第9話 知らない教え

 ダールまでの道は今まで以上に過酷な旅となった。

 より強力な魔物、険しい山道、エイズルの脅威。

 あの時フォルスが合流していなかったらと思うと恐ろしい。

「それにしても、こんな美女二人を連れて旅をしていたとはな。生意気だな」

 愉快そうに大笑いをしているのを横目に俺たちは額に汗を滲ませていた。

 慣れない山道と足場の悪い中での戦いで体力の消耗が早い。治癒魔法を使うと少しは楽になるらしいが、集中力は必要なので歩きながらは出来ないし、魔力の消費から来る倦怠感は防げないらしい。

「だらしないのお。まだダールの半分も来ていないと言うのに。道もどんどん険しくなるぞ。シャキッとせい」

 俺の背中をバシッと叩いて鼓舞をする。孫がいそうな年齢のくせに信じられない体力だ。

「フォルスはどうしてエイズルと争っていたの? イグレシア教徒なんでしょ?」

 まだ比較的余裕のあるアンナは、話していた方が元気になる、とフォルスに並ぶ。

 俺もまだ余力はあるものの、フェーデはかなりしんどそうだった。見るからにインドアなタイプなので想定通りだけど。

「わしはイグレシア教徒ではあるものの、イグレシア教もエイズルも好かん。あれらは嘘ばっかりだ。不正を命じられたので断ったら破戒僧ということでガミール島まで島流しにされたのだ。おまけにアモンが復活し島を襲いに来てのお。命からがら島から泳いで逃げたんじゃ。全てイグレシア教とエイズルのせいだ」

 自分で話しながら怒りが湧いてきたのか、お前もそうは思わんか、とアンナに強く同意を求める。フォルスに気圧されてか気まずそうな微妙な表情で愛想笑いをしていた。

「イグレシア教が・・・嘘つき・・・というのは・・・どういう・・・」

 息を切らし重くなった足を引きながらも、イグレシア教への悪口は看過できないらしい。信仰心というのは強すぎても大変そうだ。

 フェーデが物言いをつけたことは気に留めず、足が止まりそうになっている様子を見て、フォルスは小休止を提案した。

「姉ちゃんはイグレシア魔導団に入団したいと言っていたな。他人の信仰にとやかく言うつもりはないが、色々と覚悟をしておいた方が身のためだぞ」

 真面目そうだからな、余計にショックを受けると思う、とフェーデへの気遣いが伺える言い方だった。俺はイグレシア教を全く知らないが、フォルスが嘘を言っているようには見えなかった。

「イグレシア教徒としての修行の日は浅いですが、私の家族は代々イグレシア教徒です。これまで生活の中心に教義があり、それは正しいものだと今でも思っています。何が嘘なのか教えてもらえないでしょうか」

 感情を抑えて冷静に話しているのは十分伝わるが、疲れもあるせいか刺々しい感情が見え隠れする。

「お前の家族を侮辱するつもりはない。また、教義についても正しいとは思う。あくまで教義はな」

 フォルスも乱暴ではあるものの、人の信じているものを軽々しく否定しようとはせず、珍しく思ったことをそのまま口にはせず、言葉を選んでいる。

「何も知らない、という前提で話させてもらうが、まずもってイグレシア教会は自身の教義を守っていない。そして相互不干渉の関係にあるエイズルとは、上層部同士が結託しあって甘い蜜を吸っている。またレベル人への迫害を助長している面もあるな」

 次から次へとかなりのスキャンダルを放ってきた。この件に関しては中立でいたかったが、元の世界でも似たようなニュースは聞いていたし、人である以上どんな世界でも同じことが起こってしまうのかもしれないな。

「それが全て本当なのだとしたら、確かにフォルスの言う通り、イグレシア教会は嘘をついていることになります。そこまで言い切るのは何か証拠を握っているのでしょうか」

 アンナも二人の邪魔はせず、少し落ち着けと言わんばかりにフェーデに水を差しだす。

「この場で証拠となりえる物は何もない。だがな、自分の見てきたもの、聞いてきたものを信じるためにも、人から言われたことは一度疑うぐらいの姿勢でいることだ。教えであってもわしの話でも同様だ。たわごとだと流してくれて構わない」

 しばし気まずい空気が流れるが、二人とも大人なので喧嘩にはならなかったのは不幸中の幸いだ。しかし、フェーデにとっては気持ちの良い話ではないのは確かだ。

「先を急いでいるのにごめんなさい。もう足も大丈夫」

 仕切り直すようにフェーデが手を打って立ち上がるも、気力だけではどうしようもないこともある。この二日歩き通しだったから、そろそろ疲れが出始めるのも無理はない。

 みんな考えは一緒だったようで、とりあえず今日のところはこのまま野営をすることにした。

 フォルスは、飯を食えば全て解決する、と笑いながら狩りに出かける。

 坊主も来い、と俺を連れ出して木々の中を進んでいく。

 きっと女性同士の時間を作ってあげたかったのだろう。優しすぎない優しさを見て、強靭さだけではなく心意気も真似られるようにしようと思った。


 仕留めたイノシシを川縁で解体し、今夜の食料とする。

 川の水で血抜きをするのは衛生上宜しくない、と水の魔法を使いながら慣れた手際で肉を洗う。

 何でも、軍事演習などで昔から山籠もりをはじめとしたサバイバルを行っていたらしい。

 年長者よろしく若者に惜しげもなく知識を披露し悦に浸っているところは気の良いじいさんにしか見えない。

 面白くも長いご高説をたまわっていると登山道に赤い人の影が見えた。

「じいさん、静かに。エイズル兵がいるぞ」

 すぐに状況を理解し、身を屈めながら向こうがこちらに気づいているかを確認する。三人の兵士は歩くことに専念しているようで、不自然な動きはない。

 フォルスがゆっくりと肉を担ぎ、木々の中に姿を隠す。

「しかし、よく気づいたのお。武闘祭の時にも思ったがお前は目が良いな」

 元々自慢の視力ではあったが、こっちの世界に来てから命を張るような危機的状況が続いたせいか、前以上に微かな動きなどに鋭敏になっている。

 急いでアンナとフェーデに合流し、事情を説明する。

 野営の支度を進めてくれていたが、急いで片付けを始める。

 手を動かす俺たちをフォルスが不思議そうに止める。

「ここで逃げてもキリがない。相手の出方も伺いたいから応戦するぞ」

 小一時間もすれば、やつらもここを通るはずだ、と少しだけ道を戻り、それぞれが隠れる場所を指示する。

 気が付けば日も沈んできて、近付いて来るエイズル兵の持つ明かりが、山道をユラユラと近づいてくるのが見える。

「嬢ちゃん達は隠れながら必要そうだったら魔法で援護してくれ。坊主は一人ぐらいなら倒せるだろう?」

「こう見えても武闘祭で準優勝しているんだ。そんなすぐにはやられないさ」

 慢心とも違う自信を抱きながら、アンナに良いところを見せたいと考えてしまう。

 三人のエイズル兵がこちらに近づいてくる。

 俺が目の前に立ちふさがり、間髪いれずにフォルスが列の後ろに回り込む。

 アンナが木陰に隠れながら音の魔法を使ってくれているのだろうか。物音も立たず、兵士たちの声も聞こえない。

 エイズル兵も音が聞こえないことに気づいたようだが、山道で突然敵に囲まれたことで明らかに動揺している。

 息を長く吐き、木刀を静かに構える。

 先頭の兵士が腰の剣を抜こうとしている。その右手に目掛けて木刀を振るう。

 エイズル兵の抜刀が遅れたその隙を狙い、そのまま相手の小指に強打する。

 おそらく鈍い音がしていたのであろうが、自分の呼吸音すら聞こえない。

 苦悶の表情から痛みと戸惑いが伝わってくる。

 態勢を立てなおされる前に、相手の喉元めがけて突く。

 後ろに倒れる兵士を上から押さえつける様にして無力化する。

 フォルスの方を見ると、既に二人を汲み伏して気絶させ、身ぐるみを剝いでいた。暗い中、山道でそんなことをしていると盗賊にしか見えない。

「ほれ、これを使え」

 アンナが魔法を解いたのかフォルスの声が聞こえる。

 倒したエイズル兵から鉄製の剣を奪い、俺に投げてきた。

「お前の戦い方は武器がいくつあっても足りん。使えるものは何でも使っていけ」

 状況によって折って戦うことになるから、せめて二本は持っていろ、と渡される。

 自分の持つ正義が正しいのかはまだ分からないが、仲間を守ることで敵を傷つけてしまうのは間違っているとは思えない。

 自戒のための木刀を捨て、人を殺すことができる鉄の剣を持つ。

 二本は持ちづらいので一本は背負い、もう一本は腰から下げた。

 追ってきた三人の兵士を縛り上げて尋問すると、どうも先遣隊の一部としてこの山に入ってきたらしい。アンナとフォルスの行方を捜すために方々に散っているようで、まさか一緒に行動しているとは、と驚いていた。

 まだ比較的ヒューゲルに近いこの山道は、数日おきに人が通る程度には利用されているらしい。

 持ち物を全て奪い、木に縛りつけることで本隊に状況が伝わるのを遅らせることにした。

 気を取り直して野営を続け、目立たないように暗いまま、先程狩ってきたイノシシを食べる。

「アルタって武闘祭の時にわざと剣を折っていたの?」

 あの時はあまりじっくり見れなかったんだけど、とアンナが固い肉を嚙むことに疲れたのか顎をマッサージしながら質問する。

「ああ、一応狙っていたよ。一回戦で甲冑の男と戦った時に、同じ箇所で攻撃を受けすぎて刃こぼれしたからな。刀身の同じ箇所で攻撃と防御を繰り返すことで、意図的に剣を折っていたんだ」

 鉄の利用を良く思わないこの世界だからこそ、製鉄技術が十分に発展しておらず脆いのかもしれない。

「そうだったんですね。でも二回戦は相手の剣が先に折れていましたが、何か細工でもしたんですか?」

「いや、ズルはしていないよ。俺は刀身の色んな箇所がぶつかるように剣を振って刃こぼれを防ぎ、攻撃する時は相手が同じ箇所で受ける様に戦っていたんだ。だから相手の剣だけ折ることができた」

 こうやってね、と手の中で剣をクルクルと回す。

 両刃の剣だからこそ出来る技だ。

「わしの時も同じ箇所で受けていたのか。力はまだ弱いが戦闘技術はそこそこ高いのお」

 全部自分の目に頼り切った戦い方だ。いつまでも同じ手が通用するとも思えないし、一戦ごとに剣を配布された武闘祭だからこそ使えた作戦だ。しっかり剣術を身に着けなれば。

「しかし、追手が迫っているのは間違いないな。本音を言えば、明日以降はペースを上げたいところなのだが、姉ちゃんはもう限界だろう? 音を上げるなら負ぶってやってもよいのだぞ」

 フェーデの意思を尊重しているようだが、性格的に根を上げるとは思えない。

 軽口を叩いているのもフォルスなりの優しさのように思える。

「もしエイズル兵に付いて来られるようであれば、レベルに流れて助けを乞うのも一つの手だろう。やつらのエイズルへの憎しみを考えれば、匿ってもらうぐらいなら難しい交渉ではないだろうな」

 先程の話から時間も立ち、過ぎたこととして普段通りに振舞っていたフェーデだが、やはりイグレシア教徒としてはレベル人の手を借りるという選択肢は、そう簡単に選べるものではないらしい

「アンナの身の安全が第一ですが、私はまだ歩けます。ペースを上げてダールに向いましょう」

 果たしてダールに向うことで状況は良くなるのだろうか。

 レベルのことは俺にはよく分からないが、一抹の不安をいつまでも飲み込めずにいた。


 翌日、フェーデは見るからに頑張っており、遅れたペースを取り戻していた。

 ヒューゲルからダールの道は大小三つの山を六日かけて歩くことになるため、ようやく半分に達したところだ。

「ダールってどんなところなんだ? この山道を考えると大きな国だとは思っていないが、ボスコぐらいの規模なのか?」

 黙々と歩いているのも気が滅入るので、世間話を振ってみた。

 フォルスとフェーデが驚いた顔をしたのは分かったが、すぐにフォルスが答えてくれた。

「・・・ダールには何もないぞ。十三年前にアモンが復活した際に滅ぼされてしまったからな。元々谷にある小さな国だったが、今はわずかな生き残りがいる集落という感じじゃな」

 フェーデは浮かない顔をして黙々と歩いていた。当時のことを思い出してショックを受けているのかもしれない。

「そんなことはどうでもいいのだが、お前は本当にこの世界の人間じゃなさそうじゃな」

 まだ信じてなかったのか。まあ、異世界から来ましたなんて奴がいたら普通は頭がおかしいと思うよな。

 ふむ、と顎に手をあて何やら考え込んでいたフォルスが勿体ぶって口を開いた。

「坊主、実はわしはダール出身でな」

「ああ、そうなのか。変なこと聞いて悪かったな」

 十三年前とは言え、故郷が滅んでしまったことを自分の口で話させてしまったのは無知とは言え、申し訳ないことをした。

 もっとこの世界のことを知らないと、無闇に人を傷つけてしまう。気を付けよう。

 反省していると、後ろでアンナとフェーデの足が止まっていた。フォルスも豪快に笑い俺の背中を叩く。加減してくれているのは分かるが息が止まる。

「出身地を明かすことがこうも気持ちよいとは思わなかった。礼を言うぞ、坊主」

 ガハハと笑いながら嬉しそうに山道を進む。

 何がそんなにおかしいのか不思議に思っているとアンナが教えてくれた。

「あのね、自分の出身地は教えちゃいけないってイグレシア教の教えがあるの。私みたいな田舎者でも知っているぐらい基本的な教えなんだよ」

 アルタの反応を試すためだったんだろうけど驚いたよ、とフェーデを気にかけながら歩き出す。

 フェーデは目を見開いて固まってしまっていたが、何かを自分に言い聞かせるように足早に二人を追いかける。

 何故出身地を聞くことがそこまでタブーとされているのかは全く想像がつかないが、敬虔なイグレシア教徒であるフェーデにとってはショックが大きかったようだ。

 人種や信仰、出身にどうしてここまで拘るのだろうか。

 すっかり標高も高くなり遠くまで見渡せた景色は、魔王やエイズルの脅威を全く感じさせないほど綺麗だった。


 その後、何とかエイズル兵に見つかることもなく、ダールに到着することができた。

 アモンの爪痕はまだしっかりと残っていた。

 民家があったであろう土地、不自然に削れた谷の斜面。

 元々ダール峡谷という切り立った山肌にできた国は、谷底を流れる川と辺りを覆う緑がよく映えて、不便ながらものどかで落ち着いていたことが予想できる。

 集落の入り口に通じる道は狭く、建物の二階ほどの高さから下を流れる川を望めた。

 フォルスは悲しいのか懐かしいのか面倒臭いのか分からない表情を浮かべながら、長かった旅路が終わったことを喜んだ。

「さすがに疲れたのお。まだ日も高いが、今日はゆっくり休んで星霊との契約は明日にするか?」

 アンナとフェーデはお互いの顔を見合わせ、示し合わせたように頷いた。

「すぐに契約をはじめて終わり次第、ここを出ましょう。もし疲労で動けなくなったら負ぶってください」

 フォルスはまだ元気そうですからね、と疲れを感じさせず冗談を返す。

 臨むところだ、とフォルスもニヤリと笑い、この数日のピリピリした雰囲気を吹き飛ばすように笑顔が伝播した。

 体力はとっくに限界を超えているだろうに、二人の根性には改めて驚かされる。

 フォルスの案内で祭壇を目指す。集落の入り口から脇道に入るようで、二人は谷を上から眺める暇もなく契約に向かった。

 出身というだけあって過去にダールの星霊とは契約しているらしいフォルスが忠告をする。

「ここの星霊はわしを見れば分かるだろうが、少しばかし雑でな。まあ、わしの名前を出せば話は早いかもしれないが、精々頑張るんだぞ」

 星霊の加護を受けた土地は、その加護の影響で性格に変化がある、という話を思い出す。

 フォルスのこの人柄が加護によるものなのだとしたら、こんな穏やかな場所なのに住民は豪快だったのか。通過儀礼でバンジージャンプでもしていそうだな。

 アンナは自分の顔を叩き気合を入れて祭壇に向かっていった。同じくフェーデも覚悟を決めたように深呼吸をし、手を振って別れを告げる。

 二人を見送った後、フォルスと腰を下ろして休んでいたが、すぐに飽きたようで外に連れ出された。衰えを知らない体力にもう驚きもしない。

「今後の計画を相談しておきたいのだが場所を変えるぞ」

 何か深刻な話でもするのか斜面を登り、谷を一望できるところまで行き、話を続けた。

「坊主と嬢ちゃんはエステレラに向かっていると言ったな。ハッキリ言うと辿り着けないと思うぞ。それだけお前たちは未熟で、装備も整っていない」

 うすうす気づいていたが、面と向かって言われてみると、いつまでも先送りにはできない問題だな。どうしたものか。

「ダールをさらにエステレラ方面に進むとベラハ山が見えてくる。この大地で一番大きな山だ。人々がエステレラを手放した大きな理由はベラハ山にある。並大抵の者でなければ越えられない」

「そんなに過酷なのか。過去に越えている人もいると思うが、どうやったんだ?」

 歴史上、アモンが何度も倒されているのを考えるとベラハ山を越えることは不可能ではないのだろう。直近では少なくとも十三年前に越えている人がいるはずだ。

「準備があれば不可能ではない。またベラハ山を越えるだけなら出来るかもしれない。だがな、エステレラまで行くとなると食事を始めとした荷物がとても多くなってしまい、その荷物を持ってのベラハ山踏破は一気に難易度を高める」

 フォルスは俺を諭すように、ハッキリとした口調で続ける。

「十三年前、エイズルはアモンと討伐のために国を挙げて進軍した。わしもイグレシア教徒として同行してな。ベラハ山を越えてエステレラまで辿り着いたのだが、着いたころには兵は傷つき、兵站も十分でなかった。止むを得ずその時は帰還したんじゃ」

 とてもじゃないが個人が努力や根性で行ける場所じゃない、と忠告をしてくれる。

「それは俺たちの計画が甘かったな。でも何で今になってそんなことを言うんだ? ヒューゲルを出て合流した時には無理だと分かっていたんじゃないか?」

 喧嘩腰に聞こえてしまうだろうか。しかし、フォルスの忠告はありがたく、純粋に何で今になって教えてくれたのかが気になった。

「話は最後まで聞け。繰り返すがエステレラに行くには人手と準備が必要だと言いたかったのだ。つまり、それさえクリアできれば不可能ではないということだ」

 答えになっているようでなっていない。

「エイズルに協力を求めろってことか? この状況で?」

 アンナの危険にさらすかもしれないのに、そんな提案が飲めるはずもない。

「せっかちなやつだのう。人と物が用意できれば何もエイズルである必要はない」

 ニヤリと悪そうに笑う。

「さっきもチラッと話したが、レベルに協力を求めればいい。ダールからは比較的近く、ベラハ山の麓に位置しているからな。おあつらえ向きだ」

 それでわざわざ人気のないようなところまで呼び出したのか。

「俺はイグレシア教徒でもないし、レベル人に対して偏見も持っていないから協力してくれるならお願いしたいと思っているが、アンナやフェーデは何て言うかな。そもそも協力してくれるのか?」

 レベル人の憎しみがどれほど大きいのかも分からないが、世界中の人たちから亜人だからという理由で迫害を受けているのだとしたら、他国の人に協力なんて絶対しないのではないだろうか。

「この前も言ったが、協力を取り付けることについては大きな障害ではない。わざわざ坊主にだけ相談したのは、あの姉ちゃんのことだ」

 フォルスもフェーデが快諾しないことを分かっている。だからこその根回しなのだろう。

「わしはエイズルに一発お見舞いしてやるつもりでいるが多勢に無勢だ。遅かれ早かれレベルに行ってエイズルに喧嘩を売らないかを相談するつもりじゃった。お前たちの目的も果たせるから悪い話ではないと思っているんだが」

 困ったように頭を掻きながら苦笑した。

「いきなりレベルの話をしても聞く耳を持ってくれないだろうと思って、段階を踏んで話すつもりだったのだが、まさかあそこまでイグレシア教を盲信しておったとはな」

 普通の教徒は知るよしもないことだから責める気はないが、と珍しく気まずいような顔をする。

 こればかりは俺が立ち入れるような話でもない。

 おそらくアンナは賛成するだろう。イグレシア教について理解はしているものの、フェーデほど生活に直結していなかったようだし、何よりお姉さんを助けるという目的がある。

 しかし、フェーデは違う。そもそもエステレラに行く強い動機もないし、何よりレベル人を異教徒と、いやもっと差別的に見ているかもしれない。フェーデの性格上、過激な言い方はしないが信条に反するのは間違いない。

 俺の一存でどうすることも出来ないのはフォルスも重々承知の上なのか、言いたいことはいったという風に大きく体を伸ばし、考えておけと言って坂を下った。

 仮にフェーデと別行動になってしまうとして、ここまで力を貸してもらいながら一人来た道を戻らせるなんてことは出来ない。

 谷を撫でる様に風が吹いてくる。少し一人で考えてみようとその場で腰を下ろすとフォルスが戻ってきた。

「おい、坊主。あれを見てみろ」

 谷の向こうから蟻のように統率が取れた列が伸びる。この景色にない赤色が鮮やかに引かれていた。

 エイズル軍だ。

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