108話 敬意
今日はアリシアさんとレティさんと一緒に過ごすことにしていた。
もともとアリシアさんたちが住んでいた家に行って、色々と話をするつもりだ。
あの家はまだアリシアさんたちのものだということで、たまには掃除などをしているらしい。
手伝いを申し出たこともあったけど、断られていた。
なんでも、自分の手で管理することに意味があるのだとか。わかるような、わからないような。
まあ、この家に愛着があるということなのだろう。ぼくはミストの町の家にはそれほど愛着がないからな。
結局、どこに居るかよりも誰と居るかのほうが大事だと感じているんだよね。
そう考えれば、今の環境は理想と言って良いかもしれない。大切な人にいつでも会えるんだからね。
アリシアさんたちはぼくを何の用でこの家に呼んだのだろう。話だって色々あるし。
別になんでもかまわないんだけどね。以前の悪夢のようなことはないと信じられるから。
「今日はゆっくりするんですよね。2人は何かしてほしいことはありますか?」
「ふふっ、私に奉仕してもらおうかな。……なんてね。他愛のない話だよ。そういう時間も大事だからね」
「そうだね、アリシア。わたしたちだって偶にはゆっくりしたいからね」
アリシアさんたちはわりと冒険が大好きだと思っていた。それこそ、休みなんていらないとか言いかねないほどに。
流石にそんなことはなかったか。危険な任務に何度も連れ回されたのは、気分が乗っていたからかな。
まあ、夢が叶ったんだと思えばわからない話じゃないか。もう二度と味わいたくはない感覚だけれど。
「そんな時間の相手にぼくを選んでくれて、嬉しいです。アリシアさんたちを喜ばせてみせますね」
「無理はしないこと。ゆっくり休むつもりなんだから、気を張っていても仕方ないよ。ユーリ君が私達を大好きでいるというのは嬉しいけどね」
「うんうん。ユーリ君は頑張り過ぎかな。そこも可愛いんだけどね。でも、ユーリ君と一緒なだけで私たちは楽しいからね。心配しなくてもいいよ」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、それに甘えてしまって良いのだろうか。
アリシアさんにもレティさんにもお世話になりっぱなしなんだから、返せる機会に返したいものだけれど。
まあ、ぼくが無理をしたらすぐに気づかれるような気がするから、うまいやり方を見つけないとね。
アリシアさんたちに心配をかけたいわけじゃなくて、喜んでもらいたいんだから。
「ありがとうございます。アリシアさんたちには助けられてばかりですね」
「それでいいんだよ。今では仲間だけど、師匠を完全にやめたつもりはないんだから。年下は甘えておけばいいよ」
「そうだよ。ユーリ君の可愛さがわたしたちの癒しなんだから。あなたほど可愛い人なんてめったにいないよ。わたしたちは初めて出会ったかな」
2人の言葉は嬉しいような、悔しいような。
頼るだけではなく、頼られる存在になりたいと思うけれど、やっぱり2人にとってぼくはまだ子供なんだろうな。
でも、少しずつでも信頼されるようになりたい。オーバースカイに入ってくれるんだから、当然信頼はされていると思う。
だけど、それだけじゃなくて、ぼくに甘えてもいいと思えるくらいになりたい。
アリシアさんたちが望むことならば、何だって叶えてあげたいけれど、アリシアさんたちがぼくの望みを叶えるばかりだから。
とはいえ、アリシアさんたちはずいぶん穏やかな顔をしている。
つまり、今は落ち着いた心境で過ごせているということだ。ぼくが可愛いって思われていることも影響しているはず。
だから、アリシアさんたちに甘える立場というのも悪いことばかりではないんだな。
愛玩動物くらいの役割かもしれないけれど、それでも2人の役に立てているんだ。
いずれは、もっともっと直接的な役に立ちたいものではあるけれど、今は満足しておこう。
アリシアさんたちは大人だから、ぼくが無理に役立とうとすれば、喜んだふりをしかねないからね。
そんな風に負担をかけたいわけじゃない。今できることをちゃんとやるのが大事だろうな。
「レティさんには前にも言いましたけど、かっこいいって思われたくはありますね。アリシアさんたちを癒せているのは喜ばしいですけれど」
「ふふっ、ブラックドラゴンを倒した時のユーリくんは十分かっこよかったよ。でも、いつでもかっこよくならなくてもいいよ。いざという時にかっこいいほうが、私は魅力的だと思うよ」
「直接は見ていないのに、よく言うよ。でも、きっとはっきり見ていたら、今よりもっとあなたのことを好きになっていたんだろうね。わたしたちが助けられるなんて、初めてだったから」
アリシアさんの言うことはよく分からない。ずっとかっこいいほうが良くないか?
とはいえ、アリシアさんが言うんだから、本当のことではあるのだろう。男と女の違いだろうか。それともアリシアさんの趣味だろうか。
まあ、どちらにしてもアリシアさんが魅力的だと思ってくれるのなら十分だ。
それにしても、今よりもっと好きになるって、今でも2人は十分ぼくのことを好きでいてくれると思うけれど。
そんな未来もあったのかもしれないと思うと、少しだけドキドキする。
今よりぼくを好きになった2人は、どんな態度になっていたのだろう。いまいち想像できないや。
でも、そうなったら、ぼくも2人をもっと好きになっていたのだろうな。それは間違いない。
「2人のことを助けられて良かったです。ぼくはアリシアさんたちが大好きですから」
「知っているけれど、改めて言葉にされるとまた違う味わいがあるね。悪くない気分だよ」
「ほんと、可愛いんだから~。お姉さんもユーリくんのことが大好きだよ~」
やっぱり好意を言葉にするって大事なんだな。2人が喜んでくれているのを感じる。
2人が大好きだっていうのは疑いようのない本音だから、恥ずかしくはない。いや、やっぱり恥ずかしい。
でも、それで嬉しくなってもらえるのなら恥ずかしさくらい我慢するよ。
それに、恥ずかしさを軽く超えるくらい、ぼく自身も嬉しくなれたんだ。2人が喜んでくれたことでね。
「本当に、2人に師匠になってもらえてよかった。あなた達との出会いは、ぼくの宝物です」
「私達だってそうだよ。君たちを弟子にできて本当に良かった。キラータイガーには感謝しないとね」
「あの戦いがなければ、わたしたちは出会えなかったからね。ユーリ君の友達には悪いけど、キラータイガーが現れてくれたのは幸運だったよ」
ぼくも2人と似たようなことを思っている。カインの犠牲がこの2人との出会いを繋いでくれたんだ。感謝したいくらいだよ。
まあ、2人の前でそんなことは口にできないけれど。失望されるのが恐ろしい。
「あはは……」
「不謹慎なことを言ってしまったね。でも、それだけユーリ君と出会えてよかったと思っているんだ。それがどれだけ私達を幸せにしてくれたか」
「うんうん。冒険者になってよかったって思えたのは、ユーリ君のおかげだから。わたしたちと出会ってくれてありがとう」
アリシアさんたちがぼくの手で幸せになってくれている。それがどれほど嬉しいことか。
ぼくがもらうばかりだと思っていたけれど、もしかしたらアリシアさんたちに与えることもできていたのかな。
アリシアさんが対等な関係の冒険者仲間と冒険することは、ぼくが成し遂げたことだから。つまり、アリシアさんの夢をぼくが達成したことになる。
それは、ぼくの立場なら嬉しいに決まっている。アリシアさんが喜んでくれるわけだ。
だけど、もっともっと、まだまだ満足はしない。どれだけだって幸せになってもらいたいんだからね。
「アリシアさんたちがぼくとの出会いを喜んでくれている。何よりのご褒美です。幸せですね、ぼくは」
「それを幸せに感じてくれるユーリ君だからこそ、私達の期待に応えてくれたんだろうね」
「そうだね、アリシア。こんなに尊敬してくれる子はいないよ。もういくらでも可愛がってあげちゃう!」
レティさんに思い切り抱きつかれてしまう。嬉しいけれど、くすぐったいんだよね。
まあ、そのくすぐったさも愛おしいとすら思える。だって、レティさんがぼくを好きでいてくれる証のようなものだから。
嫌いな人にここまでのことはぼくならできない。だから、幸せなくすぐったさなんだ。
「ユーリ君、抱き返してくれても良いんだよ? なんなら、お姉さんのいろいろなところを触ってみる?」
「さすがにそれは……いや、嬉しいんですけどね?」
「レティ、ユーリくんは純情なんだから、あまりからかいすぎないようにね」
レティさんはぼくのことをからかっているのか。反応を楽しんでいるとかかな?
まあ、からかうくらいでレティさんが楽しくなってくれるのなら、いくらでも構わないけれど。
それにしても、レティさんは楽しそうな顔をしているな。見ているだけでも嬉しくなる。
本当に抱き返したら喜んでくれるのなら、恥ずかしさくらい我慢するけれど。でも、どこまで本気なのだろう。
まあ、ぼくのことは子供くらいに思っているだろうし、そこまで真剣ではないか。
「別にからかってくれてもいいですけど、ぼくだって男なんですからね?」
「それは知っているけれど、ユーリ君なら大丈夫だと思っているんだよ。レティはこれで親しく接する相手は少ないからね」
「アリシアだって人のことは言えないくせに。でも、最悪おさわりくらいなら良いよ? それくらいで嫌いになったりはしないよ」
「いや、そんな事しませんよ……」
「あはは、照れちゃって~。まあ、ユーリ君に好きなひとがいるのなら止めるけどね」
「今はよくわからないです。だから、何でもしてくれていいですよ」
「あー。レティにそんな事を言っちゃうのか……」
「なら、全身わたしの羽根まみれにしてあげるね。覚悟すること!」
そのままレティさんにもみくちゃにされて、本当に羽根まみれにされてしまった。
アリシアさんはその様子を笑いながら見ていて、とても楽しそうだった。
2人と初めて出会った時には、こんな関係になるとは思わなかったな。でも、そうなれてよかった。
アリシアさんたちと出会えたことで、ぼくの冒険者としての生活が始まったんだ。
だから、これからずっと2人には感謝し続けるんだろうな。
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