99話 心

 プロジェクトU:Reに関する事件は終わって、シータが目覚めないこと以外は特に問題もなく日々を過ごすことが出来ていた。

 サーシャさんによると、結局ぼくの両親は死罪になったようだ。あの女は母親だろうということだった。

 まあ、そんなことはどうでもいい。ぼくたちは久しぶりの平和を満喫していて、あの戦いの疲れを癒していた。


 初めて人を殺してしまった心の負担は思っていたより小さくて、初めて人型モンスターを殺してしまったときほど沈み込まなかった。

 結局ぼくは冷徹な存在になってしまったのかもしれない。だけど、仲間を大切に思う気持ちだけは変わっていないはず。

 仲間に幸せになってほしいという想いはぼくが絶対に失ってはいけないものだ。

 もし人を殺すことに慣れてしまうのだとしても、それで仲間を傷つけないようにしないと。


 それはさておき、ぼくは休みであることを利用して、ステラさんに貰った指輪で思いを送り合うことを色々検証していた。

 ぼくが送りたいと感じた思いがアクアに伝わって、アクアが送りたいと感じた気持ちがぼくに伝わるようだ。

 雑音混じりの音でしか伝わっていないので、無意識の感情なんかは伝えられないと思う。

 それでも、これで出来る様になることはかなり多いんじゃないかな。結構遠くでも思いを伝えられるみたいだし。

 何よりも、アクアとつながっていられる感覚がとても嬉しい。役に立たないとしても、これだけで満足できると思うくらいには。

 ステラさんにも、ハイディにも、とても感謝しないといけないよね。指輪と白金勲章をもらったから、今の気持ちがあるのだから。

 もちろん、アクア本人にも感謝が必要だけどね。ほんと、ぼくは出会いに恵まれていると思える。


 それで、アクアと会話の延長線上のように思いを送り合っていると、なんだか秘密の遊びをしているような感覚になっていた。

 例えばカタリナがここにいたとして、こっそりと聞かれたくない話をすることもできる。

 まあ、聞かれたくない話ってなんなのかって感じだけど、背徳感のようなものがあっていいよね。

 アクアもぼくも、いろいろな気持ちをお互いに送り合っていた。言葉にするのは難しいことも送っているような気がする。


(アクアの手はひんやりしていて気持ちがいいね。でも、ずっと触れていても寒くならないんだ)


(アクアはユーリにとって最高のペットなんだから、ユーリが心地いいのは当然)


 すっごく恥ずかしい気持ちをアクアに送ってしまった気がする。でも、言葉より簡単に思いが送られていくから、多分本音に近い心が送られている。

 ぼくにとってアクアの手が気持ちいいことはきっと大事なことなんだろう。だから、言葉には出さないけど思いは送られてしまう。

 それもそうか。大好きなアクアと触れ合っているのが大事な思いで無いはずがない。

 でも、アクアの手に思いを込めているって、なんだかぼくの恥ずかしい部分が露出している気分になっちゃうな。

 だけど、それでいいんだ。ぼくがアクアに悪意を抱いているはずがない。だから、言葉にできない思いがしっかり伝わるのは嬉しいことに決まっている。

 アクアがぼくにとって最高のペットだというぼくの思いもアクアに伝わっているようだし、思いが伝わるというのは楽しいな。


(アクアのおかげでぼくは1人じゃなくなったんだ。アクアがいないぼくはきっとダメになっていたよ)


(アクアがいなくても、ユーリはきっとかっこよかったと思うけど、アクアと一緒じゃないユーリは考えたくない)


 垂れ流しにしていた思考に対するアクアの返答を聞いてハッとした。

 そうだよね。ぼくがアクアのいないぼくを考えたくないように、アクアだってぼくのいないアクアを考えたくないと思ってくれている。

 なら、アクアと一緒にいられる幸運に感謝するだけで、アクアと離れることなんて考えなくていい。

 アクアはぼくの幸せを喜んでくれるとはいえ、アクアなりの喜びだってあるに決まっている。

 それをぼくが満たしてあげられるように、アクアのことをずっと考えていればいいんだ。

 ぼくの幸せはすべてアクアあってのものなんだから、ぼくのすべてをアクアに捧げることに迷いなんて無い。

 アクアが幸せになってくれるのなら、きっとぼくはどんなことだってできる。

 アクアの幸せの中にぼくがいることは間違いないから、自分を犠牲にすることはないだろうけれど。


(アクアはいま幸せかな? ぼくは幸せだよ。アクアがいてくれるおかげだね)


(当然アクアも幸せ。ユーリの傍にずっといられるなら、アクアはずっと幸せだから)


 なんて幸せなんだろう。ぼくの大好きなアクアが、ぼくの傍にいられるだけで幸せだと思ってくれる。最高の気分だ。

 アクアにも同じような気持ちを感じてもらえるように、ぼくも頑張っていきたいな。

 きっと、アクアはすでに幸せを感じてくれているだろうけど、もっともっと幸せにするために。

 その時のアクアの顔を見ることが出来たならば、ぼくだって幸せになれる。

 嬉しいことだよね。大切な人が幸せになってくれている姿は。その瞬間が待っているから、頑張ることに意味を見いだせるんだ。


 それからもアクアとじゃれ合って一日を過ごして次の日。冒険者として活動をしていると、カタリナの動きがおかしいように感じられた。

 ノーラの能力をうまく使いこなせていたのに、過剰な出力で敵を攻撃してみたり。

 なんだかいつもと弓を撃つタイミングが違ってみたり。カタリナは大事なく敵を倒せていたとはいえ、少し心配だった。

 そこで、次の日に休みを取ることで、カタリナと2人になる時間を作ることにした。


 そして次の日、カタリナとぼくは一緒に過ごしていた。めずらしく家の中でカタリナとふたりきりだ。

 少しだけゆっくりとした時間を過ごしたあと、カタリナに気になっていたことを問いかけてみる。


「カタリナ、最近調子が悪かったりする? いつもと動きが違うみたいだったから、気になって」


 ぼくのその言葉を受けて、カタリナは嬉しさと呆れを同時に感じているみたいな、なんとも言い難い表情をしていた。

 ただ、少し経つと優しげな顔をするようになっていたので、機嫌を損ねたわけではないみたいだ。


「ふふっ、あんたはほんと、細かいことに気がつくものね。でも、大事なことには気がついていない」


 カタリナの言う大事なことってなんだろう。カタリナの表情は悪いものではないから、ぼくが気がついていないことは大きな問題ではないはず。

 だから、落ち着いてカタリナと向き合うことが出来ていた。


「それが何かを聞いても教えてくれないんでしょ? でも、カタリナに負担はかけたくないから、気になるようだったら言ってね」


「いいのよ。あんたはそのままで。そんなあんただからこそ、あたしはチームを組もうと思ったんだから」


 カタリナに肯定してもらえていると思うと嬉しいな。カタリナには何度も助けてもらっていたから、しんどい思いをしているだけかもしれないと心配していた。

 だけど、今のカタリナの表情を見る限り、きっと大丈夫だ。今にも見とれてしまいそうな穏やかな顔で、不満を溜め込んでいるとは思えない。

 アクア水を手に入れるまで、カタリナにはずっと助けられてばかりだった。1度だけ小さい頃に助けたことがあったのは、この前の件で思い出したけど。

 それくらいのことで、あれだけ助けてくれたんだ。カタリナには感謝してもしきれない。

 まあ、口の悪さは少しだけ改善してほしい気もするけれど。でも、そこもカタリナの魅力だと今なら思える。


「カタリナとチームを組むことが出来たのは、ぼくにとって大きな幸運だったから。その分をカタリナにお返ししたいんだ。だから、何でも言ってね」


「ふふっ、あたしのことなんて何にも分かっていないくせに、生意気なのよ。……ほんと、あんたはヘタレで、情けなくて、マヌケだわ」


 言葉の内容とはまるで一致しない柔らかい声で、だからきっと、ぼくにとっていいことがあるのだと感じていた。

 カタリナは口の悪さとは裏腹にとても優しい人だ。だから、アクア水を手に入れる前の情けないぼくを助けてくれていた。

 今でもカタリナにはぼくは情けなく見えているのかな。できれば、かっこいいと思っていてもらいたいけれど。

 そうじゃなければ、きっとカタリナには頼ってもらえない。カタリナに恩返しできる人に今のぼくはなれているはずだ。

 カタリナには幸せになっていてほしい。これは間違いなくぼくの本当の気持ちだから。


「そうかもね。でも、カタリナの力にきっとなってみせるから。カタリナの幸せのために頑張りたいんだ」


「あんたってほんと、あたしがいなきゃどうしようもないやつだって、今の会話だけでもわかったわ。だから、仕方がないから、あたしは決めたの」


 そう言ってぼくの両頬に手を当てて近づいてくるカタリナ。この先の展開がわかった気がして、とてもドキドキしていた。

 そのままカタリナはぼくにキスをする。カタリナの唇は柔らかいけど、アクアとはずいぶん感触が違う。当たり前だよね。種族からして違うんだから。

 でも、ぼくが感じるドキドキは似たようなものだった。恥ずかしいような、嬉しいような。

 離れていったカタリナは、いつかカタリナを助けた時に見た顔より、もっと素敵だった。


「どうしようもないあんたを支えてあげるために、あたしがずっとそばにいてあげるわ。あたしと、あんたと、アクアと、その3人で。幸せな未来を掴み取ってみせるのよ」


 カタリナが当たり前のようにアクアを大切に思ってくれていることが伝わって、とても嬉しい。

 でも、それだけじゃない。ぼくとカタリナとアクアの3人で幸せになることは、ミストの町にいた頃のぼくの願いだったように思う。

 カタリナもきっとぼくと同じ気持ちでいてくれたのだ。きっとアクアも同じ気持ちだったはずだ。


「うん。ぼくたち3人なら、きっと誰よりも幸せになれるよ」


「そうね。あんたとアクアの敵は、あたしの敵。どんな手を使っても排除してみせるわ」


 その目にドロリとしたようなものが見えた気がして、ぼくは少しだけ怯んだ。

 だけど、きっとぼくもアクアとカタリナの敵には同じような顔をする。だからぼくたちは同じものを見ていられるんだ。

 改めて決意を固めるぼくを見て、カタリナが妖艶に微笑む。見たこともない表情で、こんな顔もできるんだという思いがあった。


「あたしとあんたとアクアと、その3人の子供と。それがずっと一緒にいる光景を作りましょう?」

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