第12話 知らない行軍

 レベルと正式に同盟を組むこととなり、にわかに城は慌ただしくなった。

 ダリスは軍団長として兵をまとめ、リージェンは他の部下たちにテキパキと指示を出している。

 エイズルに攻め入る、と決まったところで俺たち三人は客室に通されて待機することとなった。

 暇を弄ぶようにフォルスが蛹の剣を触らせてくれ、と言うものの、やはり重くて持つのがやっとのようだ。フォルスが直に触れて何事もないことが分かるとフェーデも好奇心から剣を指先で触れてみる。

「前にアンナに聞いたことがあるんだが、これってハムンの人々が守っていた星霊王からもらった剣、で間違いないんだよな?」

 ゆっくりと俺に剣を返し、フォルスが椅子にどしりと座って答えてくれる。

「その剣が本物であればな。イグレシア教が出来るよりも前から伝わっているとされる昔話に出てくる剣だ。誰も見たこともないばかりか、存在を信じる者だって多くはない」

 やっと緊張も解けてきたのかフェーデが補足してくれる。

「その剣は人々を苦しみから解放するという言い伝えがあるとされ、その時が来れば本当の姿を取り戻す、ということから蛹の剣と呼ばれているそうです」

 まだこの剣は第一段階で力を出し切っていないということか。まあ、見るからに質素な剣だしな。

「しかし、あのハムンの人々がそう簡単に蛹の剣の在処を教えてくれるとは思えません」

 確かにハムンの町で情報を得るのは並大抵のことではない。星霊ナムヂーの影響で住民が冷たいというのは身をもって知っている。

 伝説の剣については二人とも多くは知らないらしく、剥き出しの剣をどう持ち運ぶかを考えている時に客室にリージェンが出向いてくれた。

「王がこんなところで油を売っていてよいのか? エイズルへの進軍が決まりやるべきことも多いだろうに」

 客室に設けられたソファーの空いたところに躊躇なく座り、膝を突き合わせる。

「貴様らが来る前からエイズルへの進軍は決まっていた。兵が予定より三名増えるというだけのことだ。それにこの城の者はみな優秀でな。突然女王になった小娘など飾りにすぎぬ」

 家来の誰もいない客室で見ず知らずの他人といる方が、女王としての重圧を感じずに済むのだろうか。言葉遣いが仰々しいだけの普通の少女のようにお茶を飲んで気を静めている。

「予定通り、明日の朝にはこの城を発つ。しっかりと英気を養っておけ」

 飾りの女王と自虐していたが、一国の軍隊を動かし戦争を始めようとしているわりに落ち着いている。肝の座り方がとても年下には思えない。

「本来であれば父の客ではあるが、私で妥協してくれ」

 話も途中だったしな、と何か聞き足りないことがあればと質問の場を設けてくれた。

 相手が女王ということでまだ気後れしてしまうが、勇気を出して質問してみる。

「さっき、私たちを救う英雄に、と言っていただきましたが、あれはどういう意味でしょうか」

 フッと笑みをこぼし、真っすぐに見つめてくる。

「そう固くなるな。我々は同盟関係にある。どちらが上とか下とかないのだから楽にしてくれ」

 もっとも、玉座に座っている時は別だが、とからかう様に言う。

 こうしていると少し生意気な少女にしか見えない。

「私の野望から話そう。私は全てのレベル人の奴隷解放、レベル国の独立を目指している。その為に力を貸してくれ、という意味だ」

 淡々と話す言葉の奥には暗い歴史と強い覚悟が感じ取れた。

「エイズルと戦うことがレベルの方々の解放や独立に繋がるのでしょうか」

 まだまだ気を張っていながらもフェーデも自分の耳で確認していた。

「エイズルに勝つだけでは足りないだろうな。それだけ根深い問題であることは間違いない。ただ、伝説の剣を持つ英雄がレベルと共にエイズルを下したとなれば、情勢も変わるだろう」

 私が生きている間にその兆しが見えれば十分だ、と言いのけるリージェンに王の風格を感じた。

「俺は仲間を攫われたこともあってエイズルに恨みがあるから戦いも覚悟している。レベルとしては王が暗殺された報復として戦うんだろ? 私怨に見えるというか世論はそれに納得するのかな」

「その点は問題ない、というか気にしなくていい。戦争は勝者が正義だ。例え侵略戦争であっても後からいくらでも理由をつけられるし、弔い合戦であっても負ければただの逆恨みにしかならない」

 自分が必ずしも正しい訳じゃない。行いを後から正しいものとすればいい、という発想はなかったので戸惑うものの納得してしまっている自分もいた。

「エイズルへの進軍は元々予定されていた、と言っておったな。坊主が蛹の剣を持てたのは予期せぬ幸運という様に見えたが、蛹の剣が無くても勝ち目はあるのか」

「詳しいことは後の作戦会議で話すが、勝ち目は十分にあると考えている」

 いくら王を暗殺されたとはいっても国の存続をかけるんだ、勝ち目のない戦争はしないさ、と言って話を続ける。

「エイズルとレベルは以前から裏で繋がっていた。秘密裏に取引をする際に使われていた地下水路があって、それを使えばエイズル城には乗り込める。本隊は相手に分かる様に進軍させ、そちらに注意が向いている隙に少数部隊で城に忍び込む、といったのが大まかな作戦だ」

 戦いに絶対はないだろう。勝率が少しでも高くなるというならその作戦に反対するつもりはない。しかし・・・。

「それだと攻めている間、アンナが危なくないか?」

 仲間がエイズル王の花嫁候補として攫われてしまったことを説明すると、黙って聞いていたリージェンが口を開く。

「エイズル王は自分の目的のためには手段を選ばない男だ。今の話になんら不思議な点はない。そのアンナとやらの身の安全についてだが、何故攫われたのか思い当たる節はあるのか」

 武闘祭でのやり取りを簡単にフェーデが説明する。

「アンナは魔力や地位が高いということはあるか?」

 顕霊術を使えるほどです、と船で魔物を倒したことを話すと

「なるほどな。そこにエイズル人がいたのか、噂を聞きつけたのかは定かではないが、とにかく顕霊術を使えるほどの魔導師であれば、エイズル王が見過ごす訳がない。そもそもイグレシア魔導団というのはエイズル王が優秀な魔導師を手元に置くために、イグレシア教会に作らせたものだ。各地に散らばるエイズル兵がそこかしこで同じようなことをしていてもおかしくない」

 武闘祭で見たエイズル王から受けたイメージは、リージェンの話とも合致する。

「それで、作戦は変えない、ということか?」

 腕を組み怪訝な顔をするフォルスがリージェンに詰め寄る。

「そうだな、今の話では作戦を変えるつもりはない」

「そっちにも事情や狙いがあるのは百も承知だ。その代わり、地下水路はわしらが行かせてもらう。わしらの目的はあくまで仲間の奪還だ。その作戦であれば城に行かねば意味がない」

 リージェンは再びお茶を飲み、一息吐いて答える。

「安心しろ。元よりそのつもりだ。貴様らがもっとも士気を高めてくれる配置にしなければ働きも鈍るだろうからな」

 なら構わん、とフォルスが腕を組んだままふんぞり返る。さっきからリージェンの思惑通りに話が進められているように思える。アンナが助けられるのであれば何でもいいが。

「その地下水路を行くのは私たち三人でいいのですか? 信頼していただけるのは嬉しいのですがレベルの方も同行された方が良いのではないでしょうか」

 フェーデが損得勘定抜きに率直な疑問をリージェンに投げる。

「もちろん貴様らだけで行かすつもりはない。地下水路には私も同行する。この四人で向かうつもりだ」

 女王自らがそんな危険な隊に同行して大丈夫なのか? そもそもリージェンは戦えるのだろうか。

 二人も同じ気持ちだったのだろう。みんなでリージェンの顔を見やる。

 想定していたリアクションだったのか、何事もなかったように続ける。

「勝ち目があるとは言え、エイズル軍は強い。本隊の戦力を削ぐようなことは出来ない。それと私は戦えるから安心しろ」

 この数分話しているだけでわかる。これは自信過剰ではなく冷静に自分の実力を見計らった上での発言だ。

「こんな格好の小娘が戦えるように見えないだろうが、そこは信じてもらうしかないな」

 それと、と最後に付け加えた。

「私も一個人だ。レベル人の解放なんている大義を掲げているが、亡き父への手向けでもある。

 貴様らと同様、城に行くのが最も士気が上がるのでな。職権乱用だ」

 いたずらっぽく笑い、兎の耳がピクピクと動く。その目は復讐心と闘争心が燃えているように真っ赤に輝いていた。


 それから数時間経過し、俺たちはレベル軍によるエイズル軍との戦いにおける作戦会議に参加した。

 地図を広げてダリスが各部隊に指示を出していく。

 レベル国とエイズル国は湾を挟んで南北に向かい合っている。

 湾はハートのような形をしており、ハートの上部の窪みにあたる半島から船で南下する。

 エイズル城はハートの左下、湾に面する位置にある。

 レベル軍三万に対してエイズル軍は一万五千から二万だと推定されている。

 両国ともに鋼鉄の使用を隠そうともしない、鉄と鉄の戦争が始まろうとしていた。

 一番の懸念点とされているのが、イグレシア魔導団の存在である。

 エイズル軍は鋼鉄を身に纏うことにより、星霊の加護を受けにくくなるようで武力による激しい戦闘が予想されるが、レベル国が攻めてくることが分かれば裏で繋がっているイグレシア魔導団はその力をレベル軍に向けてくるだろう。

 また、レベルがイグレシア教圏から嫌われていることもあり、時間がかかればかかるほどエイズルへの援軍が各国から集まり、勝機が無くなってしまう。

 戦いは、短期決戦、そして世界最大の軍事力と世界最大の魔導師たちを打ち倒すことを求められていた。

 数では勝っているものの、一兵の熟練度は劣っているだろう。

 レベル兵の目には待ちわびたという昂りと、この戦いで死ぬのだろうという捨て身の思いが表れていた。

 見かねた女王リージェンが檄を飛ばす。

「我が軍が勝利するに当たって、必要なのはエイズル王ディーンの首だ。エイズルの町を、城を占拠する必要はない」

 自分を囲む兵たち一人一人の顔を見渡し、士気を高める。

「別動隊として、私と蛹の剣を持つこの少年がエイズル城に忍び込む。貴様らは敵軍を前線に集結させるだけの苦戦を強いてほしい」

 多くのレベル兵が俺に視線を向ける。それは決して奇異なものでなく、同胞に向ける眼差しだった。

「一人でも多くの敵を戦場に引き釣り出せ。この戦いに勝つことで我々レベル人は真の独立を成し遂げるのだ」

 オオオオと地鳴りのような咆哮と共に、一同が腕を空高く突き上げる。

 並みいる猛者をその気にさせるリージェンは頼もしく、若き王としての才覚を如何なく発揮している。

「女王様からは以上だ。今一度作戦を確認する」

 リージェンが侍女を伴って自室に戻り、ダリスが広げられた地図に駒を並べる。

 エイズル軍を模した赤い駒をヘの字に広げていく。対してレベル軍を模した青い駒をヘの字に収まるような大きさのM字に配置する。

「湾から船でエイズル城から離れた位置に上陸していく。進軍していく上でこのような配置になることが予測される。我が軍は女王様のお言葉通り、敵の前線を城から引き離すことを第一に考えて戦う。敵の両翼をそれぞれ攻撃しつつ、徐々に後退していけ。相手の中央突破を誘うんだ」

 赤い駒をVの字になるように動かし、青い駒をYの字になるように後ろに下げていく。

 後方には海が広がっているので他国からの援軍に背中を襲われる心配はしなくていい。

 上陸地点からエイズル城を結ぶ中間に川が流れている。

 エイズル軍としては川まで押し戻したいと考えるだろうから、まずはそこまで下がりながら戦う。

 川まで前線が動いてくれれば、城は十分に手薄になり、俺たちが行動しやすくなる。

 地下水路からの潜入については詳細が語られることはなく、別動隊がいる程度の共有しかなされていない。これはこちらが捕虜として捕らえられた時に情報が流れないようにするためのものなのだろうか。

 兵の士気が上がったところで、自室からリージェンが戻ってきた。

 女王としてのドレスから、ブラウスにボレロ、動きやすそうなパンツにブーツという王族らしからぬ出で立ちで登場した。

「レベルに勝利を! 同胞に自由を!」

 今一度全員で拳を高く突き上げて一致団結する。

 リージェンの掲げた右手には、この世界に似つかわしくない銃のようなものが握られていた。


 町並みやレベルの歴史的背景から、元の世界で言うところの産業革命期を想起していた。教科書やテレビで見た程度のイメージだが。

 確かスチームパンクというのだろう。まさか魔法から一番遠そうな科学の武器が見られるとは思わなかった。

 さらに驚いたことに湾を渡る船は蒸気船で、聞けば帆船の三倍のスピードが出るため、二時間もかからず目的地に上陸できるとのことだ。

 数時間後には戦いは始まっている。

 ダリス率いるレベル軍が出港し、十分に時間を置いて俺たちも乗船する。

 本軍とは逆方向に進み、背後からエイズル城に忍び込む。

 地下水路に関してはリージェンが一度使用したことがあるようで案内をしてくれる。

 俺たちもそれぞれ戦いに向けて装備を新調してもらい、蛹の剣も専用の鞘を用意してもらえた。

 四人とも甲板にいるものの、過ごし方には差がある。

 平常心を保とうとするフェーデと対をなすように、フォルスは欠伸をしてリラックスしている。まるで緊張感がなく、リージェンに話しかける。

「姫様が腰に下げているそれは武器なのか?」

 銃に興味を持ったようで、見せてみろと手を広げる。

「これはレベルの職人が私のために用意してくれた特製の武器だ。私は見ての通り水の星霊であるナムヂーの加護を強く受けている。その筒から水の魔法を飛ばすのだ」

 それは水鉄砲だったのか。この世界では発明品かもしれないが戦闘にはまるで役に立たなさそうだ。

「それがあると水の魔法の威力が上がるのですか?」

 魔法の話となりフェーデが興味を示す。

「聞くよりも見た方が早い」

 右手を海に向けたと思うと、手の平から勢いよく水流が弧を描いた。

 水の量、勢いを見るに並大抵の魔物や兵たちは薙ぎ払えるように思える。

 水流を止めて、フォルスから銃を受け取る。

 右手で構えた銃を同じように海に向けるが、なかなか引き金を引かない。

「この武器は強力なのだが、使うのに少し時間がかかるというデメリットがあってな。先に説明しておくと、この筒の中に水を込め、それを圧縮して放つ。その圧縮に時間がかかるんだ」

 そろそろいいか、と左手を添えて両手でしっかりと銃を包み込み、引き金を引いた。

 銃口から一筋の光線が出たのかと思った。細く圧縮された水が光のような速さで打ち出されるも、見た目に反してほとんど無音だった。

 銃を指でクルクル回し、驚いた三人の顔見て嬉しそうに笑う。

 自分が戦える証明をした、というよりは自国の職人の技術とアイデアを誇るような笑みだった。

「じゃあその水鉄砲は弾も要らないし、無限に撃てるのか? 威力を弱めて連発することもできるのか?」

 力を溜めるのに時間がかかるし、穿つ面積はかなり小さいがその威力は鋼鉄も貫通するだろう。これからの戦いにおける戦術の幅が広がりそうだ。

 せっかくワクワクして聞いてみたのにリージェンは怪訝そうな顔を浮かべた。

「これを知っているのか? ミズデッポーとはこれを指しているのか?」

「そいつは異世界から来たらしくてな。この世界のことは何も知らないが、わしらが知らないことを知っている。元の世界にそれに似た物があったんだろう」

 ほう、と感心してくれるが、異世界から来たことについて受け入れるのが早すぎるだろう。

「これは魔力があれば他に何も必要せず、魔力が尽きるまで撃てる。一点を貫くように圧縮しているが、練習次第で速度や威力、発射までの時間をコントロールすることは可能だ」

 俺からの質問を早口で答え、異世界から来たという話に興味が移っているようだ。

「蛹の剣を持てたのは貴様だけだ。他にも持てる者もいるかもしれないし、何故貴様が持てるのかは説明のしようがない。だが異世界から来た英雄が世界を救うというのは大衆が好きそうな話だな」

 自分の野望を果たすための駒にしか見られていなそうだが、偏見や取り繕うこともなく、純粋に向き合ってくれているような気がして不快感は全くなかった。

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