124話 真実

 今日はステラさんに時間を取ってもらっている。ステラさんに相談したいことがあったからだ。

 でも、まだその勇気が出てこない。

 たぶん、この話から嫌な予感を感じているからだと思う。

 それでも、ぼくにとっては大きな何かが起こる気がしているのだ。

 ステラさんからも感じているんだけど、何かぼくの周りの人たちの様子が、最近変な気がすることについての話がしたい。


 それで、ステラさんと2人きりになっている。

 後は言葉にするだけでいいのに、なかなか口からそれが出てこない。

 本当にこの内容を相談してしまっていいのか。ずっと悩んでいるんだ。

 そうして言葉に詰まっていると、ステラさんの方から話しかけてくれた。


「ユーリ君、最近は元気にしていますか? サーシャさんと一緒に過ごした時には、問題ないように見えましたけれど」


「はい、大丈夫です。冒険者になってから、体調を崩したことはないですから」


「そうなんですね。それは素晴らしいことです。冒険者は体が資本ですからね」


 本当にありがたい限りだ。ぼくはずっと体調がいいと感じているからね。

 例えば、今すぐ戦わなくちゃいけないのに、調子が悪い。そんな事態があったとする。

 想像しただけでもとても嫌な展開だと言える。

 ぼくの健康に問題がないってことは、冒険者としてのぼくにとって、とても役に立ってくれている。


「ありがたい限りです。オーバースカイが上手くやっていけることにも関係していると思えますから」


「そうですね。安定して実力を発揮できるということは、仕事を振る側からしても計算に組み込みやすいですから。サーシャさんがオーバースカイを重宝している理由の1つかと」


 そういえば、ぼくが冒険者になった頃は自分で仕事を探すこともあるかと思っていた。

 でも、オーバースカイはずっとサーシャさんに紹介してもらった依頼だけを受けている。

 もしサーシャさんが居なくなったりしたら、大変なことになりそうだよね。

 とはいえ、ここでサーシャさんと距離を取るのも問題があるように思えるけれど。

 これまでずっとサーシャさんにはお世話になってきたわけなんだし。


「サーシャさんにはこれまでいっぱい助けられていますよね。オーバースカイが大きくなれたのは、サーシャさんの恩も大きいと思いますよ」


「なら、私が紹介した甲斐がありましたね。ユーリくんたちなら活躍できると信じていたから、サーシャさんに繋ぎをつけたわけですから」


 それを思えば、ステラさんには何度も助けられているよね。

 やっぱり、ぼくの尊敬する先生だ。ステラさんが居たからこそ、ぼくはこの街に来ることができた。

 そして、いろいろな人達と出会うことができたんだからね。

 何度でもステラさんには感謝しているけれど、改めてもう一度。


「ステラさんには、ミストの町に居た頃からずっと助けられていますよね。ありがとうございます」


「いいんですよ。その分の見返りというか、ユーリくんを手助けすることで、欲しい物が手に入れられたので。指輪をユーリくんとアクアちゃんが使いこなしてくれたのも、その大きな1つです」


 ステラさんに貰った指輪には何度も助けられている。

 ハイディにユルグ家の指輪だと言われた時、貴重なものならぼくには渡さないはずだと思っていた。

 1財産を築けるほどのものだと言われても、半信半疑くらいだったけれど。

 でも、指輪の効果を実感した今では、それにふさわしい道具だと思える。

 ステラさんはずっとぼくに期待してくれていたんだよね。それが分かって嬉しい。

 とはいえ、申し訳無さのような感覚もある。ぼくにここまでして貰って良かったのだろうか。


「ステラさんが喜んでくれたのなら、それでいいですけど。それでも、ぼくがもらい過ぎなような気がします」


「別に気にする必要はありませんよ。私にとって、ユーリ君はそれほど大切だというだけですから」


「ぼくにとってのステラさんも、とても大切な存在なんです。だから、ステラさんに損をさせているというのなら、受け入れられないんですよ」


「ありがとうございます。ですが、その心配は杞憂です。ユーリ君こそが、私の求めていた存在なんですから」


 ステラさんにそこまで言ってもらえて嬉しいという気持ちはもちろんある。

 でも、ぼくの何がステラさんに気に入られているのだろう。

 人とモンスターの絆が見たいというのは何となく分かる。だって、指輪を使いこなすっていうのはそういうことだから。

 それでも、ぼくとアクアの関係性。ぼくは当然最高だと思っているけれど。

 ステラさんも同じように考えているってことなんだろうか。だとしたら、それは何故?


「ステラさんにそう言って貰えるのはありがたいですね。ステラさんの生徒として、立派で居たいと思っていましたから」


「それは嬉しいですね。ユーリ君に尊敬されているということは分かっていました。でも、そこまで本気だとは思いませんでしたから。ですが、大丈夫ですよ。ユーリ君は私が自慢できる生徒です。これまで面倒を見てきた中で、間違いなく1番だと言い切れます」


 ステラさんにそこまで思ってもらえているのか。感動で胸がいっぱいだ。

 やっぱり、ステラさんを尊敬していてよかった。この人が先生で良かった。

 ステラさんがぼくを見守っていてくれたからこそ、アクアを始めとした仲間たちと、ここまでの関係を築けたんだ。


「ステラさん……ありがとうございます。これまでの人生でも数えるほどの嬉しい言葉です」


「それは良かった。私はユーリくんが大好きなんですよ。だって、私が欲しいものは全部ユーリくんがくれましたからね」


 ステラさんの欲しい物。指輪を使いこなすというステラさんとの約束は果たせた。

 それ以外はなにがあるだろう。ステラさんが喜んでくれているのだから、ぼくが知る必要はないかもしれないけれど。

 これが悲しませているのなら、何が何でも改善しないといけないけどね。


「ステラさんが喜んでくれているのなら何よりです。ぼくがステラさんの役に立てている。喜ばしいことです」


「周りの人の期待に答えようとしすぎて、無理をしないでくださいね。ユーリ君になにかあったら、私は悲しいです」


「はい。ぼくは誰かを悲しませたいわけじゃないので。そこは抑えておきます。何より、ぼくが苦しんだらアクアが悲しみますからね」


 ステラさんはぼくの言葉を聞いて、とても明るい笑顔になった。

 何かぼくの言葉が琴線に触れたのか、それともぼくをとても心配してくれていたのか。

 これまでそんなに問題を起こしたつもりはないし、前者かな。


「ユーリ君とアクアちゃんはとても素晴らしいパートナーとなっていますね。指輪を渡した甲斐があるというものです」


「当たり前ですよ。ぼくとアクアが最高の関係なんて。でも、ステラさんの指輪のおかげで、だいぶ関係が進んだと思います。そのことにお礼を言わせてください」


「そのためにユーリ君に指輪を渡したんです。だから、礼は必要ありません。それよりも、アクアちゃんにちゃんと感謝は伝えていますか?」


「そのつもりではありますけど、せっかくステラさんに言われたので、また改めてお礼を言うのもいいかもしれません。アクアには、何度感謝しても足りないくらいですから」


 間違いなくぼくの本音だ。

 アクアが居たからこそ今のぼくがいる。アクアだけは何があったとしても疑わない。そのつもりなんだ。

 もしアクアがぼくの敵になるというのなら、そのまま受け入れて死んだっていい。

 アクアが居ない人生は、今でも無意味に思えるのだから。


「それは何よりです。それで、ユーリ君は私になにか相談があるんですよね?」


 ステラさんには伝えていなかったけど、気づかれていたのか。

 そうだな。ステラさんと話をしていて、だいぶ心が落ち着いてきた。

 今なら大丈夫かもしれない。よし、勇気を出して。


「ステラさんは、最近みんなになにか違和感をおぼえていないですか? 何となく、なにか様子がおかしい気がして」


「なるほど。私はその答えを知っています。ユーリ君。どうしても聞きたいですか? その先に、何が待っていたとしてもですか?」


 ステラさんの言葉は、ぼくの感覚と一致するものだった。

 なにか嫌な予感がしているのだ。ぼくにとっての絶望が待っているかのような。

 なぜかはわからない。分かっていたら、そもそもステラさんに聞こうとしないとはいえ。

 ずっと不安が消せなくて、それでも、この感覚を抱えたままだとなにか失敗してしまいそうで。

 ぼくは冒険者だから、不安を抱えたまま戦うのが良くないというのは分かる。

 だから、怖いけれど覚悟するしか無いんだ。


「はい。だって、ぼくが迷いを抱えたままなら、みんなに迷惑をかけてしまうから。そんな未来はゴメンです」


「いつでもあなたは誰かのために行動していますね。さて、それが吉と出るのか凶と出るのか。では、話していきますね。ミストの町に居た頃、私がユーリ君に質問をしたことがありましたよね? エンブラの街での闘技大会の直後です」


 確かにあった。あの時はぼくの契約技について質問されたんだったよね。

 それで、アクア水はなにかおかしいのか考えていたんだっけ。

 でも、すぐにステラさんは問題ないと言ってくれたよね。だから安心できたんだ。

 そんな事を考えていると、ステラさんはさらに言葉を続けていく。


「その時に私が何を疑っていたかというと、アクアちゃんがオメガスライムではないかということなんです。それで、ユーリくんに危害が加えられないか心配していたんです」


 なるほど。アクアはたしかにオメガスライムだけど、それでぼくに危害が加わるなんてことはない。

 つまり、そのあたりがステラさんの杞憂だったわけだな。

 だって、アクアがぼくに攻撃やら何やらを仕掛けてくるなんてこと、あるわけがない。

 でも、続くステラさんの言葉は、ぼくの予想を大きく裏切るものだった。


「それで、その晩に資料を調べていたのですが、その時にアクアちゃんが私のところに現れたんです。それで、アクアちゃんはユーリくんにアクアちゃん自身の正体を伝えさせないために、私の体を操っていた」


 ちょっと待って。ステラさんは何を言っている?

 アクアが、ステラさんの体を操っていた? それはつまり、どういうことなんだ?

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