101話 名前
シータが目を覚ましたことで、プロジェクトU:Reの問題は完全に解決したような気がしていた。
だけど、シータがちゃんと健康でいられるかを確認しないといけない。そのあたりについてはよく分からないので、サーシャさんに相談した。
「サーシャさん、今回の事件で仲間になった妹のシータなんですけど、ずっと意識を失っていて、ようやく目を覚ましたんです。体の調子を確認する手段ってありますか?」
「それでしたら、わたくし自身がお役に立てますわ。わたくしの契約技はそのあたりにも応用が効きますもの」
サーシャさんが生命力を吸収する力を持っていることは知っていたけど、そんな形でも使えるのだな。
だったら、サーシャさんにシータのことをお願いするといいだろう。サーシャさんのことは信頼できるからね。
「では、シータのことをお願いできますか? ここに連れてきますね」
「ええ、構いませんわ。ユーリ様のお役に立てて、嬉しいですわ」
そうしてサーシャさんのもとへとシータを連れてくる。
シータは素直についてきていて、ミリンのことを抱えながらぼくの腕をつかんでいる。
シータはぼくにずいぶんと懐いてくれているけど、他にも大切な人を増やしてほしいな。
そうすれば、きっともっとシータは幸せになってくれるだろう。願うならば、それがぼくの大切な人であればもっといい。
まずは、サーシャさんをシータに紹介してみるか。
ところで、シータのシータって名前、できれば別のものにしたいという気持ちがあるけれど、本人が望むかどうかがわからないからな。
みんなが名前を覚え直す手間を考えると、できるだけ早いほうがいいと思うけど。
どうしようかな。まあ、まずはシータの体調を見てもらわないとね。
「サーシャさん、こちらがぼくの妹のシータです。シータ、この人はサーシャさん。ぼくが色々とお世話になっている人で、きみの具合を見てくれる人だよ」
「シータ様、よろしくお願いしますわ。ユーリ様の妹ということですから、精一杯支えさせていただきますわ」
ぼくの妹じゃなければ支えないと言っているようにも聞こえるけど、流石にそんなことはないか。
サーシャさんにはこれまでいっぱいお世話になっているんだから、あまり疑うのもどうかと思う。
それよりも、シータの具合が本当にいいのかどうかのほうがよほど大切だ。
シータはサーシャさんにちょっと怯えている様子だったけど、ぼくの腕をしっかりと握って挨拶を返す。
「シータ。サーシャさん、よろしくね」
なんというか、ぼくに話しかけているときとだいぶ印象が違うな。まあ、緊張しているのだろう。
シータの周りの大人はきっとろくでもない人ばかりだっただろうことは分かる。
だから、初めて会う人にうまく対応できないとしても、ある程度は仕方のないことだ。
いずれは、ぼくがいなくてもちゃんと話をできるようになってほしいところではあるけれどね。
「シータがすまんな。わしもそうだが、良き人にこれまで出会ってこられなかったのじゃ。失礼をするかもしれんが、勘弁してほしい」
ミリンが急に話しかけたのを受けて、サーシャさんは大きく目を見開いていた。
それは当然なんだけど、ぼくの方からミリンを紹介しておけばよかったかもしれないな。
そうすれば、サーシャさんは今ほど驚かなかったと思う。まあ、今からでも説明しよう。
「今サーシャさんに話しかけたのは、シータの契約モンスターのミリンです。シータが抱えている人形がそうですね」
「そうなのですわね。少々驚きましたが、シータ様の契約モンスターでしたら、親しくさせていただきたいですわ」
「よろしく頼むぞ、サーシャ。わしはシータが幸せであればそれで良いから、シータのことを主に気にしてやってほしいのじゃ」
「かしこまりましたわ。シータ様、それでは、シータ様の体の調子をはかりたいと思いますわ。こちらに手を出して下さいまし」
シータは不安そうにこちらを見ている。ぼくがうなずくと、ゆっくりとサーシャさんの方へと手を伸ばした。
サーシャさんはその手を取って、そこからなにか力を流し込んでいるようにみえる。
しばらくシータの手を握っていたサーシャさんだが、何度かうなずいた後、シータの手を離す。
「ユーリ様、シータ様の健康には問題がない様子。これでしたら、日常生活を普通に送っても問題はないでしょう」
「あまり食べていなかった人が、いきなり食べると危ないって聞いたんですけど、それも大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありませんわ。オリヴィエ様に手を貸していただいたのが良かったのでしょう。身体的には至って健康ですわ」
そういうことならば安心だ。シータに美味しいものを色々と食べさせてあげたかったからね。
それに、遊びを色々と教えることもしたい。シータの好みはどんなものだろうな。
そうだ。他に誰もいないことだし、今のうちにシータの名前について聞いてみるか。
「シータ、きみさえ良ければぼくから名前を贈りたいんだけど、どうかな?」
「おにぃちゃんが名前をくれるの? かわいいなまえにしてね!」
「シータという名前に込められた意味を考えれば、変えたくなるのも当然か。ユーリよ、良い名前にするのじゃぞ?」
「シィ。これでどうかな? もっと長いのが良ければ、シーリアとかも考えたけど」
忌々しい名前とはいえ、全く原型を留めないこともシータの人生の否定のような気がして、要素を少し残した名前を提案してみた。
シータは気に入ってくれるだろうか。せっかくだから、シータが好きになってくれる名前がいい。
「シィでいいよ! おにぃちゃんのくれた名前、たいせつにするから!」
「シィか。呼びやすい名前ではあるな。シィよ、新しい名前になっても、よろしく頼むのじゃ」
「うん! ミリンちゃんはこのままでいいよね?」
「そうだな。シィのつけてくれた大切な名前じゃ。これからも、わしはミリンが良い」
シィとミリンの間には強い絆があるようにみえる。これまで会話もできなかったはずなのに、よくそんな関係を築くことができたな。
ぼくもシィを見習うべきところがあるのだろう。きっと、シィはこれまでミリンをとても大切にしてきたはずだ。
そういえば、アクアはどういう経緯で名付けられたのだろう。今更呼び方を変える気はないけれど、少し気になる。
ぼくが名付けた名前であってくれればいいんだけどね。あの両親が名付けた名前だと思うと、ちょっと微妙な気分だ。
まあ、アクアはアクアだ。ぼくにとって大切なペット。それでいいだろう。
「それでは、これからはシィ様と呼ばせていただきますね。ミリン様も、どうかよろしくお願いいたしますわ」
「よろしくね。でも、おにぃちゃんは渡さないから」
「よろしく頼むぞ。シィのこと、しっかりと支えてもらうからな」
「ふふ。妹から兄を奪うほど、わたくしは性悪女ではありませんわ。ユーリ様ともども、大切にさせていただきますわ」
「むぅ……おにぃちゃん、サーシャさんより、シィのことを大切にしてね!」
そんなことを言われると困ってしまう。思わずサーシャさんの方を見ると、ウインクをしてくれた。可愛らしくて癒やされるけれど、きっとシィの言葉を肯定していいという意味だろう。
サーシャさんに理解があって助かるよ。シィのことは大切だけれど、流石に目の前で順位をつけさせようとするのは勘弁してほしい。
「わかったよ。シィは家族だから、めいっぱい大切にしてあげるね」
「うん! おにぃちゃん、だいすき!」
シータは相変わらず器用にミリンを抱えたまま抱きついてくる。
ミリンが苦しそうにしている様子はないし、よほど上手く抱えているのだろう。
よし、これでシィの抱える問題は一通り解決したかな。あとは、色々なことをシィに教えてあげたい。
「サーシャさん、今日はありがとうございました。それでは、失礼しますね」
「ええ、またお会いしましょうね、ユーリ様。ごきげんよう」
そのままぼくたちはステラさんの家へと帰っていく。家ではみんな揃っている様子だったけど、シィのためにまずはステラさんとだけ話をすることにする。
シィはいっぱい人に囲まれたいとは思わないだろうからね。みんな優しい人ではあるけれど、それがすぐに伝わるわけではないだろう。
ということで、ステラさん1人だけの空間にシィとミリンを連れて行く。
ステラさんはこちらに気がつくと、いつもどおりの優しい顔で反応してくれた。
「ユーリ君、その子は元気になったようですね。紹介していただいてもいいですか」
「はい、妹のシィと、その契約モンスターのミリンです。ミリンは、シィが抱えている人形のことですね」
「シィさん、ミリンさん、よろしくお願いしますね。これから同じ家に住むのですから、仲良くしていきましょうね」
ステラさんはシィと同じ高さに目線を合わせて挨拶する。
シィはそこまで怯えている様子ではなく、サーシャさんのときよりはだいぶ落ち着いている。
やっぱり、ステラさんの優しさはシィにも伝わるものなのだな。なんだか嬉しい。
「シィ、です。おにぃちゃんの妹です。ステラさん、よろしくお願いします」
「ミリンじゃ。シィともども、よろしくお願いするのじゃ」
一応あいさつは上手く行っているようにみえる。まあ、ゆっくり仲良くなっていければ十分だ。時間はたっぷりあるんだからね。
それよりも、ステラさんにお願いしたいことがある。受け入れてもらえるかな。
「ステラさん、できればシィに料理を作ってあげてもらえませんか? 美味しいものをほとんど知らないようなので、食べさせてあげたいんです」
「かまいませんよ。ユーリくんも食べていきますよね。それで、何を用意しますか?」
「魚料理を一品入れてほしいです。ぼくが好きなものだってシィに教えたことがあるので」
「分かりました。では、用意してきますね」
ステラさんが料理の準備に向かったので、ぼくはシィやミリンと話しながら待っていた。
しばらくして、ステラさんが料理を持ってやってくる。すでに美味しそうな匂いがしている。
「わぁ、いいにおい! ステラさん、たべていい!?」
シィは料理に興奮して、ステラさんにだいぶ気を許しているのかもしれない。さっきとは全然態度が違う。
ステラさんは優しくほほえみながら、食べることをうながした。
シィは夢中になって食べていた。口元がかなり汚れているようだったけど、まあ仕方ないか。
すぐに食べ終えたシィは、明らかにごきげんな様子だった。
「ステラさん、おいしかった! ありがとうございました!」
「いえいえ。それで、どの料理が一番美味しかったですか?」
「このお皿のやつ!」
シィが指さしていたのは、ぼくが用意を頼んだ魚料理だ。つまり、シィとぼくは同じ好みということになる。家族のようなつながりを感じてとても嬉しい。
「それが、魚なんですよ。ユーリくんの好物です」
「おにぃちゃんもこれがすきなの? おそろいだね」
シィは嬉しそうな顔でそう言葉を発する。シィがそれを喜んでいることが分かって、ぼくも喜ばしい気持ちになっていた。
「そうだね。やっぱりシィとぼくはきょうだいなんだね」
「うん! シィはおにぃちゃんの妹! だから、おにぃちゃんとずっといるの!」
そのままシィは席を離れて勢いよく抱きついてくる。はしたないけれど、可愛らしくもある。
それから、ステラさんも交えて話をしながら過ごしていき、最後にぼくたちはアクアと同じ部屋へと戻っていく。
アクアはシィを受け入れてくれて、今日からはノーラも交えた5人で寝ることになった。
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