127話 歩み

 カタリナは本当に解放されているのだと信じることができた。

 だから、少しは気分が楽になった。みんなも解き放たれているのだと、信じる一助にもなっていたから。

 でも、それでもみんなとどう接するべきなのかには悩んでいる。

 アクアに乗っ取られているかもしれないと思いながら話せばいいのか。

 あるいは、この人は本物だと信じて付き合っていけばいいのか。


 そんな事を悩みながら歩いていると、シィと出会った。

 シィとは毎日一緒に過ごしているけど、違和感はない。

 だから、そもそも乗っ取られていないか、まだ解放されていないか。

 ステラさんの言葉を信じるのなら、シィはずっと本物だ。


 ダメだな。アクアにまで疑いの目を向けているぼくがいる。

 それをアクアに気づかれて、嫌われてしまったらぼくは終わりなのに。

 アクア水がどうこう、オメガスライムがどうこうという事ではない。

 ぼくはアクアと一緒じゃないと生きていけないんだ。

 アクアがいてくれるから、人生を楽しむことができているのだから。


 シィを目の前にしながらも、ぼくは頭を悩ませていた。

 すると、シィがこちらに勢いよく抱きついてきた。


「おにぃちゃん、シィがいるんだからこっちを見て!」


 相変わらずミリンを上手く抱えながら抱きついてくるシィ。

 シィの言葉はぼくをはっとさせた。

 そうだよね。目の前にいる相手を無視してまで考えることじゃない。

 アクアの件はとても大切な話ではあるけれど、シィを傷つけてまで思索にふけるな。

 ぼくは反省すべきだよね。向かい合っている相手を見ないなんてことを。


「ごめん、シィ。ちゃんと君のことを見ているから」


「そうだよ! おにぃちゃんはシィをかわいがらないとダメ!」


「そうじゃぞ。シィと最近話しておらんではないか、ユーリよ」


 そうか。ここしばらく、いろんな人達と過ごしていたけど、シィとは寝るときくらいしか一緒じゃなかったな。

 シィは大切な妹なんだから、もうちょっと親しくしていかないと。

 それに、まだ幼いシィだから、楽しい時間をいっぱい作ってあげないとね。

 シィはあの研究所でずっと不幸だったのだろうから、それ以上の幸福を知るべきなんだ。


 そういえば、あの研究所、アクアなら簡単に滅ぼせたよね。

 いや、アクアがオメガスライムだと当時のぼくは知らなかった。

 でも、こっそり退治するくらいできたんじゃ?

 まあ、アクアがそうしなかったから、シィと出会えた。だから、それでいいか。


「シィと話すのは楽しいから、何から話をしようか悩んじゃうな」


「おにぃちゃんは、シィのどこがすき?」


 シィのどこが好き、ね。

 全部と言いたいところだけど、具体的に挙げたほうが喜ばれるだろうな。

 色々と思いつくし、順番に言っていくか。


「まずは可愛いところでしょ。契約技が頼りになるところもかな」


「もっともっと、いって!」


「優しいところ、ぼくにも移っちゃいそうな笑顔をみせてくれるところも好きだよ」


 それからも思いつく限りシィの好きなところを言っていった。

 ずっと笑顔でシィは聞いてくれていたので、言えば言うほど楽しくなっていく。

 しばらく続けていると、シィは満足した様子に見える。

 シィが喜んでくれてよかった。ちょっと恥ずかしかったけど、頑張ったかいがある。


「ありがとう、おにぃちゃん! シィもお兄ちゃんのすきなところ、いっぱい言える!」


「そうなの? 楽しみだな」


「うん! シィにやさしくしてくれるところ、かっこいいところ!」


 シィにぼくは優しいと思ってもらえているの、嬉しいな。

 それだけ、シィはぼくの行動を喜んでくれているのだろうから。

 かっこいいってのも、気分がいいかも。

 シィにとって、ヒーローで居られているのかな。

 だとすると、シィの助けになれている証だから。


「それに、つよいところ、かわいいところ!」


 強いっていうのは、多分単純な実力だよね。

 全部アクアが居てのものであるとはいえ、褒められることは嬉しい。

 可愛いというのは、ちょっと困ってしまうけれど。

 シィみたいな子にまで可愛いって思われていると、情けないのかもと感じちゃう。

 まあ、シィはぼくのことを頼りにしてくれているから、気のせいだと思いたい。


 それからも、シィは楽しそうにぼくの好きなところを言い続けてくれた。

 それだけ、シィの中でぼくは大きな存在になっているのだろう。

 だから、シィのことを悲しませないように気をつけていかないとね。


「いっぱい言ってくれてありがとう。とっても嬉しいよ」


「シィもうれしかったから、おそろいだね!」


「ユーリよ、よくシィを喜ばせてくれた。お主がシィをよく見ていることといい、感謝するのじゃ」


 こんな風に言っている2人も、もしかしたら操られていたのかもしれない。

 そう思うと、少しだけ気分が沈む。

 そんなぼくを見て、シィはこちらに元気に話しかけてきた。


「おにぃちゃんのなやみごと、かいけつしてあげる!」


 シィにぼくが悩んでいること、気づかれていたんだな。

 それもそうか。シィを置き去りにするくらい頭がいっぱいだったんだから。

 でも、どうやって相談したらいいかな。シィを傷つけないようにしたいけど。


「目の前にいる人が本物か偽物かわからない時、どうすればいいと思う?」


「シィをニセモノだと思ってるの? でも、そんなのかんけいない! おにぃちゃんは、いまめのまえにいるシィをかわいがってくれればいいの!」


「そうじゃ。シィを喜ばせるために、しっかりするのじゃ、ユーリよ」


 そうかもしれない。偽物だと考えながら、目の前の相手と話す。それがどれほどその人を傷つけるか。

 きっと、ぼくならとても苦しむ。だから、本物のつもりで接するんだ。みんなと。

 シィに教えられちゃったな。お兄ちゃんなのに、情けないような気もする。

 でも、こんな子が妹であることが誇らしい。

 改めて、シィと出会えて良かった。敵として終わらなくて良かった。


「シィ、ありがとう。大好きだよ」


 ぼくの方からもシィを抱きしめる。もちろん、ミリンが苦しくないように。

 シィはとっても明るい顔になって、しっかりと抱き返してくる。

 この子が幸せになってくれるように、ぼくも頑張らないと。

 シィは大切なことを教えてくれたから。そうでなくとも、たったひとりの妹だから。

 そして、とってもいい子で可愛いから。幸せになるべきなんだ、この子は。


「シィもおにぃちゃんが大好き! ずっと一緒にいようね!」


「もちろんだよ。前にも約束したからね。シィの幸福を、ずっと見守っているから」


「おぼえててくれたんだ! ありがとう!」


「お主もしっかりシィの兄ができておるようじゃの。出会ってそう経っていないというに」


 ミリンからそう思ってもらえるのは嬉しい。

 ぼくはシィのことが大好きだから。もしアクアに操られているのなら、なんとしても解放したいほどに。

 もちろん、みんなに対しても同じように思っているんだけど。

 やっぱり、一度アクアと話さないといけない。でも、怖い。アクアとの関係が壊れてしまいそうで。


「シィ、君をきっと幸せにしてみせるからね。約束するよ」


「おにぃちゃんが一緒なら、いまでもしあわせ! だから、いっぱいいっしょにいて!」


「うん、頑張るよ。みんなと一緒になるかもしれないけど、いいかな?」


「いいよ! おにぃちゃんがいるのなら!」


「ユーリはほんに好かれておるの。じゃから、シィを裏切らんでくれよ」


 そんなの、当たり前だ。そう言いたい。

 だけど、もしシィがアクアに操られていて、それを見逃しているのなら。

 それはシィに対する裏切りに他ならない。

 シィを幸せにできるのなら、大抵のことはできる。アクアと離れる以外の大抵は。

 それで、大丈夫なのだろうか。

 アクアがいたから手に入れた幸せを、アクアがいるから失うかもしれない。

 今でもその未来が恐ろしい。アクアと別れることが最も怖いとはいえ。


「全力でシィを大切にするよ。それだけは、絶対だ」


「ありがとう、おにぃちゃん。うれしいよ」


「シィ、良かったの。ユーリ、よろしく頼むぞ」


 それからの一日は、ずっとシィと遊んで過ごしていた。

 その中で、みんなを本物として接する覚悟を決めた。

 シィがいたからその決意ができた。でも、まだアクアと話す勇気は出て来ない。

 急いでも失敗すると感じるから、まずはみんなと話をしよう。そう考えていた。


 そして次の日。ハイディたちがぼくたちの家へとやってきた。

 これで、ぼくの知っている人たちはほとんど一緒に暮らすことになる。

 そう考えていたら、サーシャさんまで後からやってきていた。

 まずは、やってきた人たちと話をすることになった。


「ユーリ、貴様にとっては喜ばしいことだろう? 余たちだけではなく、サーシャもともに住むのだから」


 ハイディの言うことは確かにそうなのだけれど、突然でびっくりした。

 というか、エルフィール家は大丈夫なのか? サーシャさんがその辺で手抜かりをするとは思わないけど。

 ぼくは嬉しいけど、それでサーシャさんが困るのは嫌だから。


「そうだけど、無理はしてないのか心配ですね、サーシャさん」


「気にしなくても問題ありませんわよ。オリヴィエ様を始めとした方々に協力いただきましたから」


 それでも、ぼくには伝わってこないんだね。

 なかなかみんなもぼくを驚かせるのがうまいというか。

 事前に聞いているのと、今みたいにいきなりなのと、どっちのほうが嬉しいだろう。

 まあ、どっちでもとても喜ばしいのだけどね。


「ユーリ殿、今日からよろしくお願いしますね」


「よろしくな、ユーリ。この家では戦えねぇだろうがな」


 リディさんとイーリスも挨拶してくる。

 今日からみんなと住むんだという実感が湧いてきた。

 同時に、これからに対する期待が高まってくる。


 それからしばらく4人と話して、それからみんなにも4人を紹介した。

 もうみんなお互いを知っているけれど、これから関係が少し変わるからね。

 みんなが仲良くしている様子を見て、明日アクアがみんなを操っていた件について、アクアと話そうと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る