英雄の条件

アミノ酸

第1話 知らない声

 心地良い揺れと暖かな日を感じ、目が覚める。

 隣の人と肩を寄せながら、電車の七人掛けシートで眠ってしまっていた。

 今、何駅だ?

 寝起きで回らない頭を必死に起こし、しきりに窓の外や車内モニターを見回すと、原宿駅に到着しようとしているのが分かった。

 乗り過ごした・・・。面倒くさいな。

 用事のない原宿駅で下車し、逆方向の電車に乗ろうとした時に、ふと時計が目に留まった。

 丁度正午だった。

 真面目に授業を受けているのが馬鹿らしく感じてしまい、一人早めの下校をしていたことを思い出す。

 せっかくだから公園でのんびり弁当でも食べてから帰ろう。

 学生鞄に入った母さんの手作り弁当を食べないのは申し訳ないし、何より学校をサボって昼間の公園で昼食にするのも青春らしくて魅力的だ。

 原宿駅の西口改札を出て、代々木公園を目指す。

 横断歩道で赤信号を待っていると、右手に青々とした木々が目に入った。

 そういえば明治神宮って行ったことないな。

 普段の自分であれば興味を持たないだろうが、特別なことを始めると、せっかくだからと積極的になる。

 鳥居を前にして改めて驚く。

 こんな都心にこんな大きな木が生えているというだけで異世界のようだ。

 少し歩き出せば、遠くで車のエンジン音が聞こえるだけで、自分が今渋谷区にいるということを忘れてしまう。

 平日の昼間だが想像よりも人がいて、制服姿で堂々とサボっているのを少し後ろめたく感じながらも非日常にワクワクしている。

 本殿を前に巨大な鳥居が現れた。

 小さなマンションぐらいの高さに驚きながら、頭を下げて鳥居をくぐる。

『よく来たね。待っていたよ』

 後ろを振り向くが写真を撮っている観光客しかいなかった。

 声の大きさから自分に話しかけられたのかと思ったが、それらしい人はいない。

 気にせず歩いていると目の前に立派な本殿が現れた。

 信仰心のない自分でも神社や寺を目の当たりにすると、背筋が伸びる気がする。

 少ないお小遣いを削るわけにもいかないので、五円で参拝させてもらう。

(何か面白いことが起こりますように)

 小額なので大きなお願いはせず、面白さについては神様に委ねようと思う。

 明日会話のネタになるようなことが起これば十分だ。

『面白いかどうかは君次第だね』

 さっきと同じ声が聞こえた。

 どこかで聞いたことがあるような声なのだが、知り合いがいるはずもなく、そもそも近くに人がいない。

 五円分の面白さではあるかな、と納得していると、視界がぐらりと傾いた。

 賽銭箱の前で倒れこんでしまう。熱中症か?

 全身に力が入らず、そのまま地面に伏してしまう。

 瞼が閉じていく中で薄く光を感じていたが、何かの陰に入ったのか目の前が真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る