128話 ユーリのこれから
今日はアクアと話をするつもりで、アクアと2人になった。
アクアがぼくの周りの人たちを操っていたという事実。それについて話すために。
ぼくはアクアにどんな答えを返してほしいのだろう。今でもわからない。
だけど、ぼくたちの今後にとってとても大事なことだろう。
アクアは目の前にいる。言葉が出るまで少しかかったけど、ついにはっきりと言う時が来た。
「アクアはみんなのことを操っていたって聞いたよ。それは本当?」
「本当。でも、今は違う」
アクアは特に悩むこともなく答える。
今は違う。その言葉を信じたい。信じるしかない。
ぼくはこれ以上アクアを疑っているような態度になれない。
アクアがぼくから離れてしまうことが、何よりも恐ろしいから。
もしかしたら嘘なのかもしれない。それでも、アクアが本当というのだ。
ぼくにとってはその言葉が正解なんだ。弱いぼくでごめんね、みんな。
「つい最近、みんなに違和感を覚えたんだ。その時に解放されたの?」
「ユーリがいつ違和感を感じたか。それ次第。でも、確かに最近」
アクアからは嘘の気配を感じない。
でも、ぼくはこれまでアクアがみんなを操っていることに気づかなかった。
だから、その感覚に頼っていいのかは分からない。
それでも、アクアを信じることのできないぼくは、何も信じられないだろう。
だから、アクアの言葉は正しい。そうなんだ。
気になるのは、そもそもいつから操られていたのか、何故そうなったのか。
聞いていいのかな。これ以上。でも、聞かなきゃ前に進めない気がするから。
「アクアはなんで、みんなを操っていたの?」
「ステラは、ユーリにアクアがオメガスライムだと知られたくなかったから」
それはステラさんに聞いた。
やっぱり、ぼくのせいなんだ。ぼくがアクアに信頼されていなかったから。
悲しい。アクアが、オメガスライムだと知られたくらいで嫌われると思っていたことが。
プロジェクトU:Reの研究所でアクアの正体を知った時、薄々感じてはいたけれど。
ぼくのアクアへの好意は、伝わっていなかったのかな。
今なら分かるのに。ぼくはアクアを嫌うことなんてできないって。
アクアに拒絶されたら、生きていけないことも。
確かに、ミストの町にいた頃は、もうちょっと普通の態度だったかもしれない。
それでも、アクアを誰よりも好きでいたはずなのに。
ぼくがちゃんと言葉にしていなかったからなのかな。
それなら、ぼくはアクアも傷つけていたことになる。
「それくらいのことで、アクアを嫌いになるなんて、あり得なかったのに」
「今はユーリを信じている。でも、昔はそうじゃなかった」
アクアからはっきりと言われてしまった。
苦しい。悲しい。胸の奥が変な感じだ。
今は信じてくれているのは嬉しい。それは本当なんだ。
でも、昔はそうじゃなかった。その言葉が重くのしかかってくる。
「そう、なんだね。ごめん、アクア。信じさせてあげられなくて」
「ユーリのせいじゃない。ユーリはアクアを好きでいてくれたから」
確かにぼくはずっとアクアを好きでいた。
でも、伝わっていない想いなんて、相手にとっては無いのと同じだろう。
ぼくはちゃんとアクアに好きって言えなかったのかな。
そういえば、カタリナを助けた頃、アクアは自分がぼくの一番だとアピールしていた。
あれはアクアの助けを呼ぶ声だったのかもしれない。
だったら、それに気がつかなかったぼくは。愚かでしかなかったのかな。
「アクアを好きって気持ちを伝えられなかったのは、ぼくが悪いから。アクアを悲しませていたのは、ぼくのせいだから」
「ユーリはずっとアクアを信じてくれていた。ステラの指輪がその証拠。だから、いい。それで、他の人達は、ユーリを傷つけようとしていたから」
みんなが、ぼくを傷つけようとしていた?
そんなことが、本当に? さっきまでとは違う寒気がぼくに襲いかかってきた。
そんなぼくを見ながら、アクアはゆっくりと続けていく。
「サーシャはエルフィール家のためにユーリを利用しようとした。ミーナはユーリに剣を向けた。メルセデスはユーリの悪口を言っていた。アリシアは危険な冒険にユーリを連れて行こうとした。オリヴィエは王都にユーリを閉じ込めようとした」
それくらいのことで。
アクアの行動は、ぼくを想ってくれている証ではある。
だとしても、ぼくはそんなことなら許したのに。
アクアにぼくの意思を伝えきれていなかった。結局それに尽きるのだろうな。
ぼくはアクアを大好きっていいながら、ちゃんとアクアとふれあってこなかった。
そういう事になってしまう。全部、ぼくのせいじゃないか。
「残りの人達は? ユーリヤやフィーナはどうして?」
ヴァネアやレティさん、メーテル。それにリディさんとイーリスは分かる。
それぞれ近しい人たちを乗っ取るついでみたいな感じなのだろう。
「ユーリヤはそもそもずっと人形だった。最近、ちゃんと人になっただけ。フィーナは利用するために操った。ユーリと出会った時には、もうアクアの支配下だった」
ぼくとユーリヤの出会いも、フィーナとの出会いも、両方仕組まれたものだった?
そもそも、ユーリヤは人間ですら無かったんだ。
だったら、ぼくが大切に想っていたのはずっとアクアだった?
アクアがユーリヤの正体なら、それはぼくの好みをよく知っていたはずだ。
そして、フィーナの悲しみを癒してあげたいと思ったのは無駄だったのだろうか。
でも、解放されてからのフィーナも同じ様な態度だった。
どうしてなんだろう。なぜ、本物のフィーナをそのまま再現したのかな。
それを聞いても仕方のないことではあるけれど。
「そうなんだ……」
「ユーリ、ごめん。ユーリが喜ばないと知っていたのに」
そう思っていて、どうして実行したのだろう。
アクアに何の利益があったのかな。
分からない。だから、聞いてみよう。
「何のために、ユーリヤを生み出したの? フィーナとしてぼくに出会ったの?」
「いろんな立ち位置でユーリと接してみたかった。それに、人間を知りたかった。アクアは化け物だから」
アクアなりにぼくたちに近づこうとしてくれたって事なのかな。
そのための手段としては、あまりにもひどいけれど。
それでも、少し嬉しいと感じてしまうぼくがいる。
ぼくと接するために、色々と工夫してくれたんだって。
大概だな、ぼくも。主従でお揃いかもね。
ぼくとアクアが割れ鍋に綴じ蓋ってことなのかも。
「相談してくれたら……無茶な話か。どうすればよかったのかな」
「ユーリが悪いわけじゃない。全部、アクアが望んだことだから」
そうだとしても、アクアの悩みに気づいていれば。
ぼくにも、もっとできた事があったんじゃないか。
だから、せめてこれからは。アクアをもっと幸せにしたい。
そうすれば、アクアだけではなく、みんなの幸せにもつながるはずだから。
それに、きっとアクアも苦しんでいたから。そうでなければ、今でもみんなは解放されていないはずだから。
「どんなアクアでも、ぼくは大好きだから。そう伝えられなかったぼくが悪いんだよ。つらかったよね。ぼくを信じられないこと」
アクアはぼくを大好きでいてくれた。今ではもっと好きでいてくれる。
それが分かるからこそ、ぼくがアクアを苦しめていたと理解できた。
だって、ぼくがアクアを嫌うって、その可能性をアクアに思い浮かばせてしまったから。
「でも、それで今ユーリを苦しめている。アクアは許されないことをした」
「そうかもしれない。それでも、ぼくはアクアとずっと一緒にいるって決めたから。だから、安心して良いんだよ。何があっても、アクアだけは嫌いにならない。それは本当だから」
「アクアも、ずっとユーリと一緒にいる。絶対に離れない」
そう言いながらアクアはぼくに抱きついてきた。
アクアは明るい笑顔をしていたから、きっとわだかまりが消えたのだと思う。
こういう顔を見られるだけで、ぼくは幸せを感じてしまうんだ。
やっぱり、ぼくはアクアから離れられない。それを改めて確認した。
ぼくからもアクアを抱き返して、アクアにぼくの気持ちが通じるように願う。
指輪のおかげで想いを送り合えるようになったけど、それがなくても届くと信じて。
アクアはぼくをさらにギュッと抱きしめてくる。
そんなアクアに触れているだけで、ぼくは幸福感に包まれていた。
「アクアと一緒だと、ぼくはとっても幸せなんだ。アクアも幸せ?」
「当たり前。アクアはユーリが誰よりも、何よりも、世界よりも好きだから」
アクアの言葉で、ぼくは舞い上がりそうにすらなっていた。
やっぱり、ぼくはアクアに依存しているんだな。
いつか、そんな風に感じたことがあったけれど。間違いじゃなかった。
アクアの一挙一動に振り回されそうですらある。
きっと、アクアはぼくに配慮してくれるのだろうけれど。
そう信じてしまうのだから、ぼくは重症だ。
アクアがみんなを操っていたことなんて、無かったみたいだと思えてしまう。
「ぼくもアクアが大好きなんだ。他の誰よりも、何よりも、きっと世界よりも。ぼくたちは同じだね」
「だけど、オーバースカイたちだって大切。アクアもユーリも」
アクアがオーバースカイを含めたみんなを大事に思ってくれていることは、とても嬉しい。
だって、きっとこれからはみんなを傷つけようとしない。そう信じられるから。
アクアが一番。何よりも優先する相手。それは変わらないけれど。
でも、みんなだって大切だから。幸せになってほしいから。
「そうだね。みんなで幸せになれるのなら、きっとそれが理想だよ」
「うん。ユーリ、これからもずっと、ずっと隣にいて」
「当然だよ。どんな未来が待っていたとしても、必ず」
ぼくはこれからもずっとアクアとパートナーだ。
アクアはぼくが考えていたよりも邪悪で、愛の形が歪んでいて。
それで、世界すらも飲み込んでしまう災厄なのかもしれない。
でも、そんなアクアはぼくのペットだ。
たとえ、世界を滅ぼせるオメガスライムだったとしても。
ぼくは、アクアと過ごし続けるんだ。ずっとずっと先の未来まで。
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