第5話 知らない感情

 細かい話は後にしてテキパキと旅の支度をし、あっという間にボスコとお別れになった。

 一宿一飯の恩も返しておらず申し訳ないが、全然気にも留めないように明るく見送ってくれる温かい人達だった。

 俺たちはこれから商船に乗り、ハムンという国を目指すらしい。

 映画に出てくる海賊船のような大きさの帆船だった。もっとも海賊船のような怪しさも危険性も無さそうだが。

 水夫たちが荷を運び終え、ゆっくりと船は海を進んだ。

 甲板で大きく伸びをしていると、アンナさんに声をかけられた。

「アルタさんは年いくつ?」

 同世代の人間を見つけて興味津々なのか、何かを期待しながら聞いてきた。

「今年十七歳になります。高校二年です」

 無意識に学年まで答えてしまったが、案の定伝わっていなかった。

「十七歳なんだ! 同い年だね」

 胸の前で手を打ち、喜んでいる。

 どこの国から来たの? 高校二年って何? 珍しい服着ているね、と矢継ぎ早に話してくる。

 元々お喋りなのか、同い年だと分かって心を開いてくれたのか。

「そんなに一度に聞いたらアルタさんも答えられませんよ」

 俺たちのやり取りを見ていたのか、後ろからクスクスと笑いながらフェーデさんも合流した。

「船には三日ほど乗っていますので話す時間はゆっくりありますよ。日も高くなってきたので中に入りましょう」

 それもそうだね、と言い残し、二人は船内へと入っていった。

 嗅ぎなれていない磯の香とべたつく風にも心地良さを感じ、俺も二人の後を追った。


 二人はいつから旅をしているんですか? と何の気なしに聞いてみると、まだ知り合って三日程度らしい。古くから知る仲間に思えたが、関係値はあまり俺と変わらないようだ。

「アンナさんもイグレシア教徒の修行の旅をしているんですか?」

 アンナでいいよ、と快活に答えてくれる。

「私はイグレシア教徒じゃないよ。旅の途中で舟が難破しちゃって知らないところに流れ着いて困っていたところをフェーデさんに助けてもらって一緒にいるの」

「ボスコに向っている時にたまたまアンナさんが倒れているのを見つけて、治癒魔法をかけて介抱していたら、彼女の魔力が非常に高いことが分かって、それで星霊と契約することを勧めてみたんです」

 口に手を当て微笑むフェーデさんと白い歯を見せて笑顔を見せるアンナを見ていると、タイプは違うものの仲が良い姉妹のように思える。

 アンナは話を続けてくれる。

「私はお姉ちゃんを探して旅をしているんだ。フェーデさんと同じぐらいの年齢で、フェーデさんぐらい美人なんだけど、知らないよね?」

 それはもうフェーデさんでは? 姉妹のように見えたのはアンナがフェーデさんにお姉さんを重ねているせいでもあったのか。

「アンナさんはお姉さんを、アルタさんはご自分の国に帰る方法を探しているということで、何か手がかりが見つかるかもしれませんし、人が多く大図書館もあるヒューゲルにお連れしたいと考えています」

 ハムンまで船で三日、ヒューゲルまで馬車で三日、予定通りいかないかもしれないので、大体一週間だと思ってください、とサラリと今後のスケジュールを教えてくれた。

 ボスコとこの船を見るに、この世界の文明は産業革命よりも前の水準なんだと思う。道路もそれほど整っていなそうだったし、長距離の移動は結構大変かもしれない。

「ヒューゲル国はエイズル国に次いで二番目に大きいので人も大勢いますし、見て回るだけでも楽しいと思いますよ」

 アンナは都会と聞いてテンションが上がったように見えたが、急に睡魔に襲われたようで横になってしまった。わりとマイペースな子だ。

 起きてきたらまたお話し相手をしてあげてください、と微笑む佇まいは姉というより母親に見えた。どこか寂しそうな表情が見られたが気のせいだろうか。

 寂しげな表情で思い出す。ずっと聞きそびれてしまっていたことを聞かなければならない。

「ボスコで話している時、魔王の話をしていましたよね。詳しく聞いてもいいですか?」

 魔物と戦ったり、アンナと出会ったりと忙しく、重要なことを後回しにしてしまっていた。

 そうでしたね、と居ずまいを正してフェーデさんは話し始める。

「この世界にはアモンという名の魔王がいます。過去に歴戦の英雄たちがアモンを倒してくれましたが、周期的に復活し国を滅ぼしていくと言われています。十三年前にある魔導師がアモンを倒したのですが、つい先日またアモンが甦ったという噂がまことしやかにささやかれています」

 倒しても魔王が甦る、物語としてはある話かもしれないが、現実に起こってみると何て救いがない話だ。

「過去に何度かアモンを倒している人がいるんですよね? またその英雄に、それこそ十三年前の魔導師にお願いするっていうのは難しいんですか?」

 フェーデさんは顔を曇らせながら続ける。

「魔王を倒した英雄たちは、いずれも消息不明になってしまっているのです。魔王との死闘で命を落としてしまったのか、何か思うところがあって一人になってしまったのか。いずれにせよ新たな英雄の誕生をみんな待ち望んでいます」

「そうなんですね。イグレシア魔導団でも倒せないのですか?」

 魔導師の軍隊ということで、大人数であれば勝てるようにも思える。

「歴史が浅いので一三年前の戦いではまだ存在していませんでした。初めて迎え打つことになるかもしれませんが、優秀な魔導師が一人いれば、一般的な魔導師が百人束になっても敵わないという言葉もあります。英雄に匹敵するほど優秀な魔導師が見つかればいいのですが・・・」

 その百人の魔導師だって辛い修行を乗り越えているだろうから、余程才能や資質を問われてしまうものなんだと思う。

「補足ですけど、イグレシア魔導団が出来た背景に、優秀な魔導師を積極的にスカウトするためという側面もあります。それでアンナさんに星霊の契約を勧めてみました」

 少し回り道をしたが、魔王のことを聞き、改めて考える。

 秘めたる力や才能があるっていうなら分かるが、やっとの思いで魔物を一匹倒した程度の俺が魔王を倒せるなんて思い上がれない。何でこの世界に飛ばされたんだろう。

 意味なんてないのかもしれないが、魔王討伐のために修行の旅をするフェーデさんを見ていると、何か出来ることを探したいと思ってしまう。


 アンナはそのまま翌朝になってもぐっすりと眠り続けたままだった。星霊との契約はそれほど体力を消耗するんだろう。

 やることもなくフェーデさんも目を瞑り、精神統一をしている。エーテルを上手く扱うための訓練だと言っていた。邪魔になってもいけないので甲板でボーっとしていよう。

 昨日と景色は全く変わらず、どこまで行っても海しか見えない。この世界の海に果てはあるのだろうか。

 遮るものがなく太陽光がジリジリと肌を焼く。天気も良くて風も気持ち良いのだが、日陰にいないと熱中症になってしまいそうだ。

 やることもなくウロウロと甲板を歩き回っていると突然陰がかかった。やっぱり雲がでると過ごしやすいなと呑気なことを考えていると、悲鳴が聞こえてきた。

 水夫や他の乗客が空を見上げている。日食でもあったのか?

 つられて空を見上げると思わず声を上げそうになる。船の上には大きな怪鳥が飛んでいた。こちらから何か飛ばして落とすには高く、あの怪鳥がその気になればすぐにでも船を鷲掴みできそうな低さだ。あの大きさでは例え大砲があっても一発では撃ち落とせないだろう。

 腕に覚えのありそうな冒険者のような人も数名乗り合わせていたが、あまりの高さに手も足も出ないようだ。あの高さでは魔法も届かないというような話が聞こえる。

 船内に逃げ込む人、俺のように怪鳥から目を離せずただ立ち尽くしてしまう人。

 あれも魔物なのだろうか。だとしたら昨日の魔物が可愛く見えてくる。

 アルタさん! と駆け足でフェーデさんが近づいてくる。

 空を指差し、状況を説明する。

「逆光でよく見えませんが、かなり大型の魔物のようですね」

「フェーデさんの魔法でも届きませんか?」

 悔しそうに首を振り、眩しそうに眉を顰める。

「威嚇程度は出来ると思いますが、下手に刺激すると襲ってくるかもしれません」

 どうしたものかと手をこまねいていると、騒ぎで目を覚ましたアンナが甲板に出てきた。

 まだ寝ぼけ眼でいたが、上空に魔物がいることを聞くと、徐々に頭が回ってきたようだ。

「しっかり寝たから大丈夫、やってみるよ。」

 アンナが右手を空に高く掲げ、空に向って緑色の光を放つ。

「マーリ、お願い!」

 緑色に輝く白鳥のような鳥が現れ、アンナの頭上を飛んだ。

「あら、さっき会ったばかりなのに。随分と早い再会ね」

 しゃべった! あれがアンナの魔法なのか? 魔法にも種類があるのか?

 輝く鳥と何やら話しているアンナは話しかけられる様子ではない。ただただ驚いていると甲板に出ていた人たちがにわかに騒ぎ始めた。

 新たな魔物が出たと思ったら大騒ぎになるよな。フェーデさんと相談しようとすると、信じられないといった表情でアンナを見ていた。

「顕霊術・・・。 まさかそこまで魔力が高かったなんて・・・」

 また知らない単語が出てきた。普段おっとりしているフェーデさんがここまで驚くのだから、何か尋常じゃないことが起こっているんだろう。後で教えてもらうとして、今はただ傍観していようと思った。

 アンナとの話が終わったのか、輝く鳥は頭上をクルッと旋回すると、上空の魔物に向って飛んで行った。アンナは輝く鳥に向って手を伸ばしているものの、俺たちと同じように見守っていた。

 よく目を凝らすと、輝く鳥がバサバサと翼を振っている。

 数秒後、風が一段と吹き出した。船の帆は風を受けて大きく張り出し、態勢を崩しそうなほどに甲板が揺れ始める。

 船に捕まりながら魔物の行方を見ていると、上空で暴れ始めた。いや、まるで逃げ出そうともがいているのか。

 さらに強い風が吹き抜けると、甲板の陰は流れ、上空の怪鳥は翼を縺れさせて、海に落ちた。

 高い波が立つも押し返すように風が吹き、何とか船の揺れは収まっていった。

 ふうっと息を吐き、アンナは空に向かって手を振っている。俺とフェーデさんが駆け寄るよりも早く、甲板にいた人たちがアンナを囲み称えた。

 次第に船内に避難していた人たちも出てきて、口々に喜びと感謝の言葉を送っている。

 それを遠巻きに見ているフェーデさんはまるで自分のことのように喜んでいた。

 何が起こったのか分かっていないが、アンナのおかげでみんなが救われたのだろう。

 ひとしきり御礼の言葉をかけられ、いたたまれなくなったのか、囲む人たちに詫びてこっちに向ってきた。

「凄かったわ、アンナ! まさか顕霊術まで使えるなんて」

 フェーデさんはアンナを抱擁し喜びを表現するが、突然抱きしめられたアンナは顔を真っ赤にして慌てている。何故か俺も少しドキドキした。

「あれは鳥を呼び出す魔法なのか? フェーデさんが見せてくれたものとは随分違ったけど」

 炎を出す、風を巻き起こすといった攻撃魔法のようなものをイメージしていたのだが。

「あれはボスコで契約した風の星霊だよ。マーリって言うの。凄く綺麗だったでしょ」

 自分の功績を誇るでもなく、自分の友達を自慢するような言い方にアンナの性格が見て取れた。この子は魔王を倒しても謙遜しそうだ。

 俺の聞きたいことをすっかり汲み取れるになってくれたフェーデさんが、アンナを解放して教えてくれる。

「あれは顕霊術といって契約した星霊を具現化する魔法です。ごく一部の優秀な魔法使いしか使いこなせません」

 褒められて嬉しいのを隠しきれず、アンナは口をもにょもにょと動かす。

「顕霊術が使えるだけでも十分凄いのですが、ボスコ村の祭壇は魔物によって壊されていまし

 ずっと褒められ続けたアンナも限界だったのか、この話はもういいでしょ、とフェーデさんの話を遮った。

 すっかり和やかな雰囲気となったが、俺は何も知らない、何もできない無力さに焦りや羨ましいという感情が胸に込み上げてきた。

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