104 痛苦

 今日ぼくはアクアと少し遠出をしていた。アクアがぼくを守ってくれるから、人のいないところで2人になりたいという話だった。

 モンスターが現れるかもしれないけれど、アクアが守ってくれるのなら安心だよね。

 もちろん、アクアに頼り切りになりたくはないという思いはある。

 でも、アクアが喜ぶことのほうが大事なことだ。だから、アクアのお願いを聞くことにした。

 結局、アクアは本当にオメガスライムなのだろうか。どちらでもアクアが大切な存在であることに変わりはないけれど、ちょっと気になる。


 まあ、アクアが言いたくなるのを待っていればいいか。アクアが望む限り、ぼくはずっとアクアと一緒にいる。

 だから、そのあたりは問題ではない。まあ、アクアを守っているつもりでなんの意味もないとなると、少しは傷つくけれど。

 それでも、それでアクアが幸せでいるのならいいと思う。アクアの望む役割を演じる覚悟はある。

 たとえ本当はぼくの助けがいらないのだとしても、アクアが助けを求めるのならば絶対に助ける。それでいい。

 アクアがぼくにどれだけの幸せをくれたことか。そんなことで返せるのなら安いくらいだ。


「アクア、街から外れたところで何がしたいのかな? なにかの遊び?」


「そんなところ。ユーリとふたりきりになってみたかった」


「家の中じゃダメだったの? 部屋では何度かふたりきりだと思うけど」


「他の人の気配がある。ユーリだけを感じていたい」


 アクアの主張は望むところではあるのだけれど、他の人の気配なんてよく感じていたな。

 ぼくはアクアのことしか意識できていなかったけれど。むしろ今のほうが周囲を警戒してしまうくらいだ。

 やっぱり本当にオメガスライムなのかな。だから、敵なんて気にしなくてもいい。

 まあ、誇大妄想のたぐいかな。アクアは攻撃を気にしないというのは事実のような気がするけれど。

 どんな攻撃を食らっても平然としているアクアに頼もしさを感じていたことは何度もある。

 だからこそ、ぼくたちを守ってもらう役割を担ってもらえた。

 今回も、アクアはぼくを守ってくれるのだろう。これまでがそうだったように。


 でも、ぼくはアクアの力になってあげたい。もちろん、アクアが窮地に陥ってほしいわけでは無いけどね。

 ただの自己満足かもしれないけれど、ぼくはアクアを助けられる存在で居たい。

 まあ、力でアクアを助けることが全てじゃないか。アクアが幸せになる支えになればいいのだから。

 ぼくがそばにいればアクアは幸せを感じてくれているとは思う。だけど、それに甘えちゃダメだよね。

 もっともっと、いくらでもアクアには幸せになって欲しいのだから。

 アクアが望んで言葉にすること、アクアが気づいていない望み。なんでも叶えてあげたい。

 そのために、ぼくはアクアをしっかりと理解してあげないといけない。


 アクアの最も大切な望みはぼくと一緒にいることだって信じている。ぼくもそれは同じだ。

 だけど、気づいていないだけで、もっと喜べることがあるかもしれない。それをぼくの手で叶えることができたのなら、ぼくはどれほど幸せになれるだろうか。

 いやいや、アクアの幸せのほうが大事だよ。でも、少しくらいぼくだって喜んでもいいよね?

 アクアが嬉しいことはぼくも嬉しい。その気持ちは悪いものではないはずなんだから。


「なら、ぼくのことを存分に楽しんでね。アクアは何がしたいの?」


「まずは手をつなぐ。それからは、キスしたり、ユーリを取り込んだり」


 またキスをすることになるのか。かまわないけれど、またひどくドキドキするのだろうな。

 アクアはキスがどういうものか本当に理解しているのだろうか。どちらでも、アクアが望むのならばキスはするけれど。

 だけど、アクアがキスの意味を理解していて望んでいるのなら、ぼくの考えがだいぶ変わってしまう。

 アクアと恋人のような関係になってしまうのだろうか。人とモンスターの間に子供はできないけれど、アクアと恋人になったなら幸せだろうな。

 でも、今の関係から変わってしまうことが恐ろしくもある。これまでできたことが出来なくなってしまうかもしれないし。

 具体的に何かが思いついているわけではないんだけどね。ただ、なんとなく怖いだけで。


 まずはアクアと手をつなぐ。アクアのひんやりぷるぷるした感触にもだいぶ慣れた。

 アクアはぼくの手を握る力を強めたり弱めたり、握り方を色々変えてみたり。

 普通に手を繋いでいる状態から、指どうしを絡め合うつなぎ方にしたり、手の高さを変えてみたり。

 手をつなぐという行為だけでも、ずいぶんと幅があるものだ。それぞれに違う味わいがあるかもね。

 アクアは時折こちらの方を向いて笑顔をみせてくる。無邪気な感じで可愛らしい顔だ。

 それで、繋いでいる手を動かしてアピールしてくるのだ。これだけでも、アクアの虜になってしまいそうだ。

 本当にアクアは可愛い。ぼくに甘えてきて、いっぱい楽しそうな顔をして、ぼくの気を引こうとして。


「こうして手をつなぐのも、ずいぶんと楽しいね。これまで何度も繋いできたけど、飽きる気がしないよ」


「アクアも楽しい。ユーリの感触をいっぱい味わう。ユーリの手の柔らかい所、かたい所。ぜんぶ知ってる」


 アクアの手の感触はどこも似たような感じだ。形によって違いは若干あるけれど。

 ぼくもアクアの手の感触に詳しくなったほうがいいのかな? でも、それって変態じみているような気がする。

 いや、アクアに詳しいのはアクアの家族として当然のことでいいのか?

 どうだろう、流石に詳しいのは性格だけでいいんじゃないか?

 それよりも、いちばん大事なのはアクアがそれを喜ぶかどうかだ。なんか喜びそうだな。


「ふふ、詳しいんだね。ぼくもアクアの手に詳しくなっちゃおうか」


「好きにすればいい。でも、アクアの体は好きに調整できる」


 ああ、それがあったか。なら、アクアはぼくの好みに合わせて体の感触を調整できることになる。

 もうすでにそういう調整がされていたりしてね。アクアとふれあっているのは心地いいし。

 でも、そうなるとぼくがアクアの感触を意識していないのは不義理なのでは?

 まあ、アクアは本当は詳しくなって欲しいけど我慢しているという様子ではない。

 だから、たぶんあまり気にしなくていいな。それにしても、手をつなぐと言うだけでも深さはあるものなのだな。

 アクアだから特別という側面はあるのだろうけれど、他の人が相手でもそういう深さはある程度はあるのだろう。

 とはいえ、アクア以外にそんなことをすれば不興を買いそうだ。アクアだけ特別、それでいいか。


「そうなんだ。じゃあ今より固くしたり柔らかくしたりもできるの?」


「できる。確かめてみる?」


「だったら、お願い。ちょっと気になるんだよね」


「わかった。ユーリ、楽しんで」


 そのままアクアはぼくと手をつなぎながら、手の感触を変えていく。

 沈み込んでしまいそうなくらい柔らかくなったり、すごい反発を感じるようになったり、ぷにぷにな感触になってみたり。

 それぞれ感触を変えながら、アクアは手の握り方も色々と変えてきた。

 それによって、包み込まれているような気分を味わったり、しっかり手を繋いでいるような感覚になったり、手ではない別の何かを握っているように感じたり。

 アクアのひんやりした冷たさだけは変わらないままだったけれど、まるで変幻自在で、強い感動が沸き起こってきた。


「すごいね、アクア。これなら、いつまででも楽しめるかもしれないよ」


「そう、なら、ずっとこのままでいる?」


「それもいいかもしれないね。でも、キスとか取り込むとかはいいの?」


「それは大事。でも、ユーリとふれあっていることのほうが大切」


 アクアの言葉はとっても嬉しいものだ。

 ぼくにとってアクアとのふれあいが大きな喜びであるように、アクアにとってもぼくとのふれあいは素晴らしいものなんだ。

 やっぱり、ぼくがアクアを幸せにするよりも、アクアがぼくを幸せにしてくれているな。

 アクアの思いを感じるだけで、ぼくは舞い上がってしまいそうになっているのだから。

 これからも、きっとアクアはぼくのことを幸せにしてくれる。だから、それ以上の幸せを返してあげたい。

 どうすればいいのかは分からない。それでも、絶対に諦めるつもりはない。

 それが達成できた時のアクアの幸せそうな顔を見ることはぼくの夢なんだ。だって、それ以上の瞬間なんてきっと無い。


 そんな事を考えていると、なにか嫌な予感がした。思わずアクアの手を離して、ミア強化とアクア水を発動する。

 すると、索敵に人型モンスターが引っかかった。ゆっくりとこちらに近づいている。

 なので、先制攻撃を仕掛けることにした。人型モンスターと対話なんてできない。そんなことをしても騙されるだけだ。

 水刃をそのモンスターに放つけれど、まるで通用しない。そのままゆっくりと近づいてくる人型モンスター。


 どうすればいいのか考えていると、アクアが敵の方へと向かっていった。

 そのまま、アクアは殴りかかろうとしていたが、すぐに立ち止まってしまう。

 おかしい。アクアはどうして立ち止まった? なにか敵に攻撃をされたのか?

 分からないまま、全力でアクアを助けに向かう。人型モンスターは何も妨害してこなかった。

 なので、アクアの様子を見ることにする。アクアは一体どうなってしまったのか。

 すると、小さな声で何事かをつぶやいていた。アクアの口元に耳を寄せて聞いていると、ひどく悲痛な声だった。


「ユーリ……嫌いにならないで。アクアを捨てないで……」


 そんなことをぼくがするわけがない。だけど、アクアが苦しんでいる。

 ぼくはなんとかアクアを安心させようとアクアに声をかけていく。


「アクア、ぼくはここにいるよ。アクアを捨てるわけがない。嫌いになるわけがない。だから、こっちを向いて!」


 必死に声をかけていても、アクアはこちらに反応を返さない。そのまま、ずっとつらそうな声を出している。

 アクアの様子に集中していると、人型モンスターがこちらに近寄ってきた。

 そして、ぼくがその目を見た瞬間、ぼくの意識は薄れていった。

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