123話 大切

 今日はハイディに誘われて、カーレルの街にあるハイディの別荘へと来ている。

 ハイディがこの町に来ることが多くて、ぼくとしてはとても嬉しい。

 とはいえ、一応王女様ということになっているハイディは忙しくないのだろうか。

 無理をしてこちらに来てはいないか、少し心配になってしまう。

 ハイディたちに会えるのは嬉しいけれど、それで苦しい思いをしてほしくはないんだ。


 まあ、杞憂の可能性もあるし、心配の押しつけも迷惑な話ではある。

 ハイディたちになにかあったら全力で手助けするけれど、政治の話はわからないから。

 何かぼくが手伝おうとしたところで、王族特有の悩みなら足を引っ張るだけかも。

 直接頼まれたら、大抵のことはするつもりではあるんだけどね。


 ハイディとリディさんとイーリスの3人でこちらに来ることが最近は多い。

 昔は、ハイディだけで来ることも珍しくはなかったけれど。

 ぼくの知らないところで、3人の仲が深まっているとかだろうか。

 まあ、近衛なんだから、もとからある程度は親しいような気もするけどね。

 王族絡みのことは全然知らないので、実は最近までちゃんと話をしていなかったとか? まさかね。


 それはいいか。それよりも、この屋敷に来るのは何度目だろうか。

 その回数だけハイディたちの誰かと過ごしていたことになるけれど。

 結構来た覚えがあるけれどね。それだけハイディたちと一緒にいるってことになる。

 ぼくがハイディたちに親しみを覚えるのも納得できるだけの交流があるんだよね。

 オーバースカイの仲間みたいにだいたい毎日顔を合わせる相手が多いから、感覚が麻痺しているだけで。


 部屋に入るとすぐにリディさんがお茶を用意しに動いてくれて、ハイディがこちらに寄ってくる。

 なんというか、いつもより距離が近いな、ハイディ。

 テーブルを間に挟むくらいの距離が普通だったような気がするけれど。

 今はほとんど触れそうなくらい近くにいる。隣同士だし、このまま腕を組んでもおかしくないかも。

 まあ、お茶を飲みながらそこまで近づいたら変か。だから、単に近づいているだけなのかな。


「ユーリ殿、殿下、イーリス。お茶と茶菓子を持ってきました。ごゆっくりどうぞ」


 リディさんが用意してくれたお茶を飲む。今日はいつもよりぬるい気がする。

 なんだろう。そういう温度が良いお茶とかあるのだろうか。よく分からないけれど。

 でも、おっかなびっくり飲まなくて良いのはありがたいかもね。

 個人的には、これくらいの温度のほうが飲みやすいと感じる。


「今日のお茶はだいぶ口当たりが良いですね」


「ユーリ殿もある程度味がわかるようになった様子。これからも、ユーリ殿の舌は鍛えられていくはずですよ」


 リディさんは落ち着いた雰囲気でふんわりと微笑んでいる。

 お茶とお茶菓子の味もあって、本当に落ち着いた心地になれる。

 リディさんの柔らかい態度からは、近衛としての強さを想像することは難しい。

 戦いとなったらとっても凛々しい感じで、かっこいい人なんだけれどね。

 それにしても、リディさんの物言いからは、これから何度もお茶を用意してくれると感じ取れる。

 これからもリディさんと親しくしていけるのならば、嬉しい限りなんだよね。


「せっかくリディさんが用意してくれるお茶ですから、最大限に味わいたいものですね」


「それは嬉しい言葉です。小生のお茶を喜んでくれるユーリ殿ならば、もっと色々と用意したくなるのですよ」


 なんだろう。他の人は喜んでいなかったりするのだろうか。

 まあ、それを聞いても空気を悪くするだけだろうから、お礼を言うだけでいいか。


「リディさんが用意してくれるのなら、喜んで飲みますよ」


「ふふ。ユーリ殿は素直ですね。そこが可愛らしくもあるのですが」


 そんな言い方をされると恥ずかしい。リディさんが温かい目をしているから余計にだ。

 とはいえ、お茶もお茶菓子もなくなってしまったので、ゆっくりくつろぐことにする。

 すると、ハイディがぼくの右手の上に左手を重ねてきた。

 思わずハイディの方を見るけど、ハイディは幸せそうな顔をしていて、何も言う気にはなれなかった。


 ハイディもこんな顔をするようになったんだな。ついそう感じてしまう。

 これまでのハイディは、ずっと冷たい表情をしているイメージだったけれど。

 ときどき笑う時も、なんというか余裕を崩さない感じというか。

 今のハイディは絶対者のアーデルハイドと同一人物って感じはしないな。

 でも、ハイディが幸せそうにしていることが、ぼくはとても嬉しい。


 しばらくのあいだ手を重ねていたけれど、それから手を離したハイディは腕を組んでくる。

 そして、ぼくの肩に頭をあずけてくるのだ。ついドキドキしてしまうけれど、せっかくハイディが嬉しそうだから。

 だから、ぼくはハイディのすることをすべて受け入れていた。

 ぼくの頬に手を添えることも、ぼくとハイディの頬どうしをすり合わせることも。

 しばらくハイディにされるがままになっていると、満足気になったハイディが離れていく。

 つい名残惜しさを感じて、少し手を伸ばしてしまった。

 すると、ハイディがいつもみたいな調子で笑い始める。


「くくっ、そんなに余のそばが心地よかったか? 可愛らしいものだな、貴様は」


 さっきまでのハイディのほうが可愛らしかったと思うけれど。

 でも、そんな事を言ってからかっていると思われてもね。

 せっかくハイディが幸せそうなのに、それを邪魔したくない。

 なんとなく、ハイディには暗い陰のようなものがある気がしていたから。


「ハイディが魅力的なのは確かだと思うよ。だから、心地よかったのは事実だけど……」


「そ、そうか。貴様も言うようになったものだな。だが、余が魅力的なのは当然だな」


「うん。そうだと思う。ハイディの騎士としての生活も、きっと素晴らしいものだと思うくらいにはね」


「ならば、いずれ余のものになるのだ。貴様にならば、余のすべてをかけて幸福をくれてやろう」


 ハイディの言葉には、とても惹きつけられる。

 一度みんなに相談してみたいな。冒険者としての生活には満足しているけれど。

 でも、ハイディたちを含めたみんなでずっと一緒にいる。そんな生活はきっと最高だから。

 今はハイディたちがこっちに来ないと会えないからね。

 だから、今では本気でハイディの騎士って生活もいいと思えるんだ。


「ハイディたちがそばにいてくれるだけで、ぼくは十分幸せになれると思うけれど。でも、ハイディの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」


「そうだな、貴様はそういうやつだったな。だからこそ、余は……」


 ハイディは言葉に詰まっているのかな。

 一体何を口にしようとしたのだろう。まあ、言いたくなったら言うだろうから。

 無理に聞き出すこともないよね。つらそうな顔をしているわけでもないし。

 むしろ、なんとなく幸福を感じる顔だ。ぼくがハイディを幸せにできているのかな。だったら嬉しいけれど。


「ユーリは珍しいやつだよな。俺もユーリみたいなやつは初めて見た。オリヴィエ様が好むのも分かる気がするぜ」


「イーリス、貴様……! いや、よい。イーリスにその様な配慮を求めるほど、余は愚かではないのだからな」


「なにか悪いことを言っちまったか? すまねえな、オリヴィエ様。次から気をつけるよ」


「貴様にそのようなことは期待しておらん。だが、口を慎めよ」


「今日はもう黙っているよ。それでいいか?」


「まあ、良いだろう。それで、ユーリ。貴様は余になにか求める気はないのか? 余ならば、大抵のことは叶えられるぞ」


 はっきり言ってしまえば、もっとハイディと会いたいってくらいか。

 お金には特に困っていないし、名誉だって面倒なことのほうが多そうだ。

 ハイディたちと一緒にいて面倒じゃないのかって話は、ハイディたちが大好きだからで済む。

 仮にハイディたちに迷惑をかけられたとしても、大抵のことは許せそうだ。


「できれば、ハイディたちとの時間をもっと増やしたいな。一緒に住むことができれば、それが理想なんだけど」


「ならば、余がステラの家に暮らしてやろうか? 貴様が本気で望むのならば、それくらいはするのだぞ」


「殿下がそうすると決めたのならば、小生も付き従うまで。ですが、ユーリ殿と一緒に暮らすというのは、とても楽しそうですね」


「でも、王族としての仕事とか、大丈夫なの?」


「余の意思を伝えるための手段ならば、すでにある。それに、余はその様な立場にこだわりはないからな」


 ハイディが良くても、ハイディが裏からこの国を支配していたことを考えれば、大変なことになりそうだ。

 でも、その時の大変さを考えたとしても、ハイディたちと一緒に暮らすことは魅力的だ。

 できれば、うまくスムーズにハイディたちと過ごせるようになってほしいものだけれど。


「ハイディはずっとこの国を自分のものって言っていたのに、それでいいの? ハイディに無理してほしいわけじゃないからね?」


「余にとってアードラよりも大事な存在が見つかったと言うだけだ。気にせずとも良い」


「そうですね。小生としては、オリヴィエ様の願いより優先すべきものはありませんから」


 つまり、ハイディはアードラを支配するよりも、ぼくと一緒に過ごすことのほうが大事ってことだよね。

 それはとっても嬉しいけれど。でも、それで良いのかな。

 ぼくにはあまりハイディにいい暮らしをさせられるか分からない。

 もしハイディが生活の違いでつらいと感じるようなら、それは嫌だから。

 こういう時にどう答えれば良いのだろう。やっぱり、ぼくはまだまだ未熟だな。


「それでハイディたちが幸せになってくれるのなら、ぼくから言うことはないけれど。でも、無理はしないでほしいな」


「余を誰だと思っている? ただの人間からアードラの支配者となったアーデルハイドだぞ。貴様の懸念など、軽く吹き飛ばしてやろう」


「そうですよ。騎士として生活していた以上、小生も粗食には慣れています。心配しなくとも、大丈夫ですよ」


「ならいいけど。一緒に住む準備ができたら、歓迎するからね」


「ああ。楽しみにしておくがいい。王宮のことなら心配無用だ。アクアとも協力する予定だからな」


 アクアと協力して何をするつもりなのだろう。まあいいか。

 ハイディたちはとても明るい顔をしている。だから、うまくいく算段があるのだろう。

 これからは、ハイディたちとも一緒に過ごせる時間が来る。それは、すごく嬉しいことだから。


「ありがとう、ぼくの願いを叶えてくれて。おかげで、もっと幸せになれそうだよ」


「余も同じ考えだからその提案に乗っただけのこと。気にせずとも良い」


「そうですね。小生たちも、ユーリ殿との時間を大切に想っているのですよ」


 ああ、それは本当に喜ばしいな。ハイディたちと同じ家に住む時間を楽しみにしていよう。

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