122話 実感

 今日はメルセデスたちに頼まれて、彼女たちの冒険を後ろで見ていた。

 限界ギリギリまで手出しはしないでほしいという事だったけど、特に問題はなかった。

 メルセデスたちの成長を感じられたことはとても嬉しい。

 だけど、メルセデスたちに教えることがもうあまり無いと考えてしまい、少し寂しさがある。


 あの弱かったメルセデスたちがここまでになった。

 ぼくはもともと弱かったけど、強くなれたのはオメガスライムであるアクアのおかげだ。

 それに引き換え、メーテルはただのハイスライムだからね。

 だからこそ、メルセデスたちがどれほどすごいのかがよく分かる。


 ぼくもハイスライムを敵にしたことはあるけれど、とても弱かったからね。

 そのハイスライムであるメーテルもとっても強いと感じられるくらいなんだ。

 それに、もともとメルセデスの契約技は模擬剣すら防げなかった。

 それが今では壁として安心して後ろに入れるほどの強度になっている。

 メルセデスたちがどれほど努力したのかなんて、考えるまでもないよね。


 メルセデスたちはもうどこに出しても恥ずかしくないほどの冒険者だ。

 だから、オーバースカイから飛び出そうとしてもおかしくはないと考えていた。

 でも、その考えを察したらしいメルセデスに怒られたんだよね。

 それでとても反省した。ぼくはメルセデスたちを疑っていたんだもの。

 ぼくとメルセデスたちの絆は本物だ。改めて、そう信じることにしよう。


 今は冒険を終えて、ぼくたちの家に帰ってきたところだ。

 メルセデスたちはこの家に住んでいることが感慨深いようで、何度も家を見ながら頷いていた。

 何故今更そんな事をするのか分からなかったけれど、そういう気分のときもあるか。


 そういえば、この家はステラさんがぼくの先生だから使えるようになったんだよね。

 そもそも、ぼくたちがカーレルの街へ来たのもステラさんに誘われたからだけれど。

 それを考えたら、ステラさんにはどれほど感謝しても足りないかもしれない。

 この街に来る前に起こったミーナとの出会いも、ステラさんあってのものだし。


 まあ、それは今は考えなくてもいい。目の前のメルセデスたちを見るのが大事なはず。

 メルセデスたちは2人で冒険者として活動しても十分活躍できるだろう。

 でも、オーバースカイの一員であることにこだわってくれている。

 だからこそ、オーバースカイの中で役割をちゃんと持たせてあげたい。


 純粋に個人で考えるとメルセデスはぼくの、メーテルはアクアの役割と被っている。

 なので、ぼくたちがいればメルセデスたちが必要ないという状況がどうしてもあるのだ。

 ぼくたちと協力して手数を増やす、チームをいくつかに分ける。

 それだけが役割だともったいないと感じるのだけれど、他には思いつかないな。


 まあ、ぼくだけで考えないといけないわけではない。本人たちに聞いてみるのも1つの手か。

 でも、そんな事を聞いてしまって大丈夫だろうか。

 メルセデス達はぼくたちより一回り下だと伝えるようなものだよね。

 そうだな、ちょっと関係のある話から反応を見ながら近づけていくか。


「メルセデス達は、どんな冒険者になりたいのかな? 聞かせてほしいな」


「もちろん、ユーリさんに次ぐ世界で2番目のスライム使いになることっす!」


「私も、アクアさんの次に強いスライムになることかしら~」


 メルセデスたちは元気にそう言う。ぼくを立てようとしてそのセリフを言っているという感じではないな。

 なら、さっきまでの考えは杞憂かもしれない。

 ぼくたちと同じ様な役割を持つことに、むしろ誇りを感じる可能性だってある。そう見えた。

 それがメルセデスたちの願いだとすると、ぼくの技術をメルセデスたちに託すというのも良いかもしれない。

 すでにある程度は教えているし、それで1人前になっている。

 でも、その程度じゃなくて、もっとぼくに似せるという考えもあるってこと。

 ちょっとワクワクしてしまうけれど、まずはメルセデスたちの意見を聞いてからかな。


「それなら、メルセデスたちにもっと色々教えていいかな? 冒険者としていろんな局面で役に立つことをこれまで教えてきたけど、単純にぼくの技を教えるのもいいかなって」


「そんなの教えてくれるんっすか!? ぜひ、ぜひお願いするっす! ユーリさんの技、どんなものか気になるっすよ!」


「なら、私はアクアさんに教われば良いのかしら~?」


「メーテルにもぼくがある程度教えられると思うけれど、アクアの予定が合えばそうしようか」


「ユーリちゃんなら、アクアさんのことは理解しているはずよね~。なら、ユーリちゃんに教わるのも良いかもしれないわね~」


 メルセデスたちは乗り気なようだ。今すぐというわけではないけれど、これから色々教えることになる。

 それを考えると、胸の奥が暖かくなるような気がした。

 メルセデスたちをぼくに染められるって言うと、ちょっと言い方に難があるかもしれないけれど。

 でも、そういうことだよね。ぼくの技を受け継いでくれると言っても良いのかな。

 何にせよ、これからが楽しみだ。1人前になったメルセデスたちとは少し離れてみるのが良いと思っていたけれど、やっぱり寂しかったから。


「じゃあ、つぎの訓練の時までに考えをまとめておくよ。それにしても、嬉しいな。ぼくの技術をもっとメルセデスたちが覚えてくれることは」


「それを嬉しいと感じてくれるから、ユーリさんは尊敬できるっすよ。冒険者にとって、技ってのは飯の種っすからね。隠すのが普通と言っていいっす」


 そうだとすると、アリシアさん達にはますます感謝しないといけなくなる。

 まあ、今はその分をメルセデスたちに返すというか、次につなげていきたい。

 アリシアさんたちだって、ぼくが良い師匠となることは嬉しいと感じてくれるはずだから。


「それでも、今は仲間なんだから、メルセデスたちの成長はぼくたちの役に立ってくれるよ。それに、ぼくはメルセデスたちが弟子になってくれて嬉しかったから」


「ユーリさんが師匠になってくれなかったら、あたい達はここまで強くなれなかったっす。だから、ユーリさんのお役に立てるよう、頑張るっすよ」


「そうね~。ユーリちゃん、初めは私達の弱さに呆れていたのに、それでも信じて育ててくれたんだもの~。その恩は相当なものよ~」


 ぼくがメルセデスたちを弱いとみなしていたこと、気づかれていたのか。

 だとしたら、それでもちゃんと尊敬してくれるメルセデスたちに感謝したい。

 ぼくだったら、下に見ていると感じている相手を師匠にしたくはないからね。

 アリシアさん達は、大体いつでもぼくたちを褒めてくれていたな。

 その時ぼくたちはアリシアさんたちよりずっと弱かっただろうに。


 ぼくも、メルセデスたちにとってのぼくは、ぼくにとってのアリシアさんたちのようで居たい。

 だからこそ、これからもしっかりとメルセデスたちを見守っていくんだ。

 メルセデスたちがまだまだ成長できるように。そして、幸せな未来をつかんでもらえるように。


「無理はしないでね。メルセデスたちに何かあったら、それが一番嫌だから」


「わかってるっすよ。ユーリさんを悲しませるつもりはありません。だから、安心して見ていてくださいね」


「そうね~。メルちゃんも私も、ユーリちゃんが大好きだから~。こんなに心配してくれる人なんだもの~」


 メルセデスたちから嘘の気配はしないから、きっと大丈夫だろう。

 それにしても、師匠というのは責任重大だ。ちゃんと間違った方向へいかないように誘導するだけじゃない。

 ぼくの姿を見て、こんな風になりたいと思ってもらわなくちゃいけないんだ。

 幸い、メルセデス達はもとからぼくに憧れていてくれたけどね。

 だからこそ、不適切な行いを学ばせてはいけない。

 メルセデスたちなら、きっとぼくの過ちからでも学んでくれるだろうけれど。

 だからといって、それに甘えるわけにはいかないからね。


「ぼくも2人のことが大好きだよ。だからこそ、幸せになってほしいんだ」


「大丈夫っすよ。ユーリさんがいてくれるなら、あたいたちは幸せっすから。信じてくれる人がいる。それだけで、こんなに幸福があふれてくるんすよ」


「メルちゃんほどではないけど、私も似たような気持ちよ~。スライムも、スライム使いも、軽く見られるばかりだから~」


 今のメルセデスたちならば、そんな風に見るほうがおかしいだろうけれど。

 でも、それで不躾な視線で傷つかなくなるわけじゃないからね。

 守れる範囲で、ぼくたちでメルセデスたちのことを守ってあげたい。

 まあ、メルセデスたちだって、自力で乗り越えられるかもしれないけどね。


「メルセデスたちを軽んじるような人、ぼくなら許せないな。でも、今なら尊敬もされるんじゃないの?」


「まあ、そういう時もあるっすけど。でも、これまでバカにしてきた人に褒められたって、そこまで嬉しくないっすよ」


「スライム使いなんて冒険者に向いてないって言われたものね~。ユーリちゃんの存在を知っているのに~」


 ぼくの知らないところでそんなことが。

 メルセデスたちがオーバースカイに入るまでの間、2人で活動していたときかな。

 改めて、ぼくは幸運というか、人に恵まれていた。

 カタリナは何度でも助けてくれた。ステラさんは良き理解者だった。

 アリシアさんたちも、サーシャさんも1人の冒険者として向き合ってくれた。

 ぼくは冒険者としてずっと幸せだったんだ。


 だからこそメルセデスたちには、これからたくさんの幸せを感じてほしい。

 そのためにぼくにできることは何だろう。メルセデスたちを肯定してあげるのは当然のこととして。

 その手本は周りにいっぱいいるから、そこから学んでいけばいいか。


「メルセデス、メーテル、ぼくと出会ってくれてありがとう。そんなつらい目にあっていたのに、それでもオーバースカイの仲間になってくれた。それが嬉しいんだ」


「ユーリさんってば、それはこっちのセリフっすよ。弱っちかったあたいたちを暖かく見守ってくれて、オーバースカイに迎え入れてくれて。これからも、ユーリさんはずっとあたいたちの目標っす!」


「そうね~。冒険者としての喜びは、全部ユーリちゃんのくれたものよ~。だから、ずっと一緒にいましょうね~」


 メルセデス達は明るい顔でそう言ってくれた。

 うん。メルセデスたちが尊敬できる人であり続けるために、ぼくも頑張るから。

 だから、これからもよろしくね、2人共。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る