91話 始動
ぼくは今日、サーシャさんに呼び出されていた。何か異変が起こったのだろうか。それとも異変の原因が見つかったのだろうか。
何にせよ、単に世間話という訳ではないだろう。呼び出された場所が組合だし、オーバースカイの仲間も呼ばれているからね。
組合にたどり着くと、サーシャさんとハイディたちがいた。ハイディたちも来ているってことは、異変の原因の話の可能性が高そうだ。
まとめて会議室のような場所に連れられ、サーシャさんが話し始める。
「まずは、今回の異変である、異常なモンスターの発生。その原因にたどり着いたのでその報告からさせていただきますわ」
やっぱりその話だよね。そうなると、これからの話はその準備とか、計画とかの話になるのだろうか。
それにしても、原因はいったい何だったのだろう。ぼくたちの懸念通りに人為的なものだったのだろうか。
そうだとすると、やはり許せないという思いがある。カーレルの街にも犠牲者はいたし、家などの建物がボロボロになっていることもあった。
いや、まだ何も聞いていないのだから、先走るべきではない。まずはサーシャさんの話を聞いてからだ。
「かつてこの国で動いていた計画であるプロジェクトU:Reという物がありましたわ。その計画では、オメガスライムを生み出して操ることでアードラの周囲に戦争を仕掛け、アードラの版図を広げることを目的としていましたわ」
なんとなくプロジェクトU:Reという名前を言われるとちょっとだけ自分の名前を呼ばれているような気になってしまった。
発音が似ているから仕方のない部分はあるだろうけど、気分のいいものではない。
とはいえ、実際にぼくに関係があるわけでは無いだろう。そんな計画なんて、名前を聞いたこともない。
それにしても、オメガスライムか。伝承には3つの国を滅ぼしたと語られているけど、よく分からない事が多いんだよね。
とっても強いという事だけは分かるけど、なんか強いという事だけしか分からない語られかただった。
ぼくたちの目の前に現れてしまえばきっと勝てない。だから、さすがにオメガスライムを生み出すことに成功したわけでは無いはず。
そんな事になったら、どうすればいいのか分からないよね。楽観視は危険とはいえ、オメガスライムが敵になる事を想定しても仕方ないだろう。どうせ勝てないのだし。
そんな事態になっていたら1も2もなく逃げるよ。逃げてどうにかなるのか分からないけど、それしかない。
「その計画は頓挫したのですが、それでも中心となった人間はまだ計画を諦めていなかった様子。ただ、目的は最強のモンスターや契約者を生み出すという事に変わったようですわ」
オメガスライムを生み出すこともできないのに、どうやって最強のモンスターや契約者を生み出すつもりなのだろう。
でも、少し話は見えてきたな。つまり、今までの異変で現れたモンスターは、そのプロジェクトU:Reとやらの残党によって生み出されたものなのだろう。
その人たちを許すことなんて、ぼくにはできない。どうにかして捕まえて、相応の刑罰を受けてもらうつもりだ。
その結果死のうと知ったことでは無い。当然の報いとすら言えるのだから。それよりも、どうやってうまくその研究者たちを捕らえるかだよね。
研究者たちは許せないけど、そのためにぼくたちの誰かが犠牲になるという事は避けなければならない。
見知らぬ誰かの安全よりも、ぼくは親しい人を優先する。それは譲れない。
だって、ぼくに良くしてくれた人とそれ以外の人を同じに扱う事なんて、良くしてくれた人に失礼というかなんというか。
もちろん、ぼくにとって良くしてくれた人たちが大切なのは言うまでもないことではあるけれど。
まあ、出来る範囲でプロジェクトU:Reとやらを叩き潰しに行くつもりではある。
しかしながら、一体どうやってその研究者たちはあんなに強いモンスターを生み出すことに成功したのだろう。
いや、聞いて分かる事でもないか。それに、ぼくが考えるべきはモンスターをどうやって倒すべきかだ。原因が何なのかなんて、他の人が考えていればいい。
「その成果として、これまでの異変であるモンスターが生み出されたという事ですわね。我々といたしましては、その行動を許すわけにはまいりませんわ。ですので、その研究者ともども、モンスターたちを撃退するという方針を取ることにいたしましたわ。もちろん、オーバースカイの皆様に人を殺せと言うつもりはありませんわ。それは我々の仕事ですので」
「私やレティは殺せないことは無いけれど、ユーリ君たちにそれをさせるのは、やめておいた方が良いと思うよ。せっかく殺さずにこれまで過ごせているのだから、殺さずに済む方が良いよね」
「わたくしもそう考えておりますわ。もちろん、無理に殺すなという訳ではありません。殺さなければ乗り越えられないと判断したのならば、殺していただいて構いませんわ。その場合でも、こちらで処理いたしますので、犯罪者のような扱いにはなりませんわ」
サーシャさんにしろ、アリシアさんにしろ、人を殺したことがあるような物言いだな。実際のところがどちらであれ、無実の人をこの人たちが殺すとは思っていない。それなりの事情があったはずだ。
それに、ぼくが人を殺すことができない分をこの人たちが支払ってくれる事になるのだろうから、嫌うなんてとんでもない話だ。
それはさておき、実際にぼくが人を殺す瞬間はやってくるのだろうか。殺すことには未だに抵抗がある。すでに人型モンスターを殺しているのに、いまさらという話ではあるけれど、どうしても人を殺すことを躊躇してしまう。
ぼくはアクアやノーラ、レティさんにヴァネアとメーテルを知っている。彼女たちに人と特別な差があるなんて言えない。
それでも人型モンスターを殺しておいて人を殺すことを躊躇しているのだから、ばかばかしい話だ。
人型モンスターと人にどれほどの違いがあるというのだ。結局ぼくもくだらない人間の1人でしかないのかもね。
でも、戦いの場でこんな事に悩んでいるわけにはいかない。みんなが危ない場面があるのなら殺してしまえ。そうすればもうこんな事に悩まなくて済むぞ。
いや、でも殺すことへのタガが外れてしまったら。簡単に殺すという選択をするぼくになってしまったら。
違う。とりあえず殺せばいいわけじゃ無い。ぼくにとって大切な人を守るためだけ。それだけのために殺すのだ。みんなと一緒に居る未来のために。
実際にぼくが人を殺すことになるのかは分からない。でも、嫌いだからというような理由だけで殺すことは絶対に避けないと。
そうなってしまったぼくは、みんなと一緒に居る資格を失ってしまうだろう。みんなの隣にいていいぼくでいる。それだけは絶対に守らないといけない事だ。
「本題に入りますが、プロジェクトU:Reの研究者はミストの町を拠点としている様子。ですので、そこを叩くことになりますわ。もちろん、ただの市民に被害が出ないようにいたしますわ。ですが、ミストの町が戦場になる可能性は否定できませんわ」
ミストの町だって!? ぼくの故郷じゃないか。そんな研究が行われていたなんて知らなかった。
いや、おかしいところは無い訳ではなかった。ぼくの通っていた学園には、ハイディでさえ難しいというような技術を使った装置があった。弱いモンスターを発生させる装置だ。
それがプロジェクトU:Reの研究によってもたらされた物ならば? あの学園もプロジェクトU:Reと関係があることになる。
まさか、キラータイガーの一件やカタリナが巻き込まれたモンスターの異常発生の件も? いや、あのモンスターは特別強いという訳ではなかった。
いや、単にモンスターを生み出す実験の一環だという可能性は? そんな事のためにカタリナは巻き込まれたのか? この考えが真実だと決まったわけじゃ無い。無いんだけど、ぼくは怒りを抑えきれそうになかった。
「ミストの町はユーリ様やカタリナ様の故郷ですから、思う所があるという事は察しがつきますわ。ですが、我々の未来のため、今回の討伐計画に参加していただきたいのです」
「参加することに問題があるわけじゃ無いです。ただ、プロジェクトU:Reの関係者とやらに怒りが湧いてくるだけです」
「あたしだって別に故郷だからって大切ってわけじゃないわ。あたしの敵になるのなら、誰だろうと叩き潰すまでよ」
「それならよいのですわ。ただ、なかなかに厄介なものでして、ミストの町のどこまでの人間が関わっているのかはハッキリできておりません。拠点の場所は判明しているので、そこを中心に抑えることになりますわ」
研究所のような場所があるのだろうけど、そこに出入りしていない人間の協力者がいたのならば、特定が難しいのだろうという事は想像がつく。
まあ、調査はたぶんぼくの仕事じゃない。ぼくの仕事はモンスターを退治する戦力であることだろうね。
いつもより激しく戦う事になるかもしれないな。いや、この考えは駄目だ。アクア水の強みは汎用性が大きい。だから、冷静さを忘れないようにしないと。
ぼくはみんなを守りたいんだ。敵を倒したいわけじゃ無い。そこは見誤らないようにしないと。
「ユーリ様とアクア様、カタリナ様には拠点を襲撃していただいて、それ以外の方には関係者を逃がさない事に注力していただきたいと思いますわ」
ぼくたち3人だけで? あれだけのモンスターが生み出せる相手ならば、みんなでまとめてかかった方が良いのでは?
いや、そうもいかない理由があるのだろう。それは何だ? 少人数の方が良い理由。建物の中のように狭い空間なのか?
それならば、フィーナやアリシアさんやミーナにノーラは強みを奪われるから別行動の方が良いことも分かる。
アクア水を使うぼくがメインになって、アクアがぼく達2人を守る。カタリナが斥候。そんなところだろうか。
「プロジェクトU:Reの拠点はミストの町のほど近く、山に開けられた横穴ですわ。人工的な物なうえ、入り口も中もそう広いものでは無いとのことですわ。ですので、少人数で攻めていただくのがよろしいかと」
ぼくの考えはある程度当たっていたみたいだ。狭い空間では大人数では動きづらいだろう。
どの程度のモンスターに襲われるのかは分からない。でも、ぼくたちは絶対にやり遂げてみせる。
ぼくたち3人の連携はきっと誰にも負けない。だから、勝てるはずだ。
「ユーリ様、今回の戦いはカーレルの街どころかこの国の大きな転機となるでしょう。ぜひとも、この依頼を達成していただきたいのですわ」
もちろん、やり遂げてみせる。そして、またみんなで平和な日々を過ごすのだ。
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