93話 罪

 ぼく達の前には契約者らしき人たちがいる。モンスターは連れていないけれど、それぞれの顔に契約の紋章らしきものがあるから、契約技は使えるものと思っておいた方が良いよね。

 カーレルの街でモンスターを連れていない契約者が増えていたのも、この研究所で契約モンスターを必要としない契約技を生み出せたからなのだろうか。

 まあいい。ここに居るのだから、恐らくは敵だろう。いつでも攻撃できるように備えておく。


「侵入者が来たと聞いてやってきてみれば、弱そうなガキじゃねえか。さっさと片付けて、能力を強化してもらおうぜ」


「ああ。たった2人にモンスター1体だ。どうとでもなるだろうな」


 能力を強化と言ったか。やはりこの研究所で契約技を使えるようにしているんだな。そうなると、カーレルの街へ来た契約者も警戒しないといけないかもね。

 サーシャさんには後で伝えることにして、まずはこいつらを倒さないといけない。

 それにしても、こいつらはオーバースカイを知らないのか。結構有名になったと思ったんだけど。

 まあ、構えからしてただの素人に見えるし、冒険者として情報を集めたりはしていないのだろうな。

 でも、研究者たちはカーレルの街での騒動にも関わっているのに、ぼく達の情報を知らないなんてことがあるだろうか。

 わざとこいつらに知らせなかった? そうだとして、一体何のために? 今考えても仕方のない事ではあるか。

 相手はこちらを殺そうとしてくるかもしれないし、しっかりやらないとね。


 敵は今のところ5人か。どんな契約技を使ってくるか分からないし、とりあえず先制攻撃として氷の塊を相手にぶつけることを試してみる。

 誰もそれを避ける事ができず、顔面に真正面から氷の塊を受けていた。こんなものなのか? 契約技がよほど強くない限り、ここまで戦い慣れしていない人は相手にならないと思うけど。

 まあ、油断はしないでおかないとね。ハイディみたいな能力を持っている可能性だってあるのだし。


「さっさと消えなさいよね。目障りなのよ」


 敵の様子を見ながらさらに追撃を加えるか考えていると、カタリナが契約者たちの脳天を打ち抜いていった。

 あっという間の出来事で、ぼくが何かを口にする前に全員死んでしまった。ぼくは正直言って微妙な気分だったけど、カタリナはぼくに気を使ってくれたんだろうと判断して、カタリナの行動を受け入れることにする。

 結局のところ、この人達の能力は何だったんだろう。ある程度情報があれば、この先出てくるかもしれない増援への対処が思い浮かんだんだけど。

 契約の紋章らしきものがあるから、こいつらの力は契約技なんだろうけど、見たことのないような紋章もあった。

 ある程度種族の特徴が出た模様になるのが契約の紋章だから、それで今まであたりを付けていたけど、分からない事がこれからも続くと、先手を打って対策をとれない。

 まあ、初見の人型モンスターと戦う事と同じような話ではあるのだけどね。一応人型モンスターについては頑張って調べているけど、全く知らない人型モンスターと戦った事だってある。


 何かを考えてごまかそうとしていたけど、やっぱり目の前で人が死ぬのはいい気分ではない。でも、相手がこちらを殺そうとしているようなセリフを言っていた。

 カタリナやアクアをちゃんと守るためにも、ぼくも殺すことを覚悟しないといけないのかもしれない。

 でも、ぼくにはまだ殺す覚悟があるとは言えない。カタリナに罪を押し付けてしまっているだけだろうに、それでも覚悟を決められないなんて、情けない話だ。


 少し悩み事に浸っていると、増援らしき人間たちがやってくる。どうする。ぼくが殺してしまうか。カタリナはもうこれからも殺すことをためらわないと感じる。

 カタリナと一緒に背負うべき罪なのだろうから、ぼくだって殺すべきなのだろうけど、どうしても踏ん切りがつかない。

 ぼくは人型モンスターをすでに殺しているのだから、人を殺したって変わりはないはずなのに。

 覚悟を決められないまま、とりあえず敵の行動を妨害するためにアクア水で拘束しようとする。

 その前に、敵が攻撃を仕掛けてきた。どうみても契約技だ。


「あいつらの仇! せっかく新しい力を手に入れて、底辺じゃなくなっていく所だったってのによ!」


「ガキに良い顔させたままでいられるかよ! さっさとくたばって、俺にもっと強い力を寄こしてもらうんだ!」


 敵からは炎や水が飛んできた。でも、はっきり言って弱弱しい。ただ、念のためにしっかりとアクア水で防御しておく。

 すると、攻撃を受けても特におかしな効果はなく、ただの弱い契約技にしか見えない。それからも何度か敵が契約技を撃ってくるけど、全くアクア水には通じていない。

 その様子を見て、敵は大きく動揺しているようだった。


「な、なんなんだ、こいつらの力は! ただの侵入者じゃなかったのかよ! カモだって話だったじゃねえか!」


「に、逃げようぜ! 力はもう手に入ってるんだ。こんな場面に付き合っていられるかよ!」


 何に動揺しているのかと思えば、今更過ぎないか? ぼく達は特に手傷を負わないまますでに5人殺しているんだぞ。

 それを見てもまだカモだって言われた情報の方を信じるなんて、どうかしているんじゃないか?

 まあいい。出口から逃げられたところでアリシアさんたち他のオーバースカイがいるはず。だから、逃がしても問題はないかもしれない。

 ただ、隠れた逃げ道のような物があるかもしれない。そう判断して、逃げようとする敵をアクア水で拘束する。

 すると、今度はアクアが敵の頭を殴りつけて吹き飛ばす。拘束された敵はすぐに息絶えた。


「ユーリ、アクアがユーリを守ってあげる。ユーリが殺すのを嫌がっているのなら、アクアが殺してあげるね」


「余計なことを言わなくていいのよ、アクア。こいつがヘタレなのは分かり切っているんだから、あたし達がその分を埋めてやればいいのよ」


 これからもカタリナとアクアはぼくの代わりに人を殺していくのだろう。それでいいのか? ぼくの覚悟が足りない分を2人に背負わせて。

 敵はぼくたちの命を狙ってくるんだ。それって、カタリナたちも危ないってことだ。それに、これからもぼくが敵を殺せないままなら、他の仲間にも同じ罪を背負わせてしまうんじゃないか?

 いい加減覚悟を決めるんだ、ユーリ。ぼくが本当に仲間の事を思っているのなら、できるはずだ。

 だって、仲間にだけ嫌なことを押し付けるなんてこと、本当に仲間を大切にしている人間のすることでは無い。

 それで良いわけがないだろう。仲間にだけ苦しみを押し付けて、それで仲間の横で日常を笑って過ごすのか?

 そんなこと、やっていいはずがない。でも、ただ人を殺すだけのぼくにならないように、制限を設けよう。

 仲間の命を狙ってくる人間。それだけを殺していればいい。幸いなのかは分からないけれど、冒険者同士が殺しあう事なんてそこまで珍しい話じゃない。

 それでも、冒険者として活動を続けることは問題なくできることの方が多い。敵を殺して仲間に迷惑をかける可能性は低い。

 よし、覚悟は決まったな、ユーリ。次の敵が現れて、それがぼく達の命を狙ってくるのならば。迷わず殺せ。それが仲間に胸を張れるぼくだろう。


「大丈夫だよ、カタリナ、アクア。ぼくも覚悟を決めたから。もう迷わないよ」


 ぼくの言葉を受けて、カタリナとアクアは心配そうな顔をしている。そうだよね。今までずっと悩んでいたことに気づかれていないはずがない。

 でも、もう決めたことだ。カタリナやアクアにだけ苦しい思いをさせたりしない。

 今ぼくが感じている苦しみほどじゃないかもしれない。それでも、全く苦しみを感じないわけがないんだ。それを2人にだけ押し付けるような真似はもうしない。

 相手は契約技を持っているんだ。それってつまり、拘束したって安全だとは限らないってことだ。だから、カタリナたちは殺す判断をしたのだと思う。

 やるぞ。2人を危険にさらさないために、2人に罪を押し付けないために。


 そして次の契約者たちがやってくる。ぼくたちの姿を見るや否や契約技を放ってきた。ぼく達に当たる軌道でだ。

 つまり、この人達はぼくたちを殺すつもりで来ている。さあ、やるんだ。

 ぼくはアクア水で溺れさせて1人を足止めしながら、1人に鉄片を含んだ水刃で攻撃して首をはねる。

 そのまま他の人たちにアクア水の氷をとがらせたものを頭に突き刺して仕留める。

 それに時間をかけていると、溺れさせていた1人はそのままおぼれ死んでいった。

 もう目の前に敵はいない。ついにやった。やってしまった。ぼくに喜びは全くなかったけれど、この嫌な感覚をカタリナたちも味わってきたんだと思うと、それで良いんだと思う。


「ユーリ、大丈夫? アクアが代わってあげたのに。ユーリの為ならなんだってする」


「はぁ。案の定落ち込んでるじゃない。あんたはつまらない事を気にし過ぎなのよ。どうせ敵なんだから、数が減ってよかったでしょうに」


 アクアたちが慰めてくれているのを聞いていると、本当に殺したという実感が沸き上がってきた。

 胸の奥に嫌なものが詰まっている感覚、指の先がじりじりと焼かれているような感覚、そういう受け入れにくい感覚が襲い掛かってきて、ぼくは少し震えていた。

 気分の悪さも今更ながらにやってきて、とんでもない事をしでかしたのだという思いがすごい勢いで浮かび上がってきた。

 でも、カタリナたちだって似たような苦しみに襲われてきたはずなんだという思いで必死に耐える。


 しばらくの間苦しんでいたけど、ようやく落ち着いてきた。それに合わせてアクアが先導してくれるので、研究所の奥に向かって進む。

 広間のような場所に出て、そこでは人形を抱えた少女が待ち構えている様子だった。


「ユーリに似てる? ……いったい何者?」


「たしかに、ユーリに似ているような……? まさか、本当にプロジェクトU:Reとユーリに関係があったの……?」


 目の前にいる少女はぼくに似ているらしい。よく分からないけど、もしかしてぼくと血がつながっていたりするのか? そうだとすると、プロジェクトU:Reというのは、ぼくと関係があるのか?

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