98話 絆

 ぼくの目の前に現れたブラックドラゴンφというモンスター。

 その巨体には相変わらず圧倒されそうな感覚があるけど、なぜこんな閉鎖空間でこんなモンスターを出すのだろうか。

 まあ、戦闘がよくわかっている人間とは思えないから、適当に強いモンスターを出したのかもしれない。

 だけど、自爆覚悟で研究所ごと壊す判断をされたら厄介だ。倒すのならば出来れば一撃で済ませたいところだね。破れかぶれになられては困ってしまう。

 倒す道筋がはっきりと見えるまではできるだけ追い詰められているふりをした方がいいかもしれない。

 まあ、それもこれも相手がどう出てくるか次第なところはある。まずは様子を見てみるか。

 そんな事を考えていると、父親が指示を出すような動きをしていた。これで相手の方針は分かるけど。


「さあ、ユーリを叩き潰すのだ! 思う存分力を発揮するといい!」


 そう父親は言っていたけど、ブラックドラゴンφは動きづらそうにしている。ミア強化だけでも簡単に避けられそうなくらいに動きが鈍い。

 足や尻尾を振り回すだけで、その動きが鈍いんだから対処はそう難しくはない。

 とはいえ、障害物を気にせず攻撃してきていないのなら、ある程度知性があるのだろうか。生き埋めになって困るって判断ができているのなら知性は十分だろう。

 だけど、単に標的しか攻撃できないみたいな可能性もある。相手の都合では、アクアを避けて攻撃しないといけない。アクアが死んだらオメガスライムを失うことになるんだから。

 それで、全部まとめて攻撃しないだけだという場合だってあるはず。安易な判断は危険かな。

 ただ、ブラックドラゴンφは鈍い動きで攻撃してきているので、やっぱり攻撃を避けるのは簡単だ。

 一応余裕を見せないように避けてはいるけど、いつまでごまかせるかな。


 さて、どうやってこいつを倒すのがいいだろうか。前回と同じ体温を奪うという手段はこの環境だと難しそうだ。狙いを気づかれないという楽観は避けたほうがいいだろう。

 前回と同じならば、鱗は固いはずだけれど脳が弱点でもある。前と一緒か確かめてみたいよね。

 ぼくは水刃を凍らせたものをブラックドラゴンφに向けて放つ。多少傷ついていたので、威力の高い攻撃ならば通じると思う。

 問題は、どうやってその威力の高い攻撃を放つかだ。水刃の移動速度を高めるだけでもいいのだろうか。

 水刃を凍らせておけば、スピードがそのまま威力になるはずではあるけれど。ただ、中途半端に追い詰めたくはないんだよね。

 父親の判断にしろ、ブラックドラゴンφの判断にしろ、暴走されたら厄介だということは間違いない。

 やるとすれば一瞬に全力を込めることになる。それで通じないとどうなることやら。


 色々と考えながら攻撃を避けるだけの時間が経過していった。すると、しびれを切らした様子の父親がなにかプランτの装置を操作し始めた。


「ブラックドラゴンφよ、その力を存分に見せてみるがいい!」


 そしてブラックドラゴンφはブレスを撃つ構えに入る。冗談だろ!? こんな場所でブレスを撃ったらお前も無事で済まなくなることがわからないのか!?

 この研究所が無事で済むようには思えないし、そうでなくても酸素の問題は解決できているのか!?


 父親は破れかぶれという様子でもなく、単に強い攻撃を放とうとさせている顔だ。まったく、どこまでバカなんだコイツは!

 ぼくはブレスを防ぐために、ブラックドラゴンφの頭に全力で凍らせた水刃を放った。

 だけど、ブラックドラゴンφにとどめを刺すには至らない。そのままぼくに向けてブレスが放たれる。


「ユーリはアクアが守る!」


 その時、アクアがぼくの前に躍り出てきた。このままではアクアにブレスが当たってしまう!

 ぼくがアクアを助けないと! そう考えて必死にアクア水でアクアの前に壁を作ろうとする。

 すると、ステラさんに貰った指輪と白金勲章が共鳴し始めた。そのままアクア水の壁にブレスがぶつかりブレスは消滅する。

 だけど、そんな事よりももっと大きな影響がぼくたちにはあった。


(ユーリ、ありがとう。やっぱりユーリは最高)


 少し雑音が混ざっている様子ではあるけれど、アクアの心の声のようなものがぼくに伝わってきた。

 これがステラさんの言っていた想いを伝え合うってことなのかな。だとすると、指輪を使いこなすところまで行けたってことかな?

 でも、白金勲章と共鳴したってのはどういうことだろう。ハイディのくれたチョーカーにも共鳴していたし、道具と共鳴することで力を引き出すとかだろうか。


 まあ、今はそれを考えるときではないか。ブラックドラゴンφを倒すことが大切だよね。

 ぼくは改めてブラックドラゴンφに向き合う。さっきは水刃で倒すことができなかったけれど、今ならば絶対に倒すことができる。なぜかそう確信できた。

 ぼくは全力でブラックドラゴンφに向けて水刃を放つ。水刃は凍らせていないけれど、これでいいと感じた。

 ぼくの予想通り、やつは水刃の一撃で真っ二つになった。

 なぜかはわからないけど、今のぼくにはとてつもない全能感がある。何が次に現れたとしても倒せると思えていた。


「馬鹿な……私の切り札が、裏切るわけでもなく、こんな簡単に敗れたというのか……?」


 ただ、次のモンスターも契約者も現れることはない気がする。父親も母親らしき人もうなだれていて、なにかする気力があるようには思えない。

 なので、これ以上何もできないように両手両足を折ってから運び出すことに決めた。

 すぐに実行したが、そこまでしていてもまるで抵抗してこなかったので、完全に心が折れているのだと思う。


 ぼくは研究所から脱出しながら、アクアと意思を送り合うことを試していた。


(アクア、結局この研究所はぼくたちと関係が深かったみたいだね。こいつらは屑だけれど、アクアと出会えたことだけは感謝してもいいかな)


(アクアも同じ気持ち。ユーリと出会えたことは最高だった。ユーリ、大好き)


(ぼくもアクアのことが大好きだよ。これからもよろしくね)


(うん。ずっと一緒だから)


 相変わらず雑音が混じっているので、ちょっと不便ではある。もしかしたら、まだ完全に指輪を使いこなせていないのかもしれない。

 あるいは、もともとこういう物なのかもしれないけれど。なんにせよ、アクアと心がつながっているという感覚は、ぽかぽかした幸福を運んでくれる。

 ぼくとアクアの絆の力が、モンスターを道具とするやつの力を上回った。だから、やっぱりモンスターとの絆が最高なんだ。

 改めてそう確信することができて、とてもいい気分だった。


 それからもアクアと心で会話しながら、研究所から脱出した。

 そこではみんなが待っていて、大勢を捕らえている姿が目に入った。ぼくたちの知らないところでも色々あったみたいだ。

 契約技使いもそれなりにいたようだけど、みんなの敵ではなかったようだった。


 カーレルの街にみんなで帰っていって、サーシャさんに父親を始めとした人たちを引き渡す。


「皆様、お疲れさまでしたわ。少し期間を空けることになりますが、ささやかな祝いの席を用意したいと思いますわ」


 今回の件は解決したと言っていいだろうから、それの祝いということなのだろう。でも、その前にサーシャさんに伝えておかないといけないことがある。


「サーシャさん、最近この街に現れた契約技使いを洗ってみてください。どうも、今回の異変では契約技使いを生み出す実験もしていたようなんです」


「それは尋問より先に伝えていただいてありがたい情報ですわね。確かに注視しておく必要がありますわね」


 サーシャさんならば、きっとこの情報だけでもうまくやってくれるとは思う。もちろん、手伝いが必要ならばいくらでも手を貸すつもりだけどね。

 さて、あとの問題はシータだけだ。ハイディにこの情報を伝えて、できれば助けてもらいたい。

 シータは落ち着いた容態ではあるけれど、だからといって楽観視はしないほうがいいと思う。

 そこで、急いでハイディを探す。この街には来ているという情報があったので、ハイディたちの屋敷へと向かった。


 そこでは、ハイディの他にリディさんとイーリスもいた。挨拶もそこそこに、すぐにハイディに本題を切り出す。


「ハイディ、あなたの力で助けてほしい相手がいるんだ。確か生命力の分配もできるんだよね? 必要なら、ぼくから持っていってもいいから、お願い」


「生命力は有り余っているくらいだから、貴様が気にする必要はないさ。それで、誰を助けてほしいのだ?」


「ぼくの妹だよ。今回の事件でぼくの味方になってくれたんだ。だから、絶対に助けてあげたい」


 ハイディはちょっと呆れたようにみえる顔をしたあと、優しそうな顔を向けてくる。


「くくっ、貴様は本当に面白いな。よかろう、その者のところまで余を連れて行くといいさ」


 そのままステラさんの家で眠っているシータのもとへハイディを連れていき、シータの様子を見てもらう。

 ハイディは色々と試していたようだが、結局シータは目覚めなかった。


「すぐさま命の危機にあるわけではないな。ただ、食事を一切取れないとなると、余が定期的にここに来る必要があるだろうな」


「なら、ぼくがなんでもするから、シータのことをお願いします。この子は何があっても助けてあげたいんだ」


「そのような顔をせずとも、余が貴様を見捨てたりはせん。だから、つまらないことをするでない」


 叱責しているような言葉だけれど、ハイディの顔はこちらを慈しんでいるようにみえる。

 ハイディには本当に助けられてばかりだ。チョーカーのことといい、シータのことといい。

 そうだ。チョーカーのことについてもお礼を言わないとね。


「ハイディ、このチョーカーのおかげでぼくは危ないところを助けられたんだ。本当にありがとう」


「気にせずとも、もともとそのつもりでそれを貴様に渡したのだ。それが役に立っただけで十分よ」


 ハイディはそう言ってくれるけど、できればなにかお礼をしたい。でも、何を渡せばこの人は喜んでくれるのだろう。

 本人に聞いても、きっと無粋とか言われるだけだから、リディさんとかに聞いてみるのがいいのだろうか。

 まあ、すぐにとはいかないか。

 ぼくが考え事をしようとすると、ハイディはすぐに去っていく。


 シータのことが残っているとはいえ、大きな事件が終わった。もうこんな問題が起こらないことを祈ろう。

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