裏 喜悦

 アクアはプロジェクトU:Reから距離を取ることを望んでいた。自身のつまらない過去を思い出しそうになるからだ。

 だが、アクアの目には状況がそれを許さないように見えていた。

 いずれ自分とユーリはプロジェクトU:Reに相対する。その未来がすぐそこにあるように思えて、アクアは憂鬱だった。

 ユーリも自分の過去と向かい合う事になるのだろうか。ユーリに待っているであろう再会は、ユーリにとって幸福であるのだろうか。

 アクアはユーリが心配なような、ユーリを頼もしく思うような、不思議な感覚の中に居た。

 仮にユーリが新しい幸福を見つけたとしても、アクアが捨てられることは無い。これまでユーリと過ごす中で、アクアは素直にそう信じる事ができた。

 だから、ユーリにどんな未来が待っていたとしても隣にいる。その決意を固めていた。


 プロジェクトU:Reをすぐにでも排除しなければ、ある程度の犠牲は出るだろうとアクアは分かっていた。

 だが、そんな事はアクアには関係がない。ユーリの周りの人間を犠牲にしない事だけは出来ると確信していたので、アクアはギリギリまでプロジェクトU:Reの関係者を放置しておくことにした。

 ユーリは犠牲者が出ることで悲しみを覚えるかもしれない。

 だが、冒険者として過ごす日々の中で、ユーリは他者の犠牲にある程度の慣れや割り切りを身に着けていた。

 だから、ユーリの痛みは許容できる範囲に収まるだろう。全く痛みに耐性が無ければ、ユーリが傷つく機会は増えてしまう。

 それゆえ、今回の異変をユーリにある程度の耐性を付けさせる機会とみなしていた。

 かつてカインが死んだときにユーリが大きく悲しんだのも、ユーリが人の死に慣れていなかったから。

 今回の異変を乗り越えることで、仮にカインの死に似た出来事が起こっても、ユーリは前より落ち着いた対応を出来るようになる。

 アクアはつまらない他者のためにユーリが危険に向かう事を辞めさせたかったから、今回の異変を利用すると決めた。

 アクア自身がプロジェクトU:Reに向かい合う覚悟を固めきれていなかったことも理由としてあったのだが。


 そしてプロジェクトU:Reを原因とする異変に大きな動きが訪れた。

 オーバースカイがカーレルの街から離れている間に、カーレルの街がモンスターに襲われることになった。

 プロジェクトU:Reの関係者にとって、今回の動きには大きく2つの目標があるとアクアは知っていた。

 1つはプロジェクトU:Reによって生み出されたモンスターの性能を確認すること。

 プロジェクトU:Reの関係者は、未だにアードラの版図を広げることを目標として動いている。そのために、強い人間にモンスターをぶつけることで、仮想敵国に対してどの程度の働きができるか確かめる狙いだった。

 もう1つはこれもまたプロジェクトU:Reの成果である、ある程度狙った契約技を生み出せるモンスターとの契約者の実験。

 ただの人に契約をさせることで、どの程度の戦力として計算できるのかを知るための機会として、自分たちが生み出したモンスターとぶつけることにした。

 そのために、実験で契約を持ちかけた人間をカーレルの街へと集めていた。


 ユーリはそれを知ることがないままステラやサーシャ、そして町の人間を守るために行動していた。

 アクアはユーリに自分の動きを見せないために、ステラを守ると提案することでユーリと離れることにした。


 オメガスライムは大抵のスライムの進化系が持つ能力を持ち合わせている。

 スライムの進化系の1つであるツインスライムは自身の体を2つに分けて動かす事ができる。

 アクアはそれをはるかにしのぐ数に分裂して動く事ができるが、ユーリにまだそれを見せるつもりはなかった。

 他にも、ステラの家にやってくるモンスターでプロジェクトU:Reの成果であるモンスターがどの程度の物なのか、様々な実験をするつもりでいた。

 モンスターの耐久性、アクアが改造できるかどうか、アクアが似たようなモンスターを生み出すことができるのか。

 それらをすべて検証した結果、アクアは自在にモンスターを生み出す能力をさらに発展させていた。

 今のアクアならば、モンスターを生み出して好きなタイミングで進化させることもできる。今はノーラの存在で満足しているが、いずれは新たなモンスターを生み出すかもしれない。

 アクアは未来にどうするか、ゆっくりと考えていた。プロジェクトU:Reによって生み出せるモンスターなどアクアの敵ではないので、考え事をしながらでも十分対処できていた。


 退屈になったアクアはユーリの動きを覗いていた。サーシャを助けることに成功したユーリは他の人を助けたい様子だったので、サーシャにそれを指示させようとすると、そうするまでもなくサーシャは人々を助けるようにユーリに指示していた。

 そのままユーリの動きを眺めていると、ユーリは人々を守ろうとするあまり徐々に追い詰められている様子だった。

 ユーリのその様子を確認したアクアは、元々用意していたオリヴィエたちの動きを本格化させて、カーレルの街へオリヴィエたちを動かした。

 そのまま、オリヴィエの力によってモンスターはすぐに減っていき、ユーリは守っている人に犠牲者を出さなかった。

 ユーリの動きを邪魔していた市民は後で支配することにして、アクアはユーリの活躍を振り返りながら楽しんでいた。


 ユーリは結局何度似たような事が起こったとしても人々を守ろうとするのだろう。そう考えたアクアは、プロジェクトU:Reを解決するために動くことを決めた。

 ユーリに過去を清算させるためにも、ユーリにプロジェクトU:Reの解決へと向かわせると良いのかもしれない。

 そんな事を考えながら、具体的にどういう形でプロジェクトU:Reを終幕へと向かわせるか、アクアは考えていた。

 アクアとユーリが出会うきっかけになったプロジェクトU:Reだから、アクアとユーリで終わらせるのが良いかもしれない。

 プロジェクトU:Reがどんな形で終わるとしても、ユーリにはある程度負担をかけることになるだろう。そう考えたアクアは、それなりにユーリを休ませることに決めた。


 そしてオリヴィエたちとしてユーリと過ごしてユーリに安らぎを与えたり、ステラとしてユーリと過ごしてユーリに落ち着きを与えたりしていた。

 その中で、ユーリに今回の異変の元凶であるプロジェクトU:Reに立ち向かうだけの覚悟を決めさせた。

 それからユーリに異変の根源へ向かう時期が近い事を知らせると、ユーリはアクアと過ごすことを決めていた。

 ユーリにとって大切な状況で過ごす相手は自分なんだと考えたアクアは喜んでいたが、指輪に視線が向かうユーリを見て少しだけ傷ついていた。

 ユーリは戦力の強化のために自分と過ごすことを決めたのか。でも、それでもユーリと2人で過ごせることは喜ばしい。

 浮かんだ暗い考えを捨てて、アクアはユーリとの時間を楽しむことに決めた。


 自分に抱き着かれているユーリは嬉しそうで、それだけでアクアは先ほどの悲しさを忘れる事ができていた。

 ユーリは結局自分の事が大好きなのは間違いない。分かり切っていたことではあるが、改めて確認できた事実がアクアには喜ばしかった。

 ユーリとくっついていると温かくて、心がだんだん満たされていった。温度を最低限しか感じていないアクアでも、ユーリの温かさは特別で、ユーリとふれあう喜びを高める材料の一つだった。

 いつかはこの暖かさで満たされない心の寒さを感じていたことがあったけど、今ならばどんな寒さにだって凍えないだろう。

 ユーリが自分をいつまでも大好きでいることをアクアは素直に信じる事ができていた。


 ユーリから自分を好きになった理由を告げられて、アクアはそんなものかと感じた。

 一緒に過ごした時間だけで人を好きになるのなら、誰だっていいはずだけれど。でも、ユーリは一緒に過ごしていても好きになっていない人もいる。

 アクアは単に過ごした時間が長いからユーリが自分の事を好きでいるのではないと確信していた。

 だから、ユーリに対してもっと時間をかけた人を好きになるのかとからかう事ができた。その後にアクア自身が言った、ユーリの一番は自分であることが変わらないと信じられること。

 今のアクアにとって、それは心からの真実だった。かつてはユーリを疑ってしまった。だから、カタリナから始まる悲劇に続いてしまった。

 だけど、今ならユーリの事を信じる事ができる。ユーリの一番はずっと自分であることはきっと変わらない。

 流石にユーリの親しい人を操っていることを知られるわけにはいかないけれど、オメガスライムであることを知られたくらいならきっと大丈夫。アクアはユーリとの未来が明るい事を信じていた。


 それから、ユーリがアクアに対して何でもすると告げた時、アクアはユーリにキスをねだった。

 ユーリは恥ずかしがりながらも、アクアに対してキスをすること自体は悩まなかった。

 ユーリにとってキスは特別だと察していたアクアは、大切なものをアクアに捧げてもいいほどユーリはアクアを大切にしているのだと歓喜に浸っていた。

 そしてユーリはアクアにキスをする。アクアはキスの意味を知っていても理解はしていなかったから、照れも恥ずかしさも感じなかった。

 ただ、ユーリの大切なものを奪ったという喜びが、アクアの体中にしびれのような物をもたらしていた。

 ユーリがアクアとキスをしたことによって真っ赤になっていたが、そのあたふたする姿がアクアにとっては心地よかった。

 ユーリの心の奥深くに自分を埋めることに成功した。そのことを確信できて、アクアはさらなる喜びを感じていた。

 やはりユーリといるといつだって楽しい。そう考えて、アクアはユーリに甘え倒そうとした。

 ユーリにすべてを捧げると誓ってみたアクアに、ユーリは何も捧げなくても良いと返す。

 ユーリのその返答に、アクアは不満のような喜びのような複雑な感情を抱いていた。


 それでも、ユーリとアクアがずっと一緒に居ることは疑いようもない事だ。アクアは未来は明るいと確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る