103話 紹介
シィはお腹いっぱいになるまで食べて満足している。
そこで、いったん食べ物から離れてシィにみんなを紹介することにした。
シィは乗り気に見えるので、今のところは大丈夫かな。
引っ込み思案に見えるシィだけど、知らない人に会いに行っても大丈夫みたいだ。
サーシャさんとステラさんの時には緊張していたみたいだけど、もう慣れたのかな?
ぼくの大好きなみんなと大好きなシィにはできるだけ仲良くして欲しい。
とはいえ、もちろん強制はできないんだけどね。そんなことをしてもまったく意味はないし。
だけど、仲が悪くはならないことを祈りたい。そうなってしまえば、ぼくはひたすらにつらい思いをするだろう。
人間である以上合わない相手はいるんだろうけど、身近な人達がそうしていると、きっと苦しい。
まあ、今から不安に思っていても仕方のないことか。上手くやっていけるようにどうサポートするかを考えていたほうがいいよね。
「まずはオリヴィエ様を紹介する予定だよ。さっきみんなの前で挨拶していた人だね」
「あのえらそうなひと! シィちょっとこわいよ」
「あれで優しい人なんだよ。でも、失礼なことはしないでね」
「うん。おにぃちゃんのいうことはまもるから!」
元気にそう宣言するシィ。まだ出会ってそうなっていない割に、ぼくはシィにものすごく信頼されていると感じる。
その信頼を裏切ることの無いようにしないとね。シィには信じられる人がいることの喜びを存分に味わってほしい。
ぼくがその喜びを知ることができたのはアクアのおかげだけど、きっとシィにとってその役割を担うのはぼくになる。
責任重大だよね。でも、その責任が心地よくすら感じる。だから、全力で頑張れるんだ。
ハイディのところへとたどり着くと、リディさんとイーリスもいっしょにいた。
シィにはいきなり3人に挨拶してもらうことになるけど、大丈夫かな?
まあ、できる限りフォローしていくしか無いか。でも、いきなりハイディは失敗だったかもしれない。
だけど、相手の視界に入ってしまったことがはっきりと分かる。もう引き返すことはできないぞ。
手を上げたハイディに、こっちも手を振って返す。ハイディが僅かに微笑んでくれた。
「オリヴィエ様、リディさん、イーリス。今日はこんないい場所を用意してくれてありがとう。それで、この子はシィ。ぼくの妹で、オリヴィエ様に治療してもらった子だよ。そして、シィの抱えている人形がミリン。シィの契約モンスターなんだ」
「シィ! よろしくおねがいします!」
「わしはミリンじゃ。シィを治療してもらったこと、感謝するのじゃ」
「シィのことはユーリに頼まれたからな。そうでなければ、わざわざ余が治療などせん」
「オリヴィエ様、こんな子供にそのような態度は……小生はリディと申します。シィさん、よろしくお願いしますね」
「俺はイーリス。ユーリの妹ってのはよく分かるぜ。そっくりな見た目だからな」
うん、最初の方は上手く行っているみたいだ。ハイディも口調の割に声が優しいし、きっとシィを受け入れてくれている。
リディさんはシィに目線を合わせて落ち着いた声で話しているし、子供の扱いに慣れているのかもしれない。
イーリスはいつもどおりだ。だけど、ぼくとシィが似てるって言われるのは嬉しいな。
シィは思っていたより怯えていないし、人と接することに慣れてきたのかもしれない。
この調子なら、他の人に紹介してもうまくいくかもしれないね。
「オリヴィエさま、シィのことを治してくれてありがとう!」
「せっかく余が手ずから治療してやったのだから、ユーリの役に立て。余の物の状態を保つことが余に尽くすことだと知れ」
「おにぃちゃんのやくにたつのは当たり前! シィ、おにぃちゃんがだいすきだから!」
本当にシィは可愛らしいけど、あまりぼくの役に立つことにとらわれてほしくはない。
シィがしっかりと自分の幸せをつかんでくれることが、ぼくにとっても幸せなのだから。
もちろん、シィがぼくの役に立つことが幸せだというのならそれでいいんだけどね。
でも、きっとシィの幸せはそれ以外にあると思う。だから、シィをぼくに縛り付けたくはない。
まあ、ゆっくりと分かっていってもらえばいいだろう。いきなりそういう事を言っても、シィには拒絶と捉えられるかもしれない。
「ありがとう、シィ。ぼくもシィが大好きだよ。シィが幸せになれるように頑張るからね」
「シィ、もうしあわせだよ? おにぃちゃんがいっしょなら、それでいいの」
「くくっ、ずいぶんと懐かれているようではないか、ユーリ? シィも余を楽しませてくれそうだな」
「ユーリ殿は優しい方ですからね。それがシィさんにも通じたのでしょう」
「どうだかな。だが、ユーリは俺より強ぇんだから、頼りにはなるだろうぜ」
「ドラゴニュートより強いとは、ユーリは本当に強いのじゃな。だが、それでこそシィの兄じゃ」
シィがぼくのことをとても大好きでいてくれるというのは本当に嬉しい。
だけど、ぼくだけがいればいいなんて考えだと困るんだ。なにせ、ぼくはいつ死んでもおかしくない冒険者なんだから。
できるだけ死なないように全力を尽くすつもりではある。だけど、それで必ず死を避けられるわけじゃない。
ぼくがいなくなるだけでシィが希望を失うようなことにはなってほしくない。
だからこそ、ぼく以外の人とも関係を作っていてほしいのだ。ぼくの知り合いたちにシィを紹介するのはその第一歩なんだ。
シィの幸せを本当に願うのなら、シィが1人でも生きていけるか、あるいはどれだけでも繋がりを作れるか。
そんな人間になってほしいと思うのが人情というものではないだろうか。
「みんな、シィのことをよろしくお願いします。可愛い妹だから、どれだけでも幸せになってほしいんです」
「くくっ、貴様に子供ができた時には面白い光景が見られるかもな。シィのことは頼まれてやる」
「ええ、もちろん。シィさんはしっかりした方のようですからね。仲を深めることに異論はありませんよ、ユーリ殿」
「ああ、任せておけ。オリヴィエ様が受け入れた以上、俺たちもシィのことを大切にするのは決まっているからな」
「ありがとう、みんな。じゃあ、そろそろ他の人にもシィを紹介しに行きますね」
「ばいば~い!」
ハイディたちは手を振りながら送り出してくれた。まずは一息つけるかな。一番の難関を最初に攻略してしまったな。
だけど、だからこそこれからはもう少し楽だ。みんな優しい人だから、きっとシィのことを受け入れてくれる。
ハイディが優しくないかっていったら、そんなことはないと言えるけど、でも恐ろしいところもある人だから。
他の人達に恐ろしいところが無いわけではないだろうけど、シィの可愛さならきっと大丈夫。
さて、つぎはアリシアさんたちに紹介しておこう。
ここを乗り切ることができれば、後はスムーズに進むと思う。シィが人に慣れてくれるだろうからね。
シィの手を引きながらアリシアさんたちを探すと、すぐに見つかった。
アリシアさんたちはこちらを見かけると微笑んでくれる。やっぱりかっこいいなあ。
さすがはぼくの尊敬する師匠たちだ。どんな顔も様になっている。
「アリシアさん、レティさん、紹介するのが遅れてしまいましたけど、この子がぼくの妹のシィ。あの研究所で育てられていたみたいです」
「シィです。よろしくおねがいします!」
「ミリンじゃ。ユーリからは紹介されんかったが、わしはシィの契約モンスターなのじゃ」
「アリシアだよ。よろしくね、シィちゃん、ミリンさん。それにしても、人型でない契約モンスターもいるものなんだね」
「知性を持っていればいいらしいです。ぼくの家の資料にありました。ミリンは、その実験で生み出されたのでしょう」
「ひどいことをする人もいるものだね。それで、この子がユーリ君の妹なんだ。お姉さん、ユーリ君ともども可愛がっちゃうぞ~」
そう言いながらレティさんはシィに抱きついていく。シィは少しくすぐったそうではあるけれど、楽しそうな顔だ。
これは上手く打ち解けてくれそうだ。さすがだな、2人共。
「すっごーい! ふかふかだ~。もっとさわっていい?」
シィはレティさんに抱きつかれながらレティさんの体を色々と触っている。
たしかに、レティさんの鳥のような羽根が生えている部分は暖かくて触って心地よさそうだ。
ちょっと興味があるけれど、流石にぼくがそんな事を言いだしたら問題だよね。ちょっとシィが羨ましいかもしれない。
前にレティさんと出かけた時に、ちょっと感触は確かめられたんだけどね。でも、もう少し気になるというか。
やめやめ。今ぼくはろくでもない考えをしているぞ。素直にシィと2人の関係が上手く行きそうなことを喜んでおこう。
「別に触ってもいいけど、引っ張ったりしたらダメだよ。お姉さんとの約束だよ?」
「うん! いたそうだから、ひっぱったりしない! やくそく!」
シィはとても楽しそうにレティさんの鳥のような部分を触っている。
それにしても、痛そうだから引っ張らない、ね。シィはすでに他者への配慮を覚えているということになる。
ぼくはシィの成長に飛び上がりそうなほど喜んでいたけど、もしかしたら初めからできていたのかな?
なんにせよ、シィがとてもいい子だということがよく分かる話だ。
ほんと、この子がぼくの妹で良かった。かわいくていい子でよく懐いてくれるとか、いいところしか無いよね。
そんなシィの様子を、アリシアさんもレティさんも微笑ましげに眺めてくれている。
このぶんなら、アリシアさんとレティさんも大丈夫そうだ。
やっぱりシィがいい子だから、みんな気に入ってくれるんだよね。ぼくはシィの兄でいられることを誇らしく感じた。
「アリシアさん、レティさん、そろそろこのあたりで失礼しますね。他のみんなにも紹介したいので」
「うん。折角の機会だし、全員に紹介しておくといいよ。シィちゃんはいい子だから、みんな良くしてくれると思うよ」
「シィちゃん、ユーリ君、ミリンちゃん、またね~。お姉さんにまた会いに来てもいいんだよ」
こうしてアリシアさんたちにもシィの紹介を済ませることができた。
それからも、他のみんなにシィを紹介していったけど、みんなシィのことを気に入ってくれた。
シィもみんなによく懐いている様子だったから、これで一安心かな。
そしてパーティはつつがなく進行し、楽しい一日が終わった。
つらいこともいっぱいあったプロジェクトU:Reの事件だけど、シィと出会えたことは間違いなくいいことだった。
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