第8話 知らない戦い
エイズルに次ぐ規模の街であるヒューゲルは定期的にお祭りを開いているらしい。
この武闘祭も毎年一回行われているそうで、エイズルが出資しヒューゲルが場所を提供する、という仕組みのようだ。
ヒューゲルも随分と古い歴史があるようで、旧市街地と新市街地で別れている。
今までは新市街地にいたので、あまり感じなかったが旧市街地はハムンのように生活に窮している人が見かけられ、奴隷労働をさせられているレベル人がそこかしこで見られる。
ハムンでも似た光景を見ていたものの、通りを隔てた新市街地の存在が、より悲壮感を増してしまう。
旧市街地を奥に進むと、野球場のような丸い建物が見えてきた。武闘祭の舞台となるコロシアムらしい。
遺跡とも言えるような古めかしい建物に、この街の歴史を感じつつ、似つかわしくない人の多さに不思議な感覚に陥る。
「エントリーする者はこちらへ!」
人が多いものの出場者はそう多くないようで、多くは観客席に案内されている。
アンナとフェーデから激励をもらい、一人寂しくスタッフに連れられる。
選手控室のような大部屋に移されると、屈強な男たちがこちらを睨んできた。
が、俺の体格や顔つきを見て、すぐに興味を無くしたようでそれぞれの時間に戻っていく。
適当に空いている席に座って成り行きに任せると、武闘祭のルールが記された紙が壁に掲示されいることに気が付き、。しっかりと確認しておく。
一、 魔法の使用を禁ずる。
二、 使用する武具は大会が用意したものに限る。使用しないことも可。
三、 武闘場の外に身体が触れる、降参、死亡で敗北とみなす。
四、 会場からの支援魔法およびドーピングの使用が確認できると敗北とみなす。
五、 参加者を二つのグループに分け、それぞれ最後の二人になるまで集団戦を行い、勝ち残った四名でトーナメントを行う。
六、 優勝者はエイズル国より褒章を賜る。
他の参加者の話を盗み聞きするに、エイズル国出資のこの武闘祭で、結果を残す戦士はそのままエイズル軍にスカウトされるらしい。
なるほど、各地の猛者を一挙に力比べし、強い戦士を見つけられるのは非常に効率がいい。
褒章を目的とする者も少なくないだろうが、エイズル軍への従軍を狙っている者の方が多いようだ。
大国の軍人になれれば生活にも困らないだろうし、完全実力主義の人材登用と思えば健全だ。
しばらくの間、ただ時が経つのを待っていると、廊下から選手が部屋に案内されているような声が聞こえてくる。どうやらこの部屋を一つ目のグループとし、二つ目のグループも徐々に集められているようだ。
俺を入れて全部で十五名。このままいけば全三十名程度で優勝を競い合うのか。
正直言って勝てる気がしない。フォルスやダリルと比べてしまえば威圧感もないが、それでもプロレスラーや力士、絞られた格闘家のような人しかいない。
十七歳の細身の男子高校生なんて場違いもいいところだ。
途方に暮れていると、スタッフが扉を開き、着いてくるように案内をかける。
気合を漲らせる男たちに挟まれながら、ぞろぞろと歩いていると後ろから声をかけられた。
「君、大丈夫かい。余計なお世話だが無理だと思ったらすぐに場外に出るんだぞ」
爽やかな声をしているが、全身傷だらけで筋肉質の男に戸惑う。
明らかに浮いている俺を気遣ってくれているのだから、随分と紳士的だ。
「ご忠告どうも。死にたくはないんで大怪我する前に諦めますよ」
あまり諦めているようには見えないけどね、と笑われる。確かに勝てるとは思っていないものの、どこまで自分の力が通用するのか、エステレラを目指すにあたっての腕試しには丁度良いと考えている。
長い廊下を歩きながら紳士的な男の口元が怪しく笑うのが視界に入った。
控室にあったルールの通り、武器と防具の貸し出しが行われていた。
これまで町の武器、防具屋で見かけていたように木、石製の武器か皮製の装備なんだと考えていたら、しっかりとした鉄製の装備を貸し与えられた。
「鉄はイグレシア教の教えに反するんじゃないですか?」
貸し出しを行っているスタッフに話しかけると、
「製鉄はレベル人が行っている。なので、問題はない」
と面倒くさそうに言われてしまう。まあ、教義が完璧に守られていたら争いなんてそう起こらないよな。
剣や槍、斧に見たこともないような謎の武器が並ぶ。どれも簡単に命を奪えそうな怪しい光を放っている。
使い慣れた武器なんて当然ないが、木刀とはいえ戦闘経験のある剣を選んだ。実際に見るのは初めてだが、シンプルなロングソードを選ぶ。
防具も同様に金属製のものを選ぶことになる。が、ここで問題が生じる。
想像以上に重い。厚い鉄板は安心感があるものの、体力とスピードを奪われる。
剣はとりあえず振り回せそうだが、防具の使用には無理があった。
使用を強制される訳ではないので断ってもいいのだが、最低限は身に着けていないと不安なので、表面積が小さい比較的軽めの胸当てなどを装備し、準備を終える。
しばらくすると、鐘が鳴る音が聞こえた。
まるでコンサート会場のような歓声が聞こえる中、暗い廊下を抜けて武闘場を目指す。
必要以上にそわそわと指や手のストレッチをしてしまう。
武闘場は眩しい日差しに照らされてキラキラと光っていた。
よく見ると、武器や防具の破片が散らばっていた。今までの壮絶な戦いを思わせる。
何万人という観客が声を荒げながら叫んでいる。
まさか自分がこういった舞台に立つ日が来るとは思ってもみなかった。この世界に来てから非日常的なことしかなく、全く飽きない。
中央に一辺が十メートルほどの正方形の武闘場がある以外、何もない。
観客席から武闘場は十メートルほど離れているので、何か投げれば当てたり渡したりは不可能ではない。妨害行為を防ぐために数名のスタッフが観客席を向き立っている。
魔法を使っているのだろうか。拡声器を使っているような実況が、これから始まる戦いを煽り、会場を盛り上げていた。
選手が武闘場に上がり、改めて武闘場の狭さを痛感する。
十五人が入るには十分すぎる広さではあるが、お互いに後ろを取られないように淵に立っているため、隣同士の距離は二メートルほどしか離れていない。
さらに各々剣や槍といった武器を握りしめているので、開幕時から相手の間合いに入ってしまっている。
仮に右を攻撃している間に左から攻められたら一巻の終わりだな。改めてこの試合の過酷さを実感する。
こちらのグループが第一試合なのだろう。開幕の挨拶をエイズル国王が行う。
随分と若い王だった。厳格で冷徹な印象を受ける。第一印象でしかないが悪者に見える。
「それでは第一試合はじめ!」
エイズル国王の挨拶を聞いていたら、試合開始の鐘が鳴ってしまった。
正解は分からないが、無策で戦うのだけは止めようと思い、真正面に走り出す。
案の定何名かが隣の相手に舞台から落とされているのが視界の端で捉えられる。
俺の真正面の相手は向かいの子供を敵と見做していなかったのか、右隣の相手との戦闘を始めている。
走り抜けるように脇腹を切りつけ、勢いを殺さないように武闘場を周る。
やはり大半は開始直後に落とされてしまうようで、既に半数しか残っていなかった。まずは第一関門を突破できたようだ。
戦いの真っただ中の者もいれば、俺のように一息ついて状況を整理している者もいる。
先程の紳士的な男も残っており、俺が退場していないことに驚いているように見えた。
見かけから侮られていると感じたので、あえて標的にし、剣を突き刺すように構え突進する。
作戦通り迎え撃つようにして剣を振り被ってくれたので、それに合わせるように右に避け、下から腕を切り上げる。
力が無い分、腕を切り落とすことにはならず、相手の両腕の上腕に刃が食い込む形で止まっている。
腕の肉に止められてしまった剣を諦め、しっかりと握れなくなった相手の手から剣をもぎ取り、足の甲に突き立てる。
悲鳴を上げてバランスを崩したところに体当たりをし、場外に落とす。
すぐに振り返り、剣を構えるが、俺を入れて残り三名まで試合は進んでいた。
ここまで残っている相手だからなのか、さっきのように侮られている気配はなく、三すくみになるように睨み合っている。
鐘が鳴ってからどれぐらいの時間が経ったのだろう。
おそらく数分程度なんだろうが、息がもたない。
命を落とすかもしれない緊張感の中、文字通り死に物狂いで走り、重い剣を振り、人を斬った。、闘争本能が昂って、まともに呼吸が出来ていなかったのかもしれない。
左から斧を持つ甲冑の男が向ってきた。息が切れているのがバレたんだろう。
真正面にいるもう一人の戦士は、緊張を解かないながらも傍観を決め込んでいる様に見えた。上位二名になれればいいんだ。最後は人に任せる者も出てくると思った。
一対一ならまだ何とかなる。
肩で息をしながら相手を良く見て攻撃をかわす。ありがたいことに斧と甲冑の重さでスピードはない。小手を切りつけるように走り抜けるも甲冑に攻撃を防がれてしまう。
防具に頼ることで背中からの攻撃も恐れていないようで、ゆっくりと振り向き、ジリジリとにじり寄ってくる。
どうするべきか。ハンマーなどで殴れば甲冑ごとダメージを与えられるだろうが、生憎そんな力はない。よく見ると、脇腹には留め具があるため鉄板がなく、身体が見えている。
弱点は見つけたものの、打開策はまだ無い。相手も待つ気はなく休まずに斧で襲ってくる。
必死に考えながら、とにかく剣で受けていると、刃こぼれをしてしまった。
代わりの武器を探すが、もう一人の戦士を残して、全員武器と一緒に場外に落ちてしまっている。
甲冑の男も剣が折れそうなことに気が付いたのか、渾身の一撃と言わんばかりに斧を振り被った。
上手くいくかわからないが、これしか思いつかない。
振り下ろされた斧を迎え打つように剣を振る。狙いを定め、あえて刃こぼれしたところで斧を受けることで、真っ二つに折りナイフの様に短くする。
刃が短くなったことで間合いが取れ、そのまま折れた剣先を相手の脇腹に突き刺す。
悶えるようによろめくもギリギリのところで耐えている。
もう一度斧を握り、迫ってくるも最初以上に速さは出ず、攻撃を躱し距離を詰め、突き刺さった剣の柄をさらに押し込み、苦しんでいるところにタックルをして場外に落とす。
ハッとして後ろを警戒するも残った最後の一人は武闘場の対角線上に立っていた。
何とか勝てた・・・。緊張がほどけその場に座り込んでしまった。さっきまでの死闘が嘘のように手が震えている。
スタッフが退場を促す。よろけながら何とか舞台の外を目指すと、徐々に歓声が聞こえてきた。
ずっと騒がしかったのだろうが、全く耳に届いていなかった。
どこかで応援してくれていたのであろうアンナとフェーデに向けて拳を高く突き上げた。
戦いを終えて控室に戻ると、一時間程度の休憩を挟むことを説明された。
一時間後にこの控室に戻ってきていないと失格とする、という話なので余裕をもって三十分前には戻っておきたい。
アンナとフェーデがどこにいるのか分からないが、看板に従って観客席に向っていく。
会場の入り口に着いたところでアンナに呼び止められた。どうやら俺が出てきたときに分かるように入り口で待っていてくれたらしい。
「凄かったね! あんなに強そうな人たち相手にして怖くなかったの?」
「始まっちゃえばそんなこと考えている余裕はなかったよ」
正直めちゃくちゃ怖かったし、まだ現実味を帯びていないが旅の資金のためにも、アンナとフェーデのためにも頑張らねばならない。
強がってみせるも、お見通しと言わんばかりに、ふうん、と顔を覗き込んでニヤニヤされる。
「でも咄嗟の機転が凄かったです。剣が折れた時はもうダメだと思いました」
フェーデはあまり余裕がなかったのか、終始ドギマギしていたらしい。大怪我しようものなら卒倒してしまいそうだ。
邪魔にならないように話し込んでいると、偉そうな男に声をかけられた。
「おい、貴様。数日前にハムンにいた者だろう」
肩をグイっと引っ張られて振り向かされると、ハムンの市場で戦った酔っ払いのエイズル兵だった。今は酔ってはいないようだが、まさかこんなところで再会するとは。
「あんたはこの前の・・・。何か用か」
手を払いのけて睨みつける。人も多いしこんなところで戦うようなことにはならないだろうが、仲直りがしたい訳でもなさそうだ。
「貴様のせいで兵団長に小言を言われてな。憂さ晴らしをしたかったところだ」
後ろには同じようにエイズル兵が二人ほどいる。年齢からして後輩か部下か。いずれにせよ、良い予感はしない。
「ちょっとあなた、突然何なんですか」
アンナが俺とエイズル兵の間に割って入ってくれる。アンナもこんな顔をするんだな、と驚いているが今の自分の状況に気づき、男として少し悔しさと恥ずかしさを感じる。
アンナの顔を見ると、エイズル兵たちの顔色が変わった。後ろの部下が何やら耳打ちをしている。
「娘よ。お前はイグレシア教の魔導師か?」
何でそんなことを聞くのか非常に怪しかったが、
「魔導師だけど、イグレシア教徒ではないわ」
そう思った時にはアンナは正直に答えてしまっていた。相手が何を目的に聞いているかも分からないので、答えただけで事態が悪化するとも言い切れないが・・・。
偉そうなエイズル兵は少し考えるような顔をして、今日は見逃してやろうと踵を返した。
アンナがエイズル兵たちの背中に向って舌を出して挑発している。
貴重な休み時間をつまらないことに使ってしまったが、アンナの意外な一面を見ることが出来たことに、能天気にも嬉しいと思ってしまった
入り口から見て、アンナたちは丁度十二時の方角の最上段で見ているらしい。格好悪いところは見せられないな。
次の試合に備えて二人とは別れ、控室に戻ろうとした際に、別グループの控室に入っていく大男が見えた。
フォルスぐらいでかいな。ここで勝ち進んでも次にあんな大男じゃ優勝は無理かなと弱気になってしまう。
控室には既に対戦相手がいて、俺の方をチラリとも見ず瞑想をしていた。
他の選手に比べると細身で、さっきの戦いの時にはあまり重装備ではなかった。
パワータイプの相手であれば、さっきと同じ戦法を取ることも出来たかもしれないが、今度はそうはいかなそうだ。
時間までイメージトレーニングをして作戦を考えていると、スタッフから控室を出る様に案内される。
先程と同じ様に武具を選ぶが、今度は武器をよく見比べておく。
剣を一本ずつ見比べていると痺れを切らしたのか対戦相手の戦士が俺の持っていた剣を横から引っ手繰った。
スタッフにも早く選びなさい、と注意され、見比べていた中から剣を一本選ぶ。
再び武闘場に上がり、一段と大きくなった歓声に身震いする。
アンナたちがいるだろう方向を見て探していると、二回戦はすぐに始まってしまった。
戦士は様子を見る様にジリジリと近づいてくるので、こちらも構えて睨み合う。
しばらく動きがなかったが、相手から仕掛けてきた。
相手の剣は思ったより早かったが集中していればしっかり見える。むしろ力はそれほどないように感じた。
剣の柄を手の中でくるりと回転させ、こちらからも仕掛ける。
攻撃はしっかりと受けられてしまうが、相手もまだ牽制をしているのが分かる。
お互いに隙を誘いつつ、一撃を入れては距離を取るというのを繰り返していく。
徐々に自分の思い描いていた通りに戦闘は進んでいく。
距離を取りながら手の中で剣をくるりと回転させる。ぶっつけ本番だったが、こうすることで一拍分、冷静になれるから一石二鳥だな。
膠着状態を打開せんと、相手が今までよりも大きく振りかぶってくる。
チャンス! こちらも渾身の力を込めて相手の刀身に向って思い切り剣をぶつける。
勢いよく相手の剣が折れ、一瞬隙を見せた。
すかさず腹を思い切り蹴り、体制が崩れたところで防具のついていない肘の関節を突いた。
剣も折れて利き手を潰された戦士は、逆の腕を挙げ降参を宣言した。
「くそったれ、まともな武器も用意できないのか」
腕を抑えながらスタッフに対して恨み言を吐いている。
「おじさん、悪いけど狙っておったことに気づけていないようなら武器を変えても同じだよ」
目を見開き驚いた表情を見せるも、舌打ちをして治療室に向っていった。
武闘場を降りるときにふと思い出して、十二時の方角に向って腕を挙げる。
歓声がさっきよりも大きく聞こえた。
二回戦に勝利し、残すところあと一戦となった。
再び休憩の時間を一時間もらえるということで、アンナとフェーデに会いに行く。
先程合流した会場の入り口で待っているが、一向に現れない。どこかですれ違ってしまったのだろうか。
特にすることもないので、ギリギリまで待っていると、フェーデが小走りで向ってきた。アンナは後ろで浮かない顔をしていた。
「良かった・・・。ごめんなさい、お待たせして・・・」
息を切らしながら遅れた理由を話してくれる。
「さっきのエイズルの人たちにアンナがまた声をかけられて・・・」
またあいつらか。俺への仕返しにアンナとフェーデが嫌がらせをされているのであれば、黙っていられないが、もうすぐ決勝戦が始まってしまう。
「大事にはならなかったのですが・・・。その、アンナがエイズル国に招待されてしまったんです」
アンナは気まずそうな顔で俺と目を合わせようとしない。
何で招待されたのかは分からないが、思ったよりは悪い話ではなかった。
エステレラに向かうとはいえ、資金も準備も十分じゃない。ヒューゲルより大きなエイズルで情報収集をしながら工面し、準備をするのだって一つの手段としてはありだと思う。
何故二人が言い淀むのか分からない。
フェーデが話すべきかどうか迷っていると、アンナが目を逸らしながら呟く。
「・・・エイズル国王のお嫁さんの候補にするから来いって・・・」
急に何の話をしているんだ。結婚? 候補? エイズル国王と?
状況を理解するために落ち着こうとするも、頭の片隅では恐れていたことが起こってしまった、とも思っている。
アンナは誰の目も引くような美少女だ。ヒューゲルでは珍しい健康的に焼けた肌は、より一層人の目に留まるだろう。
そもそも、こんなに綺麗なアンナとフェーデが男から声をかけられない訳がない。
今までは俺が一緒にいることで、男連れだと思ってわざわざ声をかけてくる人もいなかったかもしれないが、国王の花嫁候補となれば、十代の男が横にいようとさしたる問題にはならないだろう。
悔しいような、来るべき時が来てしまったというような、複雑な気持ちになりアンナの顔が見られない。
「でも、ちゃんと断ったからね。私みたいな田舎者にとっては名誉なことだとは思うけど、お姉ちゃんを探したいし、いくら王様でも知らない人と結婚なんて・・・」
アンナにとって嬉しい話ではなかったのは表情を見れば分かる。断る意思を示しても、まだ浮かない顔をしているのは、恐らくエイズル側が諦めていないのだろう。
騒ぎを大きくしないために、一旦身を引いたものの、いつまた現れるか分からないから怖いのだ。
「ごめんね・・・・。せっかくアルタが頑張って決勝戦まで進めたのに、自分の話しばかりして」
聞いて欲しかったし、秘密にしたくなくて、と消え入りそうな声で話す。
もうそろそろ控室に行かなければならない。
「フェーデ、アンナの側にいてくれ。危なそうだったら宿に帰るのも良いと思う」
フェーデの顔は不安そうではあるが、同時にアンナを守らねばという使命感も帯びている。
女性二人で軍人と相対するなんて怖いに決まっている。
こんな子供であっても男の俺が側にいてあげるだけで、少しは安心させてあげられるかもしれないのに。
「アルタ、ごめんね。でも、ちゃんとここで応援しているから。無理しないでね」
去り際まで心配かけまいとして見送ってくれた。
控室までの廊下を歩きながら、決勝戦に向けた闘争心とは違う何かが、頭のてっぺんまで満ちているのを感じた。
最後の対戦相手は先に武闘場に上がっていた。
先程見かけた大柄な男が勝ち進んだらしい。よりにもよって一番強そうなやつと当たるとは。いや、強いやつが勝ち進むのだから当たり前か。
男は鍛え抜かれた筋肉を隠さず、不自然な覆面を被っていた。
威圧感が凄いけど、格好は変態に見える。
日常で見かけていればその格好を笑えるかもしれないが、この武闘場においては何を考えているかが分からない分、恐怖が増す。
おまけに武器を何も持っていない。己の拳のみで倒さんと肩を回して鐘が鳴るのを待っている。
せっかく相手の武器を折るコツを掴んできたのに。
また新たに作戦を立てるしかない。剣を構えて気合を入れる。
会場中に響くように開始を告げる鐘が鳴った。
こちらの実力など意に介さないように真っすぐに突っ込んでくる。
ギリギリで躱し、カウンターを当てるといった作戦を立てていたが、見くびらず大きめに避ける。
思いの外伸びてきた丸太の様な腕を目前にし、危うく今の一撃で終わっていたかもしれない、と敗北をイメージしてしまう。
明らかに今まで戦ってきた相手と格が違う。
これだけパワーで押してくるならスピードはたいしたことはないだろう。後ろに回り込み剥き出しの背中に斬りつける。が、薄く傷がついただけだった。
まるで一回線で戦った甲冑の様な硬さだ。あの時は隙間を突いて生身の肉体に攻撃することで勝てたが、生身の肉体が鎧ほど硬い場合はどうすればいいんだ。
覆面越しにくぐもった笑い声が聞こえる。わざと一撃くらって俺の実力を測っていたのかもしれない。
ゆっくりと身体を翻し、両腕を広げ抱きしめる様にタックルしてきた。
突きで応戦したいところだが、一撃で倒せないとそのまま掴まれて成すすべなくやられてしまう。
身体を屈めて出来るだけ体制を低くし、相手の脇腹を払い抜ける。
体格差を活かして下から通り抜けることは出来そうだが、こういうやつは蹴りも強いに決まっている。そう何度も同じ手が通じるとは思えない。
何とか攻撃を食らわずに逃げ回れているものの、一撃もらってしまえば即ゲームオーバーになるだろう。こちらの攻撃は当たったところで全く影響が無さそうだ。
一体どうすればいい。
覆面の男がフガフガと何かを言っている。自分の覆面が鬱陶しくなったのか力任せに引きちぎり、顔を見せる。
「坊主、お前に勝ち目はない。ちょこまかと逃げていないで、さっさとわしに倒されろ」
一緒にいたのは数時間だったかもしれないが、忘れるわけもない。
フォルスのように大きな男はフォルスその人自身だった。
「じいさん! 何しているんだ、こんなところで」
構えは解かないまでも少し闘争心が薄れてしまう。
「ほう、わしを知っているか。怖気づいたのであれば、今すぐ降参しろ」
フォルスは俺を覚えていない様だった。男は覚えないといっていたのは冗談ではなかったらしい。
「この前レベル人に助けてもらって弁当を食わせてやったアルタだ。覚えておいてくれよ」
疑うように眉をしかめ、こちらを見やる。思い出したようで手を打ち、笑い声をあげる。
「あの時の田舎者の坊主か。また会うとはな。それにしても細いのによくここまで勝ち残れたな」
ガハハと豪快に笑い、張り詰めていた緊張の糸が緩む。
「なあ、俺は仲間のためにも優勝して賞金を手に入れたいんだ。弁当の貸しもあるし負けてくれないか」
「笑わせてくれる。お前の剣では何回やってもわしにダメージは入らないぞ。弁当の貸しというのであれば、大怪我にならないようにしてやろう」
指をバキバキと鳴らし、再び臨戦態勢に入った。
負けてくれるなんて本気で考えていなかったが、少しでも作戦を考える時間がもらえたのはありがたい。
話しながら弱点を探していたが、傷をつけた数か所はいずれもかすり傷のようなもので、フォルスの動きを鈍らせるようなものではない。
少しでも可能性があるとしたらあそこか・・・。
何を考えているか分からない変態では相手のことを全く読めないが、短い付き合いとは言え、フォルスの性格はざっくりとは分かっている。顔見知りというだけで恐怖心はだいぶやわらいだ。
再び相手の動きに合わせる様に脇腹を斬り抜ける。
すかさず裏拳が迫ってくるのを剣で受けたが、防御をもろともせず吹き飛ばされる。剣に伝わる振動で腕が痺れてしまう。
間髪入れずに向かってきて今度は正拳突きが繰り出される。
何度か攻撃をされることで間合いが掴めてきたのか、最小限の回避をすることでさっきよりも踏み込んで剣を振れるようになってくる。
大したダメージにはなっていないようだが、コツコツと攻撃を重ねていくしかない。
「惜しかったな、もう少し力があれば戦いになったのだが。それにしてもお前は目が良いな。見切りについては一級品だ」
気づかれたと思ったが、嬉しそうに笑いながら距離を詰めてくる。
例え狙いに気づかれたとしても、これしか思いつかないのだから前進するしかない。
拳が届くギリギリの距離で防御をし、衝撃を殺し吹き飛ばれないようにこらえる。
場外まで詰められないように、自分の位置を確かめながら攻撃と防御を繰り返す。
そろそろだな。
手の中で剣の柄をクルクルと回し、覚悟を決めてフォルスの懐に飛び込む。
突っ込んでくる俺を迎え入れる様に腕を広げる。これに捕まれたら終わりだ。
勢いを殺さないようにスライディングをしながら、後ろに回りこみ、思い切り剣を脇腹にぶつける。
食い込んだ剣がバキン、と大きな音を立てて垂直に折れた。
鎧のように固い筋肉よりも先に、俺の剣が悲鳴をあげてしまった。
折れた刀身が肉に食い込んでいるものの、深くまでは達していない。
上手くいったと喜んでいる暇はない。ナイフのような刃渡りになってしまった剣を固く握り、間髪入れずに食い込んだ刃めがけて体当たり気味に突き刺した。
まだ勝負は終わっていないものの、思い通りに動き、戦えたことの手応えに高揚してしまう。
悶えながら脇腹を抑え、脇腹から出血するフォルスは勢いよく食い込んだ刃を引き抜いた。
見ているだけで痛々しいが、あれだけ渾身の力を込めたにも関わらず、立っていられると尊敬の念すら湧いてくる。
フウウウ、と大きく息を吐いて痛みをこらえている。口元は笑っているが、眉は歪みちゃんとダメージが入っていることが見て取れる。
「これだけの痛みは十数年ぶりだのう。坊主、誇っていいぞ。このわしにこれ程の手傷を
負わせたのだからな」
十分に楽しめたぞ、と言い放ち、血を流しながら向ってくる。
正拳突きをかわす。だが、これだけの猛者が何度も同じ手を使ってくるだろうか。
気づいた時には防御も間に合わず、岩のような脚で腹を蹴り飛ばされた。
身がよじれるような激しい痛みで横たわりながら、場外まで飛ばされていることに気が付く。
死ぬことなく武闘祭を終えられたが、優勝は逃してしまった。
医務室で目が覚めるとアンナとフェーデが心配そうに体調を気にかけてくれる。
どうやら医務室に運ばれるも治癒魔法が効かないのでスタッフが困っていたところに、治療薬を持って駆けつけてくれたらしい。
「目が覚めてよかった・・・。あんな人と戦ったら本当に死んじゃうよ・・・」
アンナが目にうっすらと涙を浮かべながら、俺の足をさすってくれる。別に足は痛くないんだが、その気遣いが嬉しい。
まだ腹は痛いし吐き気がするものの、意識はハッキリしてきた。
「対戦相手のじいさんは近くにいるのか? 近くにいるなら話したいんだけど・・・」
ゆっくりとベッドから起き出し、辺りを見回す。どうやら医務室にはいないようだ。
「まだ傷も癒えていないところ申し訳ないのですが、急いでこの場を離れましょう」
フェーデに突然耳元でささやかれてドキッとしてしまったものの、その声色は深刻そうだ。
「今ならエイズル兵に気づかれずに街を出られます。本当だったらアルタが良くなってから動きたいのですが、このチャンスを逃しちゃいけないと思います」
事情は分からないが、おそらくアンナの安全を第一に考えての提案なのだろう。
まだ全速力では走れそうにないので、落ち合う場所だけ決めて、二人には先に行ってもらった。
痛む腹をさすりながら、出来るだけ早くヒューゲルから出るためにゆっくりと歩いていると
会場は騒然としていた。
大勢のエイズル兵が武闘場を囲み、その中央ではフォルスが押さえつけられるのを振りほどこうとしている。
暴れた後なのだろう、武闘場には何名ものエイズル兵が倒れていた。
理由は全く分からないが、フォルスがピンチなのは状況から間違いないだろう。
助けてやりたいが、これだけの人数の兵士を相手にするのは不可能だし、万全の体調でもないので助けられるような余力もない。
陣の最後尾にいるエイズル兵の会話が耳に入った。
「まるで魔物のような男だな。前列に配置されなくて本当に良かった」
「あいつなんて兜の形が変わっているぞ。あんなやつ本当に牢に閉じ込められるのか?」
立場上そこにいるものの、何の仕事もないような兵士がやる気なく会話していた。
今の俺にできるのはこんなことぐらいだな。そっと後ろに立ち会話に加わる。
「どこの牢に入れるか指示されていたか?」
「この街で牢っていったら北にある牢しかないだろ。サボるにしても兵士長の指示ぐらいは聞いていないと痛い目を見るぞ」
北の牢か、そこまで分かれば出来ることもあるかもしれない。
すぐに人混みに紛れて会場を抜ける。
背後で兵と野次馬が口論をしているのが聞こえる。見知らぬ野次馬の人には悪いことをした。
徐々に動けるようになってきたので、約束した合流地点まで急ぐ。
まだ走ると腹に響くが、二人に何があったのかが心配でそれどころじゃない。
国に帰るために東門から街を出るのであろうエイズル軍と鉢合わせにならないように、北門の近くで落ち合うことになっている。
人目につかないようにローブを羽織って木陰にいる二人が目に留まる。
正体を隠したいのは分かるが、逆に怪しくて目立ってしまっている。
宿に置いていた俺の荷物もまとめてくれており、このまま街を出られるように準備を進めていた。
「急いで北に向かいましょう。道中で事情を話します」
フェーデがそれだけ急いでいるのだから余程のことがあるのだろう。しかし・・・
「町を出てからでいいんだけど、少しだけ相談させてくれないか?」
端的に概要だけ話し、アンナとフェーデも言葉が足りていないながらも了承してくれたので、まずはヒューゲルから離れることにした。
まず、エイズル軍から逃げる様に町を去った理由だが、やはりアンナが関係していた。
決勝戦が始まる前に話していたエイズル国王の花嫁候補の一件だ。
観客席に戻り観戦していたら、距離を取っているものの複数のエイズル兵に囲まれてしまったらしい。
完全にアンナに狙いを定めている様子で、事の重大さが分かってきたらしい。
どうにかして逃げなければ、と考えている時に俺が場外負けとなり、フォルスの優勝で武闘祭が終わった。
そのままフォルスの表彰に移ろうとしたのだが、そこで事件が起きる。
武闘場を囲むようにエイズル兵たちが現れ、フォルスが誰かと話をしていたかと思うと、急に暴れ出したとのことだ。
決勝の直後でボルテージも上がっており、会場は野次馬の群れの動きに合わせて、あちこちで喧嘩がはじまり、収拾がつかなくなってしまった。
騒ぎを収めようとしているエイズル兵たちにバレない様に人混みを掻き分け医務室まで来てくれたらしい。
「おそらく力づくでもアンナを連れて行こうとしています。ほとぼりが冷めるまでエイズルからは距離を取らないといけません」
相当怖い思いをしたのだろう、いつもの様に明るく前向きなアンナはいなかった。
「私が断っちゃったからだよね・・・。二人にまで迷惑かけてごめんね・・・」
武闘祭が始まるまではあんなに楽しそうにしており、三人での旅を続けられることに喜んでいた気分も台無しになってしまった。
一刻も早くヒューゲルを離れるべきなのは頭では分かっているものの、どうしてもフォルスのことが引っ掛かってしまう。
「そういえば、さっきアルタが相談したいって言っていたけれど、何かしら」
「二人にとっては全く関係ないことなんだが、俺は命の恩人であるフォルスを助けたいと思っている。そのために考えた作戦があるんだけど、それが魔法で可能なのかを聞こうとおもっていたんだ」
もっとも、アンナに起こった事情を聞いた後では、フォルスを助けることのリスクが上がっているのは間違いない。
何を考えているんだと叱責されてもおかしくないのに、二人は作戦も聞かずに快諾してくれた。
「アルタの恩人であれば助けましょう。それにあれだけ強い人であれば、貸しを作っておく価値はあると思います」
意外にフェーデは打算的な考えで動くんだな、と感心しているとアンナも頷く。
「私のことは大丈夫だから。何で捕まったのか理由は分からないけど、アルタの恩人ならきっと悪い人じゃないよ」
俺もフォルスが悪いやつだとは思えない。乱暴な性格だとは思うが牢に入れられるようなことをする様には思えなかった。
二人に御礼を言い、フォルス救出の作戦を話す。
もっとも、最後はフォルスの力頼りなのだが。
日が沈みきってからエイズル兵が話していた北の牢に向う。
町をぐるりと囲む外壁の北西角に牢はあった。
交代で監視している兵士はいるものの警備は薄い。これなら作戦は成功しそうだ。
外壁の外側から、牢があるはずの壁にそっと近づく。
アンナに合図をし、作戦通り音の魔法をかけてもらう。
コホンと咳払いをし、壁に向って話しかける。
「じいさん、聞こえるか。武闘祭の決勝で戦ったアルタだ。聞こえたら返事をしてくれ」
武闘祭の実況が魔法で声を拡声させていたことを思い出し、こうして電話のように話す方法もあるかと思った。
また名前を忘れていたら面倒なので、丁寧に自己紹介する。
どうやら作戦は成功のようで、フォルスらしき人の声が耳元で聞こえる。
「坊主か。さっきは楽しかったな」
本当に捕まっているのかと疑いたくもなるほどに、何事もないかのように話しているので拍子抜けする。それもフォルスらしいが。
「こっちも事情があるから手短に話すぞ。俺たちは今ヒューゲルの北西、丁度この牢に面した外壁の向こう側にいる。今から治癒魔法で治療するから勝手に脱獄してくれ。それで俺たちに力を貸してほしい」
どうせ鎖を引きちぎり、壁に穴を開けるぐらいは出来るんだろ? と確認するとガハハと笑う。
「さっきの戦いでも感じたが、お前は面白いやつだな。いいだろう、治癒魔法をかけてくれ。後は自力で出てやるわ」
期待通り力技で脱獄できるようで安心した。そもそも鎖や牢屋を破壊できるのがおかしいのだが、戦ってみて冗談みたいに力があるのは俺が一番分かっている。
フェーデに合図を出し、壁の向こうのフォルスに治癒魔法をかけてもらう。
無事傷の癒えたフォルスが鎖を切ろうとするのを間一髪制する。
「俺たちは今からヒューゲルの北にある山に隠れる。じいさんは一時間後ぐらいに脱出して、エイズル兵に気が付かれない様に山を登ってくれ」
一時間待つことに文句を言うものの、最後には手筈通りに進めると答えてくれた。
じゃあ後で、と別れの言葉を最後に俺たちは暗闇の中、山頂を目指した。
山の中腹に差し掛かるころ、背後で大きな音が聞こえた。ちゃんとバレないように来てくれるのだろうか。
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