裏 本能
ステラは次にメルセデスかメーテルのどちらかを目覚めさせることに決めた。
2人のどちらを優先するかは悩みどころであった。
両者共、自分が支配されると知らずに体を乗っ取られている。
そのため、それが2人の感情にどう影響するか、測り知ることができないでいた。
アクアを拒絶する反応を取られてしまえば今後が厳しい。
そのため、ステラは慎重にどちらを先にするかのメリットとデメリットを考えていた。
メルセデスを先に選択すれば、メーテルの説得が後にしやすくなるだろう。
とはいえ、メルセデスの心情がはっきりしない以上、どのような形でアクアとの和解を目指させるかが難しい。
メーテルを先に選択すれば、メルセデスは自分が何故後にされたのか疑うかもしれない。
それでも、メーテルはモンスターである以上、アクアの心情に近いものがあるだろう。
熟慮の末、ステラはメーテルを先に目覚めさせることに決めた。
メルセデスを理解できているのはメーテルだけだろうから、そこからメルセデスを説得する手がかりを手に入れるために。
そして、メーテルは覚醒する。目覚めたメーテルは自分の状況を理解してすぐ、アクアへの尊敬の念を深めていた。
(アクアさん、さすがだわ~。こんなにも綺麗に何も気づかせずに他者を支配するだなんて、まさに最強のオメガスライムにふさわしいわ~。アクアさんに出会えてよかった。おかげでこんなにも素晴らしいものを見ることができたのよ~)
メーテルにとって、アクアの圧倒的な力はまさに憧れと言ってよかった。
その力でメーテル自身を強化するなど、己にも力を分け与えてくれる、とても輝いた存在。
アクアがオメガスライムであるという事実も、メーテルの敬意をさらに大きくするだけであった。
何故アクアが自分を支配していることに悩んでいるかは分からないが、尊敬するアクアが苦しんでいるのならば解消したい。メーテルはそう考えた。
(アクアさんが苦しむのなら、今の状況は間違っているわ~。あんなに素晴らしい存在なのだもの。絶対の存在として君臨するくらいでいいのよ~)
メーテルはステラの考えを知って、メルセデスを説得することには乗り気であった。
アクアが絶対に正しいのだから、アクアが和解を望むのならば達成してみせる。そんな気分からだった。
スライムの頂点であるオメガスライムのアクアは、メーテルにとってあまりにも偉大な存在であった。
それゆえ、メーテルはアクアに狂信に近い感情を抱いていた。
アクアが白といえば黒ですら白とする。メーテルにとっての正しさはそれであった。
(メルちゃんだって、またユーリちゃんと会いたいわよね~。私だってユーリちゃんとまた会えるのは嬉しいわ~。ユーリちゃんは、弱~いスライムでも、好きって言ってくれるから~)
力の信奉者であるメーテルにとって、弱い己はそれほど価値のあるものではなかった。
それでも、そんな自分を好意的な目で見るユーリのことは好ましいと思えた。
ユーリは自分より強いにも関わらず、弱い自分でも信じて大切にしている。
その感覚はメーテルにとって癖になりそうなものであった。だからこそ、ユーリは尊敬できる師匠なのだ。
ユーリを滅茶苦茶にしたいという思いもあったが、アクアがいる限り、そんな事をする気はない。
アクアが大切に思っている以上、ユーリは神聖不可侵なものなのだ。とはいえ、アクアはユーリと自分が親しくすることは受け入れている。
そのため、アクアの意に反しない範囲でユーリを可愛がるつもりのメーテルだった。
(アクアさんが教えてくれた技も、ユーリちゃんが伝えてくれた立ち回りも、私の大切な財産。だから、アクアさんが許してくれるのなら、またユーリちゃんと一緒に冒険したいわ~。メルちゃんだって、頑張った成果をユーリちゃんに見せたいわよね~?)
メーテルにとって、メルセデスは大切なパートナーであることは間違いない。
それでも、絶対者と言えるアクアに出会ってしまって、メーテルの優先順位は大きく変わった。
第一にアクア。第二にユーリ。そして第三がメルセデスという形になっていた。
メルセデスがたとえアクアを拒絶したいと考えたとしても、メーテルはアクアを優先する。
そして、メルセデスにはアクアと和解してもらうのだ。どんな手段を使ったとしても。
とはいえ、メーテルに取れる手段はそれほど多くはなかった。結局のところ、メルセデスが諦めるまで説得し続けるのがせいぜいだろう。
(メルちゃんは、アクアさんにどんな反応を返すのかしらね~。メルちゃんといえど、アクアさんに失礼を働いたらダメよ~。だから、なんとしてもメルちゃんを説得しないとね~)
メルセデスがアクアを拒絶するのか、和解を受け入れるのか、メーテルにはわからなかった。
それでも、メーテルはどういう未来にするのかをはっきりと見据えていた。
当然のこととして、アクアが望む形、すなわちメルセデスとアクアの和解へと持っていく。
そのために必要な、メルセデスを説得するための材料を考えていた。
(メルちゃんのことだから、何かご褒美となるもので釣ればいいかしらね~。その辺、何がいいかしら~。やっぱり、オーバースカイ、特にユーリちゃんと一緒に冒険することかしら~。私だって、そんな機会があったら嬉しいものね~)
メルセデスとメーテルの共通点として、ユーリを尊敬しているということがあった。
そのため、その共通点から攻めるのが常道だろうとメーテルは考えた。
ユーリはメルセデスや自分とともに冒険することを喜んでくれる。メーテルはそう信じていた。
だから、メルセデスだって信じやすいだろう。ユーリの優しさは、メルセデスもメーテルも解きほぐしてくれたのだから。
メーテル自身も、ユーリとともに冒険できるのならば喜ばしいと考えていた。だからこそ、メルセデスの説得に使えると判断したのだから。
(ユーリちゃんに私たちの成長を見せてあげたら、いい顔をして喜んでくれそうよね~。私だって嬉しくなりそうなくらいに~。オーバースカイの加入試験のとき、アクアさんが操っていたとはいえ、あれ程喜んでくれたのだものね~)
メーテルはアクアが自分を操作した時の動きを強く意識していた。今後の戦いの参考になるだろうし、単純にアクアを覚えていたいということもあった。
偉大なる先達の戦術を取り入れられるのだから、アクアに取り込まれたことを感謝すらしていた。
オメガスライムは、恐らくすべての意思を持つスライムのあこがれであろう。
最弱と扱われるスライムにとって、数少ないどころか唯一と言って良い希望の星。
誰もがオメガスライムを目指して、そして挫折していったはずだ。
そんなオメガスライムの物語を、これからはそうと知りながら見続けることができる。
意識が目覚めたメーテルにとって、アクアから解放されないとしても、今の状況は最高と言っていいものだった。
(ああ、アクアさんは素晴らしいわ~。ちょっと力を解放するだけで、ドラゴンすらも歯牙にかけない。その絶大な力を知ることができた。最高のご褒美だわ~。生まれてきてよかったわ~)
メーテルから見たアクアは、まさに理想のモンスターだった。
絶大な力を持ち、最高のパートナーを手に入れて、世界の命運すら手中に収める。
自分が同じように成れたらと、どれほど考えたかわからないほどに。
メルセデスはもちろん素晴らしいパートナーだが、ユーリとアクアほどお互いを信じてはいない。
オメガスライムの力があれば、ユーリなど吐息を吹きかけるよりもたやすく殺せる。
それなのに、その力の差をある程度理解したままユーリはアクアを信じている。
メルセデスはそんな状況でも自分を信じてくれるだろうか。自問して否定した。
お互いの弱さがつなぎとめた関係だから、片方だけが強くなっては切れてしまうものだろう。
メーテルは少しの悲しさとともにアクアとユーリの関係を羨んだ。
(ユーリちゃんが契約者だったら、きっと楽しかったんでしょうね~。でも、私の契約者はメルちゃんよ。それがいいわ。だけど、ユーリちゃんとアクアさんほどの関係にはなれないのでしょうね~)
メーテルはメルセデスともっと仲良くしたいと考えていたが、今回の件で仲がこじれてしまうかもしれない。
その危惧は頭にあったが、それでも、アクアという理想を目の前にした以上、止まるという選択肢はメーテルの頭に浮かばなかった。
メーテルにとって、メルセデスは間違いなく大切な存在だ。ただ、オメガスライムへのあこがれが上回ってしまうだけで。
できることならば、メルセデスともアクアともどちらとの関係も両立したい。
だが、優先順位ではアクアが上回ってしまう。だから、自分とメルセデスはユーリとアクアのようになれないのだろう。
メーテルは自省しながらも、それでも今は進むと決めた。
(メルちゃんが拗ねちゃったら、なにか美味しいものを紹介すればいいかしら~? それでも仲直りできなかったら、どうしましょうか~。流石にアクアさんに操ってもらうのはまずいわよね~。そうなると、ユーリちゃんに仲を取り持ってもらうのがいいかしら~?)
メーテルはアクアに従うと決めていたが、それでもアクアから流れ込んでくる感情から察するに、ある程度自由を認めてくれるはずだ。
だから、アクアの逆鱗に触れない範囲で、ユーリと遊ぶ内容を考えていた。
ユーリは自分を認めてくれるから大好きだが、それはそれとして、モンスターの本能がユーリに対する嗜虐心をもたらしていた。
(ユーリちゃんと模擬戦をして、私が勝ったら楽しいわよね~。弱い弱いスライムに、力の差を見せつけられちゃうのよ~。抵抗してもまるで通じなくて、私の前で這いつくばるしか無いの~。その時のユーリちゃんの顔、どれだけ悔しそうなのかしら~。屈辱に歪むユーリちゃんを、頑張って偉かったわねって撫でてあげるのよ~)
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