裏 痕
ステラはヴァネアを味方にできたと判断して、ミーナを目覚めさせにかかった。
ミーナはユーリをとても強く意識していることが伝わっていたので、ヴァネアを味方にできた時点でステラはうまくいくだろうと判断していた。
そして、ミーナが覚醒すると、すぐにミーナは自分の行動を悔やみだした。
ユーリをあれほど傷つけようとしたなんて、自分はどれほど愚かだったのだろう。
そんな自分に、救われる資格などあるのだろうか。そう考え、自分が解放されることを諦めていた。
（結局、僕がアクアに乗っ取られたのは自業自得。何も悪くないヴァネアまで巻き込んでしまった。そんな僕がユーリと再会する資格なんて無い。みんなが解放されることは応援するけど、僕はもういいよ）
ミーナは我に返ったことで、自分の行動がどれほど愚かだったのかを理解していた。
ユーリに対して真剣で挑みかかり、命すら危うい一撃を放つ。
それを自分自身の記憶から消えるような、かつて競い合っていたものに同じようにされたらどう思うか。
その事を考えてしまえば、答えは自ずと導き出された。
ただユーリに度し難い迷惑をかけただけの己に、ユーリと競い合う資格など無い。
そう考えて、アクアに自分の代わりにユーリを幸せにしてもらおうと決めた。
そんなミーナの考えを知ったステラは、ヴァネアに今の状況を伝える。
すると、ヴァネアはミーナにともに生きたいという思いを送った。
ヴァネアは新しい生き方をくれたミーナに感謝していること、またミーナとユーリの競い合う姿が見たいこと、そして、3人で幸せな生活を送りたいこと。
ヴァネアは必死だった。ミーナがとても大切なヴァネアにとって、自分だけが解放されている状況に意味を見いだせなかったからだ。
そんなヴァネアの願いが功を奏して、ミーナは少し前向きになった。
自分を許すも許さないも、アクアとユーリが決めること。そして、流れ込んでくる自分の体の記憶では、ユーリは許してくれている。
ならば、アクアに許してもらえた時に、またユーリと競い合いたい。
あるいは、アクアには許されないかもしれないけれど、それは仕方のないことだ。
ユーリに対してとても酷いことをしたのは事実なのだから。
それでも、願うならば、またユーリと。今度はユーリの隣で仲間としても戦いたい。
ミーナは本音ではずっとユーリに許されたかったのだから。
（僕は本当はユーリと一緒に仲間として戦いたかったんだ。ライバルとして高め合うことだって大切だった。でも、僕が求めていたのは、同じ方向を向いていられる仲間。どうして、間違えてしまったのかな……）
自分の本当の望みに気が付かなかったゆえに、ミーナはライバルという関係に執着していた。
だが、ミーナが強く求めていたものは、隣で戦う仲間。そうであると理解していたならば、あんな手段は取らなかったはず。
強い後悔がミーナに襲いかかっていたが、それでも、ミーナはユーリの隣を諦めたくなかった。
（僕は単なるバカだった。自分の強さに溺れて、自分自身すら見失ってしまうほどに。それでも、そんな僕でも、ユーリの隣にいていいのかな……？）
ミーナは自分の愚かさを強く感じたがゆえに、ユーリを輝いているものかのように見ていた。
あんな目にあったにも関わらず、自分を許す言葉を投げかけてくれた。
そして、また自分とともに戦うことを望んでくれた。
それを思い出すと、ユーリとまた話をしたくなる。自分ならば絶対に許さない自分自身を受け入れてくれる人。
ミーナにとって、競い合っていたかつての日々以上に、これから過ごせるかもしれない時間が素晴らしく思えていた。
（ユーリは本当に優しい。ユーリは汚い僕の本性も受け入れてくれた。だから、アクアの今していることだって許してくれるはず。そのはずなんだ。恥知らずかもしれないけれど、それでも、またユーリとともに過ごしたい。お願いだ、アクア。どうか僕を許してくれないか）
一度ミーナがユーリとまた一緒に生きることを考えると、もう諦めたいという思いが再び浮かび上がってくることはなかった。
ミーナは罪の意識に苛まれていただけで、本音ではユーリを失いたくなかったのだから。
そもそも、ユーリがどうでもいい相手であるならば、あんな事件は起こさなかった。
それを考えれば、ミーナの答えなどはっきりしていたというのに。
（ああ、僕は本当に愚かだった。僕が求めるものを深く考えていれば、ユーリにあんなことをするのが無意味だと分かるはずなのに。でも、そんな愚かな僕だとしても、もうユーリのそばを離れたくない。初めてだったんだ、あんなに楽しい時間は。何度も巡ってきた奇跡の出会いを壊そうとしたバカな僕だけど、ユーリ、君ともう一度……）
ミーナは一度自分の願望を理解してしまうと、もうアクアに体を操作されていてもいいとは思えなかった。
それが罰だというのならば理解できる話ではある。想像を絶する苦しさだろうから。
だからこそ、今のミーナにはアクアから解放されないということが恐ろしくて仕方なかった。
自分の意識が失われるのならまだいい。もしも、もしも意識があるままアクアの操作する自分とユーリの時間を見続けるならば？
ミーナには、それに耐えきる自分の姿が一切想像できなかった。
（カタリナは想像するだけで恐ろしい事態に耐えきっていた。それだけで、尊敬できる人だよ。でも、僕に同じことは絶対にできない。どうすれば、アクアは僕を許してくれるんだ？ なんでもする。ユーリと離れること以外なら。だから、アクア。頼むよ……）
ミーナの想像している許されるための手段は肉体の苦痛に耐えることが主で、例えばヴァネアと敵対するようなことは想像していなかった。
ただ、実際にそれを許しの条件としてアクアに提示していたならば、アクアは許さなかったであろう。
人とモンスターの絆を軽んじる存在を、アクアは決して許せないのだから。
アクアにとっては、それは自分とユーリの関係を否定されることと等しかった。
とはいえ、ミーナとてヴァネアは大切な存在だと信じている。だから、ヴァネアを切り捨てろとアクアに指示されたならば、拒絶していたであろう。
その先に永劫の苦しみが待っていたとしても、ミーナは大切な人を手に掛けることを選択できない。
冷静になったミーナは、だからこそ自らがユーリを本気で攻撃した愚かしさが理解できていた。
（真剣をユーリに向けて、もし本当にユーリの命が失われていたら。僕は間違いなく絶望していた。追い詰められていたとはいえ、自分が情けなくて恥ずかしい。でも、だから同じ間違いは決して起こさない。ユーリもヴァネアも、オーバースカイの仲間も。僕は守ってみせるよ）
ミーナは一度間違えたからこそ、自分の行動を冷静に見ることができると信じていた。
実際にそうなるかはこれから分かっていくだろうが、その感覚をアクアに伝えられればよいのではないか。
アクアだって、間違えたことを後悔しているのだから。
おなじ過ちを繰り返さないためにも、失敗した者同士での協力が必要になるはず。
そのような方向性でアクアの説得に加わろうと考えていた。
（アクアにとって、僕たちを操っていることは後悔に値する失敗なんだ。だからこそ、一度間違えてしまった僕の存在が役に立つはず。僕たちはきっと同じだ。だから、一度だけでも信じてほしいんだ、アクア）
ユーリともう一度ふれあうために、全力でアクアの手助けをする。
そのような方針でミーナはアクアとの和解を計画した。
ミーナの後悔はユーリに追いつこうとするあまり暴走してしまったこと。
だから、今度は無理に追いつこうとはしない。それで、同じ過ちはもう起きない。
アクアの周りを支配してしまうという失敗ならば、ユーリを自分たちでも守ればアクアだって安心できるはず。
ユーリとの時間を大切にするために、アクアとも協力する。そして、ユーリの笑顔を守る。
そうすれば、ユーリもアクアも自分だって幸せになれるはず。ミーナはそう信じていた。
（もうユーリを追いかけるために無茶はしない。それでも、少しでも近づくために、努力は続けてみせる。ユーリだって、僕の実力が近づけば嬉しいはず。一歩一歩強くなって、少しずつユーリに近づいて。そして、いずれは追いつくことができたなら。もう諦めないけれど、それでも、自分を見失わないままで。ユーリが大切だという気持ちを忘れなければ、きっと大丈夫だから）
ミーナはユーリがミア強化を手に入れたことで突き放された。
その差があまりにも大きかったから、焦りが生まれた。だけど、これ以上はユーリが大きく強くなることはないはず。
それに、もしもう一度同じようなことがあったとしても、もう安易な道は選ばない。
ミーナはユーリとともに幸せになりたいのだから。ユーリと競い合うだけでなく、追いつくために駆け上がっていくのも楽しいはずだ。
ユーリはきっと自分が弱くても忘れないでいてくれる。自分とは大違いなのだから。
ミーナは落ち着いた心持ちで今後を考えることができていた。
（うん、ユーリのことは信じられる。僕のように冷たい人間じゃないから。だから、安心してユーリを追いかけていけばいい。ユーリはきっと見守っていてくれるはずだから）
ミーナにとって、ユーリを信じるということは迷う必要のないことであった。
あそこまでのことをしたのに信じてくれている人を疑っては、誰を信じるというのか。
だからこそ、ユーリが喜ぶ顔を見るために、努力を続けることを誓った。
ユーリはきっと、その瞬間をとても喜んでくれるはずだから。
そんな考えと同時に、ミーナが自分を嫌悪しそうな考えもあった。
それを想像するだけで、背中に快感のようなものが走ってしまう。ただ、ユーリはそれでも自分のことを好きでいてくれるとミーナには思えてしまった。
（ユーリとの戦いで、ユーリが僕に消えない傷を刻む。そうすれば、ユーリは悲しむだろうけれど。でも、その傷跡を見た時のユーリはきっととても素敵な顔をしているから。ああ、我慢しないといけないのに、楽しそうで仕方がないよ）
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