第13話 知らない戦争
地下水路はエイズル城から数キロ離れた位置にある洞穴から続いていた。
エイズル国は元々水不足に悩まされる土地だったようで、灌漑用水路としてこのような地下道が多数存在しているらしい。
足を汚しながら腰が痛くなるような低い天井の横穴をしばらく歩くと、突然広い空間に繋がった。エイズルの城下町に入り、整備された水路に辿り着いたのだろう。
ジメジメと暗い道をフェーデが魔法で照らしてくれる。
「先程通った横穴がエイズルの地下には数多く存在する。それぞれがこの中央水路に合流しており、辿っていけば城の下まで辿り着ける」
分かれ道がいくつもあるが、それらを選ぶと別の出口に繋がり地上に出られるのだろう。
リージェンの先導により、黙々と水路を進んでいると突然足を止めた。
「おそらく魔物がいる。かなり大きそうだ」
目を凝らしてみると暗闇の中にぼんやりと迫ってくる輪郭が浮かび上がってきた。
「こんなところで逃げられるわけもない。始末するしかないのお」
剣を構えるよりも早く、フォルスが迎え撃つように突進した。
魔物と相撲をとるように押し合うも、四足歩行の安定感は凄まじく、水路で踏ん張りが効かないことも相まって押し進められない。
えいっと後ろからフェーデが再び光を飛ばす。
フォルスにぶつかったと思うと、拮抗していた力比べは終わり、フォルスがずんずんと押し込んでいく。
魔物の前足を強引に持ち上げ、通路に目いっぱいの身体を力任せにひっくり返す。
マウントポジションを取り、天井を仰ぐ腹部に拳を思い切り振り下ろす。
悲痛な叫び声を上げて魔物が消滅した。
フォルスに思い切り蹴り飛ばされたことを思い出して腹が痛む気がした。
よくやった、とフォルスがフェーデに対し労い、その言葉に照れ笑いをしていた。
「今の光は身体強化の魔法か。器用だな」
リージェンがフェーデに対して興味を持ったのかジロジロと見る。
ストレートに褒められることに慣れていないのか恥ずかしそうにするも、毎日コツコツと訓練していた魔法が上達したことの喜びを噛み締めていた。
「身体強化なんてこともできるのか。難しいのか?」
フェーデに聞くと、そんなことはない、と首を横に振る。
「フォルスに使ったのは身体強化の初級魔法です。誰でも、とは言いませんが使える方はたくさんいます」
「四人で一人を倒せばいいんだ。お互い出来ることをすればいい。戦術の幅が広がるかもしれないから、他に使える魔法を教えてくれ」
リージェンに聞かれて、指を折って数えていく。
「風、水、火、雷、強化、治癒、音、光の八種類ですね。風、水、火、治癒は中級魔法程度までなら使えます」
初級や中級の違いが分からないでいると、フォルスが感心していた。
「姉ちゃん、そんなに魔法が使えるならもっと胸を張れ。大したもんじゃないか」
同意するようにリージェンも頷く。
「先程は器用だと言ったが、それはもう才能と努力の賜物だと言っていいだろう」
そんなに凄いことなのか。イマイチ魔法のことになるとまだ分からないことが多いな。
とんでもない、と一層激しく首を振る。
「みなさん凄い方ばかりですし、まだまだ未熟者です。魔法に関してもアンナの魔力とは比べ物になりませんし・・・」
「アンナの凄さを私は知らないが、せいぜい水の魔法が使える程度の私からすれば十分頼りになる」
あまり謙遜していると嫌味に取られるぞ、と意地悪そうに笑う。
フェーデは顔を赤らめながら俯き、感極まったのかリージェンを抱き締める。
特に気にするわけでもなく、一回りは年上だろうフェーデの背中をポンポンと叩く。
スケコマシだのう、とフォルスが呆れるようにつぶやくがその口元は優しく微笑んでいた。
レベル軍のリージェンへの忠誠心が高い理由を垣間見た気がした。
「さっき聞きそびれたんだけど、初級魔法とか中級魔法とかどういう定義なんだ?」
最近浮かない顔をしていたフェーデだったが、二人から励まされて少し表情が明るくなっていた気がする。
「細かく説明すると長くなってしまうので、ざっくり説明しますね」
歩きながら指先にライターほどの火を灯す。
その火を前方に飛ばし、松明のように水路を照らした。
「これが火の魔法の基礎です。自分の手元のエーテルを操作し、それを体から放つことができます。得手不得手はありますが、イグレシア教徒でなくても多くの人が使えますね」
今度は手を前方に突き出し、数メートル先にサッカーボールほどの火球を作る。
その火が上下に広がっていき、通路を塞ぐような炎の壁となった。
「これが初級魔法ですね。自分から離れた位置にあるエーテルを操作することが求められます。これぐらいになりますと独学で扱えるようになるのは難しく、イグレシア教徒として魔法を勉強する必要があります」
同じように火球を作るが二つ、三つと宙に浮かべた。
「中級魔法になると並列してエーテルの操作をする必要があります。また、魔法を飛ばす速度やコントロールなども複雑にできますね」
松明ほどの火を前に出し直し、魔法のお披露目を終える。
「私は火の魔法を中級程度までしか修めていませんので、お見せできるのはここまでですが、上級、星霊魔法とさらに上が存在します」
私の水鉄砲は水の上級魔法になるな、と前を見据えながらリージェンが話に入ってくる。
「上級魔法は中級魔法の応用になるが、水の魔法であれば水分を飛ばして渇かしたり、火の魔法であれば熱を奪って冷やすこともできる」
火の魔法なのに冷やすこともできるのか、科学の授業で教わった覚えがあるが、原子を自在に操っているとかそういうことなのだろうか。魔法を科学で説明しようというのも馬鹿げているが。
「あとは星霊魔法か。そこから先は一握りの魔導師しか使えない。降霊術と顕霊術に分けられる」
「顕霊術はアンナが船でマーリを呼び出していたあの魔法ですね。星霊を具現化し星霊自らが魔法を使ってくれます。降霊術は星霊の力を自分や他人に降ろすことで強力な魔法を使えるようになりますが、魔法はあくまで降ろされた人が使うことになるので、魔力がすぐに底をついてしまいます」
なるほど。アンナの顕霊術が凄いものなのだとは聞いていたが、こうして体系的に聞くと想像以上に才能があるんだということが分かる。ディーンがアンナを誘拐したのは顕霊術が使えるから、という理由が正しそうだな。
「美人教師の魔法の授業は終わったか? どうやらこの陰気くさい地下道も終わりのようだ」
先頭にいたフォルスが突き当りを指差す。
何もないかと思ったが、天井にマンホールほどの蓋がついており、どうやらここから城に上がるらしい。
「既に我々が忍び込んでいるのは敵にバレていると思って行動しろ。ここから先は時間との勝負だ」
俺には魔法も力もない。何度も頼ったこの目と、伝説の剣を頼りに全力を尽くそう。
地下水路はエイズル城の地下牢に繋がっており、捕らわれているアンナが牢にいるかもしれない、と牢の中を探すも、その姿や痕跡はなかった。
城の一階に上がると、煌びやかな調度品に溢れた豪奢で広い廊下が延びていた。
この廊下を見るだけでエイズルがいかに財力を持っており、影響力が強いかが想像できる。
メイドが忙しそうに廊下を行き来し、ワゴンに料理を載せてどこかに運んでいる。
絶え間なく人が通るため、見つからない様に先へ進むのは難しそうだ。
人の流れをよく見て、出ていくタイミングを計ろうとしていると、リージェンがフェーデに耳打ちをし、一人のメイドが目の前を通る時に廊下に飛び出す。
当然メイドは突然のことに驚き、声を上げようとするが口を動かすだけで何も聞こえない。フェーデが音の魔法を使って声をかき消しているのだろう。
捕まえたメイドを地下牢の階段に引き釣り、縛り上げて服を脱がす。
突然何をするのかと呆然とリージェンを見やると、脱がせたメイドの服に着替える。
恥ずかしがっている場合じゃないのは百も承知なのだが、目の前で服を脱がないでほしい。
目を背けていると、またしても突然廊下に飛び出し、同じように二人目のメイドを攫い、服を脱がす。
予想通り今度はフェーデがその服に着替え、あっという間に二人はメイド姿に変装した。
「これで私たちが状況を確認する。合図をしたら出てこい」
俺とフォルスに指示を出したと思うと、返答も待たずに二人は廊下を走っていく。
「ペダルは一体どんな育て方をしたんだ」
まるで賊じゃないか、と呆れるも成長を喜ぶ様に口元が綻ぶ。
一分もしない内に二人がワゴンを押して走ってきた。
目の前を通る際に、まだ待て、というサインを送り、角を曲がっていく。
しばらく角を見ていると、リージェンの手が覗き、出てこいと合図された。
角を曲がると同じように長い廊下が続き、人の騒ぎ声が聞こえてくる。
上り階段の裏に隠れたと思うと、廊下にあった窓を開け、外に出てしまう。
説明している場合でないのは分かるが、息つく暇もない。
とにかくリージェンを信じて窓の外に出て、城の庭に転げる。外はすっかり暗くなっていた。
音を立てないように後を追いかけると、遠くに一際光の灯った建物が浮かび上がってきた。
周囲を警戒しながらペースを落とし、隠れながらリージェンがやっと状況を説明してくれる。
「ディーンはイグレシア教会のホールで挙式を進めているらしい。花嫁の特徴を聞き出しフェーデに確認したところ、相手がアンナであることは間違いないようだ。ホールの状況によるが、このまま突撃するぞ」
「イグレシア教の挙式は星霊への誓いなので人は呼ばん。いるのはディーン、アンナ、大司祭の三人だろう。エイズルにあるとは言え、教会内は武器や鉄の持ち込みは最小限とされている。武装していない分、今が好機だ」
アンナが結婚してしまう、という事実に胸が苦しくなるが、この数日最悪のケースだって何度も想像していた。
無事に助けられるのであれば贅沢は言えない。ただ、ディーンは絶対に倒し私怨を晴らす。
途中、見回り中の兵士に気付かれたものの、メイドの時と同じように一瞬で無力化していく。忍者にでもなった気分だ。
イグレシア教会は間近でみると空高く伸びた尖塔は厳かで、フォルスの言うように金属は使われていないような石造りだった。
教会前の門番を闇討ちし、窓から中を覗き、リージェンが共有する。
「どうやら三人のようだ。乗り込むぞ、準備はいいか」
まずは落ち着こう。アンナを助けられたとしてこの城から逃げ出さねばならない。
「坊主は嬢ちゃんを助けることに専念しろ」
フォルスがこちらを見ずに言う。
逸る気持ちを静めていると、リージェンが銃に力を込める。
全員に目配せをし、正面の扉を思い切り吹き飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます