第20話 知らない未来
アンナがアマネに別れを告げ、みんなの所に戻る。
帰り道に俺は一つだけアマネに確認をする。
やはり問題はなさそうだ。これで心おきなく戦える。
フェーデたちに合流をし、アマネと話したことを共有する。
魔王アモンを倒すための作戦。これには俺とアンナだけでなく、フェーデとフォルス、リージェンの力が必要だ。
大まかな作戦を伝えると、最初は信じられないという顔をしていたが、アマネに確認をした理屈や実績を説明すると賛同してくれた。
星観の塔に到着すると、予想通り、魔物が塔を守る様に蔓延っていた。
ダリスの号令により、レベル兵、協力してくれたイグレシア教徒、他国の戦士たちが力を合わせて魔物を食い止めてくれる。
リージェンが信じるダリスに任せ、俺たちは星観の塔を登る。
円柱の塔は吹き抜けになっていて壁に沿った螺旋階段が、はるか遠くの頂上まで渦を巻いている。
延々と続く階段を登りながら、この世界に来てからのことを思い出す。
ほんの数日間だったけど、そもそも俺はこの世界に来る直前に生まれたんだよな。
この数日が、この世界が、俺の全てであり、俺自身の力で手に入れたものなんだ。
この世界の人達を守るために使命を果たそう。
頂上の着くと広間の中央で魔王が佇む。何かに祈る様に俯き、手を合わせていた。
天井はなく、空に手が届きそうにも思える。
作戦通り、みんな一定の距離を取り合いながら魔王を囲むように広がる。
アンナが足を止める。
「お姉ちゃん?」
少しの間を置いて、魔王が祈るのをやめた。
「アンナ?」
顔を上げた魔王はアンナによく似た顔立ちをして、双子のようにも思える。
年頃も身長も同じぐらいだが、床に届きそうなほど長い魔王の髪が、二人が離れ離れになった期間を表しているようだった。
「なんでお姉ちゃんがここにいるの? 魔王は?」
おそらくアンナは全てを悟ったんだろう。悟った上で信じたくない、という様に動揺し、取り乱す。
「アンナ、大きくなったわね」
拍子抜けするような優しい声で呼ぶ。
「寂しい思いをさせてごめんね」
迎え入れる様に腕を広げ魔王がにじり寄ってくる。
アンナは泣きながら膝をつきそうになる。
「あなた達は? アンナの仲間?」
「そうだ」
俺が短く答えると、ジッとこちらを見つめてくる。
「私を倒すの?」
「そのつもりだ」
腕の中でアンナがピクリと動く。
魔王が困ったような顔をしてみせる。
「気持ちはありがたいけど、それは無理だと思うわ。私を倒すか、私に倒されるしか道はないの」
再び俺たちの顔を見る。
「あなたが私を倒すの? それともあなた?」
誰からも返事がないことを気に留めない様に話す。
「残念だけど、あなた達の強さじゃ私を倒せない。アンナが私を倒すしかないみたいね」
魔王は悲しそうな顔をして、優しい声でアンナに問いかける。
「アンナ、好きな人はいる?」
アンナが首を縦に振る。そして、ぎゅっと俺の手を握る。
それを見た魔王は全て察したのか、溜息をつく。
「残念ね。でもアンナを悲しませるわけにはいかないの」
その瞬間、光の剣が俺に向って飛んできた。
躱すこともできず、額を貫いたが、星霊魔法ではなかったようで傷は負わずに済んだ。
あら、と不思議そうな顔をするが、その瞬間襲い掛かってきたフォルスに気付き、組み合う。
華奢な身体をしているはずなのに、フォルスに一歩も引けを取らない。
フェーデが強化魔法をフォルスに放つも、効果はわずかのようで魔王を抑え込めない。
リージェンが水流を飛ばすが、フォルスをなぎ倒し、空いた右手でその水流を空中で凍らせた。
氷が床に落ちて砕け落ちると共に、フォルスの腹部を蹴り、後ろに吹き飛ばす。フェーデが治癒魔法をかけにフォルスに駆け寄る。
「みんなを傷つけないで」
フォルスとリージェンの攻撃が無かったことの様にアンナを見つめる。
「子供みたいなこと言わないで。私はこの人たちを殺す。そしてアンナにはまた別の仲間や愛する人を見つけてもらう。アンナは可愛いからきっと良い人が見つかるから安心して」
「貴様、それでアンナが幸せだと言うのか!」
リージェンが水鉄砲を構え、激昂する。
「じゃあこのまま引いてくれる? 引く気がなさそうだから殺すつもりだったけど、もし二度と私を倒そうとしないなら見逃してあげてもいいわ」
「ここで永遠に大人しくできるのか? そんなわけないだろう。貴様がいれば世界が滅ぶ。ここで引いても大勢の人が死ぬ。アンナには悪いが、私一人でも貴様を倒す」
リージェンは水鉄砲の引き金を引く。目にも留まらぬ速さの水が魔王めがけて放たれるも、躱される。
「面白い武器ね。でも魔力をこめているのが丸見えだから、避けるのはそう難しくないわ」
リージェンの顔をかするように光線のようなものが撃たれる。
「それぐらいなら私にも出来るわ」
指先をリージェンに向けて水鉄砲と同じように圧縮した魔法を放つが、溜めが無い分向こうの方が上手だ。
アンナがリージェンを庇う様に前に出る。
「あなたはお姉ちゃんじゃない。お姉ちゃんがこんなことするはずない」
感情が少しずつ追いついてきたのか、アンナは真っすぐに魔王を見据えた。
「私がお姉ちゃんを倒してあげる」
「アンナにだけは倒されるわけにはいかないの。大丈夫よ、すぐに終わらせるわ」
アンナは覚悟を決めた様に、右手を空に掲げる。
「遅くなってごめん! アマネ、お願い!」
金色の光に包まれ、アマネが顕れる。
「じゃあ、みんな作戦通りにいこう」
アマネを中心に金色の光が部屋全体を包む。
魔王がはじめて迎え撃たず、アマネから距離を取る。
視界が揺らいだと思うと、天井には満天の星々が覗いた。
空間ごと時空の狭間に転送し、ようやく作戦の第一段階が完了するが、まだまだ油断できない。
顕現したアマネが間髪入れずに草薙の剣に入ってくると、剣が金色に輝き始めた。
「じゃあ、アルタ。後は頼むよ」
草薙の剣に降霊したアマネがいつもの調子で話かけてくる。
魔王に向って突撃し、剣を振る。
受けてくれれば儲けものだったのだが、こちらの狙いもむなしく躱されてしまう。
「時空の星霊を降霊させたか。お前の狙いはわかっているぞ」
先程と打って変わって、低く、重たい声をしていた。
思わず目を逸らしたくなるほど、瞳に威圧感があり、直感で分かった。
これが魔王アモンだ、と。今まではソラが表に出ていたんだろう。
「貴様の攻撃なぞ、当たらん」
アモンが禍々しい光に包まれたと思うと、翼のような光が背中から広がった。
足が宙に浮き、気が付いた時には目の前まで詰められ、ギリギリのところで攻撃を躱す。
アモンは頭上に飛び上がり、獣のように鋭く大きくな爪を鳴らす。
頬を血が伝う。深い傷にはならなかったが、躱しきれていなかった。
「みんな、お願い!」
無事アマネの降霊術が成功したことで、アンナが作戦の第二段階に入る。
フェーデ、フォルス、リージェンの背後に回り、三人に両手で力を込める。
星の力を最大限に借りられるように、時空の狭間に移動したのはこの為だ。
アンナは自分を経由して三人に魔力を限界まで注ぎ込む。
一時的にアンナに匹敵する魔力を手に入れた三人は、アモンを囲むように位置取り、右手を空に掲げる。
「力を貸して、テラ!」
「暴れるぞ、カナメ!」
「来い、ナムヂー!」
三人がアンナに魔力を借りることで、火の星霊テラ、雷の星霊カナメ、水の星霊ナムヂーを顕霊術で呼び寄せた。
「カナメ、坊主に力を貸してやれ!」
「まさかお前のような魔力の少ないやつに呼び出されるとはなあ。今回は特別に力を貸してやろう」
こちらの態勢が整うのを待たず、アモンが再び俺をめがけて滑空してくる。
それと同時に黄色に輝くナマズのような星霊が俺の背に張り付いた。
全身にビリッと電気が走る。さっきよりもアモンの動きがよく見える。
振り向き様に身をよじりながら草薙の剣を振るう。
アモンの左足を斬り、一瞬アモンが空中に静止する。
だが、すぐに動き出し頭上から様子を見ていた。
「ナムヂー。手筈通りに頼む!」
「後でたんまりと酒を祀れよ」
青く輝く兎のような星霊がアモンを飛び越える様にジャンプすると、アモンを包むような水球が現れる。次の瞬間にその水球はベッコリと凹み、水圧でアモンを圧し潰す。
「テラ、お願いします!」
「こちらこそ、一緒に頑張りましょう」
赤く輝く竜のような星霊は、アモンを圧し潰す水球に向い、炎を吐く。
炎は轟音を立てた後にすぐに消えてしまったが、水球がアモンを飲み込んだまま凍りついて、落ちてきた。
地面にぶつかり、表面を覆っていた氷が砕け、左足がピクリと動き出す。
「頼むぞ、アマネ!」
「しくじらないでくれよ、アルタ」
カナメの雷により、肉体を動かす電気信号が加速し、身体能力が向上する。
アモンの左足に思い切り剣を振り下ろす。
徐々にアモンの動きを止めていた氷も割れ始め、今にも暴れ出しそうだ。
しかし、全員の力を合わせて動きを止めたんだ。今攻めないでどうする。
草薙の剣での攻撃を繰り返し、アモンの肉体の時間を加速させる。
渾身の力で斬りつけようという踏み込みに合わせて、アモンの左腕が大きく振りかぶってきた。
カナメの力を借りていたこと、アモンが少しずつ弱ってきたことが影響し、間一髪のところで身体を捻じり、致命傷にはならなかった。
アモンは弱りながらも再び距離を取る様に飛び上がる。
「星の力を使えるのはお前たちだけではないぞ!」
アモンが右手を星に向けると、紫色の光に包まれた女性が浮かび上がってきた。
女神を思わせる荘厳な姿と、その発光から何かの星霊だということは予想できるが、あれは一体・・・。
「アルタ、今すぐ草薙の剣で自分を斬れ!」
早くしろ、とアマネが冷静さを欠いた声で叫ぶ。
意味が分からなかったが、咄嗟に左手を刃に当てて、思い切り握りしめた。
アモンが顕現させた女神の星霊が祈る様に手を組んだ矢先、視界が大きく揺れて意識が飛びそうになる。
「このまま脳を、魂を破壊してやる」
ぼやける視界の中で仲間たちが頭を抱える様にして、もがき苦しんでいる。
発狂しそうになる苦しみの中で、思い出すように左手の痛みを感じ始める。
段々と草薙の剣で斬った手の平の痛みが頭を鮮明にさせ、立ち上がりアモンに剣を向ける。
「貴様、なぜ立てるのだ」
危なかった、とアマネが溜息交じりに答える。
「草薙の剣で自分を斬ることによって、アルタの時間を攻撃される前に巻き戻させてもらったよ」
しかし、まだ仲間たちは苦しんでいる。
俺も左手を斬ったことで力が入らず、両手で剣が握れない。
「ならば、何度でもその魂を粉々にしてやろう。せいぜい自分に剣を向けてあがき続けろ」
もう一度、左手に刃を当てるが、このままじゃ本当に自滅してしまう。
その時、アモンを貫くように金色に輝く一筋の光線が走った。
放たれた方向に顔を向けると、苦しむリージェンの脇でアンナが水鉄砲を構えていた。
「アルタ! 少しだけ時を止められたはず。もう一度魔法を込めるからお願い!」
右手を空に掲げ、アンナの方を見ようと首を曲げた姿のまま時が止まり落ちてきた。
草薙の剣を右手で握りしめ、全ての力を込めてアモンの胸に突き刺し、手を離した。
剣を抜こうともがくが、草薙の剣がアモンの魔力に反応し重くなる。
必死に剣を抜こうとするその間にも剣は金色に光り輝き、アモンの時間を進めていく。
苦悶の表情を浮かべながらアンナを見る。何かを訴えているようにも、詫びているようにも見えた。
「さようなら、お姉ちゃん」
引き金を引くと、金色に輝く一筋の光線がアモンの額を貫いた。
急いでその場を離れると、アモンの身体が徐々に朽ちていくのが分かった。
髪は白くなり、肌は渇き、溶ける様に皮が垂れ、ついには骨となって、塵も残さず完全に消滅した。
「ごめんね、お姉ちゃん・・・」
仲間たちがアンナに駆け寄る。
終わったんだ・・・。
後は自分の役割を全うするだけだ。
その前に、最後の作戦に取り掛かろう。
魔王アモンは消滅した。
みんな満身創痍ではあるものの、死闘を終え、お互いを称え合う表情をしていた。
アンナもお姉さんとの別れに涙を流しながら、魔王を倒した喜びを噛み締めるようにアモンが朽ちた場所を見つめていた。
「お疲れのところ悪いが、一度星観の塔に戻るよ」
アマネが降霊術を解くように言い、アンナは改めてアマネを顕現させる。
金色の光が部屋を満たし、無事に星観の塔に帰ってきた。
それぞれ座り込み、全ての戦いが終わり、気が抜けてしまう。
俺は自分を取り巻く邪悪な力を感じながら、アマネに少しだけ時間をくれと伝え、みんなに声をかける。
「最後にみんなに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
四人が俺の方に顔を向ける。
「みんなに隠していたことがあるんだ。少しだけ時間をくれ」
ベラハ山で意識を失い、アマネからアモンの誕生の秘密や二千年の戦争について教えてもらった内容は、ほんの一部しか報告していなかったこと。
自分がアマネによって作られた存在であること、自分の世界が二千年前にアモスによって繋げられた別の世界であったこと、なぜアモンが復活を繰り返してしまうのか、自分がアモンになってしまうこと、アモンになる自分が元の世界に戻り、ゲートを閉じることでこの世界に二度とアモンが現れないこと。
「せっかくみんなで頑張ったのにさ、ここで帰りますっていうのも申し訳ないと思ってる。でもさ、だからこそ、みんなにはアモンのいない世界で幸せになってほしいんだ」
フェーデは顔を押さえて泣いている。
「ありがとう、フェーデ。この世界に来てから本当にお世話になりっぱなしで。優しい姉さんができたみたいで嬉しかったよ」
フォルスがただ黙って、ジッと目を見つめてくれる。
「ありがとう、フォルス。フォルスみたいな男になりたいと思えた。誰にも負けないような強い男になりたいと思えた。武闘祭のリベンジをしたかったけど残念だ」
リージェンが腕を組み、唇を噛み締めながら、涙を流している。
「ありがとう、リージェン。その年で女王として、戦士として、人の為に働いているリージェンを本当に尊敬していた。最後まで手伝えなくてごめん」
アンナが泣きながら走ってきて、思い切り抱き締められた。
「アルタなんて大っ嫌い! 全然好きじゃない! 隠し事も多いし、すぐ落ち込むし、すぐに気を失って心配かけるし! ずっと一緒にいてって言ったじゃん!」
力なく、俺の胸を叩く。
「アルタ・・・。アルタのことなんか好きじゃないから、アモンにならないよ。だから帰らなくていいんだよ・・・」
アンナを抱き締める。背中にピリピリと痛みが走り、徐々にアモンに蝕まれているのを自覚する。
「ありがとう、アンナ。アンナに出会えて本当に良かった。こんなに可愛い女の子と一緒に旅ができて幸せだった。好きって言ってもらえて幸せだった」
自分の声が震えているのが分かる。アンナのもたれかかる肩が濡れているのが分かる。
「俺はこのままいなくなるけど、俺のことは忘れないでいてほしい。嘘ばっかりついて今更信じてもらえないかもしれないけど、必ずもう一度会いに来るから」
アンナに俺の最後の作戦を告げる。
俺の話を聞いてアンナは驚きながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺の目を見つめる。
「今度こそ嘘じゃない? 本当にそうすれば、またアルタに会えるの?」
「嘘じゃない。アンナにならきっと出来る。俺を信じてほしい」
アンナは目を晴らしながら、鼻をすすりながら、今までで一番綺麗な顔で笑ってくれた。
「次嘘ついたら今度こそ許さない。ぶん殴ってやる」
拳で俺の胸をどんと殴る。
そろそろ本当に帰らないとまずそうだな、と思っているとみんなの声が聞こえた。
「アルタ、ありがとうございました! アンナのことは任せてください!」
「お前の顔と名前は一生覚えているぞ、アルタ!」
「レベル人を代表して礼を言わせてくれ、アルタ。君がいなくても必ず成し遂げてみせる」
涙でみんなの顔が見えない。喉が詰まって返事ができない。
『アルタ、すまないがそろそろ時間だ』
アマネが声をかける。
苦し紛れに手を振って別れようとした時、
「アルタ!」
アンナに抱き締められ、そっとキスをされた。
いたずらっぽく笑い、言う。
「アルタ、愛してるよ」
「アンナ、愛してる」
もう一度キスをして俺は元の世界に帰った。
必ずアンナにもう一度会えることを信じて。
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