96話 恐怖

 アクアがオメガスライムかもしれないということに気を取られている隙に、ぼくに契約技らしき炎が放たれて、それを無防備に受けてしまう。

 だけど、ぼくに火傷や傷のたぐいは全くなかった。首元から何らかの力を感じていると、ハイディにいつか貰ったチョーカーと白金勲章が共鳴していた。

 おそらく、このチョーカーが守ってくれたのだと思う。ハイディはこれをぼくに渡すときに、これがぼくを守ってくれるみたいなことを言っていたから。

 ぼくは今ハイディに守られていた。ハイディとのつながりをしっかりと感じられて、緊急時なのに嬉しくなってしまう。

 でも、アクアやシータのことを考えてすぐに冷静になった。アクアは動揺している様子だし、シータは未だに目覚めていない。

 カタリナは無事だけれど、今この状況では、カタリナに2人を支えてもらいたかった。


「カタリナ、2人をお願い。ぼくがこいつを何とかするから」


「仕方ないわね。でも、アクアはある程度落ち着いているみたいよ」


 カタリナの言葉を受けてアクアのことを見るけど、カタリナが言うほど落ち着いているようには見えなかった。でも、カタリナがすぐに2人の様子を見に行ってくれたので、ぼくは安心して父親に相対する。


「お前がこれまでに犯してきた罪、死んだ程度で償えると思うなよ」


 ぼくはそう言ったけど、積極的にこの男を殺すつもりはなかった。こいつは結構重要な立ち位置にいるはずだから。

 オメガスライム研究の実験体だったアクアがぼくのもとに居ることといい、シータの研究についてよく知っていることといい、ただの末端ではないはずだ。

 だからこそ、情報を吐けるだけ吐かせるために、できるだけ生かしてこの男を捕らえるつもりでいた。

 サーシャさんなら、きっとぼくよりうまく情報を引き出してくれるだろう。

 それにしても、敵の言うことを素直に信じてアクアに気を取られていたぼくには呆れる。敵の言葉なんて嘘が当たり前なんだから、何があってもアクアを信じていればいいだけなんだ。

 さて、できるだけ殺さないつもりではあるけれど、こいつが死んでしまったところで心なんて痛まない。さっきまでの人を殺した苦しい感触は、この父親を殺してもやってこないと思えた。

 ぼくは本気でこいつを痛めつけるために、まずは鉄片をアクア水に含ませてみる。すると、父親は悠長にぼくに話しかけてきた。


「先の攻撃で死なないとはな。やはり、アクアはオメガスライムとして完成しているようだ。だからこそ、あの炎に耐えきるほどお前が強化されていたのだろうよ」


 何を見当違いなことを。ぼくが助かったのはハイディのおかげだ。でも、こいつが勘違いしているというのなら、なにかに使えないか? いや、流石にそれだけの誤解では無いか。

 まあいい。さて、こいつからどれだけ情報を引き出せるだろうか。こいつがどうやって水刃を防いだのかも気になるところだ。

 炎を撃ち出したのが契約技だとすると、契約技を2つ持っている?

 いや、ミア強化のようなものをこいつが持っているとは考えづらい。この男にモンスターが信頼を向けることなどありえないのだから。

 となると、手に持っている装置が怪しいか? でも、シータの意識を失わせたことと、光の膜のようなもので水刃を防いだことに何の関係が?

 やっぱり、闇雲に攻めるより、こいつから情報を引き出したほうがいいかもね。この男は明らかに自惚れている雰囲気だ。適当に情報を引き出すことは難しくなさそうだよね。

 さて、方針は決めたことだし、やるか。どうしたらいいだろう。そうだな。自尊心をどうにか発揮させればいいよね。


「アクアを失敗作だと捨てておいて、見る目がある素振りなんて滑稽だよね。身の程をわきまえたらどう?」


「分からないか。お前ごときではそうだろうな。私はすでにあのときとは違う。プランθを完成させ、このプランτで制御することに成功した。契約技はすでに私の意のままだ」


 手に持った装置を見せびらかしながら男は語る。思った通りにずいぶん口が軽い。よほどプランτとやらに自信があるのだろうが、戦い方はまるで分かっていないらしい。

 相手の意識の外からこの装置を攻撃すればなんとかなりそうな気はする。さっきぼくの攻撃を止めたときにしろ、シータに干渉したときにしろ、こいつは見てからこの装置を動かしていたからね。

 まあ、相手は何もしてこない様子だから、もっと情報を集めてみるか。


「へえ、それでその装置がプランτとやらの成果ってわけ。でも、偶然生まれたアクアの方がお前の最高傑作よりよほど優れているみたいだけど?」


「私がアクアに施した処置が正しかったと証明されただけだ。何も生み出せぬお前にはわからぬことであろうが、私の優れた成果はアクア1つではないのだから。プランθは知性を持ちながら何も行動できない契約技の材料としてこれ以上ない存在を生み出したし、プランτでは契約の紋章に干渉して契約技使いを無力化できるのだからな」


 プランθ。おそらくシータの名前の由来で、人もモンスターも弄ぶ非道なプランだ。ぼくの頭は怒りで茹で上がりそうになっていたけど、必死に抑える。

 こいつはわざわざ余計な情報までペラペラと話してくれている。シータが意識を失ったのは、おそらくプランτとやらで契約の紋章になにかされたからだ。

 先程の言葉も合わせると、シータになにかプランτで干渉しやすくする処置を施していたのだろう。

 でなければ、ぼくやカタリナが昏倒していない理由がない。水刃を防いでいた光の膜の正体は今の情報ではわからないけど、契約技に何らかの干渉をするという方向性なのだろうな。


 いくつか候補は思い浮かぶ。水刃の制御を失わせること。アクア水をただの水に変えること。

 単純に契約技のように光の膜を貼っているという可能性も完全には否定しきれない。他者の契約技に干渉できるのだから、他の人の契約技を操っている可能性だってある。

 プランτの装置の効果がアクア水の中にある契約の紋章との繋がりになにか関係があるとすると、水刃を防がれた時になにかぼくに負担があってもおかしくないはず。

 だとすると、他者の契約技を使っているという可能性が高いのかな。


「それで? 契約技に干渉できるくらいなのだから、お前の実験した人間の契約技を盗んでいるのか? ずいぶんお前らしいことだ。他人の成果を奪うことしかできないんじゃないか?」


「私の言葉を聞いていなかったのか? アクアも、プランθも、プランτも私が生み出したのだ。だからこそθを無力化できたというのに。どんな契約技とて、私の支配下にあるという事実はお前には絶望的すぎて理解できなかったか? さて、お前の契約技も奪わせてもらうか」


 そして男はぼくの方へとプランτのものらしき装置を向ける。でも、ぼくの水刃の制御が失われた様子はない。

 そのまま炎が男の方から飛んできたのでアクア水で防ぐ。すると、男は見るからに動揺し始めた。

 この様子を見る限り、こいつがぼくの契約技を奪うと言っていたことはただのハッタリではなかったらしい。

 それにしても、この男はずいぶんバカバカしいことをしているな。ぼくの契約技を奪えるというのなら、シータを気絶させる時にぼくも同様にすればよかっただろうに、そうしていないから何もわからなかった。

 シータしか気絶させられないのなら、こいつの自信に満ちた態度は明らかにおかしいんだからね。特別な処置をしないと使えない技というか装置を誇っているのだから。

 結局、ぼくを気絶させなかったのは戦略でも装置の限界でもなく、ただの慢心だったのだろう。なんというか、ずいぶん小物らしいことだ。


「な、なぜだ!? 私の理論は完璧なはず……あらゆる契約技は私の手にあるはずなのだ!」


 こいつは本当に頭が悪いのかもしれない。シータの電撃を使おうとしないことといい、全く使いこなせていない契約技のことをメインウェポンとしていることといい、何も考えていないようにしか見えない。

 リディさんにはまるで及ばない炎を当てにして、そもそも契約技の制御を奪えるのに、ぼくに攻撃する時にそれを実行せずただ炎を放っている間抜けっぷり。

 こんな奴にシータの人生が弄ばれているのだと思うと本当に腹が立つ。なので、死なない程度に痛めつけるために、この男の背後からアクア水を出現させて腕をへし折ってやることにする。

 実際にアクア水を男にぶつけてやると、簡単に腕を折ることができた。

 このまま痛めつけるつもりでいると、突然モンスターが現れだした。そしてシータたちへ向けて攻撃を仕掛ける。


「あなた、ここは一旦撤退しましょう。体勢を立て直すのよ」


 ぼくがシータに若干気を取られていると、急に現れた女が男を助けていた。水刃をそいつに向けて放つが、光の膜で防がれてしまう。

 そのまま男ともども女は逃げていったが、研究所の奥に向かっているだけだ。追いかけることもできたが、シータたちの安全を優先するためにまずはモンスターを倒すことにする。

 カタリナは大丈夫かと思っていたが、モンスターが近寄ってしまっていて、回避に意識を割いているようだ。

 モンスターはシータたちの方を優先して襲っているが、アクアの動きは精彩を欠いている。なので、水刃でまとめて始末していくことにする。

 女はモンスターたちを破れかぶれで出現させたのか、特に強いものはいなくて、それほど苦戦はすることなくシータたちを守ることができた。


 そしてシータの様子を見ることにすると、シータはしっかり息をしているようなので、命の危機ではなさそうだ。アクアは大丈夫だと言っていたけど、まだ心配だったから少しだけ安心だ。

 そしてアクアの様子を見ると、ぼくの顔を見て怯えたように下がっていく。おそらく、ぼくがアクアのことがオメガスライムだと疑っているように見えているのだ。

 アクアを安心させるための言葉を考えていると、ぼくの頭に昔のことが思い浮かんできた。

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