追憶 寂しさ
カタリナとの関係が目に見えて良くなってから、ユーリの心にはだいぶ余裕ができていた。
相変わらずカタリナは口が悪いままであったが、カタリナの声色や目つきなどの表情、そして何より、ユーリが追い詰められると必ず助けに入る態度がユーリにカタリナの好意を信じさせていた。
そんな日々の中で、カタリナの家で過ごしていたユーリとアクアが自分の家に戻る日がやってきた。
元の家に帰ること自体に喜びはあったが、それでもユーリは再び寂しさに襲われていた。
カタリナと共にいる時間が明らかに短くなり、再びアクアがユーリの心を癒していた。
アクアと球遊びをしたり、アクアに抱きついたり、アクアに話しかけたりしながらユーリは日々の寂しさをごまかしていた。
「アクア、ご飯は美味しい? ぼくと遊んでいて楽しい?」
アクアはユーリの言葉に対して何も答えずにユーリにへばりつく。それがユーリにとって救いであった。
アクアはずっと一緒にいてくれる。そう信じることがユーリの数少ない希望となっていた。
実際にアクアが何を考えているのかは誰もうかがい知ることができなかったが、ユーリはアクアが自分に好意的だと思いこんでいた。
だからこそ、カタリナと離れ離れになっているつらさに耐えることができた。
なまじカタリナと親しくなってしまったがゆえに、カタリナと離れるつらさは以前の孤独な時間のつらさよりも大きな物となっていた。
それゆえ、ユーリはアクアとまで離れることを強く嫌っていた。だから、アクアがずっと隣にいるように行動していた。
何度も何度もアクアと遊んでいたし、アクアを可愛がることを全くやめようとしなかった。
「この球もそろそろボロボロだし、新しいものを用意したほうがいいかな? まあいいや、とってこーい!」
ユーリが投げた球を跳ねながら追いかけていき、自分に引っ付かせてユーリのもとへと帰っていくアクア。
それを受け取ったユーリはまた球を投げる。何度かそれを繰り返したあと、アクアのことを撫でる。
ユーリはアクアの冷たさに怯みながらもアクアを撫でることをやめない。撫でることをやめた瞬間がアクアとのつながりが切れる瞬間に思えてならなかったからだ。
ただでさえとても寂しい時間を、これ以上つらい時間にする訳にはいかない。ユーリは強迫観念に突き動かされるように、アクアのことを目一杯甘やかしていた。
アクアはユーリの行動をすべて受け入れていて、それがユーリにとって自分を肯定するための材料になっていた。
アクアは自分のことを好きでいてくれる。だからアクアのために生きていればいい。もともと孤独による希死念慮を慰めるためだったユーリの考えが徐々に深まっていった。
カタリナもユーリにとって大切な人になっていたが、アクアと居られる時間の長さが故にアクアのことを考える時間が最も多く、自縄自縛のようにアクアのために生きるという考えを強くしていった。
ユーリはいつしかアクアのいない時間でもアクアのことを考えるようになっていて、それが勝手にアクアへの好意を高めていった。
それゆえ、アクアを傷つけようとするものだけは許せないと言う考えに至っていた。
ユーリにとって幸運なことに、アクアをわざわざ傷つけようとする者はいなかった。
ユーリはアクアを害する相手ならば、たとえどれほど力の差があったとしても挑みかかっていただろう。そして当然のように負けていたはずだ。
カタリナはそんなユーリの危うさを若干ながら察していて、だからこそできるだけユーリのそばにいることにしていた。
ユーリはそんなカタリナのことがとても好きになっていたが、かつての記憶がさらに距離を縮めることをためらわせた。
結果として、ユーリたちが学園に入るまでの期間、カタリナとユーリの間にはどこか微妙な距離感があった。
カタリナはユーリを子分として引っ張っていくが、ユーリはそれについていく以外でカタリナに接しようとはしなかった。
カタリナと一緒にいない間、ユーリはずっとアクアを構っていた。アクアはユーリに従順で、ユーリがどこへ行くにもついていったし、ユーリの指示にはすべて従っていた。
本来モンスターのテイムというのはそこまで簡単ではない。最も手っ取り早い手段ですら相手に逆らう気を起こさせない力を見せつけるというものだった。
他の手段は膨大な手間や特別な道具が必要で、アクアの従順さは見るべきものが見れば一目で異常を察するものであった。
幸いにもユーリの周囲にそれを知るものはおらず、アクアの異常性は悟られなかった。
だから、ユーリはアクアのことを誰よりも信じることになった。アクアだけはどんな時でも自分の味方でいると疑わなかった。
「アクア、大好きだよ。ずっとぼくと一緒にいようね」
アクアはユーリの言葉に対して聞いているのかいないのか、いつもどおりにユーリにへばりつく。
ユーリはその姿を見てアクアはずっとそばにいると確信した。それゆえ、アクアに対する依存が深まっていった。
アクアだけは何があっても離れていかない。そう信じることがユーリの活力になっていた。だから、アクアを養っていくために冒険者になることを決意した。
他に道が思いつかなかったこともあるが、冒険者ならばモンスターが傍にいてもおかしくないという事がユーリにその道を進むと決めさせる最大の理由だった。
それから、ユーリは冒険者になるために戦闘の技能を鍛え始める。だが、それは好ましい成果を伴うものではなかった。
どれほど剣を振っても速度は全く上がらないし、立ち回りも向上しない。数ヶ月の時が経過しても、ユーリにはまるで成長は見られなかった。
「ユーリ、あんたは弱っちくて見ていられないわ。あたしの後ろにだけついてこればいいのよ」
ユーリの成長速度を見かねたカタリナは、ユーリとパーティを組んで、ユーリの代わりにモンスターを倒し続けていた。
ユーリの努力は知っているし、ユーリの熱意も知っている。それでも、ユーリがまともにモンスターに挑めるとは思えず、ユーリを矢面に立たせることはできなかった。
ユーリはそれに大きく傷ついていたが、自分のせいでしか無いと諦めが頭に浮かんでいた。
だが、アクアが自分のそばにいる姿を見て、アクアとともに過ごすために努力を続けていた。
そんなある日、ユーリはアクアとともに少し遠出をしていた。
そこで、ユーリはトカゲのようなモンスターに出会う。逃げることを検討していたユーリであったが、アクアは無防備にモンスターへと近寄っていく。
そのアクアに向けてモンスターは火を放つ。スライムは火に弱いと認識していたユーリは全力でトカゲ型モンスターを攻撃することに決める。
「アクアを傷つけることは絶対に許さない! ぼくがアクアを守るんだ!」
その言葉通り、ユーリは全力でトカゲ型モンスターに武器を叩きつける。なぜかユーリの攻撃を気にかけないままアクアに火を放ち続けるモンスター。
そこに、何度も何度もユーリは武器を叩きつけていた。やがてモンスターは動かなくなっていく。
その姿を見たユーリは、モンスターの方を見ることをやめてアクアの方を向く。ユーリの目には、震えているアクアは傷ついているように見えていた。
すぐさまアクアを抱きしめるユーリ。その時、これまで実らなかった冒険者になるための努力を何があっても続けると決めた。
「アクア、ぼくは君を何があっても守ってみせるよ。だから、ずっとそばにいてね」
ユーリの言葉に対して答えることはないアクアだが、ユーリの肩に乗りかかっていく。その姿を甘えと認識したユーリは、アクアを守るという決意をさらに固いものにする。
ユーリにとって、これが初めてアクアを失うと認識させた出来事だった。ゆえに、鬼気迫る様子で訓練にのめり込むことになっていく。
アクアのいない生活なんて考えられない。何があってもそんな未来は訪れさせない。その想いだけを胸に成果のほとんど出ない訓練を続けていく。
カタリナはそんなユーリの姿を見かねて、ユーリを遊びに誘う機会が増えるようになった。
その時間がユーリの心を癒やすことに成功して、ユーリがつらい訓練を続けるための活力になっていった。
ユーリのその姿に感化されたカタリナは、自身も必死で訓練を行うようになっていく。そうすることで、遠くない未来にカタリナの右に出る弓使いはミストの街にいない程になっていくことになる。
ただ、それゆえに学園にユーリと入った時に、ユーリに対してつまらない嫉妬を抱くものが現れるきっかけとなった。
ユーリたちは学園に入って、まずはユーリとカタリナとアクアでパーティを組むことになる。
明らかに才能にあふれるカタリナに対し、おんぶにだっこのように見えるユーリ。
それがカインにユーリを攻撃させるきっかけとなった。ユーリがどうにかなることはなかったが、カタリナは強い怒りを抱いていた。
だからこそ、いずれカインが死んだ時にカタリナは歓喜した。ユーリに咎められることになるほどに。
そんな日々の中で、ユーリとカタリナはともにアクアと行動していき、カタリナとアクアはそれぞれがそれぞれにユーリを守っていた。
ユーリはカタリナとアクアにとても感謝していて、何度もそれぞれに感謝の言葉を投げかけた。
「カタリナ、おかげで助かったよ。ぼくだけじゃこんなモンスターはとても倒せなかった」
「当然よね。でも、あんたも悪くはなかったわよ。ヘタレだけあって、危険なモンスターにはすぐに気がつくんだから」
「アクア、きみが守ってくれたおかげでぼくは無事だったんだ。ありがとう」
カタリナもアクアも感謝の言葉など受けたことがないようなもので、それが2人にいずれ大きな感情をもたらすきっかけの1つになっていく。
ただ、それ以上にユーリが2人に抱く感情は大きな物となっていて、何が何でも欠かせない存在になっていった。
長い学園生活の中で何度もユーリは傷ついていたが、そのたびにアクアを甘やかすことで痛みをごまかしていた。
アクアは無邪気に甘えているようにユーリには見えて、だからこそ、その姿を見ることが大きな楽しみだった。
球遊びをすることも、ユーリの肩や頭にアクアが乗ることも、アクアに語りかけることも、全てがユーリにとって心の支えになっていた。
そんな生活を続ける中、ついにアクアは進化することになった。それから、ユーリの生活は大きく変わっていく。
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