97話 想い

 ぼくがアクアをオメガスライムと疑っているだろうと考えて怯えているアクア。その姿を見て、絶対にアクアを笑顔にするんだと決めた。

 アクアの悲しそうな顔なんて1秒だって見ていたくない。すぐにでもこの顔を変えてやるんだ。

 敵が周囲にいないことはわかっていたので、安心してアクアを抱きしめる。


「アクア、きみがオメガスライムだとしても、そうじゃないとしても、アクアはぼくの大切なペットだよ。これからも、ずっと一緒にいようね」


 これまでぼくがどれだけアクアに助けられたことか。アクアがいたからぼくは生きる希望を持つことができたんだ。

 カタリナと仲良くできたのも、冒険者として活躍できたのも、みんなと出会えたのも。

 全部アクアがいてくれたおかげだ。それを正体を隠していたかもしれないくらいで嫌いになるなんてありえない。

 仮にアクアがオメガスライムだったとして何だというんだ。どう考えても些細な事だ。

 ぼくのアクアへの感謝がなくなるわけでは無いし、アクアのことが大好きだって気持ちは変わらない。

 だから、安心していいんだよ、アクア。ぼくたちは絶対に離れたりしないんだからね。


 アクアはぼくの方を見て、柔らかい表情になって抱き返してくる。ぼくの気持ちは通じたみたいだ。

 かなり強く抱きしめられているけど、アクアの感じた苦しみを思えば、心地よさすら感じるくらいだ。

 よかった、アクアが明るい顔になってくれて。やっぱりアクアの明るい顔は癒されるよね。


「ユーリ……ユーリ! 大好き! ずっと離れないから!」


 アクアの強い思いがぼくに伝わってくる。ぼくの思いも伝わっているはずだ。これからもずっとアクアと一緒にいるために、父親たちをしっかり倒さないとね。

 アクアのことを狙う人なんていない方がいいに決まっている。でも、これからあいつらを倒しに向かうのなら、シータのことが心配だ。

 シータはゆっくりと息をしていて、傷のようなものもないし苦しんでいる様子もない。これから少し離れることになるけれど、どうか無事でいてほしい。


「カタリナ、シータのことをお願いできる? できれば、みんなのところへ向かってほしい」


「そうね、それが妥当なところかしら。オリヴィエ様のところへ連れて行ってもらえばいいんじゃない?」


 なるほど、ハイディの生命力を操る力でシータを癒してもらうのか。たしかにそれなら症状に関係なくある程度の効果があるかもしれない。

 ぼくはここでカタリナと別れて、アクアと2人で父親たちのところへ向かうと決めた。

 アクアと一緒なら、もうどんな敵が相手だろうと大丈夫。アクアがオメガスライムじゃなかったとしても、ぼくたちは無敵だ。

 なんというか、今ならブラックドラゴンやハイディと一緒に戦った亀が相手でもどうにかできる気がしていた。


「じゃあ、お願いね。あいつらはぼくたちで何とかするから」


「しっかりしなさいよね、ユーリ。あんなつまらない奴らに負けるんじゃないわよ」


「もちろんだよ。アクアやシータを傷つけた罪、しっかり贖ってもらうから」


 カタリナはシータを連れて去っていく。一応戻り道を索敵しておいたけど、問題なくカタリナは戻っていけそうだった。

 シータが無事でいられることを信じて、ぼくたちはあいつらを倒すんだ。

 結局のところ、あいつらを倒さないことにはシータの未来は開けない。アクアとぼくの邪魔だってされるはずだ。

 ぼくたち自身のためにも、これまでの被害を受けた人たちのためにも、あいつらはここで終わらせる。


「行こう、アクア。ぼくたちの最大の敵はもう目の前だよね」


「うん。ユーリのために、絶対にあの男たちを倒す。ユーリ、安心していていいから」


 アクアはそう言ってくれるけど、アクアに頼り切りになるわけにはいかないよね。アクアが本当にオメガスライムだとするならば、きっと敵なんていないのだろうけど。

 ぼくはアクアとできる限り対等で居たい。アクアはきっと似たようなことを望んでくれていると思う。

 だから、ぼくたち2人であいつらをやっつけてやるんだ。アクアとぼくの絆が最高だって、この機会に証明してやるぞ。


「頼りにしているよ。でも、ぼくもアクアを助けるから」


「そう。なら、かっこいい所いっぱい見せて」


 アクアはずいぶん気楽に見える。それが頼もしくもあって、だいぶ気分が落ち着いた。

 気負いすぎると良くないからね。相手は宿敵と言っていいかもしれないけれど、だからといって冷静さを失わないようにしないと。

 ぼくはアクアの契約者として恥じない姿で居続けなくちゃいけないんだ。アクアがそれを望んでいるかは怪しい気がする。だけど、ぼくにとってはとても大切なことだから。

 契約モンスターと契約者は2つで1つ。ぼくはそう信じている。そうじゃなくてもアクアを大切にしたいという思いは変わらないけれど。


 思いを固めたところで、研究所の最深部らしきところにたどり着いた。ここですべての決着がつく。そう思うと緊張もするけれど、アクアが隣にいてくれるのだから大丈夫。

 決意とともに進んでいくと、父親とさきほどそいつを助けた女がいた。父親の腕は治っているみたいで、どうにかして治療したのだろう。

 女はシータの持っている人形みたいなものを抱えている。年齢には合わないと思うけれど、なにか大事なものなのかもしれない。


「ここまで来たのか。ずいぶんとせっかちなものだ。だが、オメガスライムを連れてきてくれたのだから、私のものにしてやろう」


 男はそんなことをのたまう。本当に腹立たしいことだ。自分から捨てておいて、アクアがオメガスライムだと思いこんだらこれだ。

 こんな奴にアクアを渡せるはずがない。アクアだってこいつを受け入れるようには思えない。


「アクアは、そうじゃなくてもモンスターは道具なんかじゃないよ。そんな事も分からないから、お前はぼくたちに負けるんだよ」


 男はぼくの言葉を受けて笑い出す。まあそんなものだろうな。こいつにモンスターの本当の価値が分かるはずがない。

 ぼく以外にも、カタリナもアリシアさんもミーナもメルセデスも、みんなモンスターとの絆があったからこそあそこまで強くなれたんだ。

 自分の研究の成果を見せびらかそうとするだけでロクに戦えないこいつには理解できないのは当たり前なんだけどね。

 攻撃するための準備をしていると、男はまた得意げに語りだした。こいつは先程の敗北を何も理解できていないのか?


「モンスターなど道具に決まっているだろう。プランθがその証明だ。モンスターと人との交流など一切なくとも、契約技を使うことに支障など無いのだからな」


 どこまでもぼくを苛立たせる男だな、こいつは。でも、冷静さを失う訳にはいかない。ちゃんとこいつを倒すことが、ぼくたちの絆の何よりの証明なんだから。

 モンスターを道具扱いするようなやつに絶対に負けるものか。アクアの幸せのためにも、絶対にこいつは野放しにしておけない。


「その割には、プランθもプランτもぼくたちに手も足も出なかったようだけど? おまえは机上の空論だけでいい気になっているのがお似合いだよ」


「私の成果がその程度のものであるものか! 私はオメガスライムに負けただけで、お前に負けたわけではない!」


 男はずいぶんと声を荒らげている。余裕のないことだ。よほど図星だったのだろうな。

 それにしても、ずいぶんと自尊心が高いみたいだけれど、能力はそれに見合ったものとは思えない。

 なにせ、オーバースカイの誰にも勝てないように見えるものばかりを成果としているのだから。

 プランτだって、結局自分の作ったものにしか干渉できないみたいだったし、それでよく自信を保てるものだ。むしろ感心できるかもしれないな。


「へえ、プロジェクトU:Reって最強のモンスターを作り出すことが目標だって聞いていたけど、オメガスライムに負けたことはいいんだ? ずいぶんと低い目標なんだね」


「オメガスライムを生み出したこととて私の成果なのだ。それを誇って何がおかしいというのだ。だからお前は程度が低いのだよ」


 なんというか、これ以上話をしていても無駄に思えるけど、まだ情報を引き出せないかは試してみたほうがいいか。

 一応、話の裏でなにか準備をしていないか警戒はしているけど、そういう雰囲気もないし。

 仮になにか切り札があったとしても勝てるとは思うけれど、無駄にアクアに負担をかけたくないからね。

 サーシャさんに伝えられる情報は多い方がいいし、とりあえず会話は続けてみるか。


「見る目がないお前はアクアがオメガスライムかどうかも分からずに捨てていたのに、それを成果扱いできるんだ? 志の低いことだね。これまでも、成果が出ないことに言い訳ばかり続けていたのかな?」


「冗談ではない! お前も見たはずだろう! モンスターの身体能力を強化するプランα、契約技のような力をモンスターに付与するプランβ、モンスターに回復能力を与えるプランγ、モンスターの特徴を融合するプランδ、耐久力を強化するプランε、複数のプランの複合であるプランφ、そして何よりプランθにプランτ! お前が知っているだけでもこれだけの成果があるのだぞ! 無論私の成果はそれだけではない!」


 男は怒涛の勢いで自分のプランについて語る。狙ったとおりに情報を引き出せたな。

 この男はだいぶモンスターの改造に力を入れていたらしいな。腹立たしくはあるけれど、今は抑えないと。

 こいつは怒りをぶつけてもいい相手ではあるけれど、怒りに飲まれてアクアに負担をかけるわけにはいかないんだから。

 ぼくがアクアを大切だと思っているということは絶対の真実だ。だから、ぼくの怒りでアクアをないがしろにするなんて行動をするわけがない。

 男を倒す手段を考えていると、男の傍にモンスターが現れた。以前も戦ったブラックドラゴンだ。


「あなた、ブラックドラゴンφならば流石にオメガスライムにも勝てるでしょう?」


 女がこのモンスターを準備していたのか? ぼくの索敵には引っかからなかったのに。

 それにしても、この女はぼくの母親なのかな。どうでもいいか。倒すべき相手には変わりないんだから。

 父親はブラックドラゴンの傍で自慢気にしている。ぼくが追い詰められていると考えたのだろう。


「ブラックドラゴンφ。お前ごときに勝てる相手ではないぞ。お前はここで終わりだ」


 さて、まずはブラックドラゴンφとやらを倒すか。王都に現れたのと同じような個体なのかな。

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