126話 勇気

 アクアがみんなの体を乗っ取っていたと知って、カタリナに相談したくなった。

 カタリナはもう解放されているらしい。それならとカタリナを探していた。

 ぼくはどうしたいのか、全くわからない。ただ、アクアと離れたくはない。

 でも、それで他の人達はどうなってしまうのだろう。

 できれば、大切な人たちにはみんな幸せで居てほしい。

 もちろん、カタリナにも。それは叶う願いなのだろうか。


 ぼくはアクアが居なくちゃ生きていけない。だから、アクアが最優先なのは確か。

 それでも、できればみんなだって手放したくない。これはわがままなのかな。

 そうだとして、どこまで望んで良いのやら。みんなとアクアが対立するのなら、アクアを選んでしまう。

 でも、それにだって、きっとぼくは身を引き裂かれるような思いをするんだ。

 だから、どうかみんなとアクアが上手くいってほしい。

 アクアがしたことを考えたら、きっと難しいのだろうけれど。


 カタリナはすぐに見つかった。ぼくたちの部屋でくつろいでいたみたいだ。

 他の人達は今は居ないみたいなので、今のうちに相談しよう。


「カタリナ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「何よ? ……深刻な話? ちょっと体制を整えるから、待ってなさい」


 ぼくの顔を見て話の内容に想像がついたのだろうか。

 カタリナはぼくのことをよく分かってる気がする。ありがたいけどね。

 でも、カタリナは何の話だと思っているのだろう。

 いや、相談前にそれが分かるほうがおかしいか。

 カタリナは姿勢を正している。こういう時にそうしてくれるのが、カタリナの魅力だよね。

 でも、今のカタリナは本物なのか? 怖い。カタリナも操られているかもしれないことが。


「それで、何の話なのよ? つまらない話だったら、許さないわよ」


「カタリナは、アクアに操られていたの?」


「あんた、それをどこで知ったの? それで、どんな答えを返してほしいの?」


「カタリナが偽物だったら、ぼくはどうすれば良いのかわからないよ」


「ふふっ、あんた、案外あたしのことを気に入ってるのね。悪くない気分だわ」


 カタリナは柔らかく微笑んでいる。この笑顔は本物だと信じたい。

 ぼくは幼馴染としてずっとそばにいたのに、カタリナの異変に気づけなかった。

 それでも、カタリナのことを大切に思っているのは事実なんだ。

 カタリナはそんなぼくのことをどう思うのだろうか。不安だな。

 今は笑顔でいてくれているけれど、最近は感情を隠すのがうまいから。


「そりゃあ、カタリナのことは大好きだよ。ずっと助けられてきたんだから」


「あんたは誰にでもそう言うからね。でも、あたしも特別なのね」


「当然だよ、ずっと一緒にいたんだから」


「そうね。あんたとはずっと一緒にいた。だから、あんたとまた会いたかったのよ」


 それは、アクアにとらわれていた頃の話だろうか。

 ぼくとカタリナが会っていない期間なんて、思いつかないくらいずっと一緒にいたから。

 そうだとすると、全くカタリナの異変に気づかないぼくを、カタリナはどう見ていたのだろう。


「カタリナが苦しんでいるのに、それを知らなくてごめん」


「良いのよ。あたしとこれからずっと一緒にいてくれれば。そのために、ずっと頑張ってきたんだからね」


 頑張ってきたって、まさか。

 アクアに体を操られている間も、ずっと意識を持ったまま耐えてきたのか?

 カタリナはその時、どれほどつらかったのだろう。苦しかったのだろう。

 ぼくが呑気に過ごしているのに、カタリナだけが追い詰められていた。

 考えるだけで心が痛む。他の人はどうだったんだ?

 まだ、意識がないまま操られている方がマシかもしれない。

 ステラさんに聞いておけばよかった。そうすれば、今の不安は少しは減っていたのかもしれない。


「ありがとう、ぼくをそこまで大事にしてくれて。でも、アクアを許していいの?」


「あんたはそんな事言わないように。アクアを誰より大切にしなさい。それでいいのよ」


「でも、カタリナは……」


「あたしとあんたとアクアの子供、作ってよね。それが、今のあたしの望みよ」


 カタリナは以前もそう言っていた。

 ぼくとカタリナとアクアの絆の証。魅力的ではあるけれど。

 でも、カタリナはそれでいいのだろうか。

 アクアの手によって、ずっと苦しんでいたんだろうに。


「カタリナが望むのならば、ぼくはかまわないけど……」


「心配しなくてもいいの。あたしは本当にアクアのことが大好きだから。だって、アクアはあたしを大切に思ってくれているから」


 それなのに、アクアはカタリナの体を操っていたのか?

 いったいどうして。大切な存在にそんな事をするって、どういう感情なんだ。

 アクアはぼくだけには嫌われたくなかった。それは事実だろう。

 でも、それなら、カタリナの件が気づかれたら嫌われるとは思わなかったのか?

 実際、ぼくはそれでもアクアからは離れられない。アクアはそれを計算していた?


「なら、どうしてそんなひどいことを?」


「多分、あんたの一番をあたしに奪われると思ったからよ。今考えれば、ありえないことなのにね」


 それなら、ぼくが原因でカタリナはそこまで苦しんでいた?

 そんなの、どうやって償えば良いんだ。そもそも、何故一番を奪われるなんて。

 ぼくはずっと、アクアを一番に考えてきたのに。それを伝えきれていなかったのだろうか。

 アクア……ぼくはどうしたら良かったの? どうすれば、ぼくを信じてくれたの?

 いや、昔は信じられなかっただけかもしれない。

 だって、指輪を使いこなした直後だから。カタリナが解放されたのは。

 だとしたら、ぼくがちゃんと気持ちを伝えていれば、カタリナはこんな目に合わなかった?

 やっぱり、ぼくのせいなの? カタリナ、ごめん。


「そんなきっかけって、まさか、ミストの町でカタリナを助けた時?」


「そうよ。あんたにしては冴えているわね。ま、紆余曲折あったけど、今はあたしたちで一緒だから、あたしは幸せよ。だから、そんな顔をしなくてもいいわ」


 カタリナは幸せそうな顔に見える。

 それを信じていたいけれど。でも、ぼくなら同じ状況で幸せなんて言えない。

 でも、カタリナが幸福でないとすると。アクアとカタリナの関係は。

 ぼくはどうすれば良いんだ。何度も同じことを考えているけど、答えがどうしてもでない。


「カタリナ、ぼくはどうすればいいと思う? 何をすれば良いのかな?」


「あたしから言えることは、アクアを大切にして、あたしも大切にすること。それがあたしの望みだから」


 カタリナは本気でそう言っているようにぼくには見える。

 だから、それを信じたい。カタリナをこれから大切にすることで、カタリナは幸せになってくれるのだと。

 アクアが怪物だと知りながら、離れることを選べないぼくだけれど。

 それでもカタリナを幸福にできるのなら。なんでもしたい。

 アクアが一番なのは事実。それでも、カタリナだって大切なんだ。幸せになってほしいんだ。

 だって、ぼくに幸せをくれた1人なんだから。それ以上のものを手に入れてもらいたいよ。


「カタリナの望みがそれなら。絶対に叶えてみせるから」


「ほんと、あんたはお人よしよね。バカバカしいくらい。でも、そんなあんたに助けられているのよ、あたしはね。だから、これからもあんたはそのままでいいわ」


 カタリナは優しい目でぼくのことを見つめてくれる。

 その目が、ぼくに許しを与えてくれているような気分になった。

 でも、それが正しいとしても、カタリナだけだ。他のみんなには、どう接すればいいだろう。

 分からない。とはいえ、ぼくにできることは今まで通りにすることだけかもしれない。

 だって、そんな難しい状況の対処、誰ならできるか分からないよ。

 消極的対応とはいえ、他に思いつかないんだ。


「カタリナがそう言うのなら、信じるよ」


「そう言う割には晴れない顔ね。他にも悩みがあるのなら、ついでだから聞いてあげてもいいわよ」


「ほとんどの人は最近までアクアに操られていた。なのに、全く態度に出さないんだ。それって、どうしてなのかな?」


「あくまでもあたしの意見だけど、あんたとの時間を失いたくなかったのよ。みんな、あんたのことが大切なのよ。あたしにだって分かるくらいにはね」


 そうだとすると、わざわざ掘り起こさないほうがいいのかもしれない。

 だけど、みんなの苦しみが無くなったわけじゃないと思う。

 どうやってそれを癒せばいいのだろう。

 アクアに頼ることはできない。きっと、それはあまりいい選択ではない。

 でも、ぼくはアクアがいなくて何ができる? ただのぼくに、どれほどの力がある?


「カタリナの言葉には、すがっちゃいそうになるね……」


「あんたは相変わらずヘタレね。でも、それでいいのよ。あんたらしくするしか、あんたにできることはないんだから」


 それはたしかにそうだ。ぼくが背伸びしたって、できることは少ないだろう。

 無理になにかしようとして、失敗する可能性のほうが高い。

 結局、ぼくはアクアに頼りきりだったから。だからこそ、今の事態を招いたから。

 アクア……こんなときでも、ぼくはアクアに会いたくなってしまう。

 つらいときでも、アクアの顔を見れば安心できたから。


 アクアと出会ったことでぼくは生きる喜びを知った。

 それは、間違いだったのかもしれない。それでも、アクアと出会えないもしもなんて考えたくもない。

 ぼくはそもそも正解なんて選べなかったのかもしれないな。

 アクアがいたから、ぼくの全てがある。

 だから、アクアが何を選ぼうとも、ぼくはそれを受け入れるしか無かったんじゃないかな。

 アクアがみんなを解放したことを喜ぶ。それしかぼくにはできない。そんな気さえする。


「そうかもね。でも、カタリナが本物だと思えて、安心できた。ありがとう、話を聞いてくれて」


 ぼくがそう言うと、カタリナはこちらを抱きしめたあとキスをしてきた。

 カタリナの暖かさが、ぼくにカタリナはここにいるという実感を与えてくれた。


「ユーリ。あんたにはあたしが必要だし、あたしにはあんたが必要。だから、お互いずっと離れられないわ。でも、それであたしは幸せなのよ。それだけは信じて」


「うん。少しは迷いが晴れた気がする。カタリナがぼくには居るってわかったから」


 ぼくをずっと支えてくれたカタリナが、また助けてくれた。

 もやもやはまだあるけれど、それでも、前に進む勇気を持とう。

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