第11話 知らない民族

 三人で乗るのが精いっぱいな大きさの舟に乗り、川を下っていく。

 フォルスがオールで漕いでくれていることと川の流れが予想より早いことが相まって、思っていたよりもスピードが出ている。

 フェーデは手を固く結び、何かに祈る様に集中している。

 旅の途中でアンナに教えられた魔法の練習でもしているのだろう。

 自分に体力があれば、疲労困憊でも魔法が使えていれば、と悔やんでいたからな。気の済むまでやらせてあげたい。

 フォルスも黙々と舟を漕ぐが、状況が状況だけに空気が重い。あと半日もこのままというわけにはいかないので、気になっていたことを尋ねる。

「そういえばレベルに協力を求めるのは難しくないって言っていたけど、レベルに知り合いでもいるのか?」

 しゃがむ俺を上からチラッと見降ろすと漕ぐ手を止めずに答えてくれる。

「十三年前の戦いでレベル王に世話になっていてな。わしの名前を出せば話ぐらいは聞いてくれるだろうよ」

 なんと国王と知り合いだったとは。知り合いがいるから取り次いでもらえるのかと思っていたが、最高責任者と顔見知りであれば話が早い。

「レベルとの交渉はわしに任せろ。坊主と姉ちゃんは何もせんでいい。レベル人に嫌悪感を抱かせなければ十分だ」

 たかだか十七歳の高校生が国を巻き込んだ交渉など出来るはずもないので、ここはフォルスに甘えさせてもらおう。

「そういえば、イグレシア教会がレベル人への迫害を助長している、なんて話をしていたと思うがあれってどういう意味なんだ?」

 フェーデのことが気になったが、集中しているようで聞こえていない。いや、聞こえないはずはないので自分がやるべきことに専念しているのだろう。

「そもそもレベル人への差別ってのは、レベル人の見た目が原因になっている。様々な動物の姿や特性が発現し、われら人間とは似て非なる存在だ。まあ中にはほとんど人と変わらない者もいるがな」

 それぞれの町で見かけた奴隷となっているレベル人の多くは、顔や体表に動物の特徴を強く発現していた。そういえば遺跡で最初にあったレベル人は比較的人に近いタイプだったのかもしれない。明かりのない夜の海でチラリと見ただけだったが。

「で、だ。その見た目から禁忌を犯したことへの罰で亜人として生まれてくると言われている。生まれたその時から亜人だからな。当人に罰もへったくれもないのだがな」

 胸糞悪いと顔をしかめて、オールが立てる水しぶきが少し強まった様に思える。

「レベル国のある土地には星霊がいない。つまり星霊の加護がないんだ。ヒューゲルのように歴史ある国、昔は星霊がいた国であれば良かったのだが、星霊を何よりも大事にする人々は加護を受けないレベル人を自分たちよりも位の低い存在として扱うようになってしまった。レベル国は周辺諸国に対して力を示すために製鉄に力を入れている。鉄は便利ではあるが、イグレシア教的には好まれないものだからな。もう既に罰を受けているとされるレベル人には教えに背くデメリットがない、ということだな」

「なんでイグレシア教は鉄を毛嫌いするんだ? 武闘祭の時の装備も鉄製のものが大半だったし、エイズル兵も鉄の鎧を纏っていた。ただ貴重で出回っている数が少ないのかと思っていたんだが」

「イグレシア教はな、まず第一に星霊のことを思う宗教だ。加護を与える星霊を敬い、その恩恵で自分たちは生きていけるという根幹的な思想がある」

 これにはわしも賛成だ、と久しぶりに笑う。

「星霊は自然に宿ると考えられている。大地や水辺、木々に至る様々なものは星霊と同じ存在なのだ。だからこそ、イグレシア教は自然破壊を伴う発展を否定している」

 喋り疲れか漕ぎ疲れかは分からないが、足元に置いていた飲み水に口をつけ、一息つく。

「製鉄は山を崩し、森を切るからな。イグレシア教としては製鉄そのものが禁忌なんだ」

 鉄が禁じられている背景にはそんな教義があったのか。

「ヒューゲルやエイズルが鉄を使っているのはいいのか?」

「そこが肝だな。イグレシア教としては鉄を作るための自然破壊を禁忌としているが、鉄を加工したものを使うことには触れていない」

 何だか子供の屁理屈みたいだ。世に出回ってしまったものはしょうがない、という考えなのだろうか。

「その教えの穴を抜けたのがエイズルだ。あそこが軍事力最大の国に成りあがったのは鉄の力に他ならない。レベル人に鉄を作らせ、加工させ、できた商品を買い取ることでイグレシア教の教えを遵守しているという理屈をこねている」

 全く馬鹿馬鹿しい、と呆れる。

「エイズルがレベルに鉄製品を作らせているなんて初めて聞きました」

 どこから聞いていたのかフェーデが話に入ってくる。

 というか、今の話は世間的には知られていない話だったのか。

 俺の様子から察したのかフェーデが説明をしてくれる。

「イグレシア教としては、『製鉄は自然破壊につながるからダメ』、『レベル人はそのルールを破っている呪われた人達なので罰を受けている』、『エイズルは急激に拡大、発展をしようとしているレベルを抑え込むために鉄製品を押収している』という内容で広まっています」

 教えだと、あくまでもレベルが鉄を生み出し、エイズルはそれを正義のために所持しているという構図なのか。確かにそこが嘘だと随分見え方が変わってくるな。

「レベルが何故鉄を作り続けているのか、といった理由まではわからん。だが、イグレシア教とエイズルの上層部とレベルからの来賓が三者で話していたのを盗み聞きしてな。わしは政治に疎いもんで、不正を告発するも逆にわしが島流しにあってしまった。イグレシア教会のほぼ全ての人間が事実を意図的に隠し、自らの富を増やし、贅を極めることに邁進しておる」

 前にフェーデからイグレシア教は弱者救済のためにも清貧であることを美徳としている、と聞いた話を思い出した。信じていた教会がそれではショックも大きい。

「まだ煮え切らないところもありますが、レベルとエイズルに行くことで真実も明らかになっていくでしょう。それまでは私はフォルスの話も話半分で聞くことにします」

 再び目を瞑り自身の修練を続ける。

 フォルスもそれを肯定するように頷き、力強くオールを漕ぐ。

 アンナの一件もあるし、フォルスの話を信じてしまう。俺にとってエイズルは悪の権化のように思える。

 自分で見たもの、聞いたものがほとんどないこの世界で流されるままだな、と自戒しながらレベルを目指して川を下る。


 フォルスの活躍もあって予定より数時間ほど早い夕方には下船することができた。

「ここから少し歩くとレベル国がある。もうひとふんばりじゃ」

 一番疲れているであろうフォルスが先頭となってずんずんと進んでいく。そういえばフォルスが動けなくなっているようなところを見たことがない。もっと若い頃のフォルスは一体どんな化け物だったのか。

 フェーデが列の真ん中に来るように最後尾を歩く。

 アンナの誘拐もあって敵に対して常に警戒してしまう。もっとも魔法を使う体力がある時は俺より十分戦闘力が高いとは思うが。

 高低差が激しい山道の後だからか、平地が続くという些細なことにも嬉しくなってしまう。

「あの煙の下にレベルがあるぞ」

 フォルスが指差した山の頂上あたりから煙が覗いていた。

 煙の出所は山を一つ越えたところのようだが、迂回して平地から進む。遠回りした方が時間も体力も使わずに済む、ということのようだ。

 道を進むと町が姿を現した。

 これまで見たどの町とも違う異様な雰囲気に包まれていた。

 街の最奥に聳える大きな城、レンガで作られた建物、様々な様相の住民。

 そして何より、街には金属が溢れ、工場のような建物は空高く蒸気や煙を吐き出している。

 とても刺激的な景観をしていて、今までいたどの街よりもワクワクしたが、煙のせいか星が少なく感じられた。

 亜人で構成されている町に人間が三人もうろついていると非常に目立つようで、人々の反応は決して気持ちの良いものではなかった。

 泣き出す子供もいれば、ひどい言葉をかけてくる者もいる。

 フォルスの屈強な見た目のお陰か、直接的に絡まれることはなかったが、お互いのためにも一刻も早く町を出ていきたい。

 フォルスは全く気にしない様子で真っすぐ城に向う。もうだいぶ暗いが国王にアポ無しで会いに行くなんて非常識ではないのだろうか。

 緩やかな坂道を上り、城門に辿り着くと、獣のような男と魚人のような男が門番として立っていた。

「貴様ら、この城に何の用だ」

 鉄の槍を構え、答えによっては即排除するという気迫を感じる。見た目も相まって迫力がある。

「レベル王ペダルの古い知り合いだ。話がしたいので通してくれんか」

 関係値が全く分からないが、一国の王への訪問としては無作法すぎるだろ。フェーデの驚いた顔からこの世界ではなくフォルスの常識であることが分かった。

 こちらの出方を伺っていた二人の門番は目を見開き、突然攻撃してきた。

 間一髪フェーデの服を引き、怪我はなかったものの、殺意のある一撃だった。

 剣に手をかけるとフォルスがそれを阻む。

「協力を仰ぐ立場だ。決して応戦してはならん」

 門番が笛を吹き、城壁内の他兵士に敵の存在を知らしめる。

 あっという間に十数人の兵士に囲まれてしまったが、フォルスが戦闘の意思がないことを示すために両手を挙げ、俺とフェーデもそれに従う。

 後ろ手に手錠のようなものをかけられ、俺たち三人は連行されてしまった。

 話し合う余地もなく牢に投げ込まれる。

「明日、改めて国王陛下より指示を賜る。それまでここで大人しくしていろ」

 石造りの牢にはベッドの代わりにゴザが敷かれているが、それ以外何もなかった。

 三畳ほどの広さは寝そべって朝を待つには十分な広さだったが、フォルスには少し狭そうだ。

 朝から怒涛の展開に疲れが限界に達し、捕まってしまったことの重大さをよそに、ひんやりと暗い部屋にあらがえず、意識を失うように眠ってしまう。


「おい、起きろ!」

 けたたましく鉄格子を叩く看守に起こされ、自分の状況を思い出す。

 後ろ手にされたまま眠ってしまったので、身体中がギシギシと痛い。疲れていたから起きなかったものの、よくこの体制で眠れたもんだ。

「今から兵団長が直々にお見えになる。お前たちの処分を決めるので偽りなく答えよ」

 牢に入れられたのは門番の勘違いでスルッと国王に会える、という展開を期待をしていたのだが、現実はそう甘くなかった。

 姿は見えないが隣の牢でフォルスが了承する。フェーデは逆側の牢にいるのだろうか。

 コツコツと階段を下りる足音が響き渡る。

 廊下から現れたのは遺跡で出会った大男ダリスだ。

 看守に話を聞くと席を外すように指示し、俺たちの牢の前に一人で立つ。目線の動きでフェーデもフォルスとは逆隣りの牢にいることが分かる。

 バッチリ目が合うも一瞬眉をひそめただけで何も言われなかった。俺は初めての亜人ということもあり印象に残っていたが、向こうからすると変わった服を着た子供ぐらいにしか見えていなかっただろう。

 が、フォルスは違っていた。

「お、お前は・・・!」

「なんじゃ、お主は。前にどこかで会ったかのう。すまんが男の顔は覚えられないんじゃ」

 男は覚えていないって冗談じゃなかったんだ。まだ数日しか経っていないし、なかなか印象に残る出会い方をしていると思ったが、突然舟に上がってきたことに驚いたのは俺とダリスの方だった。

 フォルスに驚いていたと思ったら、何かに気付いたように今度は俺を見る。

「あの時の子供か」

 どういう感情なのか全く読めず、刺激したくないので黙っているとそのまま階段の方に戻ってしまった。

「坊主、あの男は知り合いか?」

 横の牢からフォルスが聞いてくる。顔は見えないが呑気な態度なのは伝わってくる。

「俺と初めてあった時にいたレベル人だよ。ほら、舟に二人いただろ」

 舟かあ、と思い出そうとしているのは感じ取れるが、すぐに出てこないようなら思い出すのは難しいだろう。

 体力や豪快さで誤魔化されているが、そろそろボケてくる年齢なのだろうか。それともフォルスにとってはしょっちゅう出くわすトラブルの一つでいちいち覚えていないのだろうか。

 しばらくすると再び階段を下りてくる足音が聞こえる。

 今度は一人じゃない。

 ダリスが案内するように一人の少女を連れてきた。

 予想通り、あの時に舟にいた白い髪と白い肌、赤い瞳で兎の耳を生やした亜人だった。

 改めて見ると髪や瞳は目立つものの、兎の耳がなければ人間とほとんど変わらない見た目をしている。

 前回あった時はローブを着ていたが、今日は貴族のようなきらびやかなドレスを身に纏っている。

「おお! あの時のレベル人の娘か! なるほど、ドレスを着させると十分に美しい。改めて酒をついでもらいたいのお」

 ダリスが無礼を責めようとするが、少女が制した。

 チラリと俺のことを見て、ダリスに目配せをする。

 短く返事をし、駆け足で階段を上る。兵団長は忙しいな。

 看守用の椅子を引き釣り、少女が俺とダリスの両方を見える位置に座る。

「奇遇だな、二人とも。この城に何しに来た?」

 交渉はフォルスに任せているので俺は口をつぐんだ。

「わしはフォルスと言ってな、レベル国王ペダルの古い知り合いなんだ。頼みがあって寄らせてもらった。国王に取り次いでもらえんか」

 ピクリと兎の耳が動いたと思えば、少し考え込んでしまう。

「そうか、それで牢に入れられているのか」

 合点がいった、と薄く笑って耳をピンと立てる。

「つくづくタイミングの悪い男だ。まあ、貴様の頼みというのは後で聞いてやるので待っていろ」

 階段から足音が聞こえる。ダリスが再び戻ってきたが、布に巻かれた棒状のものを重そうに抱えている。

 息を切らして少女の前まで持ってくると、ゆっくりと床に置いた。

 あれだけ重いはずなのに床に置いても音がしない。布に巻かれているとはいえ不自然だ。

 ダリスはそのままフォルスの牢を開ける。

「なんじゃ、出してくれるのか」

「妙な真似はするな。悪い様にはしない」

 フォルスも協力を仰ぐという目的があるので、歯向かうようなことはしない。

「これを持て」

 少女が布に巻かれた何かを指し、フォルスに命じる。

 不思議そうな顔をするものの、抵抗なく拾い上げる。

 しかし、動きは不自然に止まり、両手でゆっくりと担ぐように抱えた。

 怪力のフォルスまで重く感じるあれは一体何なんだ?

「これは重いのお。久しぶりにこんな重いものを持ったわ」

 どうすればいい、と少女の顔を伺うと再び床を指し下させる。

 またしても音はしなかった。フォルスがあれだけ重く感じるものであれば、鈍い音でもするはずだ。

 少女が椅子を降り、それを拾う。

 力を込めながらゆっくりと胸の高さで抱え込む。

 少女が持てることに驚いたが、亜人は見た目に反して力持ちだったりするのだろうか。

 フォルスの顔を見やると、今まで見たことのない驚いた顔をしていたので、亜人にそんな特性がないことが分かった。

 プルプルと震えながら、それを床に置き、ダリスに命じてフェーデの牢を開ける。

 状況が全く読めない、という困惑の表情を浮かべている。

 ダリスに、持てと命令され、おっかなびっくりそれを拾う。

 よいしょ、と力を込めるものの、他の三人と同様に何とか持ち上げられた。

 フェーデは何が何だか分からず混乱し、フォルスはフェーデが持てていることが信じられないという様子だ。

 ゆっくりと床に降ろしたのを確認すると、ダリスが俺の牢を開けた。

 何も言われないが、流れ的に俺にも持ち上げさせるんだろう。

 一体何をさせられているんだ。深く屈んで思い切り持ち上げた。

 水の入っていないやかんを持ち上げるように、拍子抜けする軽さで思わず後ろに転んでしまう。

 傘ぐらいの長さのそれは、重さをほとんど感じさせず、布越しに不思議と手に馴染む。

「何でみんな重いような演技をしていたんだ?」

 お互いに信じられないという顔で見つめ合い、フォルスが俺の手からそれを引っ手繰る。

 うおお、と重さに驚きながらおそるおそる両手で持ち上げる。

 俺がそれを受け取るも、さっきと同様に片手で持てる軽さだった。

「喜べ、牢から出してやる。頼みがあると言ったな。話を聞かせてもらおう」

 少女とダリスは踵を返し、階段に向う。

 ダリスが振り向き、それはお前が持ってこい、と命令をする。

 フェーデとフォルスも何がどうなっているのか全く理解できていなそうだった。

 いつも俺だけ分からないことだらけだったので、みんなと一緒に驚けたのが何だか嬉しかった。

 地下から階段を上がり、着いて来るように指示される。

 城の中は思っていたよりも簡素な作りをしており、決して豪華ではなかった。

 王の間に通されるも、玉座は空席だった。

 ダリスが玉座の横に立ったかと思えば、少女が玉座に腰かけた。

「私がレベル国第十四代女王リージェン・レベルだ。貴様らの頼みというものを聞こう」

 中学生ほどの年齢だが、やけに落ち着いており、ダリスからも丁重に扱われていたので、もしかしたら王族ではないかと予想はしていたが、まさか女王だったとは。

「お前、あの時の姫様か! 大きくなったのお。十三年前に会っているんだが覚えてないか」

 孫を見るように破顔して感慨深いという顔をしている。

「すまないがその時私は二歳かそこらだ。生憎記憶にない」

 返答内容は何でも良かったのか嬉しそうにうんうんと頷いている。自分の孫でもないのにこんなに可愛がるものなのか。いや、おそらく前国王との関係性がそうさせているんだろう。

「女王と言ったか? ペダルはどうした。引退でもしたのか」

 ダリスの顔が曇り、リージェンは視線を逸らしながら答えた。

「父は死んだ。数日前のことだ」

 国王が亡くなっていたのか。それを知らないことが怪しまれる理由だったのか?

「そうか・・・。病か?」

 つとめて平静を装っているが、あくまで装っているだけということが分かる。

 リージェンは聞かれることが予め分かっていたかのように即答した。

「殺された」

 フォルスが興奮気味に立ち上がる。

「誰にやられた。ペダルがそう簡単に殺されるとは思わん」

「命じたのはエイズル王だ。そこまでは調べがついている」

「その証拠には興味がない。わしらの頼み事というのはエイズル打倒のために力を貸してほしい、というものだった。一緒にペダルの弔い合戦をしようではないか」

 見返りもない交渉だったので、フォルスが頼みの綱だったが、結果的に目的が同じになるようであれば協力してもらえるのではないか。

「そんなところだろうとは思っていた。結論から言うと同盟を組むのはやぶさかでない。ただし、条件がある」

「何だ。こっちも急いでいるんでな。何でもやってやるから言え」

 まるで自分の思惑通りに事が進んでいるとでも言いたげにリージェンは笑う。

 何を企んでいるんだ。

「条件を言う前に先に済ませておこう。少年、その布を解き二人に見せてやれ」

 さっきのこれか。固く縛られた紐を解き、布を解く。

 鍔も無く、無駄な装飾も一切ない。

 持ち手の部分まで全て金属で出来ていて日本刀とは随分違うことは分かる。

 刀身らしき部分と持ち手らしき部分があるので、勝手に剣だと思ってしまったが、儀式に使う鉄の棒だと言われればそんな気もする。

「その剣はあのハムンに伝わる蛹の剣そのものだ」

 サナギ? 虫が変態する時の?

 剣をジロジロと眺めてみるも形などに蛹らしさはない。

「先程も言うたが、わしは証拠には興味がない。が、さすがにあの伝説の蛹の剣だ、と言われておいそれとは信じられぬ。一体どこでどうやって手に入れたのだ」

 これが伝説の剣? 何の変哲もない、物語の最初の方で手に入りそうな剣にしか見えない。

「その話は本筋から逸れる。後でいくらでも話してやる」

 リージェンが改めて俺の顔をじっと見る。

「少年、その剣で伝説のとおり、私たちを救う英雄となってくれ」

 みんなの目が俺と蛹の剣に向いている。

 仲間を守るために人を殺める鉄の剣を振るったが、今度は仲間とレベル人を救うために伝説の剣を握らなければならないのか。

 不釣り合いな使命と責任に怖くもなるが、右手から漲ってくる不思議な力が自信と勇気をくれた。

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