12話 暗雲
今日ぼくは、アクアとカタリナと出かけていた。
少なくなった日用品をそろえるための買い物を中心に、そこらをぶらつくことになっている。
いくつかの買い物を済ませると、カタリナが問いかけてきた。
「あんた、アクアとおそろいの指輪なんてしてるのね。アクアのことペットって言ってるわりにはそんなことをするし、あんたの性癖も大概よね」
とんでもない誤解だ。びっくりしたぼくは訂正してもらおうと説明する。
「これは契約を補助してくれるもので、カタリナが考えているようなことはないよ。ステラ先生にもらったんだ」
そう説明するとカタリナは少し考えこんだ様子になる。なにか気になることがあるのだろうか。しばらくたった後、カタリナは不満げな顔をして、ぼくに話しかける。
「あんた、ステラ先生と最近よく一緒にいるみたいじゃない。一応言っておくけど、ステラ先生は誰にでも優しい人なんだから。
あんたが最近いろいろ面倒を見てもらっているのも、あんたが聞きたい契約技について説明できるのがステラ先生だけだからであって、あんたが気に入られてるわけじゃないんだから、そこら辺勘違いしないようにしなさいよ」
当たり前のことだ。そもそもステラ先生は頼りになる先生であって、ぼくは彼女と付き合いたいとか、お近づきになりたいとか思っているわけじゃない。
ただ、カタリナにその辺を直接説明しても、言い訳するんじゃないみたいなことを言われるだけで納得してくれないだろうし、どう返答したものか。
そう考えていると、カタリナはさらに捲し立てる。
「返答に詰まるなんて、あんた図星ってわけ? いい? この機会に言うけど、あんたみたいなやつ、好きになるのはそこのアクアくらいで、ヘタレで、弱っちくて、情けないあんたが女の人に好かれるなんて幻想、さっさと捨てたほうが、あんたの身のためよ。いい加減、身の程をわきまえることね」
散々言ってくるな。いくら口が悪いカタリナとはいえ、ここまで言ってくるなんて、何かぼくに不満があるのだろうけど、カタリナはその辺をつくと説明してくれるわけでもなく、さらに怒るだけだからな。
適当に謝っておこうかと考えていると、アクアが取りなそうとする。
「カタリナ、その辺にしておいて。いくらカタリナでも、ユーリをそこまで悪く言われていい気はしない」
「分かったわよ。あんた、良かったわね。かばってくれるペットがいて。せいぜい大切にしておきなさいよ。こいつに見捨てられたらあんたは終わりなんだから」
それはそうかもしれない。ぼくの事を大切に思ってくれる人なんてそうはいない。
そんなことは関係なくアクアの事を大切にするつもりではあるけど。
「アクアを大切にするなんて、当然のことだよ。まあ、アクアがぼくを見捨てるとは思わないけど」
「当たり前。アクアは何があってもユーリと一緒にいる」
「はいはい、お熱いことで。なんかもういいわ。さっさと次の店に行きましょう」
まだ不満はある様子だけど、カタリナは落ち着いてくれたみたいだ。ぼくじゃこうは落ち着かせられなかっただろうし、アクアには感謝しておこう。
それからしばらく、カタリナの買い物に付き合わされた。
いつもはもうちょっとぼくのペースに合わせてくれるカタリナだけど、今回は随分待たされたので、アクアと一緒に時間をつぶしていた。
買い物を終えたカタリナは満足げな様子で、さっきまでのいらだちを解消できているように見えた。
「あーすっきりした。ほら、あんた。これ、持ちなさいよ」
いつものように荷物を持たせて来ようとする。本気でいら立っている時は自分で持とうとするので、だいぶ機嫌は良くなったみたいだ。
それにしても、一体なんでカタリナは機嫌を悪くしたのだろうか。原因がわかれば次から気を付けることができるけど、当人に聞いても絶対に答えは返ってこないからな。
どうしたものか。悩んでいると、先にカタリナに声をかけられる。
「あんた、今日は悪かったわね。ちょっと虫の居所が悪かったのよ。でもね、あんたはモテないってのは事実なんだから、十分気を付けることね」
謝ってるのかなこれは。
ただ、カタリナが自分を悪いと言うなんてほとんどないことだし、素直に受け取っておくか。
「気にしてないよ。それより、今日はもう帰るんでしょ? 気を付けてね」
「はいはい。あんたも気をつけなさいよ。アクアがいるんだから、頼りないあんたでも何とかなるでしょうけど」
そう言ってカタリナは去っていく。それから、ぼくたちも家に帰った。
家でアクアといる時に、今日のカタリナについて相談することを思いつく。
アクアなら何かわかるかもしれないので、試しに聞いてみることにする。
「アクア、今日のカタリナ、なんで機嫌が悪くなったんだと思う?」
「想像はつく。でも、たぶんユーリは信じない」
アクアの言うことは信じてるけど、たぶんそういう事じゃないんだろうな。
きっと、よっぽどカタリナらしくない事なんだろう。一体何なんだろう。ぼくが信じないと言うあたり、ぼくじゃ思いつかないか、思いついてもすぐ否定することなのだろう。
「カタリナのことはいい。それより、いっぱい撫でて」
ぼくは言われた通りに撫でながら、カタリナのことを考える。
カタリナはすぐ感情を表に出すようでいて、知られたくないことはうまく隠す人だからな。ぼくが察するのが苦手なだけかもしれないけど。
その場で機嫌が悪くなっても、遅くとも次の日には直っているものだから、あまり気にしたことがなかった。
これからそうはいかないこともあるかもしれないし、そういう時にアクアに相談できるといいんだけど。
それからしばらく考え続けたけど、答えは出なかったのでとりあえず諦め、いつも通り過ごした。
次の日。ぼくはステラ先生に呼び出される。今度は一体何だろう。
「ユーリ君。エンブラの街の闘技大会で当たった、ミーナさんという方がいましたよね。彼女から手紙が届いていますよ」
「ミーナから? ぼくの居場所なんて知ってたんですか? 教えた記憶はないですけど……」
「学園からは何度もあの大会に人を出場させていますからね。運営を通して送られてきたんです」
わざわざ大会の運営を通してまで手紙を送ってくれたのか。ミーナとは大会で戦ったくらいの浅い関係だから、そこまで大した内容ではないと思うけど。
「そうですか。一体何のために送ってきたんでしょう」
「私は読んでいないので内容は知りません。ただ、ある程度は検閲されてから送られることになっているので、大きな問題のある内容ではないでしょう」
「分かりました。読んでおきますね。では、また」
ステラ先生と別れ、ミーナからの手紙を読むことにする。
手紙の内容として、ぼくに負けてからこれまでより多く訓練するようになったこと、これから冒険者になるつもりだということ、再会した時にはぼくに勝つつもりだということが書かれていた。
ぼくはあの勝ち方に満足できているわけではなかったけど、ミーナがぼくを目標にしている以上、ぼくももっと強くなろうと思った。それがぼくが負かしたミーナに対しての礼儀のように思えた。
剣技だけなら今でもミーナのほうが上だろうし、これからもっと差が開いていくだろうけど、ぼくにはアクア水がある。
アクア水はぼくなんかがもって良いと思えないほど、可能性に満ちている契約技だ。これならミーナにも十分対抗できるはずだ。
もちろん、アクア水のすごさにかまけてぼく自身の訓練をおろそかにすれば、簡単にミーナに負けてしまうだろうけど。
いずれは風刃と呼ばれるアリシア以上の契約技使いになってみせる。
そうすれば、ミーナだけではなく、アクアやカタリナ、ステラ先生にも恥じない人になれたと言っていいはずだ。
その後、カタリナと合流して会話をしていると、少し不満げな様子でぼくに質問してきた。
「あんた、今日もステラ先生と一緒にいたみたいじゃない。一体何の用だったのよ」
そう問い詰められたので、ミーナから手紙が来たことを話す。カタリナはますます不満げになった。
「ミーナって、前の闘技大会の決勝に出てたやつよね。あんた、そんなとこまで手を出してたの?」
「手を出すってなにさ。ぼくたちみたいに冒険者になる予定で、次に会ったときにはぼくに勝つつもりらしいよ」
「そう。よかったわね。また女の人と仲良くできて。あんたも嬉しいんじゃない」
女の人だからということはないけど、単純に知り合いが増えることは嬉しい。
これから先にもっと親しくなれる可能性を感じるから、余計にだ。親しい人ってカタリナとアクアとステラ先生くらいだからね。
「ミーナと再会するのは楽しみかな。お互い、どれだけ強くなったのか確かめるいい機会だし」
「ほんとにあんたって奴は! いいわよ、せいぜい女の人に囲まれることを夢見ておくことね」
「そんなつもりはないんだけど。カタリナ、ぼくが女の人にだらしないみたいなことを言うのやめてもらっていい?」
「は? 事実でしょうが! もういい。あんたなんかに付き合ってられないわ。あたしたちのパーティもこれまでね。あんた、頑張って死なないようにね」
そう言ってカタリナは去っていく。今までに聞いたことがないくらい低い声だった。
困ったな。これは本当に怒っているみたいだ。いまもう一度話しかけてももっと怒るだけだろうし、いったん落ち着くのを待つべきだろうか、
でも、カタリナがパーティ解散を口に出すなんて初めてだし、どうすればいいだろう。
結局それから、カタリナはぼくが視界に入るとすぐに離れていくことを繰り返していた。
本当にどうしよう。カタリナとパーティを組むことはぼくの活動の基本みたいなものだったし、何とか仲直りしたいけど、ここまで怒ったカタリナに対してどうすればいいかわからない。
その日の夜、家でアクアに相談してみるけど、良い答えは出てこなかった。
次の日も、カタリナは機嫌を損ねたままだった。
一日置いても落ち着かないほど怒らせてしまったのかと落ち込むけど、原因がわからない以上謝り方もわからない。迂闊な謝り方をすれば、もっと機嫌を損ねてしまうことは目に見えているし、慎重に行動したいけど、このままではカタリナと離れ離れになってしまうかもしれないという焦りも生まれていた。
結局その日も事態は好転せず、次の日を迎えた。
今日はもともとカタリナとは別々の訓練を行う日だ。その間にカタリナに対してどうするかを考えていた。
考えてもカタリナが怒った原因は分からないので、カタリナとまた仲良くしたいとまっすぐに伝えることにしようと思っていた。
カタリナには下手なごまかしは通じないので、原因はわからないと素直に伝えるしかないかな。
訓練が終わったので、カタリナを探そうとしていると、焦った様子のステラ先生がぼくに話しかけてきた。
「ユーリ君、ここにいましたか。大変です。訓練中にモンスターが異常発生して、カタリナさんが取り残されてしまったんです」
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