121話 競争

 今日はミーナたちと訓練をしていた。久しぶりに手合わせしたけど、ミーナはとても強くなっていた。

 もう、アクア水かミア強化の片方だけで身体能力を上げているだけでは勝てない。

 両方使ってしまえば余力はあるのだけれどね。

 それでも、ミーナといい勝負ができるようになってきたという事実が嬉しい。

 とはいえ、本気になって負けてしまったら悔しいから、もっともっと訓練をするつもりだ。


 ヴァネアも大分強くなってきている。

 ミーナとヴァネアの二人がかりでかかってきた時は思わず本気になってしまった。

 殺し合いになったならば、アクア水で使える手札がある限りぼくが勝つと思う。

 でも、手合わせの範囲なら普通に負けることもあるだろう。それくらいには強かった。


 ただ、昔はミーナ1人と互角だったんだよね。ぼくが突然強くなっただけで、ミーナが弱くなったわけではない。

 それを思うと、未だに寂しさはある。あの競い合った日々は本当に楽しかったから。

 でも、今は今で楽しみ様があるよね。そこは嬉しいところだ。


 ミーナもヴァネアも晴れやかな顔をしているので、以前のように仲違いはしなくて済みそうだ。

 ほんと、ミーナに真剣を突きつけられた時は悲しかったからね。

 それだけ、ミーナがぼくとの時間を大切にしてくれていた証ではあるとはいえ。


 訓練を十分にこなせたと判断して、ぼくたちは家へと帰っていった。

 いい感じの疲れが体に残っていて、しんどさと心地よさが同居している。

 ミーナたちもぼくと似たような感覚を味わっている様子だ。

 冒険での疲れと違って、充実感のほうが大きいな。

 なんというか、冒険の時は気疲れもするからね。訓練は楽しさのほうが大きい。


 まあ、冒険はいくら弱い敵でも、命の危険があるからな。

 純粋に実力を確かめるという意味では、訓練のほうが楽しいのは当たり前か。

 冒険でもないと、ミーナたちと協力するのは難しいけれどね。

 ミーナたちと力を合わせる感覚も楽しいから、できればもっと安全な形で楽しみたいものだ。


 しばらくしてぼくたちの家に帰ってきた。

 この家も、オーバースカイがみんな住むようになったんだよね。

 最初に見た時から広いとは思っていたけれど、この人数が住んで空き部屋があるというのがすごい。

 なんというか、数字で広さを実感できたというのかな。ただ広いと感じていたものに形が付いた気がする。


 ぼくたちは空き部屋に入って、今日のことを振り返りながら雑談をしていた。


「ミーナも随分強くなったよね。ぼくは純粋な努力で手に入れた力とは言いがたいけど、ミーナの強さは努力の証って感じだよね」


「ユーリがアクア水を使いこなしているのは、間違いなく努力の証だと思うよ。ミア強化は、よく分からないけれど」


 ミア強化は単純にぼくの身体能力を高めるもので、工夫の余地もあまり無い能力だからね。

 だから、努力が目に見えづらいというか。体を部分的に強化するっていうのも、普通の発想だし。

 アクア水は頭を使えば使うほど成果が出るので、その辺は違いを感じる。

 とはいえ、ミア強化だって、始めの頃は全然使いこなせなかったか。


 なんというか、ミア強化がミーナとの差がついた原因なので、ちょっとずるに思えてしまうだけなんだけど。

 お互い契約技が1つなら、対等って感じがしたんだけどね。まあ、ミアさんに感謝しているのは事実。

 ミア強化を貰わなければよかったなんて、考えたことはないし。

 そんな事を考えていたのならば、ぼくは人でなしだよね。命まで捧げてもらっておいて。


 まあ、ミーナと対等に戦いたいという思いは今も変わっていない。

 ぼくにとってとても楽しい時間だったから。とはいえ、ミーナに努力を押し付けることはできない。

 それに、ぼくが手加減するというのもミーナに失礼な話だから。

 難しい問題ではあるけれど、いつかまた、あんな時間を過ごせたら良い。

 口にだすのは問題があるかもしれないけれど、願うだけなら自由だよね。


「アクア水は使えば使うほど新しい扱い方を思いつくのが楽しいんだよね。だから、そこまで努力している気もしないかな」


「僕の剣技も同じさ。誰よりも楽しんでいたからこそ、相応の時間を費やせた。だから、ユーリに負けたことがとても悔しかったんだ。危ないと分かっていても、ヴァネアの言葉を受け入れるほどに」


「そのおかげでアタシはミーナと契約できたんだから、坊やには感謝しないといけないわよね。今が楽しいのも、ミーナと出会えたおかげなんだから」


 その話を聞く度に感じるけれど、本当にミーナとヴァネアはお互い幸運だったよね。

 ミーナは他の人型モンスター相手なら、命すらも危なかっただろうし。

 ヴァネアは普通の冒険者にそんな話を持ちかけても、普通に殺されていただろうし。

 ぼくがその出会いに貢献できているというのなら、とても嬉しい話だ。

 ぼくはミーナもヴァネアも大好きだから。出会えてよかったと思っているから。


「ミーナの軽率な行動は、ちょっと心配ではあるけれど。でもそのおかげでヴァネアと仲良くできたんだから、感謝するのはぼくもだよ」


「はっきり言って愚かな行動ではあったんだけどね。でも、ヴァネアと契約できたことはとても良かった。契約技も、ヴァネア本人も、僕にとってとても大切な存在になっているから」


「アタシですらミーナの行動はどうかと思うわよ。でも、そのおかげで今がある。この運命には感謝だけじゃ足りないくらいよ」


 今更だけど、そもそもどうしてヴァネアは人と仲良くしようなんて考えたのだろう。

 ミーナの剣技に惚れ込んだとは出会った時に言っていたけれど。

 それくらいで人と仲良くできるものなのかな、人型モンスターって。

 ぼくがこれまで敵対してきた人型モンスターは、どれも狡猾で悪意に満ちていた。

 まあ、そこを気にしても仕方ないか。ヴァネアが特別ってことでいいよね。


「ぼくたちの出会いって、なんというか幸運にすごく恵まれているよね」


「まったくだ。だからこそ、僕は君を運命のライバルだと思ったんだから」


「そうね。ボタンを1つかけ違えていたら、きっと今の関係にはなれなかったわ」


 ぼくたちが仲良くなれなかったとかならまだ良いけれど、ミーナもヴァネアも死んでいた可能性が想像できてしまう。

 それだけに、今ミーナたちと過ごせることはとてもありがたい。

 この偶然が導いてくれた出会いは、本当にぼくに色々なものをくれたから。


「それにしても、ミーナもヴァネアもよく2対1でぼくに挑もうって気になったよね。嫌だったって言いたいわけじゃないんだけど」


 口に出して思ったけれど、なにか心境の変化でもあったのだろうか。

 正直、2人がかりで以前競い合っていた相手に負けるとか、ショックが大きそう。

 でも、ミーナもヴァネアも晴れやかな表情をしていた。

 なんというか、今までのミーナなら、とても受け入れられないような気がする。

 なにせ、ぼくに置いていかれたくなくて、あんな事件を起こしたのだし。


「正確にユーリとの距離を測れないことには、追いつくための道筋を組めないからね」


「それに、坊やに退屈させたくなかったのよ。弱い相手に合わせるのって、しんどいでしょう?」


 ぼくはそれにどう回答すれば良いのかな。

 まあ、ちょっと気を使っている部分はあったけれど。

 それでも、ミーナやヴァネアと一緒なら楽しいと思っていたんだよね。

 結局、1人ではつまらないことも、大切な人が相手なら楽しいというか。

 だから、ヴァネアの心配は杞憂ではあるんだけど。


「ミーナたちといて退屈だと思ったことはないよ。だから、そんなふうに気を使わなくていいのに」


「そっか。僕は初めから間違えていたんだ。ユーリはずっと僕を大切に思ってくれていた。それを見失っていたんだね」


「あの時のこと? もう気にしなくていいよ。それよりも、今ミーナたちと楽しく過ごせている方が大事だからね」


「それでも、謝らせてほしい。ごめん。僕は結局、ユーリを信じきれていなかったんだ」


 そう言われればそうかもしれないけれど。

 でも、ミーナの気持ちは分かる気がするから。大切な人に置いていかれる恐怖はね。

 まあ、ミーナに疑われていたことは悲しいけれど。

 だけど、しょうがないよね。短い時間しか一緒にいなかった。それは事実だから。

 それで全面的に相手を信じるなんて、ぼくだってできないと思うよ。

 ぼくとミーナでは疑い方が違っただけなんだろうね。


「うん。なら、これからもぼくと仲良くすること。それが許す条件だから」


「ありがとう、ユーリ。僕自身の言葉で謝れたおかげでスッキリしたよ」


「坊やは甘いといえば良いのか、優しいといえば良いのか。でも、そんな坊やだからこそ、仲良くしたいのよね」


 まあ、殺されかけておいてこの対応は、甘いのかもしれないけれど。

 でも、厳しい対応でミーナたちを傷つけたいわけじゃないから。

 これが敵だったのなら、許さなかったとは思うけれどね。

 だけど、ミーナはこれからだって仲間なんだから。だから、これでいい。


「それで、これからどうするの? なにか遊ぶ?」


「いや、ゆっくりしておこう。ユーリとの訓練は楽しんだから、後は何気ない会話だよ」


「そうね。坊やも疲れちゃうわよ。これから遊んだりなんかしたら」


 それもそうか。それに、ミーナたちとなら、何気ない時間も楽しいに決まっているからね。


「そうだね。ミーナたちには、何かこれからの目標ってあるかな。ぼくは、みんなと交流を深めることかな」


 冒険者として頂点に立つという目標、これはほとんど達成できたと考えていいだろうし。

 だから、みんなと過ごす時間を増やしたい。これがぼくの本音だと思う。


「僕たちは、いずれユーリに勝つことかな。まずは2人がかりだとしてもね」


「そうね。いずれは、アタシたちどっちも1人で勝ちたいものだけれどね」


「そう簡単には負けないからね。ぼくだって、できれば負けたくないんだ」


「負けて悔しがるユーリだからこそ、勝ちたいんだよ。だから、待っていてくれ」


「同感だわ。坊やの悔しそうな顔、きっと楽しい思い出になるわ」


 2人に負けたら、それはとても悔しいだろうけど。

 それでも、さらなる奮起の材料になると思う。

 これからも、ずっと2人と競い合っていけたらいいな。

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