けて放たれるが一瞬で凍り付いてしまう。

 足を引き釣りながら下がっていくと、アンナに受け止められた。

「待ってて、今治癒魔法をかけてあげるから」

 俺の右足を淡い光が包み込むが痛みは引かない。やはり魔法は効かないようだ。何であの炎は俺の足を燃やせたんだ。

 フェーデとリージェンは左の壁沿いに移動して様子を見ている。

 フォルスは中庭で激しい音を立てており、暴れているのが分かった。

 渡されていた回復薬を足にかける間もなく、前から火柱が向かってきた。

 目の前に水の盾が立ち塞がり、湯気が立ち込める。

 今のうちに、とアンナが俺を移動させ、回復薬を使う。

 無事痛みは引いたものの、アドレナリンで一時的に麻痺しているだけなんだろう。痛々しいやけどが焼けたブーツに張り付いているように感じる。

「あれは降霊術だよ。星霊の魔法はアルタにも影響があるから絶対逃げて」

 ディーンは降霊術まで使えるのか。あの光の魔法も降霊術なのだろうか。

 ディーンがゆっくりとこちらに向ってくる。先程の赤い光は消えており、おそらく降霊術を解除しているように見える。

 それに合わせる様に俺とアンナは時計回りに左側に後退し、フェーデとリージェンは祭壇の方に動く。

 それぞれが時計周りに動き、ゆっくりと距離を保っていると、正面扉の前でディーンが立ち止まり、光の剣を俺めがけて飛ばしてきた。

 蛹の剣で受けきるも、陰にもう一本の剣が潜んでいるのを見逃してしまい、胸を貫く。

 やばい、と思ったが胸に痛みはなく、光の剣によるダメージは無かった。

「どうやら防げる魔法とそうでない魔法が存在するようだな」

 そう言って右手を向け、火球を複数飛ばしてくる。

 どうにか左に躱そうとするも、火球は曲がり俺の背中にぶつかる。

 が、またしても影響はなく、熱さも感じない。

「どうやら降霊術でないといけないらしいな」

 化け物め、と罵ってくるが、すぐに降霊術は使わないようだ。

 さっきフェーデに聞いた話だと、降霊術は魔力の消耗が激しいはずだから、そう簡単には連発出来ないんだろう。

 つまり魔力を回復されて、もう一度降霊術を使われると今度こそ逃げられない。どうすればいい。

「言う通りにするからもうやめて!」

 アンナが自分を犠牲にディーンを止めようとする。

 それでいいはずがない。それで命が助かったところで何の意味がある。

 ディーンが再び歩き出す。

「見逃す理由がないな。蛹の剣もお前も私の物だ」

 冷たく言い放ち、変わらず距離を縮めてくる。

 背後からリージェンが水鉄砲で援護をしてくれる。

 光の盾で防がれるも、それを突き破りディーンの右肩を貫いた。

 初めて険しい顔を見せ跪くも、自分に治癒魔法をかけて回復されてしまった。

 そのまま立ち上がるのかと思ったが、跪いたまま動かない。

 まずい、と思ってリージェンのところに駆け寄るも、間に合うはずもなく放たれた光の剣が、リージェンの銃もろとも右腕に突き刺さった。

 血を流し、呻き声を上げるもフェーデが側にいたのですぐに治癒魔法をかけてくれる。

 しかし、水鉄砲は破壊されてしまい、唯一ディーンに傷を負わせた武器を失ってしまった。

「貴様は最後に死なせてやる」

 ディーンが立ち上がり、フェーデとリージェンに向って歩き出す。

 右手を二人に向けて魔法を放とうとするディーンが突然苦しみだした。

 慌てた様子で後ろに下がり、正面扉前まで行くと、荒く肩で呼吸をし始めた。

 一体何が起こったんだ?

「アルタ、こっちに来て」

 アンナに手を引かれ、左にある部屋に隠れる。

 リージェンもまだ痛むようだが、何とか立ち上がり、フェーデと共に中庭に消える。

「少しの時間稼ぎにはなると思うけど、このままじゃみんなやられちゃう」

 一生懸命何かを考えているアンナの肩にマーリが止まった。

「あら、お兄さん良い剣を持っているわね。それであいつやっつけちゃいなさいよ」

 事態に似つかわしくないのんびりとした口調で応援してくる。

「蛹の剣を知っているのか? 光の盾に弾かれて防戦一方なんだ」

「蛹の剣? 星霊王の剣よね、それ」

 アンナはマーリに何かを耳打ちされ驚き、頷く。

「じゃあお兄さんよろしくねー」

 気安くそう呼び掛けるとアンナの肩を離れ、蛹の剣に吸い込まれるように入っていった。

 蛹の剣が緑色の光に包まれる。これはまるで・・・。

「その剣が何なのか私は知らないけど、降霊させられるんだって」

 物にも降霊ってできるんだ、とアンナは信じられないといった表情で剣を眺める。

 だが、マーリが降霊したといっても何が変わるんだ。

 窮地に立たされているのは変わらず、打開策を考えていると剣から声が聞こえる。

「せっかく私が入ったんだから、あいつ倒しちゃってよ」

 頑張って、と拍子抜けするような励まし方をしてもらい、覚悟を決めて立ち上げる。

「信じるぞ、マーリ」

 任せてー、と伸びた声に呼応するように剣が震える。

 隠れていた部屋から飛び出し、正面扉に向って剣を構える。

 ディーンの呼吸は十分に落ち着いてしまったようで、正面扉から放射状に拳ほどの火球を拡散している。

 丁度ディーンが苦しみだした中央通路を通る火だけが消えてしまった。

 何かに気が付いたように自分の周りに火を出しながら、中央通路を避ける様に壁に沿ってこちらに向ってくる。

「今なら躱せないだろうから剣を振りなさい」

 早く早く、とマーリに急かされ意味が分からないまま、ディーンに向かって水平に剣を振る。

 数秒後、ディーンの正面を飛んでいた火が消え、胸が服ごとスッパリ斬れて白い衣装が赤く染まった。

 出血はあるものの、それほど傷は深くないようだが、自分の身に何が起こったのか分からないという様子で石柱に隠れる。

「ね? 出来たでしょう。もっと速く振りなさい。どんどん振りまくりなさい」

 この剣が風の魔法を使ったのだろうか。まるでカマイタチのように風ごと斬りつけたようだ。

 理屈はよく分からないが、ディーンに攻撃が当たった。今はこれに頼るしかない。

 中庭から鈍い音がしたかと思うと、大司祭が勢いよく正面扉まで吹き飛ばされてきた。

 ボロボロになりながらもフォルスがホールに戻ってくる。

 俺の後ろにアンナがいることを確認したのか、よし、と気合を入れて壊れた長椅子を肩に担ぐ。

 大司祭に向かって次々に物を投げ続け、かろうじて躱されているものの、祭壇の周りはスッカリ片付き、正面扉は瓦礫に埋もれてしまった。

 柱の陰からディーンがフォルスに向って光の剣を飛ばす。

 フォルスとはいえ、生身の身体では受けられず、脇腹に突き刺さってしまう。

 後ろからフェーデが治癒魔法をかける。

 フェーデを先に攻撃されるとまずい。

 同じことを考えていたのであろうディーンが柱から飛び出しながらフェーデに光の剣を放つ。

 剣を突き出し、何とか刃先で受ける。

 体勢を立て直し、再び物陰に隠れようとするディーンに向って思い切り剣を振る。

 突風と共にディーンに斬撃が当たる。

 間髪入れずに剣を振るが、すんでのところで石柱に隠れられてしまう。

 その隙にアンナも中庭に出て後ろから援護をしてくれる。

 ホールを挟むように五対二の構図が出来上がった。

 マーリの力を借りられれば勝てる。

 牽制するようにカマイタチを放つと、回復したであろうディーンが物陰から叫ぶ。

「デジール! あの小僧の隙を作れ! 出来なければ貴様を殺す!」

 デジールと呼ばれた大司祭は一拍置いて覚悟を決めたように物陰から飛び出し、こちらに向かって巨大な火柱を放つ。

 みんなを庇う様に立ち、火柱を突風で斬り裂く。

 狙い通り火柱を斬れたものの、デジールは魔法を使い続け、炎が断続的に迫ってくる。

 斬り裂く度に炎は二股に分かれ、目の前を壁のように覆ってしまった。

 剣を振り続け、何とか炎を食い止めていると、カマイタチがデジールに一撃当たったようで攻撃は止み、前から倒れこんだ。

 これであとはディーンだけだ。

 深呼吸をし、今一度集中すると、だんだんと蛹の剣の光が小さくなってしまう。

「アンナの魔力が切れそうだわ。私は帰るから頑張ってね」

 剣の中からマーリが語り掛けると、こちらの返事も聞かずに剣は元の姿に戻ってしまった。

 しっかりしろ、とアンナがリージェンの腕の中でぐったりと気を失っている。

 急いでフェーデが回復をしようとするも、魔力が尽きてきたのか思い通りに魔法が使えていない様だ。

「援護は望めないな。あとはわしらでケリをつけるぞ」

 そういってフォルスは一歩踏み出すも膝が小刻みに震えていた。恐怖というよりは身体が悲鳴を上げているように見える。

 年甲斐もなく張り切り過ぎたか、と震えが止まる様に膝を抑え込むも、力が入っていない。

「じいさん、後ろで少し休んでいてくれ。どうせすぐ動けるようになるんだろ?」

「ぬかせ、と言いたいところだが、甘えさせてもらおうかの。これじゃ壁にもなれんわ」

 後ろは任せろ、と肩をポンと叩き、中庭まで引く。

 さて、ここからどうするか。マーリがいなくなってしまったということは、距離を詰めなければならない。何より光の盾の攻略法がまだ見つかっていない。

 必死に頭を回転させていると、柱の陰からディーンが声を張り上げた。

「貴様も限界だろう。取引をしてやる。その剣をこちらに渡せば命だけは取らんでやる」

「剣を渡したところでお前が攻撃してこない証明はできないだろ。そんな取引できるか」

 化け物のクセに人並に知恵はあるようだな、と言いながら柱の陰からゆっくりと現れる。

 その身体は赤い光に包まれていた。


 ディーンが右手をこちらに向けると、背後を覆うように天井まで届く炎の壁が立ち上がった。

「みんな、大丈夫か!」

 中庭からもこちらを気遣う声が聞こえる。

 どうやら仲間と分断するための炎のようだ。

 ディーンが右手を空に掲げ、太陽のような巨大な火球を生み出す。

「小僧、最後にもう一度チャンスをやろう。その剣を寄越せ」

 ごうごうと音を立てて燃え盛る業火は今にも落ちてきそうだ。

 ハッ、と一つの作戦を思いついたが、上手くいく保証はない。

 でも、このままでは確実に焼き殺される。

 意を決してディーンに話しかける。

「剣を渡すとしたらどうすればいいんだ。渡しに行けばいいのか」

 構えを解き、剣を差し出すようにディーンに向けながら、距離を詰める。

 真正面に向かい合い、ゆっくりと歩く。

 もう少し近づきたい。

「そこで止まれ。妙な真似をした瞬間に焼き殺す」

 足を止め、距離を測る。少し遠いがやるしかない。

「剣をこちらに投げろ。お前はそこを動くな」

 一か八か。上手くいってくれ。

 蛹の剣を優しくディーンが受け取りやすいように投げる。

 左手で受け取った瞬間に駆け出す。

 俺が走り出したことで火球を落とす気でいたのだろうが、蛹の剣の予想外の重さに体勢を崩す。

 剣を諦め、顔を起こした瞬間を狙って、思い切り顎めがけて殴り掛かる。

 殴った右手がズキズキと痛むが、急いで蛹の剣を拾って斬りかかる。

 ふらつきながらも何とか剣を受けようと反射的に光の盾で防ぐ。

 その瞬間ふっとディーンの身体から赤い光が消え、頭上の太陽も無くなる。

 防がれた蛹の剣を手放し、腹に正拳付きをお見舞いする。

 作戦通り、光の盾は俺の拳を防げず、ディーンは吐き出しそうになりながら床に手を付く。

 まだだ。こいつはまだ何か企んでいるかもしれない。

 手放した蛹の剣を高く構え、背中に思い切り突き立てる。

 光の盾は現れず、蛹の剣はディーンを貫いて床に突き刺さった。

「なぜだ・・・。なぜお前は・・・」

 背中から剣を突き刺され、白い衣装を床ごと真っ赤に染め上げる。

 もう話も出来ないだろうが、耳は聞こえているかもしれない。

 邪魔はしてしまったが、虚仮にするのも何かを隠したままにするのも後味が悪いので、遅くなったが質問に答える。

「俺は異世界から来た犬飼アルタだ。この剣は遺跡で見つけて、その後レベル女王に貸してもらった」

 聞かれたことはこれだけか。続けて聞かれそうなことを一人呟く。

「この剣は俺以外の人が持とうとすると使えないほど重く感じるらしい。理由は知らない。光の盾を使わせれば、降霊術は消せると思った。二つの魔法を同時に使っている人を見たことが無いから賭けてみたんだ。光の盾は蛹の剣だと防がれるが、俺自身が攻撃すれば防がれないと思った。光の盾は星霊魔法じゃなさそうだったからな」

 他には無いか、と尋ねると少し口が動いた気がするが、気のせいだったかもしれない。

 戦いの興奮が冷めてきたのか、右足のやけどがひどく痛む。

 とどめを刺す必要があったのか、自問自答する。

 アンナが気を失っていたことを思い出し、みんなのところに向かう。

 崩れた壁の向こうで、俺を値踏みするかのように星がこちらを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る