裏 歪み

 ノーラと契約してから、カタリナは晴れやかな気分で日々を過ごすことができていた。いずれ自分はアクアと和解できる。そして、またユーリとアクアと一緒に過ごすことができるのだ。

 そこにはノーラだって一緒に居ることになる。新しい家族が増えたようなものだと、カタリナは素直に喜んでいた。


(ユーリとあたしとアクアでなら、きっと最高の家族になれるはずよ。ユーリは好意に弱いけれど、だからこそあたしの好意も分かってくれているはず。そうじゃなきゃ、あたしを助けてくれたりしないわ。あれからだってあたしを頼りにしてくれている。

 アクアだってあたしの無事を喜んでくれていた。あたしを支配することを悲しんでいた。だから、あたし達はお互いがお互いを好きなはずなのよ。ノーラだってきっとアクアの一部のような物。だから、ノーラがあたしに好意を示してくれているのは、アクアの好意があたしにも向いているという裏付けになるはず。大丈夫。あたし達はまた笑いあえるのよ)


 カタリナの心に余裕が出てくると、いつものようにカタリナがユーリを観察している際に、ユーリが自分をいとおしそうな目で見ていることに気が付いた。

 他の人にも似たような目を向けているユーリではあるが、興味のない他人とは明らかに自分に向ける目が違う。

 その事実が、カタリナに大きな勇気と喜びを与えていた。

 ただ、ユーリが一番いとおしそうに見ているのがアクアだという事にも気が付いた。それは悲しいけれど、仕方のない事だ。

 アクアは自分が本当の意味でユーリに冷たく接していたころから、ずっとユーリの事を支えていた。

 だから、カタリナは現実を受け入れる事ができていた。

 ユーリの一番でいられない事はつらいけれど、それでもこれから幸せになる事ができる。そう信じていた。


(ユーリはアクアが誰よりも好きなのね。恋愛感情かどうかは分からない。だけど、あたしよりも、誰よりもアクアを大切に思っているのは間違いないわ。でも、それでもあたしはユーリと一緒に居られる。アクアとだって。だって、ユーリとアクアだけではできない事があるんだもの。それで、2人を支えてあげればいいのよ)


 カタリナにとってはユーリもアクアも大切な存在で、だからこそ3人一緒に居られる未来がはっきり見えることが喜ばしかった。

 そのためにも、自分のすべてを使って2人を支える。そうすることで、3人で幸せになる事ができる。

 ユーリの恋人にはなれないかもしれないけれど、それでもユーリとアクアと3人でなら家族のような関係になれる。

 ノーラは結局どういう存在かは分からないけれど、自分たちの間に入ってきても問題のない大切な仲間だ。

 これからも契約技を頼りにするだろうし、甘えてくる姿は猫だったころと変わっていない。

 ユーリにべたべたしている事なんて軽く許せるくらいには、カタリナはノーラを大事に思っていた。


(ノーラにアクアが干渉している事は間違いないわ。それでも、ノーラがあたしの相棒であることは変わらない。それに、アクアはあたしのためにノーラに干渉しているのだから、ある程度は受け入れないと。ユーリの力になるためにも、ユーリの幸せを守るためにも、もうノーラは欠かせない存在なのよ)


 カタリナの精神はそれからずっと上向きになっていた。明るい未来を信じる事ができていて、だからこそ希望を胸に生きる事ができていた。

 いずれアクアは自分を解放してくれる。そう信じていたし、その時にユーリとの関係が壊れることがないとも信じていた。

 いつか、かつて夢見た未来に近い未来を迎える事ができる。だから、その時を素直に待っていればいい。

 アクアの事は許す準備ができていて、いずれ来る自分が解放された日に和解すればいい。それで、自分に幸せが帰ってくるのだ。

 アクアと自分でユーリを共有すればきっと楽しいし、ユーリだって喜ぶだろう。

 カタリナはユーリとアクア以外の女が付き合う未来はきっと来ないだろうと半ば確信していて、ユーリを除けばアクアと一番近い自分がアクアのおこぼれを貰えると信じ切っていた。


(ユーリは女の人に囲まれているけれど、その人たちに恋愛感情は持ち合わせていない。これからも普通の好意に収まるに決まっているわ。だから、アクアがユーリの一番近くにいるし、ユーリの一番大切な存在になる。アクアもユーリもあたしを大切にしてくれるから、ずっと一緒に居られるのよ)


 カタリナはそれからの日々でも心を落ち着かせたまま生活する事ができていて、それでもユーリをずっと観察することはやめていなかった。

 ユーリが自分に明るい顔や幸せそうな顔を向ける瞬間を楽しみに日々を生きていて、もっと幸せになる瞬間も待っていればやってくると楽観的に考えていた。

 そんな日々の中、プロジェクトU:Reに起因する異変が起き始めて、それがユーリの笑顔を奪っていった。

 カタリナはそのことが許せなくて、それゆえ異変の原因を何が何でも排除したいと考えていた。


(ユーリがまた暗い顔をしてる。明らかにおかしい事態が起こっているから、心配になるのは分かる。でも、あたしには優しいあんたの顔を見せてよ。あんたの楽しそうにしている姿が、あたしに元気と勇気といろいろなものをくれるの。その邪魔をする奴なんて、誰だろうと排除してやるから、だから、あたしに笑顔を見せて。モンスターだろうと人だろうと、あんたを苦しめるものは何だって殺してあげるわ)


 異変の中で人型モンスターが複数現れた時、カタリナはユーリに己の力を見せつけたいような気分だった。アクアが操作している体ではあるものの、ユーリに安心して良いのだと伝えたかった。

 自分はもはやユーリに助けられる存在ではない。それをユーリに教えて、もっと自分に頼ってもらいたかった。かつてのように自分の後ろに着いて来るだけでもいいし、隣で戦っても良い。

 そんな事を考えていたから、普通より強い様子の人型モンスターを軽く倒している事が心地よかった。


(ユーリ、いつかはあんたに助けられちゃったわね。だけど、あたしがあんたを助けることだってできるのよ。だから、1人で抱え込まないで。あんたの笑顔にあたしは助けられてるんだから、あんたの笑顔を守ってみせる。ユーリ、アクアだって、あたしだって、あんたが明るくしているのが一番好きなのよ)


 それから、カーレルの街がモンスターに襲撃されるという事態が発生する。その中で、ユーリはステラやサーシャを優先することを決めていたが、それでも誰かを見捨てないといけないという事に心を痛めている様子だった。

 カタリナは、ユーリを苦しめる原因である今回の異変に強い怒りを抱いていたし、怒りをぶつける相手を求めていた。


(ユーリ、あんたの為にあんたの周りの人はあたしとアクアで守ってあげる。だから、そこらに転がっているただの他人にまで気を遣わなくても良いのよ。そんな事をしたって誰も感謝なんてしないんだから、あたし達といる時間の幸せだけを感じていればいいの。

 それにしても、明らかにモンスターの動きがおかしい。アクアがユーリのために人を殺すなら、きっとユーリの心を傷つけない形をとるはず。だから、きっとほかの誰かが原因。そうよね。黒幕がいるのなら、あたしが殺してやればいいわ。ユーリを苦しめたのだから、楽に死なせたりしなくていいもの。思う存分痛みを与えてやるわ)


 そしてついに、今回の異変を解決するための道筋が立っていた。サーシャの説明を受けて、カタリナはいくつもの疑問が浮かんできた。


(プロジェクトU:Re……オメガスライムを作る計画。アクアはそれによって生まれたのかしら? だから、アクアはオメガスライムになった。だとすると、なぜユーリのもとにオメガスライムがいるの? ユーリとプロジェクトU:Reに何か関係が? ユーリ、U:Re。同じ発音よね。まさか、ユーリはプロジェクトU:Reとやらに何か関係があるの? だから、アクアをペットにできていた?)


 本当にプロジェクトU:Reとユーリに関係があるのなら、恐らくユーリは今回の事件で大きく傷つくことになる。そのことがカタリナに強い怒りをもたらしていたが、まだカタリナは冷静さを忘れてはいなかった。

 だが、プロジェクトU:Reの関係者の拠点がミストの町であることが明らかになったとき、カタリナの怒りは限界まで高まった。

 ユーリが両親から捨てられたのは、何かこの実験と関係があるのではないか。カタリナの両親はプロジェクトU:Reに関わっていたのではないか。

 事実がどうなのかカタリナには確認する手段がなかったが、怒りをぶつける相手の姿がある程度固まってきたので、それだけは喜ばしいと感じた。


(ユーリとプロジェクトU:Reに何か関係があることはほとんど間違いないと言っていいはず。だって、アクアがオメガスライムでミストの町がプロジェクトU:Reの拠点なのよ。まあ、それはいいわ。ユーリとあたしが出会えたのだから、それまでの事には感謝しても良い。

 でも、今回の異変でユーリの事を傷つけたのは絶対に許せない。お母さん、お父さん、あたしをこれまで育ててくれた事には感謝しているわ。だけど、もしあなたたちがプロジェクトU:Reに関わっているのなら。あたしはあなたたちを殺すわ。

 ユーリにあたしの両親を殺したなんて罪の意識を背負わせるわけにはいかないし、何よりユーリを傷つける人間を生かしておくつもりはない。あなたたちがプロジェクトU:Reと何の関係もない事を、少しくらいは祈ってあげるわ)


 カタリナにとって、もはやユーリより大切にするべきことなどなかった。これまでの苦しみの中で、はっきりとカタリナの人格は歪んでいた。

 だから、カタリナは今の幸せを奪う物を敵だとしか思えなかったし、それらを殺すことに何の抵抗も感じていなかった。

 カタリナにとって、既に判断基準の大半がユーリとアクアで、だから、カタリナは恩師であるステラですら、ユーリの大切な人であるという以上の価値は見いだせなかった。

 ユーリの大切な人だからこそ、何が何でも守るという決意を固めていたが、そうでなくなった瞬間にどうでもいい存在になる事はカタリナの中で決まり切っていた。


(ユーリ、あんたとあたしとアクア。あたしに必要なのはそれだけ。ノーラだって大切だけど、ユーリの為なら捨てられる。だから、ずっとあたしと一緒に居て。3人で一緒に居られる未来のために頑張るから、一緒に幸せになりましょうよ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る