5章 ステラの導き
裏 指輪
ユーリとアクアが指輪の力を解放したことがきっかけとなって、ステラの意識は目覚めた。
その時ちょうどアクアが感じていたことも流れ込んできて、それはユーリに捨てられる恐怖だった。
それが徐々にユーリに対する信頼に移り変わっていって、じょじょに落ち着いた。
(これは……アクアちゃんの感情? どうして私にそれが……?)
それから、ステラの体がこれまで行ってきたことの記憶も流れ込んできた。
ユーリに指輪を与えたこと、ユーリに家を貸し与えていること、ユーリを支え続けてきたこと。
もともとのステラの予定通りではあったのだが、自分の意志が介在しないということに不満はあった。
それでも、自分が乗っ取られた時にアクアに感じていた印象とはずいぶん違うとステラは感じた。
ステラは、アクアはただユーリのそばにさえいられれば何でもいいのだと考えていた。
だが、アクアは献身的にユーリを支え続けていた。それだけで、アクアを見る目は変わりそうだった。
(ああ、あの指輪を使いこなしたんですか。つまり、アクアちゃんとユーリ君は真の信頼関係を築けた。アクアちゃんは本当にユーリくんを信頼しているんですね)
その後、アクアの心のほとんどが流れ込んできた。これまでの行動、これまでの感情、これまでの記憶。
その中には、ユーリ以外に対する情もあった。もちろん、ユーリを最も強く想っていたのだが。
自分に対する罪悪感を抱いていること、アクアがカタリナを解放したこと。
これらの情報から、アクアはただの怪物ではないとステラは認識を改めた。
(アクアちゃんは自分のことだけを考えてユーリ君を蔑ろにしていたわけではなかった。むしろ、ユーリ君のためを思っていた。それなら、まだ道はあるはず)
ステラにとって、アクアの認識は単なるエゴイストだった。自分の欲望のためにユーリの意思すらも無視する、契約モンスターとしてはあってはならない存在。
それを、本気でユーリのパートナーであろうとするモンスターであると認識を改めた。
たとえアクアがオメガスライムだとしても、それがユーリのそばにいてはならない理由ではない。
アクアが本気でユーリを思い、ユーリもその思いに答えようとしている。
だからこそ、ステラは一筋の希望を見出した。
ユーリの周りにいるカタリナ以外の人間は未だアクアにとらわれている。それでも、それが皆の運命を確定させたわけではない。
現に、カタリナは解放されているのだ。アクアにとって大切な存在であったからだとはいえ。
(アクアちゃんには人を思う心がある。ただの化け物じゃない。だから、対話ができる相手なんです。私のことですら、好きな気持ちがあるのですから)
ステラはまだアクアに意思を伝える手段をはっきりと思い描いていたわけではなかった。
ただ、アクアと意思疎通が出来るならば、より良い未来をつくることができる。そう考えていた。
そして自分もともにユーリを見守っていきたい。大変好ましいユーリのことを。
ステラが今感じているユーリへの好ましさは、流れ込んできたアクアの感情の影響を大きく受けたものだった。
とはいえ、ユーリの行動はステラ自身にとっても素晴らしいものではあった。
アクアのことを大切な存在として必死に守り、支え、信じる。人とモンスターの絆が好きなステラにとって、ユーリは理想に近い契約者だった。
(ユーリ君は本当にアクアちゃんを大切にしている。少し羨ましくなってしまいそうなくらい。ユーリ君ならば、私がなれなかった最高の契約者になれる。私の判断は間違っていなかった)
かつてステラはユーリとアクアに契約者の到達点となる可能性すら見ていた。
その期待はアクアに裏切られることになるのだが、今となってはその時見た可能性以上のものを感じていた。
ユーリにはこれから大きな試練が立ちはだかることになるだろう。カタリナは自分が操られていたことを黙っていたと判断できるが、ずっと気づかないということはありえない。
気づかないとしても、自分がなんとかして皆を解放させれば露見しないはずがない。
それでも、だからこそ、それを乗り越えたユーリとアクアの絆は誰にも負けないものになる。
ユーリはおそらくアクアの罪を知ったとしてもアクアを見捨てない。
アクアはきっとユーリ以外にとっては今でも恐ろしい災厄でしか無い。その事実をユーリが知ったとしても、きっと世界よりもアクアの方を選ぶ。
それこそが、ステラの見たいと考えている人とモンスターの関係だった。
なによりも、どんな他者よりも、世界の命運がかかっていたとしても、パートナーを優先する。
ユーリにはその素質がある。当然、アクアにも。
(この世界の全てよりもお互いを優先できるパートナー。なんて素晴らしい関係なのでしょう。でも、まだ道は遠い。今でもユーリ君はきっとアクアちゃんを何よりも大切にしている。ですが、それだけでは足りないんです)
ステラですら知らなかった指輪の効果を発揮するほどに2人の絆は強い。
ステラが知っていたのは、契約者と契約モンスターがお互いに意思を送り合うところまで。
今の自分のように、おそらくユルグ家の血を引くものに特別な効果をもたらす記述も口伝も存在しなかった。
眠りについていた意識が目覚め、その上直接指輪を持っていない自分にもアクアの感情が送られる。
流れ込んできたアクアの記憶からして、無意識の感情を送り合うことすらできる。
単に思考を送り合う指輪としてしか知らなかったステラにとって、とても大きな驚きがあった。
(アクアちゃんとユーリくんの絆はおそらくユルグ家のどんな契約者よりも強い。だからこそ、誰も知らない指輪の効果を発動できた。これだけでも、私の夢は叶っているのかもしれない。でも、ユーリくんとアクアちゃんなら、もっともっと先まで行ける。私はそれを特等席で見ていたい)
アクアの記憶から察するに、アクアの心にはまだわだかまりがある。
おそらく、カタリナを解放したことによって大幅に軽減できてはいる。だからこそ、プロジェクトU:Reとの戦いのときよりも指輪の効果を発揮できた。
それでも、自分たちを支配してしまっているという事実がアクアの心に影を落としている。
そんな今でもあれ程の結び付きがあるのだから、凄まじい話ではある。
だが、その後ろめたさを解消できたならば、ユーリとアクアの関係はどれほどになるだろう。
ステラはそれを想像するだけで、心が浮足立つようだった。
(アクアちゃんは私達を乗っ取っているという事実に罪悪感を抱えている。それこそが、アクアちゃんの人を思う心の証。アクアちゃんの感情が、意思が、本物であるという証明。ユーリ君は私が思っていた何倍も素晴らしい契約者でした)
ステラにはアクアの記憶が流れ込んでいる都合上、アクアに感情が生まれたきっかけもしっかりと認識できていた。
ただのスライムだと認識しながらも、ずっとずっとアクアに愛情を注ぎ続けていたユーリがいたからこそだ。
自分にそれができただろうか。ステラはその光景を思い描こうとしても思い浮かべることができない。
スライムは最弱の魔物でしか無い。それだけではなく、言葉も話せない。感情を見分けるすべなど無いに等しい。
そんな状況で、アクアに感情を芽生えさせるほど愛するということがどれほどの偉業か。
ステラにとって、ユーリはもはやただの生徒ではなく、最も尊敬すべき人間とすら言えるほどだった。
(それにしても、アクアちゃんは突然生まれたオメガスライムではなく、ずっとオメガスライムだったわけですか。歴史に残る大発見ですね。発表する意味などありませんが。それよりも、アクアちゃんの心は温かいもので満たされている。記憶を見る限り、ずっと無に近い心だったはずなのに)
ステラが受け取るアクアの感情は、ほとんどがユーリがきっかけで得られた幸せだった。
それほどに、アクアはユーリを大切に思っているし、ユーリはアクアを実際に愛していた。
ユーリほど全力でモンスターを想う存在などきっといない。だからこそ、奇跡のようにアクアに感情が芽生えた。
それが今のアクアがユーリを想う心を形作っている。
ユーリはアクアがオメガスライムであると知ってすら、疑うこと無く大切にしている。
オメガスライムは伝説に残るほどのとんでもないモンスターだ。それこそ、人がどれほど抵抗しても無駄だと感じるほどに。
そんな存在を恐れること無く、自分の命を預けられる存在として扱うことがどれほど尊いか。
少なくとも自分ならばできないだろう。ステラはそう考えて、ユーリを尊敬する思いを強めていった。
(あれほど人型モンスターの脅威に触れながら、それでも絶対にアクアちゃんを疑わない。本当に最高です。だから、ユーリ君ならばどんな試練も乗り越えられる。アクアちゃんの本性を知る機会がやってきても大丈夫。私はその瞬間を見たい。そのために、何ができるでしょう?)
ステラはこれからすることを考える中、指輪について考察していた。
アクアの感情が流れ込んでくるのならば、自分の感情を送ることはできないか?
あるいは、自分が目覚めたように、他の人を目覚めさせることは?
幸いと言っていいのか、ステラにはそれだけに集中できる環境があった。
その中で、ステラはアクアの心に触れることに成功したような気がした。
(アクアちゃんはまだ私が目覚めたことに気がついていないけれど、だからこそ、私の思いを送ることは慎重に。アクアちゃんを通して、他の人に繋がれる感覚もある。だったら。……導いてみせます。私が、アクアちゃんとユーリくんを理想の関係に。目的のための通過点だったとはいえ、これでも教師だったんですから。まずは、みなさんを目覚めさせることからでしょうか……)
ステラは自らの今後を定めた。アクアのわだかまりをなくすため、ユーリとアクアを最高の関係にするため、すべてを懸ける。
これまでの人生はそのためだけにあったのだと思えるほど、ステラは熱中できることを見つけた。
それとは別に、自分の記憶の中には強い印象を残す光景があった。それを思い描くことも、ステラにとっては大事なことだった。
(ユーリ君を私に溺れさせる。アクアちゃんも面白いことを考えますね。それは、実現したらどれほど楽しい瞬間になるでしょうか。アクアちゃんともども、かわいがってあげるのもいいですね……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます