95話 露見
ぼくはシータを引き込むことに成功して、研究所のさらに奥へと進んでいく。
通路を歩きながら、ぼくはシータと会話をして仲を深めようとしていた。
シータは人形を抱えながら、ぼくの左腕にしがみついている。人形の事は何があっても離そうとしないので、きっと大切なものなのだろう。
それにしても、なぜシータは急にここまで懐いてきたのだろう。いくらぼくが優しくしようと努めていたからって、それだけでこんな風になるものなのかな。
まあいい。シータと敵対しなくていいのはありがたい事だ。単純にシータが強いのもあるけど、こんな小さな子供を傷つけるのは流石につらかったし。
それに、シータが懐いてくれている姿を見ていると、なんだか嬉しいというか、優しい気分になれる気がする。
ぼくには家族はアクアしかいないようなものだったから、妹ができた事が嬉しいのかもしれない。
まあ、ぼくはオーバースカイのみんなやステラさんも家族同然に思っているはずだけれど、なんだか少しそれとは違う感情のような気がする。
なぜそう感じるのかは分からないけれど、シータの事は大事に扱うつもりだ。
そうすれば、色々と良い事があるような気がしているのだ。この感覚が当たっているといいな。シータにはつらい過去があるように見えるし、だから幸せになってくれたら嬉しい。
「ねえ、シータ。好きな食べ物ってあるかな?」
「よくわかんない。おにぃちゃんは何が好き?」
よく分かんないと来たか。シータはこれまでろくなものを食べてこなかったんじゃないか? だから、好きな食べ物も分からない。
ぼくの予想が正しければ、シータは本当にろくでもない目に遭っていることになる。こんな小さな子にまともな食べ物を食べさせないなんて、やはりここの住人はろくでもない。
ぼくは改めてこの研究所をどうにかするという決意を固める。
シータに何か美味しい物を食べさせてあげたいけれど、ぼくは携行できるあまり美味しくない食事くらいしか持ってきていない。
ああ、飴なら良いかもしれない。空腹をごまかすために持ち込んでいたけれど、甘いものって子供は好きなイメージがあるし、気に入ってくれるかも。
「ぼくは魚が好きかな。ところで、シータ。これを食べてみない? 甘くておいしいよ」
「なぁに、これ? おいしいの?」
飴を知らないのか。この子はもしかして、戦いしか知らなかったりするのか? だから、ぼくに攻撃することが当たり前だった。さすがにそれは無いか?
ぼくに攻撃するように言われたんだっけ。でも、それで素直に攻撃するってことは、戦闘にある程度慣れている事は確かなはず。
契約技が使える事といい、戦闘のために育てられていたとしてもおかしくは無いと判断できる。
ぼくに似ている事といい、ぼくをお兄ちゃんという事といい、もしかしてぼくも何かこの研究所と関係があるのか?
そうなると、ぼくの名前がプロジェクトU:Reと関係がある可能性まで出てくる。家にあった資料は、もしかしてアクアをオメガスライムにするための物だった?
でも、アクアはオメガスライムではない。もしかして、失敗作だとかそう言った理由でアクアを手放した?
適当な考えだとはいえ、全くのはずれだとは思えない。やっぱりこの研究所はどうにかして停止すべきものだ。
まあ、今は戦う事を考えておけばいい。それに、シータに飴の説明もしないと。
「飴って言って、口の中に入れて舐めるものなんだ。甘いから、きっと気に入ってくれると思う」
ぼくの言葉を聞いて、シータは飴を口の中で転がし始める。とっても楽しそうな雰囲気をしているから、きっと気に入ってくれたのだと思う。
シータのおいしそうな顔はすっごく可愛くて、この子の笑顔をもっと見たいと思わせるには十分なものだった。
ぼくにはきょうだいは居なかったけれど、妹という物も良いかもしれない。
「おにぃちゃん、これおいしいよ! もっとちょうだい!」
「もう1つだけならあるけど、それだけなんだ。ぼくと一緒に来てくれるなら、他にも色々食べさせてあげるよ」
「むぅ……じゃあ、そのもうひとつをちょうだい! おにぃちゃんに着いて行っても良いけど、ちゃんとおいしい物を食べさせて!」
シータにねだられた分の飴をあげると、また楽しそうに食べている。
この子に色々とおいしい物を食べさせてあげて、どんな顔をするのかが見たいという欲求が湧いてきた。
おいしい物を食べさせる以外にも、いろんな遊びを教えてあげるとか、ぼくの仲間たちに紹介するとか、やってみたいことが色々できた。
うん、この子を殺してしまうような展開にならなくて、本当に良かった。
もうぼくの中では、シータは守りたい人の1人になっていて、これからももっと仲良くしていきたい相手なんだ。
「おにぃちゃん、飴、ありがとう! もっとおいしい物、たべさせて?」
そう言いながらシータは抱き着いてくる。器用に人形を持ったままうまく抱き着いてきていて、ちょっとだけ面白い。
シータの頭を撫でていると、気持ちよさそうにしている。シータの髪は短いけどとてもサラサラでなで心地が良い。
それにしても、シータの甘え方はなんだかアクアの事を思い出すな。いや、今アクアは隣にいるんだけどね。
なんというか、ハイスライムに進化したばかりのころのように、事あるごとに引っ付いてくる感じが似ているのかな。
アクアの事を思い出すからシータの事が好ましいのだろうか。一因としてはあるかもしれないけれど、やっぱりシータが素直で可愛いからだと思う。
この子はきっといい子だから、いっぱい幸せにしてあげたい。多少悪い子だとしても、可愛がるつもりではあるんだけどね。
シータにねだられた美味しいものは今は準備できないから、何か他の物で気を引けないかな? でも、戦いの道具ばっかり持ってきたんだよね。
道具がないなら、アクア水を使って何かしてみるか。何か派手なものでも作ってみるのはどうだろう。
「ごめんね、美味しいものは今はもっていないんだ。帰ったらいろいろ用意できるとは思うんだけど」
ぼくはそう言いながら、アクア水で色々な形を作ってシータの前に持っていく。ウサギとか、ねずみとか、可愛らしいと思う動物を主に作ってみた。
するとシータは目をキラキラさせながらアクア水で作ったものの方を見ている。これは成功したかな。
「すごいすごい! ウサギさんだ! おにぃちゃん、他にも何か作れる!?」
ウサギにだけ反応しているとなると、シータはどんなものを気に入ってくれるだろう。
少し考えた後、ぼくはアクア水を凍らせてウサギの像を作ることに決めた。そのままウサギの氷像をシータに見せると、跳び上がって喜んでくれた。
やっぱり、この子の喜ぶ姿はいい。無邪気な感じがとっても愛らしい。ぼくは出会って間もないシータの事をもうはっきりと好きになっていた。
それからしばらくシータと遊んでいると、モンスターが何体か目の前に現れた。
シータはそれを見て少しおびえているように見える。すぐに倒そうかと考えていると、シータに声をかけられる。
「おにぃちゃん、この子たち、シータがやっつけてあげる!」
そのまま電撃を出してシータはモンスターを倒していく。でも、シータは少し消耗しているように見えて、ぼくは心配する心を抑えられなかった。
「シータ、疲れていない? 無理しなくても、ぼくがモンスターを倒してあげるから、休んでいていいよ」
「ありがとう、おにぃちゃん。でも、これくらいならへっちゃら! おにぃちゃんのために、いっぱいやっつけてあげる!」
シータは明るい様子でそう言った。本当に大丈夫なのか気になるけど、シータは止める間もなくモンスターが現れるたびに電撃を放ってモンスターを片付けていく。
そのたびにシータを褒めているけど、ぼくの本音としては、これ以上シータに戦ってほしくはなかった。
それからもしばらく進んでいくと、また広い空間に出る。そこには男が1人と、何体かのモンスターがいた。
男はこちらに振り向くと、シータに何か装置のような物を向ける。すると、シータは苦しみだして、すぐに意識を失う。
慌ててシータの様子を確認したけど、息はある。まだ死んだわけじゃ無い。少しだけ安心しそうになるけど、まだはっきりと助かったわけじゃ無い。
アクアにシータを任せた後、怒りのままに男に水刃を放つ。男は光の膜のような物を張って水刃を防ぐ。
「シータに何をした! ことと次第によってはただじゃ済まさないからな!」
「θの能力は私が与えたものだ。私が制御できるようにするのは当然の事ではないか? プランθは最高傑作と思っていたが、まさかこのような形で裏切るとはな」
プランθって、こいつ、シータの名前は単に計画の名前から流用しただけだとでもいうのか?
ぼくは怒りに飲まれそうになるけど、必死に落ち着こうとする。なぜこいつが水刃を防げたのか分からないままやみくもに攻め込むわけにはいかない。
それに、シータがいつまで無事でいられるのか分からない。何を優先すべきかはっきりさせないと、この状況は乗り切れないだろう。
ぼくが悩んでいると、アクアがこちらに寄ってきた。
「ユーリ、シータは大丈夫。だから、安心してこの男を倒せばいい」
「アクア……ありがとう。なら、全力でこいつを倒せばいいよね」
ぼくが目の前の男に全力をぶつけようとすると、何故か男は笑い出す。そのまま楽しげにぼくたちに話しかけてきた。
「ユーリにアクアときたか。まさか、捨てたはずの息子とここで出会う事になるとはな」
この男がぼくの父親だって? ぼくは少しどころではなく混乱していた。本当にぼくとプロジェクトU:Reに大きく関係があるなんて。
でも、そうなると、本当にシータはぼくの妹かもしれない。その考えに至ったとき、ぼくは頭が沸騰するんじゃないかというほどの怒りに襲われた。
こいつは、自分の娘を実験台に使ったあげく、邪魔になったらシータを排除しようとした。
何があってもこいつだけは許すわけにはいかない。ぼくはこの父親をどうにかして倒すことに決めた。
でも、ぼくの怒りを差し置いて父親は更に語り続ける。
「この研究所に侵入者が現れたと聞いたときには不愉快なだけだったが、ユーリには感謝しないといけないな。その契約技、身体能力。失敗作だとばかり考えていたが、アクアこそがオメガスライムだったようだ」
アクアが……オメガスライム? ぼくは思わずアクアの方を見てしまう。ぼくのその様子を見て、アクアにおびえのような感情が浮かんでいた。
動揺を抑えきれないでいると、ぼくの目の前に契約技らしき炎が飛んできていた。
「せっかく完成したオメガスライムはお前にはもったいない。私の手にあるべきなのだ」
飛んできた炎に対処することもできず、そのまま炎はぼくに直撃した。
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