第7話 知らない歴史

 次の目的地であるヒューゲルまでは船ではなく馬車だが、前回と同様に三日ほどかかる道程とのことで、予定では明日の朝には到着するらしい。

 二日とは言え、舗装されていない道を馬車に揺られ続けていると身体が痛くなる。

 フェーデさんはハムンの町長に挨拶に行った際にお酒をもらったようだが、あまり強くないようで気分を悪くして横になっている。

 貰い物だから、と苦手ながらも飲もうとする姿勢は素晴らしいが、何も馬車で飲まなくてもいいのでは?

 アンナは時間があれば寝ているタイプのようだが、馬車に乗ってから二日もダラダラしていているので寝るのにも飽きてしまったようだ。

「そういえばアルタはハムンの伝説って聞いた?」

 数日の付き合いとは言え、アンナの人懐こい性格に助けられて、すっかり昔からの友達のような距離感になった。

「ハムンの伝説? いや、何も聞いてないな」

 アンナはハムンの星霊ナムヂーと契約した際に、伝説について話を聞いたらしい。

「昔、ハムンを救った魔導師がいたらしくて、星霊王から伝説の剣をもらったんだって。で、ハムンは国全体で代々その剣を守っているんだって」

 何か格好いいな。あんなに時間を持て余していたんだから事前に聞いておきたかった。

「伝説の剣っていうのは魔王を倒せるほどの剣だったりするのか?」

 どうなんだろうねーと興味があるのかないのか分からないようなリアクションをしている。本当にただ暇で話を振ってきたのだろう。

「星霊との契約ってそんな話をしたりするんだな」

「色々だよ。好きなもの聞いたり嫌いなもの聞いたり、急に呼ばないでほしいとか、こういう時は呼んでほしいとか」

 思ったより気安い話をしていた。星霊に好きなものとか嫌いなものなんてあるんだ。

 星霊って言っても人と同じだよと笑っている。こういうところが星霊に好かれるのかもしれない。

「そういえば加護のせいで人格に影響があるって話を聞いたんだが、アンナぐらい強い契約を結んでも変わったところはないのか?」

 うーん、と上を見つめて考えるも、多分変わりないとのこと。

「顕霊術は確かに魔力をたくさん消費するし疲れるけど、具現化しているだけだからね。星霊の形を思い浮かべて器を作って、エーテルがその器を満たすようにコントロールするって感じ」

 手を使って説明してくれているが、魔力やらエーテルやら全くピンと来ない。

「降霊術をたくさん使うとアルタが想像しているような人格への影響もあるのかもね」

 降霊術? 憑依でもさせるのか?

「星霊そのものを人に入れるの。器を用意してあげるわけだね。私もやったことないし何が良いのかさっぱり分からないんだけど、顕霊術よりも魔力が必要ないらしいからお試しみたいな感じなのかもね」

 確かにそう聞くと憑依させる降霊術を使えば、もろに影響を受けそうだし、顕現術であれば自分への影響は魔力消費だけというのもイメージしやすい。改めてアンナの凄さを垣間見た気がする。

「アルタも魔法が使いたくなったら言ってね。協力してくれそうな星霊を降霊してあげるから」

 クスクスと愉快そうに笑う顔はとても可愛らしいのだが、言っていることは結構恐ろしかった。

 嫌いな人に無理やり星霊を乗り移らせることも出来るのだろうか。少しアンナが怖く感じた。

 その後もアンナは好きなものや嫌いなもの、日本の話など次から次へと質問してくる。興味を持ってくれるのは嬉しいが、確かにこれでは契約に時間がかかるのも頷ける。

 くだらない話をしていると意外な共通点が見つかった。

 アンナは住んでいた島に年の近い友達がいなかったようで、いつも星を見て過ごしていたらしく、俺も天体観測が趣味だった。

 話が弾む中で、ふと思いついたように手を合わせる。

「アルタに本当に魔法が効かないか実験してみよう!」

 良い暇つぶしを見つけてテンションが高いようなので水をささないが、フェーデさんとも実験していたので、あまり面白い結果は期待できない。

 少し離れたところから俺に向って手を伸ばす。

 耳元で風の吹く音が聞こえるものの、前髪もなびかなければ服も揺れない。完全に凪の状態だ。

 もう一回試すね、と言うと何やらブツブツ唱え始めた。

 空に向けて右手を伸ばすと、緑色の光に包まれた鳥が現れ、アンナの頭上を飛んだ。

 こんなことで顕霊術を使わないでくれ。

 マーリに怒られないのか、こっちがハラハラしていると二人の間で話がまとまったようでマーリが飛び始める。

 怪鳥を落とすほどの強風をこんなところで出されたら馬車ごろ木っ端みじんだ。

「手加減してあげるから安心しなさい」

 こちらの心配を見逃さないようにマーリが柔らかい口調で話しかける。

 クルっと身を翻したと思うと俺に向けて翼で仰ぎ始めた。

 かなり手加減されたのだろうが、顔に向って勢いよく風を送られて髪の毛がボサボサになる。

「やった! 成功だね。星霊の魔法であればアルタにも影響あるみたいだね」

 協力ありがとう、と御礼を言ったと思うと、マーリは嬉しそうに飛びながら姿を消した。

「この前顕霊術をした時にしっかり見えていたみたいだから、もしかしてと思ったんだ」

 自分自身のことを知れたのは良かったとは言え、改めてアンナを怒らせないようにしようと肝に銘じた。


 ヒューゲルはこれまでの二つの国とは比べ物にならないほどの大きさだった。

 まだまだ遠いうちから、ヒューゲルが見えてきたので覚悟はしていたのだが、甘く見ていた。ビルやマンションといった高い建物こそないが、都心の繁華街ほどに栄えている。

 呆気に取られて立ち竦んでいると、俺だけでなくアンナも相当に驚いていた。田舎の島出身と言っていたので外国については俺と同じくらいの知識量なのだろう。

 期待していたリアクションを取ってくれたようでフェーデさんが楽しそうに笑う。

「大図書館や武闘場など、見どころがたくさんある街ですのできっと楽しいですよ」

 これだけ人がいれば情報収集にも困らないだろう。日本に帰る方法が見つかるのではないかと胸が高鳴る。

 通行人にぶつからないように気を付けながら、人の流れに沿って街の中に進んでいく。

 ボスコやハムンの雰囲気とはかなり違い、キョロキョロと忙しなく頭を振ってしまう。アンナも同様に余所見をするので知らない人に何度かぶつかっている。

 丁度通りが賑わうような時間らしく、フェーデさんが裏路地に入って先導してくれる。前に来たことがあるのだろうか。迷わずにスルスルと進んでいく。

 何度か曲がった先で表通りに出ると、そこは比較的人も少ない道だった。

 目の前に一際大きな建物があった。

「これが大図書館ですか?」

「違いますよ。ここは宿屋です。お疲れでしょうから先に宿を取ってしまおうかと思いまして」

 民家三つ分、いやそれ以上の大きさの宿屋だった。

 この宿は通りからは離れているので目立たないが料理が美味しいんです、という言葉を聞くにこの街には他にも宿屋があるのだろう。客用のベッドが二つしかなかったボスコや、普通の民家を改造したような宿屋だったハムンとは訪れる客数の違いが分かる。それだけ観光や商売が盛んな街なんだろう。

「じゃあ、まずは大図書館に行ってみましょうか。少し歩きますが街の散策にもなりますのでご安心ください」

 ソワソワと好奇心を隠しきれないアンナに優しく微笑みかける。フェーデさんがこちらを見てニコッと笑うのを見るに、俺も隠しきれていなかったようだ。

 ハムン同様に通りに露店を出している人もいるが、しっかりとした佇まいの店も多いので昔から商売が盛んだったのが見受けられる。

 あっちこっちに目を奪われて全然前に進めないが、三人でワイワイ歩いているのは旅行のようで楽しかった。

 途中何度も足を止めてしまったが、ようやく目的の大図書館に辿り着いた。

 宿屋も大きくて驚いたが、さすが大図書館というだけある。ショッピングモールを思わせるような巨大な建物だった。

 慣れた足取りでフェーデさんが入っていき、慌ててついていくが、中に入ると絨毯や椅子といった立派な調度品に目を奪われる。この世界にやってきて一番近代的な建物だ。

 こっちですよ、とフェーデさんが案内してくれる。アンナも何かに見とれていたのか遅れてついてくる。

 吹き抜けになっている円柱状の建物で、壁一面に本がある。元の世界でもテレビでこういった図書館を見たことがあるが、最上段ってどうやって取るんだろう。

 異世界から迷い込んだ人が過去にいるか、別の世界に転移する魔法はあるのか、という非常に抽象的で調べにくいテーマだったものの、日が暮れる頃にはそれらしい記述を見つけることができた。

「物体や自分自身をワープさせる魔法? そんなのもあるんだね」

 諦めかけてパラパラと本を調べていたアンナも覗き込み、俺から本を受け取りフンフンと読み始める。

 一度フェーデさんを見やるも、魔法のことであればアンナさんの方が理解できるかと思います、と辞退されたので意気揚々とアンナが本のページに目を落とす。

 この世界の図書館と言え、私語は厳禁なようでフェーデさんも小声で話す。

「魔物が出現する瞬間を見た人は少ないですが、確かに何もないところから突然現れた、という目撃談が多いとは聞いたことがあります。魔物の生態については謎も多いですからね。でも、アルタさんの世界はそもそも魔物がいなかったのですもんね」

 その噂が本当なのだとしたら別世界の魔物をこの地に転移させていることになるので、転移魔法の存在する証拠にはなるかもしれない。ただ、フェーデさんの言った通り、繋がった先は俺がいた世界とは別だろうから同じ魔法で日本に帰れるかは証明されない。

 閉館時間が迫ってきて司書の人にも退館を促された。物体や自分自身をワープさせる魔法についての記述があった本は古く貴重な書物のようで貸し出しは禁じられていたので、明日再度調べ直すことにして宿に戻る。

 その日は旅の疲れもどっと出て、すぐにベッドに入ってしまった。

 魔物が転移するゲートから現れ、その瞬間に飛び込むという夢を見た。ゲートの向こうは日本ではなく魔界に通じており、魔物に追われるといった笑えない夢だった。


 翌日、再び大図書館に訪れるが、既に目当ての本が見つかっているので、朝からアンナが本の続きを読み込んでくれた。俺とフェーデさんはその本のあった本棚に目星をつけ手分けして調べることにした。

 星霊王がこの世界を作った神話や、現在に至るまでの世界の歴史といった非常に興味をそそられる本ばかりだったが、二人が俺のために調べてくれている中で、当の本人が遊んでいる場合じゃないので中をチラッと確認する程度に開いてみる。

 昔の旅行記だろうか。地図らしきものが書かれている。

 緩くS字を描いた陸地の周りを海が囲んでいる。鳥や兎のような動物が書かれたイラストが添えられている。他にも亀や象のような動物もいるが、一匹だけ見慣れない生き物が地図の最上部に大きく描かれていた。

 大きな翼を広げた竜が他とは明らかに違う存在として描かれている。亜人や星霊がいる世界だ。ここまでファンタジーなら竜がいても不思議ではないが、いざその存在を示唆するものを目の当たりにするとワクワクしてしょうがない。

 疲れたーと溜息をついてアンナが本を閉じて机に突っ伏す。自分のために一生懸命調べてくれてもらっている中、気まずさを感じ、さも読み終わったかのように俺も本を閉じて脇にどかす。

 早速、書かれていたことについて共有するために図書館内の休憩所まで移動する。カフェまで併設されているのかと驚き、まるで外国の図書館にいるだけで実はここは元の世界なんじゃないかと錯覚してしまう。

 コホン、と咳払いを一つしてアンナが話し始める。

「あの本に書いてあった内容で関係ありそうなのは『時空の星霊』についてだね。何でも、時間や空間に干渉できる魔法が使えるみたいだよ」

 時間や空間に干渉できるということは、過去や未来に行ったり、別の世界に行くことができるのだろうか。

「どうもエステレラっていう場所に祀られている星霊みたいなんだけど・・・、フェーデさん知ってる?」

 少し驚いた表情をしていたが、すぐに答えてくれた。

「エステレラは大昔に滅びた国の名前ですね。魔王が住んでいるとされていますので、魔王に挑む人ぐらいしか近づきません」

 少し待っていてください、と席を立ち、どこかに行ってしまう。

 アンナと二人残され待ちながら話す。

「エステレラに行けばまだ契約ってできるのかな。昔の星霊だと難しいとかあるのか?」

「基本的には星霊はどこにでもいるし、どこにもいないんだよね。縁のある土地とか物があると話しやすいって感じかな。時空の星霊がエステレラに凄い縁があるようなら契約できるかもしれないけど、必要なものとか祭壇の保存状態にもよるかも」

 これまで契約した星霊も大昔からいるみたいだが、ちゃんとその土地の人たちが祀っているから守ってくれているらしい。人が寄り付かなくなった地では出会えないのだろうか。

 数分後、フェーデさんが戻ってきたが手に何か折りたたまれた紙を持っている。

 机に広げると地図だった。さっき俺が眺めていたものとは違い、動物のイラストはなく、観光案内の様相を示していた。

「ここが今いるヒューゲルです。ボスコ、ハムンとこうして巡ってきました」

 ヒューゲルはS字の丁度真ん中ぐらいにあるらしい。

 地図を指さしながらこれまでのルートを説明してくれる。縮尺が分からないが、結構遠かったみたいだ。

 エステレラはここです、と指さした先はヒューゲルの北にあり、いくつもの山を越え、一際大きいベラハ山という山を越えた先にあった。この地図は上が北なんだろうか。

「エステレラに行くことは不可能ではありません。ですが、危険も伴いますので装備も整える必要がありますし、人手も必要になりそうです」

 地図と睨め合いながら、どうすべきか考え込んでいると、

「フェーデさんが向っているところはエイズルだよね。どこにあるの?」

「エイズルはここです。私が目指しているのは正確にはイグレシア教会ですが、エイズルにあるので同じことですね」

 わりとヒューゲルから近く、陸路で数日程度の距離に思える。そうか、フェーデさんとはここでお別れになるのか。

 エステレラを目指すにせよ準備が必要なので、元の世界へ戻る方法についてはこの辺で区切りとし、今度は街でアンナのお姉さんの情報収集をすることにした。

 大図書館を出ようとすると、奥の部屋で何やら子供たちの声が聞こえる。

 アンナが中の様子を伺っていると、

「もしよろしければご一緒にいかがですか?」

 穏やかそうな年配の司書の男性が中に入るよう促した。どうもこれから子供たちに向けて昔話をしてくれるそうだ。

 正直興味があったが、アンナもお姉さん探しを早く始めたいだろうし、と思っていたが目をキラキラさせて子供たちに混ざっていった。幼稚園児ほどの子たちとすぐに仲良くなれているのを見て、改めてアンナのコミュ力の高さに驚かされる。天然の人たらしだ。

 フェーデさんも微笑みながら懐かしいですと言って邪魔にならないように後ろの方に向っていったので、俺もその横に座って話を聞く。

 男性が話し始めると子供たちも口を開かず真剣に話を聞き入っていた。


 ――大昔、まだ星もなく暗闇に包まれていた頃、星霊の王テラがこの世界を作り出しました。テラは自身の光で世界を灯し、多くの星々を生み出しました。すると、星の光が形になり、次々に星霊が生まれ始めます。水や風といった自然から、恵みや破壊に至るまでありとあらゆる星霊が共に暮らし始めました。

 すると、テラは人や動物、魔物といった生き物を作り始めました。魔物は人や動物を襲うために星霊は人に力を授けました。星霊の力によって魔物に襲われなくなった人は各地に国を作り始め、そこで星霊たちを祀るようになりました。

 星霊と人が共に生きる時代が続きますが、次第に人同士が争うようになります。

 星霊のために自然を大事に考える国エステレラと、発展のために山を切り崩す国レベルが戦争を始めます。

 これは後に霊鉄大戦と言われる世界中を巻き込んだ争いとなりました。

 エステライトには多くの魔導師がいたのですが、あえなくレベルに負けてしまいます。

 戦争が終わってそれぞれの国がボロボロになっていると、突如魔王が現れ始めます。

 世界を飲み込む炎や水が人々を苦しめます。

 そんな時にエイズル国の魔導士アマネが魔王と戦い、勝利します。

 魔王は消え去り、世界に平和が訪れました。

 しかし、再び魔王は復活します。

 大きく発展を遂げた国は次々と魔王に攻め入られます。当時最大の大きさを占めたレベル国は魔王の力によって魔物のような姿にされてしまいます。

 どうやら魔王は自然を切り崩して生まれる鉄を憎んでいるようでした。

 その後、人々は自然を大切にするイグレシア教徒として鉄の利用を控え、今に至ります。


 淡々とした語り口で集中力の切れてしまった子もいたが、内容はとても面白かった。

 この話はイグレシア教の教えとしての導入部分らしい。フェーデさんは昔習った授業を聞いていたかのように懐かしんでいた。

 街の規模のわりに金属が少ない理由、レベル人の迫害の背景、エイズルの成り立ち、そしてエステレラ。

 この世界についての大枠が聞けたことで、もう少しこの世界の人たちと暮らしやすくなったら嬉しい。

 アンナが満足そうな顔で近づいてくる。初めて聞いたようなリアクションだったが、アンナの故郷ではイグレシア教が信仰されていなかったのだろうか。

 司書の男性に御礼を言い、今度こそ大図書館を出てアンナのお姉さん探しを始める。

 しかし、半日かけても何も進展はなかった。

 フェーデさんぐらいの年齢でフェーデさんぐらいの美人、という曖昧過ぎる情報では無理もない。十年以上前にいなくなってしまったので見た目に関して記憶を頼りにはできない。

 日も暮れてきたので宿に戻ろうとすると、古びた祠と石像が立つ広間が見えた。

「ヒューゲルにも祭壇が祀られていたそうなのですが、魔王によって壊されてしまったそうです。ここはその名残と魔王を倒した歴代の英雄が石像として飾られています」

 左端の像を示し、さっきの神話に出てきたエイズルの魔導師アマネです、とフェーデさんが教えてくれる。神話と聞いていたが実在する人だったのか。

 アマネの他に四体の像が並ぶ。戦士のような像もあれば魔法使いのような出で立ちの像もあり、それぞれ威厳がある。

 アンナが右端の五体目の像をジッと見て何かを考えている。

「フェーデさん、この像の人って知ってる?」

 いつになく真剣な顔で質問する。

「その人は十三年前に魔王を倒した英雄エストロですよ」

 一番新しいように見えるこの像が、何度か話に出てきた英雄か。

 アンナはさらに考え込んで黙ってしまったが、何かが分かったかのように口を開いた。

「エストロさんと会ったことがあると思う。十年以上前にお姉ちゃんと一緒に」

 初めてアンナのお姉さんに結び付く情報が手に入った。

 魔王を倒したというエストロを調べれば、何か分かるかもしれない。

 歴戦の英雄たちは堂々とした佇まいではあったものの、陰った顔はどこか悲しそうに見えた。


 エストロの名前を出すと、たくさんの人が話を聞かせてくれた。

 特に中年程度の人であれば、十三年前の話もよく覚えており、昨日のことのように話してくれる。

 エストロがエイズルと協力して魔物の進行を防いだこと、その後エステレラに赴き魔王を打倒したこと、その旅の中で年頃の美人と一緒だったこと。

 さすがにその女性の見た目に関して覚えている人はいなかったが、美しかったという人は多くその中でもアンナに似ていたという人も複数名いた。

「まだ私は小さかったからぼんやりとしか覚えていないけど、エストロさんに魔法を教わったのは覚えているの。お姉ちゃんがいなくなったのもエストロさんがいなくなったのも大体同じ時期だと思う。可愛がってくれた二人がいなくなっちゃったのが悲しくて、ずっと泣いていたのはハッキリ覚えているから」

 事情はさておき、エストロがアンナが住んでいた島を訪れ、そこでアンナとお姉さんに知り合った。アンナに魔法の素質を感じたエストロが修行をつけてあげている間に、エストロとお姉さんは惹かれあった。エストロは魔王討伐のために村を離れるが、お姉さんは後を追うように村を出た、というところだろうか。

 エストロは魔王討伐の後、消息を絶ってしまったらしい。エステレラでの戦いの功績だけが伝えられているようだ。ヒューゲルでも国を上げてのパレードをしたそうだが、当の英雄が不在で締まらなかったという思い出を口々に話してくれた。

 エステレラか。奇しくも俺とアンナの目的地は同じ場所となった。

 危険も伴い、準備も必要とのことで怖気づいていたが、アンナの表情からは迷いを感じず、俺も腹を括る。

「でも、フェーデさんとはここでお別れなんだね・・・」

 姉のように慕っていたフェーデさんと別れることでアンナは寂しさを隠しきれない。

 お姉さんの手がかりを探したことで、よりフェーデさんに重ね合わせてしまうのだろう。

 フェーデさんがしばらく口を閉ざしていたが、よし、と意気込んだ。

「私もエステレラにご一緒します」

 覚悟したような顔で俺とアンナに微笑む。

 これ以上ない申し出だ。手放しに喜びたいが・・・。

「でもイグレシア魔導団に入るという目標はどうするんですか?」

 数日の付き合いだがこんなに頼りになる人もいないし、一緒に旅が続けられるのであれば願ってもない。だけど、自分のために人の夢を台無しにするようなことはとても出来ない。

 俺の考えを汲んでくれたのか、ゆっくりと話し始める。

「イグレシア魔導団に入るのは諦めていませんよ。ただ、このままエイズルに行き、入団試験を受けたところで私の実力では不合格になるでしょう。もう少し星霊と契約をしつつ、魔法を学び、その上でエイズルを目指そうと考えています。エステレラへの道中も私にとっては修行になります」

 それに、とアンナを見て続ける。

「改めてアンナさんに教えを請いたいと思います。英雄エストロに教えられ、魔力も高く星霊と強く契約も出来ているアンナさんに学ぶことが、イグレシア魔導団に入団する一番の近道だと考えていますので、私の方から旅の同行をお願いしたいと思います」

 かしこまって深々とアンナに頭を下げる。アンナも一回りほど年上の大人に仰々しく頭を下げられたことで慌てているが、フェーデさんの決意を汲み、承諾した。

 またこの三人で旅が続けられる。アンナもフェーデさんも満面の笑みで喜んでいる。

 きっと俺も同じ顔をしているんだろうな。


 改めて仲間として旅をすることが決まり、三人とも高揚してしまい、その晩はいつもより豪勢な食事になってしまった。

 特にフェーデさんは宿に帰ってからハムンでいただいたお酒を飲んですぐに顔を赤くしていた。

「ずっと言いたかったことがあるのですが、いいですか?」

 頭をグラグラさせながら酔いに任せて言ってしまえ、という感じで切り出す。

 アンナは酔ったフェーデさんを面白がっているが、真面目な人だから鬱憤が溜まっているのかと心配になる。

 アルタさんから下心を感じる、など言われようものなら目も当てられない。

「アルタさんとアンナさんともっと仲良くなりたいんです。私のこともフェーデと呼んで友達にみたいに接してください」

 いつも頼りになるお姉さんだったが、今は自分より年下のようにも思える。

 普段抱擁力のある人のギャップに胸を締め付けられていると、アンナも堪らなくなったのかフェーデさんに抱き着く。俺も抱きしめたい。

 じゃあこれからは敬語もやめようか、と照れ臭そうに話しているとフェーデはもう一つ話を切り出した。

「アルタとアンナはお付き合いしているの?」

 赤い顔でいつものようにニコニコしながらとんでもないことを言い出した。

 突然のぶっこみ方に二人とも慌てて否定する。

 アンナと一瞬目が合い、すぐに逸らされるが、恥ずかしいような満更でもないような顔をしていた様に見えた。そんな顔されたら勘違いしても許してほしい。

 二人とも仲が良くてお似合いなのに、とアラアラと顔をかしげながらフェーデは止まらなかった。

 しかし、言いたいことだけ言ってスッキリしたのか、すぐに眠ってしまった。

 いつも誰よりも喋るアンナが気まずそうに黙っているこの空間に耐え切れず、お開きにしようかと簡単にお休みを言い、自分の部屋に逃げ帰る。

 自分の臆病を呪いながらも、致命的な決定打を言われる前にその場を去ったことを肯定し、眠れない夜を過ごした。


 フェーデは翌朝にはケロッとしており、何事もなかったかのように接する。

 俺とアンナを呼び捨てにし、心無しかフランクになったような気がするので昨日の記憶が無いわけではないのだろう。それはそれで気まずくなってしまった責任を取ってもらいたい。

 遅れて部屋から出てきたアンナもいつも通りの感じで振舞っている。女性慣れしていない自分が急に恥ずかしくなってきた。昨日のことは無かったことにして過ごしていこう。

 改めて三人の旅の目的地がエステレラとなったことで、今後の計画を相談する。

 アンナは一緒にいたであろうエストロの目撃情報からエステレラを目指し、お姉さんの手がかりを探す。

 フェーデはイグレシア魔導団に入団すべく、さらなる魔法の上達を目指す。そのために星霊の契約を始めとしアンナに師事するためにエステレラに同行する。

 俺はエステレラにあるとされる時空の星霊の祭壇を目指し、自分の世界に帰る方法を見つける。

 改めてアンナとフェーデが同行してくれて良かった。万が一にも一人でエステレラに辿り着けても星霊や魔法について分からないのであれば意味がなくなってしまう。

「エステレラに行くのはいいんですが、二人が思っているよりも過酷な旅になりますよ」

 ヒューゲルを出発して真っすぐエステレラを目指したとして半月ほどを要するとのこと。途中ダール峡谷やベラハ山といった高低差を乗り越え、やっとエステレラが近づいてくる。

 食事を始めとした旅費、強力な魔物に対応した装備、その他経費を考えると・・・

「とてもそんなお金はないですね・・・」

 これまでのフェーデの旅はイグレシア教徒としての布教活動も兼ねていたので、教会からいくらかの支援金を受け取っていたらしい。

 元々節制をし、余計なお金を使わないようにしていたことで、想定外の三人旅になっても何とかやり繰りできていたらしい。本当に頭が上がらない。

 だが、ヒューゲルまでは辿り着けたものの、エステレラを目指すには明らかに資金不足だ。

 ダール峡谷、ベラハ山、エステレラと人がほとんど住んでいない地域らしく、布教活動の支援金の対象にはならないそうだ。

「働くしかないか・・・」

 フェーデにしてみれば自分の夢への回り道でしかないのに、旅を遅らせ工面までしてもらうなんて申し訳なさすぎるが、他に手段も思いつかない。

 誰も口にしない中、陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすようにアンナが言った。

「あれで優勝すればいいんじゃない?」

 宿の壁に貼られているポスターを指さして、嬉しそうにしている。

「武闘祭ですね。確かに優勝賞金があれば余裕を持って旅はできますけど」

 そういえばそんなお祭りがある、という話だけ聞いていたな。情報収取に明け暮れてすっかり存在を忘れてしまっていた。

「このポスターを読むと、魔法禁止って書いてあるよ。アルタ頑張って!」

 二人が真っすぐな目を向けて応援するようにファイティングポーズを取る。

 断るための理由も浮かばず、可能性の低い賭けに出てしまう。

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