102話 優しさ
シィが目覚めて、ぼくと一緒に住むようになった。だいたいどこにでもついてくるけど、流石に冒険には連れて行こうとは思えない。
いくら強い契約技を持っていると言っても、シィはただの子供なんだ。それに、ほんとうの意味で戦闘に慣れているわけではない。
シィを幸せにしたいぼくとしては、できれば冒険者としてオーバースカイに加入しようとはしてほしくなかった。
冒険者だと幸せになれないとまでは思わないけれど、幸せになるのは難しいからね。
シィがもっと大きくなって、それでも冒険者になりたいというのならそれで構わない。
だけど、他の道に進めるのならば、それに越したことはないはずだ。
でも、どうやってシィに他の道を進ませるための知識や経験を身に着けさせればいいだろう。
ぼくはそういったことにまるで詳しくないので、どういう方針を立てればいいかすら分からなかった。
後で誰かにシィのことを相談できればいいんだけど、その候補となるのは、サーシャさんとステラさんかな。
いや、アリシアさんとレティさんもいいかもしれない。
ハイディやリディさんは立場が違いすぎて、きっと参考にならないと思う。
まあ、急ぎの話ではない。あまりのんびりしすぎても良くないけれど、慌てても仕方のないことだろう。
まずは、シィに自分の幸せの形を見つけてほしい。そこがはっきりしているならば、後はなるようになると思う。
ぼくの幸せはみんなと一緒にいることだ。シィの幸せは一体どんなものになるだろう。
シィの幸せが見つかったのならば、ぼくは全力で支えるつもりだ。
もし仮に、人を積極的に傷つけるような幸せだったなら止めるだろうけど。
でも、シィの様子からはそんな未来はまるで想像できない。だから、大丈夫だろう。
それよりも、今日はプロジェクトU:Reを壊滅させたお祝いのパーティがある。
シィも連れて行っていいとのことだから、みんなに紹介するついでに美味しいものを色々と食べさせてあげたい。
今のところはシィにアクアとカタリナとステラさんしか会わせていないからね。
同じ家に住んでいるとはいえ、そこまでみんなで集まったりはしないのだ。
まあ、みんなはぼくがシィにつきっきりで居たいのを察してくれていたというのもあるのだろうけれど。
シィにパーティの説明をしたら、とても目をキラキラさせてくれていた。
人見知りっぽいところのあるシィだけれど、やっぱり美味しいものがいっぱいなのは楽しみらしい。
できるだけ、ゆっくりとみんなに紹介していきたいな。いっぺんにだと、きっとシィは疲れ切ってしまうからね。
みんなには先にパーティに向かってもらって、ぼくはシィといっしょに会場であるハイディの屋敷へと向かう。
ミリンもなんだか楽しそうな雰囲気に見えるので、誘ったのは正解だったかな。
「おにぃちゃん、美味しいものってどんな物があるの?」
「まだわからないかな。でも、いろいろな種類があるらしいよ。選んで食べていいみたいだね」
「だったら、おにぃちゃんがえらんでくれる? シィはあんまりわかんない」
「かまわないけれど、見た目や匂いで気になったものがあったら言ってね。取り分けてあげるから」
「うん! どんなものがあるのかなぁ。たのしみだね、ミリンちゃん」
「わしは何も食べられんのじゃが……まあよい。目一杯楽しむといいぞ、シィ」
ぼくがシィの食べ物を選ぶとなると、どういう基準がいいかな。たぶん、苦いものと酸っぱいものと辛すぎるものは避けたほうがいいよね。
シィがどんな物を美味しいと感じるかはまだよく分からないけれど、そこは当たっているだろう。
肉とか魚とか野菜とか果物とか、いろいろな種類を食べさせてあげよう。
どうしてもシィが嫌いなら、ぼくが代わりに食べてあげればいいよね。
ぼくは冒険者として美味しくない保存食にも慣れているから、どうということはない。
甘やかしすぎると良くないのかもしれないけれど、どうしてもシィのことを可愛がりたくなってしまう。
会場へとたどり着くと、すでに玄関から飾り付けられている様子で、思わずのけぞりそうになる。
でも、シィは飾りの豪華さに興奮しているようなので、微笑ましくなってしまう。
今回のパーティの前にシィが目覚めてよかったな。きっとシィにとって楽しい思い出になってくれるはずだ。
中に入っていくと、広間へと案内された。そこも豪華な飾り付けと、豪勢な料理がたくさんある。
今回のパーティでは自分の好きな料理を好きに取っていく形だと事前に聞かされていた。
本当にたくさんの種類の料理があって、全部の料理を食べるのは不可能だろうな。
さて、どれを選んであげるといいのかな。まずは挨拶なりがあるだろうけれど、もう料理が出されているのだし、すぐに食べられるよね。
シィは目を輝かせて料理の方を見ているので、あまり待たせたくはない。
ほんと、シィは感情豊かって感じだ。見ていて楽しくなってくるよね。
今回のパーティもぼくに配慮してくれたのか、親しい人くらいしか参加していない。
王族も関わるようなパーティでそういう事ができるってのは驚きだけど、そっちのほうがいいよね。
ぼくたちがたどり着いてすぐに、ハイディからの言葉があった。
ハイディはきれいなドレスを着ていて、いつもの威圧感が和らいでいる。本当のお姫様みたいだ。
ちょっと見とれていると、シィに強く手を握られてしまう。シィの方を見ると、こちらを不満げに見ていた。
シィはもう嫉妬心を覚えているのかな。可愛らしくはあるけれど、毎回こうだと困ってしまう。
シィはとても大切な相手だとはいえ、他の大切な人とも接していきたいのだからね。
まあ、初めてできた親しい人だと思うと、取られそうになっちゃうと怒るのは分かるかな。
だけど、みんなとシィには仲良くやってもらいたい。どっちも大切だから、片方を切り捨てたくはないんだ。
「此度はよくぞアードラの驚異を打ち払った。オーバースカイよ、見事だったな。余が用意した席、存分に楽しんでいくがいい」
相変わらずの偉そうな物言いだ。でも、このパーティを用意してくれたのはハイディだと思うと、なんだか愛らしさすら感じる。
シィにはハイディだけは紹介したい。シィの治療をしてくれた人なんだからね。
まあ、すぐに紹介することは難しいかもね。まずはシィが満足するまでご飯を食べさせよう。
「さあ、思い思いにこのパーティを楽しむが良い。無礼講でいいぞ。貴様らならば許してやろう」
ハイディの無礼講はあまり信用できないけれど、多少なら許してくれるとは思う。
シィがあまり失礼を働かないように気をつけておかないとね。シィが大切だからこそ、そこを間違えさせてはいけない。
シィの命にすら関わってくることだろうから、絶対にしっかりさせないと。
そのまま、ハイディは下がっていってみんなはそれぞれに動き始めた。
ぼくはシィと手をつないで料理のもとへと向かう。
シィは色々と目線を動かしているので、気になるものがたくさんあるのだろう。
「シィ、どれを食べてみたいかな?」
「まずはおさかな! おにぃちゃん、さがしてくれる?」
シィは前にステラさんの魚料理を気に入っていたみたいだから、似たような味のものがいいだろうか。
たしか煮物だったはずだけど、それでいいのかな? まあ、いくつか取り分けてみればいいか。
料理の中から魚料理をいくつか見つけ、皿に盛り付けていく。
それをシィに手渡すと、勢いよく食べ始めた。頬を膨らませながら食べている。可愛いけれど、注意したほうがいいだろうか。
「やっぱりおさかなおいしい! でも、つぎは別のものを食べてみたいなぁ?」
シィにおねだりされてしまったので、肉や野菜を持ってくることにする。
最後に甘いものを食べさせてあげたいので、お腹の具合が大丈夫か気にしておかないとね。
また用意したお皿を渡すと、今度も勢いよく食べ始める。口の周りをベタベタにしているので、拭いてあげないとね。
「おいしいよ、おにぃちゃん! あ、このあかいの食べてみたい!」
シィの口を拭いてあげてから、シィの指示したものを皿に取り分ける。
結構辛そうに思えるけど、シィは大丈夫だろうか? まあ、辛くてもぼくが代わりに食べてあげればいいか。
シィが辛いものが苦手だとしても、泣き出すほどのものには見えない。食べさせても問題ないか。
ぼくが渡した料理を口に入れると、すぐにシィは顔をしかめる。やっぱり辛かったか。
それでもしっかりと飲み込んでいたので、ぼくはシィを抱きしめてあげたいような気分になった。
「おにぃちゃん、これ、したがピリピリする。ぜんぶたべないとダメ?」
「ぼくが代わりに食べてあげるから、無理しなくていいよ。後で甘いものを持ってきてあげるね」
「ありがとう、おにぃちゃん! おにぃちゃんはやさしいね!」
優しいというか、甘いような気もするけど、どうしてもシィのつらそうな顔は見たくない。
だから、やりすぎなくらい甘やかしちゃうのかな。どの程度の厳しさを持てばいいのだろうか。
もしシィが冒険者になるつもりなら、絶対に厳しく指導するけど。シィの命にかかわるのだから当然だ。
シィに嫌われることよりも、絶対にシィが死ぬことのほうが嫌なのだから。
そのままシィに甘いものを持ってくると、顔をほころばせながら食べている。また口周りを汚しているけど、これはきれいに食べるのが難しそうだからな。
今回は身内のような人ばかりだからいいけど、ある程度は教えておいたほうがいいのだろうか。
まあ、そんな外部の人がいるパーティにシィが出ることはないか。
結論としては、ステラさんにも頼りながらおいおい教えていくのがいいかもね。
「これあまくておいしぃ~。もっとちょうだい!」
シィにもう少し取り分けても数は十分ありそうだったので、シィの欲しがったものを皿に盛り付ける。
シィは今度は食べる前から笑顔だった。美味しいって知りながら食べるのは飴以来だろうけど、飴の時はこんな反応じゃなかった。
つまり、よほど美味しいのだろう。この料理をぼくの家でも用意できるといいのだけど、無理だよね。
「ふぅ、おなかいっぱーい。おにぃちゃんもおなかいっぱい?」
ぼくもシィが食べ進めている横で食事を取っていたので、もう満足している。
「そうだね。じゃあ、少し休んで他の人達に挨拶に行こうか?」
「はぁ~い。やさしいひとだといいね!」
「ユーリがシィに紹介しても良いと思っているのじゃから、大丈夫じゃろ。ユーリがどれほどシィを大切にしているかはよく分かっておるぞ」
「そうだね、ミリンちゃん。じゃあ、つれていってくれる?」
さて、これからシィをみんなに紹介することになる。みんながシィを受け入れてくれますように。
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