92話 侵入

 ぼく達はミストの町のすぐ近くにある山、そのふもとあたりにある人工的な洞窟のようなところへ来ていた。

 アクアとカタリナ以外の人とはここでいったん分かれて、逃げ出した人なんかを捕らえる役割を担ってもらう事になる。

 洞窟の入り口あたりは結構狭くて、確かに多人数で入ることは難しそうだ。それに、大技を撃つことも厳しいように見える。

 ぼくはアクア水の汎用性から一番この洞窟を攻めることに向いているだろう。


 カタリナはどうだろうか。まっすぐ通路が続いているようだから、遠くから狙う事は出来ると思うけど、隠れたり移動したりすることは難しいように見える。

 だからといって、他の人がもっと向いているかと言われるとそれも怪しい。アリシアさんとレティさんやミーナとヴァネアにノーラは素早さを奪われる。

 フィーナは洞窟ごと崩壊させてしまいかねないところがある。ユーリヤは罠を張ったりすることが難しい環境に見える。

 メルセデスとメーテルはそもそもぼく達の中で一番弱いし、何よりぼくやアクアと役割が完全にかぶる。

 みんなそれぞれに強みを奪われてしまうように思えるから、なかなかだれを選ぶかは難しいところだろう。


 ただ、カタリナの事をぼくはよく知っている。限界もよく分かっているからこそ、慣れない環境でともに行動するのならばカタリナが良いと思えた。

 サーシャさんはそういう事を考えてカタリナを選んだのだろうか。アクアは誰でも選ぶだろうという気はするけどね。

 なにせアクアは一番防御が固くて、一本道の通路に見える空間を進んでいくのだ。正面からの攻撃を防いでくれることに期待したいよね、やっぱり。

 それにしても、久々にこのメンバーで動くことになるな。なんだか懐かしさを感じるよ。

 ぼく達の始まりはこの3人だったことを思うと、遠くまで来たような気分になる。

 よし、そろそろ向かうとするか。この3人でなら絶対に勝てる。そう信じられる。


「じゃあ、みんな。行ってくるよ。ぼくたちでどうにかしてみせるから、期待して待っていてね」


「ユ、ユーリさん。あなたが無事に帰ってくれれば、わたしはそれでいいんですっ。必ず帰ってきてくださいね」


「ユーリ君たちなら大丈夫。私達の誰よりも強いユーリ君なら、心配しなくてもいいよ」


「そうかもね。でも、ユーリ君たちの無事を祈っているから。わたしたちに、また元気な顔を見せてね」


「ユーリ、勝つんだ。人もモンスターも弄ぶ奴なんかに負けるんじゃない」


「そうね。アタシ達のすべてを否定するような人たちだもの。負けるわけにはいかないわよね」


「ユーリさんは最強のスライム使いっすからね! 絶対に勝ってくるに決まってるっすよ!」


「そうね~。ユーリちゃんにはまだまだ教わりたいことがあるんだもの~。つまらない研究者なんかあっという間に倒してくれるわ~」


「ユーリさん、ご武運を……力になれないのは悔しいですが、またの機会に全力を尽くしてみせます……」


「またご主人とは離れ離れか……だが、カタリナがいるのだから大丈夫だろう。アクア様、ご主人とカタリナの事をよろしく頼むぞ」


 みんながそれぞれの言葉で送り出してくれる。うん、絶対に無事にこの事件を乗り越えてやる。

 そして、またみんなで楽しい時間を過ごすんだ。そのためにぼくは頑張るんだ。


 入り口から侵入していくと、すぐにモンスターが現れた。人型モンスターだ。

 今回の敵はスキュラみたいだ。そういえば、スキュラって契約者が少ないとか聞いたような気がするけれど。

 たしか、安定的に水を供給する必要のあるタコ型モンスターを育てるのは大変だから、それで契約者が少ないんだったかな。

 この研究所ではその問題を解決したのだろうか。研究所って言う位だし、その方法でも作っていたのかな。

 まあ、なんでもいいか。ぼくの考えるべきことでは無い。まずは目の前の敵を倒すだけだ。


 さて、前回メルセデスたちが戦ったスキュラと性能は同じなのだろうか。違うのだろうか。

 あのスキュラと同じならば、対処は簡単なんだけどね。まずは確かめてみるか。

 ぼくは水刃をスキュラに向かって放つ。これで触手が切り裂けるのならば、何度でも切り裂いてやればいいだけなんだけど。

 ぼくの思惑通りにはいかず、このスキュラには水刃を防がれた。なるほど、そうなるのか。

 前のスキュラは再生能力に優れているだけだという感じだったけど、今回のスキュラは防御力が高いらしい。


 それにしても、今回のスキュラも何も話しかけてこないんだな。何か普通のモンスターと違うのだろうか。

 まあ、どう考えても改造か何かを受けているのだから、その影響なのは間違いない。問題は、それがどんなことを意味しているのかだ。

 言葉をしゃべれない代わりに能力を強化しているだけなのならば話は早い。普通に倒せばいいだけだ。

 ただ、それ以外に何か厄介な仕込みがされていないかが心配だ。

 ぼくにぱっと思いつくもので言うと、指輪の力みたいな意志疎通だ。それならば、手の内を見せると後続に情報を送られてしまう。

 やっかいだな、相手の事が分からないまま戦うというのは。でも、やるしかない。これ以上この研究所らしき場所に好き勝手させるわけにはいかないのだから。


「カタリナ、アクア、いつものようにお願い。ぼくがうまく倒してみせるよ」


「はいはい。さっさとしなさいよね。どうせこいつなんてただのザコなんだから、本命に向けて力は残しておくべきでしょ」


「まかせて。アクアが攻撃なんて通さない」


 いつも通りの頼もしい2人だ。ぼくは安心して頼る事ができる2人にいくつかの仕事を任せて、スキュラの妨害に専念する。

 触手を振り回して攻撃してくるだけなので、カタリナの方に向かいそうな触手だけをアクア水で防ぐ。

 相手の触手は頑丈とはいえ、攻撃力はそれほどでもない。ぼくが触手を防いでいる間にアクアがスキュラに接近してスキュラの動きを妨害する。

 これでぼくとカタリナの守りはそれほど気にしなくていいので、念のためにアクア水を霧状に広げて索敵しておく。

 今のところは新たな敵はいないので、目の前の敵に集中する事ができる。

 カタリナがスキュラの動きの隙をついて、いくつかの矢を射かける。ノーラとの契約技の力を段階に分けて、どれだけの威力の攻撃なら通じるか測ってもらっている。

 何本かの矢がスキュラの触手に突き刺さった。それを見てスキュラの耐久力を計る事ができたぼくは、スキュラの倒し方をある程度決める。

 さて、念のために前回のスキュラと同程度の再生力を持っていることに備えて策を練ったけど、どうかな。


 ぼくは持ち込んだ鉄片をアクア水で操作して、スキュラの触手へと水刃の形でぶつけていく。

 鉄片を含んだ水刃はスキュラの触手をすぐに切り裂いていった。念のため触手が再生しても良いように水刃を展開しておいたけど、再生する様子はない。


「カタリナ!」


「わかってるわよ!」


 カタリナはぼくが声を出したときにはすでに動いており、スキュラはカタリナの撃った矢によって脳天を貫かれた。

 触手が再生するのなら、触手で頭を防御されないように気を配る必要があったけど、再生はしてこなかったな。

 スキュラはそのまま動かなくなった。念のために少しの間様子を見ていたけど、完全に息は止まっていた。


 まずは敵を倒したのでそのまま進んでいくと、今度はハーピーが現れた。

 さて、どういうつもりで敵はこのハーピーを寄こしたのだろう。これだけの閉鎖空間でハーピーの強みを発揮できるとは思えないけど。

 空を飛ぶことは当然できないし、速い動きにしたって狭い空間では攻撃を適当なところに置いておくだけで簡単に動きを阻害できる。

 それに、モンスターが複数体いるのならば、まとめてかかってきたほうが厄介だと思うんだけどね。

 まあ、敵が愚かでいてくれる分にはありがたい限りなのだけれど、油断するわけにはいかないよね。


 ハーピーの事を観察していると、ぼくの索敵に空気の動きが引っ掛かった。慌てて防御すると、風刃のようなものが飛んできた。

 なるほど。そういう手段をこのハーピーは持っているのか。なら、この閉鎖空間でハーピーを差し向けてきたのも、ただの馬鹿ってわけじゃなさそうだ。

 でも、スキュラで足止めしながら風刃らしきものを撃たせた方が良かったんじゃないのかな?

 まあ、ぼくが楽できるならそれを責める理由もないだろう。それにしても、風刃には似ても似つかないな、このハーピーの技は。

 アリシアさんなら、もっと素早く、もっと多く、もっと鋭く風を刃として放つことができる。

 それに、近接戦闘だってすさまじいからこそアリシアさんの風刃は恐ろしいんだ。

 単に固定砲台としてすらアリシアさんの足元にも及ばないこのハーピーは大した脅威では無いよね。さっさと倒してしまいたいな。正直見ているのも不愉快だ。

 ぼくの尊敬するアリシアさんの技をこんなつまらないものだと思っている連中がいるってことだよね。そうじゃなかったら、わざわざ敵の正面にこの程度の奴を向かわせたりしない。


 ぼくはさらに研究者たちへの怒りを強めていたが、アクアに手を握られて冷静さを取り戻す。


「ありがとう、アクア。カタリナ、こんなザコ、すぐに片付けてしまおう」


「気にしなくていい。それより、油断はしないで」


「あんたのいつも言ってることでしょうに。自分が油断してどうするのよ」


 カタリナにもアクアにも窘められてしまう。そうだよね。アリシアさんたちの技はこんな程度ではないとはいえ、不可視の攻撃自体は厄介だ。ぼくはしっかりと警戒を強める。

 落ち着いたぼくはメルセデスのように水の膜を張って敵の攻撃を妨害すると、アクアに接近してもらって敵の動きを抑えてもらう。

 そこにカタリナが弓を射かけて、ハーピーの翼を動かせなくしてしまう。

 翼を傷つけられたハーピーは風で滅茶苦茶に攻撃してきたが、霧状にアクア水を撒くといういつもの手段で風の動きを把握しているぼくは水の膜で風を防ぐ。

 そのまま、カタリナが脳天を射抜いてハーピーは倒れていった。

 やっぱりこのハーピーは弱くはあったけれど、だからといって攻撃を受けていい相手ではなかった。ちゃんと冷静さを保っていないとな。ぼくはアクアとカタリナに感謝しながら、さらにこの研究所を進んでいく。


 そこには、契約者らしき人たちが待ち構えていた。なるほど。カーレルの街に契約者が増えたのも、もしかしたらこの研究所が関係しているのか?

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