第2話 知らない世界

 何も見えず、何も聞こえない。

 俺は死んでしまったのだろうか。真っ暗な闇の中、下に落ちているのを感じる。

 まだ死んでなくても、これだけ落ちていたら結局死ぬな。

 そんなことを考えられるぐらいには、頭はハッキリとしているものの、自分の身に何が起こっているのか分からず、ただただ怖い。

 その恐怖や混乱が落ち着いてくるほどに長い時間落ちていると、少しずつ落下速度が落ちていた。

 完全に止まる頃に突然地面に足がついた。予想できていないと結構びっくりする。

 相変わらずの暗闇で途方に暮れていると、霧が晴れるように少しずつ視界が開けた。

 境内にいれば文句なしなのだが、あれだけ落ちていたので地獄で目覚めても驚かない。

 実際はそのどちらでもなく、だだっ広い平原に一人立っていた。

 どうも地獄ではなさそうだ。いや、地獄がどんなところか知らないけれど。

 どれぐらい時間が経ったのか分からないが、制服や学生鞄を見るに神社に行った時と変化はない。

 さっきまでの快晴が嘘のように空が曇っている。いつ雨が振り出してもおかしくない。

 見渡す限り何も見えず、どこに行けばいいかも分からなかったが、右手の方に薄っすらと建物らしきものが見えた。

 唯一の自慢である視力に感謝していると、ポツリと雨粒が顔に当たった。

 とりあえず屋根のあるところに避難しなければ、と思い建物を目指して走り出す。

 思っていたより遠く、自分の視力を恨みながら、どうにかずぶ濡れになる前に屋根の下に辿り着けた。

「何かの遺跡か?」

 教科書やテレビで見た程度の知識だが、ピラミッドやら古墳やらそういった遺跡を思わせる場所だった。

 草原の中、少しだけ高くなった丘の上にポツンと立っており、東屋のような屋根と、中央に箱のような立方体の石があるだけだ。

 しばらく雨が降り止むのを待ってみるものの、一向に止む気配はなく、スマホも圏外ですることがないので、暇すぎてその石を調べてみる。

 よく見ると蓋がされているようで、少し押すと思ったより軽く空いてしまった。

 誰かに咎められないか、今度こそ祟りに合わないか、と思ったものの、暇と好奇心に勝てず、思い切って蓋を開ける。

 人一人が通れるだろう穴が開いており、すぐ底が見えるほど浅かった。

 上がってこられなかったらシャレにならないな、と思ったものの、穴の中は少し広くなっているように思えたので、思い切って中に入ってみる。

 着地したところは天井が低いものの、すぐに下り階段があり奥には明かりが灯っていた。

 一旦、地上に戻れるかの確認を取り、問題なく出てこれそうなので考える。

 雨はまだ止みそうにない。遺跡のような場所。秘密の地下空間。

 危なそうだったらすぐに逃げようと、意を決し、学生鞄を持って再度中に入る。

 階段のその先は少しヒンヤリしているものの、意外と過ごしやすかった

 ぼんやりと灯っていた明かりは奥に続く通路から漏れており、壁画が描かれた廊下が続いている。

 どうやら明かりの正体は天井にある星を模したような光のようで、暗いながらも歩ける程度には明るかった。そういう鉱物なのだろうか。

「迷わずに帰れるのかな・・・」

 度々道が分かれており、とにかくずっと右手に進むようにしているものの、一向に突き当りに辿り着かない。

 ぼんやりと壁画を眺めながら歩いているとあることに気が付く。

「これは・・・、もしかして異世界か」

 死んだと思ったら見知らぬ土地で目が覚める、明らかにファンタジーな遺跡、日常生活に退屈していた十七歳。条件は揃っているのではないか。

 だとしたら何かチートな能力とかアイテムとかがあるのではないかとポケットや学生鞄の中を探すが見知らぬものは何一つなかった。

「魔法とか使えないかな」

 手の平を前に突き出し、ゲームに出てくる魔法を思いつく限り叫んでみるも何も起こらない。

 諦めて奥に進んでいくと教室の半分ほどの大きさの広間にでた。

 通路に比べて天井の星が多いのか、廊下よりずっと明るい。

 部屋は行き止まりになっているようだが、中央に小さな祭壇のようなものがある。

「棺桶か?」

 明らかに王が埋葬されているような雰囲気がある。ファラオの呪いとか勘弁してほしい。

 せっかくここまで来たのだから、という気持ちも手伝って棺桶を調べてみる。

 よく見ると人が横に寝そべるのには小さい。幼い王子の墓だろうか。

 当たり前だが何も分かることはなく、入り口での経験を活かし蓋を押してみると、さっきよりは重いものの、このまま開けられそうだ。

 中から立ち込める空気は少しかび臭いが、腐臭のようなものはない。

 少しずつ開けていくと中がハッキリ見えてきた。これは・・・。

「剣?」

 傘ほどの長さの金属の剣が入っていた。他には何も無さそうだ。

 フィクションではお約束だが本物の剣なんて見たことも持ったこともない。そもそもこれは本当に剣なのか?

 鍔も無く、無駄な装飾も一切ない。

 持ち手の部分まで全て金属で出来ていて日本刀とは随分違うことは分かる。

 刀身らしき部分と持ち手らしき部分があるので、勝手に剣だと思ってしまったが、儀式に使う鉄の棒だと言われればそんな気もする。

 ただ違和感があるのは、

「すごく軽いな」

 軽く振るだけで風を切る心地よい音がして、力が漲ってくる気がする。

 少しテンションが上がってきたし部屋も広いので、思い切り振り回してみる。

 風を切る心地の良い音がして、何度も繰り返し振ってしまう。

 汗ばむほど夢中になって剣を振っているとある事に気づく。

「もしかして俺は剣士にでもなったのか? この剣は伝説の剣で持ち主の能力を上げてくれるとか?」

 漫画やゲームの世界だと、戦闘経験のない主人公がそれなりに戦えている。

 この世界が本当に異世界なのだとしたら、何かしら初期装備や能力があってもおかしくない。

 思えば、適当に振っていただけだが、振り方というのを身体で覚えていたようにも思える。剣道なんかやったことないのに。

 しかし、見た目が質素で自分のイメージする伝説の剣からは程遠い。

「これ、どうやって持ち歩こう」

 最初の不安をすっかり忘れ、ファラオの呪いのことも気にかけず、刀身が剥き出しになっていることに愚痴を吐く。

 急に振り出した雨だったし、そろそろ弱まっているかもしれないので入口に戻るか。

 その時、通路から誰かが歩いてくる音がした。


「お前、そこで何をしている!」

 男が声をあげる。

 通路から現れた二人は、いずれもフードを被り顔が見えない。

 長いローブを羽織っていて肌が見えない。声を聞かないことには性別も分からない。

 咄嗟に剣を自分の背に隠す。人に会えるのは嬉しいものの、今の俺は墓荒らしにしか見えないだろう。

「すみません。ちょっと雨宿りさせてもらおうと中に入っていたらこの部屋まで来てしまって・・・」

 嘘はついていないが、こんな言葉で自分の疑いを晴らせるとも思えない。

「貴様、エイズル人か?」

 背の小さい方が聞きなれない単語を話す。声を聞く限り若い女のようだ。

「エイズル人? 俺は日本人だけど」

 日本語を話しているのにそんなことを聞いてくるというのは、この人達は外国人なのだろうか。

「ニホン? どこだ、それは」

 男がゆっくりと近づいてくる。威圧的な語気から俺を怪しんでいるのが分かる。

「待て」

 女に制されて男が立ち止まる。どうやら明確な上下関係があるみたいだ。

「何か後ろに隠しているな。殺されたくなかったら出せ」

 女の言葉を汲み、男が早く出せと言わんばかりに手を伸ばしてくる。ローブからヌッと出てきた腕は太く、獣のような体毛が生えていた。

 偶然見つけた剣で命が救われるなら安いもんだ。持ち帰ったところで剥き出しの剣なんか持っていたらすぐに捕まってしまう。

 素直に男に剣を渡そうとすると、顔が見えないながら二人が驚いたのが分かる。

「それは・・・、もしかして・・・」

 先程まで余裕のあった女の声にも焦りが見える。男も受け取るべきか逡巡している。

 伝説の剣ではなく、呪われたアイテムなのだろうか。だとしたらさっさと渡して一刻も早くこの場を去りたい。

「お前、それをどこで見つけた?」

 男は手を伸ばしたまま様子を伺ってくる。

「そこの棺桶に入っていた。でも大事なものなのであれば今すぐ返すよ」

 争う気がないことをアピールしながら、女に選択権を委ねる。

 いかが致しましょうと女の側まで戻り、男がそっと耳打ちする。

「いずれにせよ、この者を放っておくわけにはいかない。捕えよ」

 弁解する間もなく、男に捕らえられる。

 剣を床に落としてしまい、カランという音が部屋に反響する。

 手際よく後ろ手に縛られ、目隠しと猿ぐつわまでされる。

 拉致? 海外のマフィア?

 刺激しないように大人しく男に担がれる。

 女が何か重いものを動かしている。

 男が手を貸そうとするも、女がそれを拒んで一人で何かを運んでいるようだ。

 今日は散々だな、と賽銭をケチったことを後悔する。

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