11話 日常
ぼくは今日も学園に通っていた。いつも通り授業をこなし、いつものメンバーと戦い方についての話などを行っていた。まずはステラ先生にアクア水の事を相談した。
「ステラ先生、泥水を操作できるという話から思いついたのですが、アクア水の中に何か入れておいて、それを利用した戦術というものもあると思います。何かいいものはありますか?」
「そうですね、それを考えるにも、まずはどの程度の大きさのものならアクア水を通して操れるのか、そこを検証したほうがいいと思います。
粉状のものなら大丈夫なのか、大きい塊でも問題ないのか、重さは関係しているのか。そこの情報があれば、また考えも広がると思いますよ」
「確かにそうですね。では、いろいろと検証してみたいと思います」
その話の後、検証を行ってみたところ、細かいものをアクア水に入れた場合だと多く動かせて、大雑把な操作に。
大きなものだと少しの数だけ操作できて、数が少ない分だけ細かく制御できた。
疲れてくると、操作できる大きさや個数の限界が下がったり、操作が雑になったりしていたので、これから練習することで、もっと細かく操作したり、数や量を増やすといったこともできそうだ。
やっぱりステラ先生は頼りになる。
次はカタリナと雑談をしていた。この前参加した闘技大会で弓使いがいたので、その話題を振ってみる。
「カタリナ、この前の闘技大会で対戦相手が連射してきたけど、カタリナもああいう事ってできるの?」
「できるに決まってるでしょ。馬鹿にするんじゃないわよ。前衛が足止めしてる時にあんなことをしたら危ないじゃない。あたしは1人で戦うつもりなんてないんだから、正確さのほうが大事なのよ」
「確かに誤射されたら怖いね。なら、カタリナがああいう動きをすることを見る機会はないかな」
「どうしてもって言うなら、訓練場で見せてあげるわよ。あんな奴程度とは比べ物にならないんだから、目を凝らしてよーく見ておくことね」
カタリナに見せてもらった連射は、たしかにあの時のスタンよりすごい。あっという間に矢筒の中の矢を撃ち切ってしまったにもかかわらず、一本も的から外れてはいなかった。
「こんな精度じゃ前衛と戦う時に撃てないってのはあんたでもわかるでしょ。でも、そのうち連射してても的のど真ん中に当てられるようになってやるわよ。せっかくだから、あんたにも特等席で見せてあげるわ」
ぼくからすれば十分な精度に見えたけど、カタリナは納得していないらしい。
カタリナは口は悪いけど、向上心も高いし、周りに気を使うこともできるのだ。分かりにくいとは思うけど。
ぼくはカタリナと組めることをあらためてうれしく思った。本当に頼りになる幼馴染だ。
その次はアクアとだった。アクアが進化してから戦闘についてあまり話していなかったから、それを話題とすることに。
「アクアはハイスライムになってから、あまりぼくと一緒に訓練していないよね。いろいろ訊きたいことがあるんだけど」
「何でも訊いて。でも、あまり戦闘の経験はないから、よくわからないことも多い」
「そっか。進化したばかりだもんね。まあ、わからないことでも、訓練するきっかけになったりするかもしれないし、訊くだけ訊いてみるね。まず初めに、アクアは武器って使えるの?」
「使えないこともない。でも、普通に殴ったり蹴ったりするほうがやりやすいし、そこらの武器よりそっちのほうが強い」
以前のキラータイガーとの戦いではあまり有効打を与えられなかったみたいだけど、足止めに徹してくれていたという事なのかな。
実際、どれくらい強いのかはまた検証してみるのもいいかもしれないな。
「じゃあ次の質問だけど、攻撃を受けた時に痛みを感じたりはする?」
「別に。そもそもスライムに痛覚なんてない」
痛みを感じるというなら、物理攻撃相手に盾の役割を任せることも考え直さなくちゃいけなかったけど、痛覚はないのか。
なら、スライムの弱点である超高温と超低温にだけ気を付ければいいかな。さすがに水の形を保てなくなったら、スライムは危ないみたいだし。アクアに万が一はあってほしくない。
その日の夜、アクアに打撃を試してもらったところ、金属の板をへこませていた。これだけの威力があるなら、並のモンスターにはアクアの打撃だけでどうにかなりそう。
ぼくももっと訓練して、カタリナやアクアにふさわしい仲間でいられるようにしないとな。
次の日。ぼくはステラ先生とアクアとともに出かけていた。
ステラ先生によると、しゃべるモンスターとの出会いはミストの町に来てからは久しぶりで、アクアといろいろ交流してみたいとのことだった。
実際、ぼくもこの学園ではぼくくらいしか契約している人を知らない。ぼくの交友関係が狭いせいもあるかもしれないけど。
都会や冒険者の組合が活性化しているところでは、それなりに契約者は見かけるという事らしいので、ミストの町が田舎なせいかもしれない。
アリシアとレティにもっと契約者の話を聞いておけばよかっただろうか。
そうすれば、アクアとの契約で気を付けるべきところを知れたかもしれない。アクアに不便をかけるのは避けたいし、何か調べてみるのもいいかもしれないな。
「アクアちゃんは、どうしてユーリ君と契約しようと思ったんですか? 進化したモンスターでも、契約しないという方も珍しくはないですし、何かきっかけでもあったのでしょうか」
そういう事もあるのか。アクアからはすぐに契約を持ちかけられたから、みんなすぐに契約するものだと思っていた。アクアと契約しなかったら、ぼくも無事ではいられなかっただろうし、幸運だったのだろう。
「ユーリと契約するのは当然。アクアは、ずっとユーリと一緒にいる」
いまさらアクアと離れることなんて考えられないし、アクアもそう思ってくれているのはありがたい。
ぼくがもし結婚することになったとしても、アクアとは一緒に住むつもりだ。
その辺を理解してくれる人がいるかはわからないけど、アクアはぼくの一部のようなものだし、頑張って理解してもらうしかない。
「アクアちゃんはユーリ君のことが大好きなんですね。契約している人たちでも、ここまで仲のいい関係というのは、珍しいかもしれませんね。
単なる道具として契約モンスターを扱う人もいれば、ビジネスのような関係の人たちもいます。誰もがアリシアさんとレティさんのように、お互いに信頼関係を持つパートナーとなるわけではありませんから」
そんな人たちもいるのか。ぼくはアクアにとっていいパートナーでいられているだろうか。
ただのスライムだったときは、大事にしているとはいえ結局のところはただのペットだったけど、アクアと会話できるようになってから、その関係も変わってきたような気もする。
アクアはまだペットのつもりみたいだけど、そのままでいいんだろうか。もっとアクアの望みを叶えられるようになりたい。アクアは本当にぼくを支えてくれているから。
「アクアはぼくが契約者で良かった? ぼくはアクアと契約できてうれしいけど、アクアにお返しできてる気もしないんだよね」
「そんなの気にしなくていい。アクアの望みは、ユーリと一緒に過ごすこと。ユーリはアクアと遊んだり、アクアのことを撫でたりするだけでいい。そのためなら、どんなことでもする」
「そっか。何かしてほしいことがあるなら何でも言ってくれていいからね。ぼくもアクアと過ごしたいけど、アクアに頼りっぱなしというのもカッコ悪いからね」
「本当にユーリ君とアクアちゃんは仲が良いんですね。ユーリ君が契約技をどんどん進歩させているのも、2人の信頼関係からでしょうか」
アクア水をうまく使えるのも信頼関係の証というのなら、こんなに嬉しいことはない。
ぼくがアクアを信頼しているのは間違いないけど、アクアもぼくを信じてくれているなら、それに応えたい。
「ユーリ君はアクアちゃん以外のモンスターと契約したいと思った事はありますか? アクア水は便利ですが、他の技を使ってみたいと思った事もあるんじゃありませんか?」
「他の技が気にならないといえば噓になりますけど、ぼくはどんな便利な技よりも、アクアとの契約のほうが大事です。アクアはずっと一緒に過ごしてきた家族のようなものですし、それより優先するほどのことじゃありません」
「アクアもユーリ以外と契約するつもりはない。他の人なんて、考えたこともない」
アクアはそう言ってくれる。アクアがぼくの事を大切に思ってくれているということが良くわかる。
もちろん、ぼくにとってもアクアは大切な存在だけど、これからもこの関係を大事にしていきたいし、もっともっと仲良くなりたい。
「そうですか。もっと強いモンスターのほうが良かったなんて言う契約者も珍しくはありませんからね。
ただ、そういう契約者が、モンスター側に愛想を尽かされるということもあります。ユーリ君とアクアちゃんには、その心配はなさそうですね」
「当然。アクアとユーリは最高のペットと飼い主」
契約モンスターに愛想を尽かされるとどうなるんだろう。
ぼくはアクアに見限られるほどひどいことをするつもりはないけど、そういう契約者もいるんだ。
アリシアとレティはそういうことは無さそうだったけど、そんな契約者と会う事もあるのかな。とてもぼくとは気が合いそうにない。
「ふふ。そんなユーリ君とアクアちゃんには、贈り物があります。どうぞ受け取ってください」
そう言ってステラ先生は一組の指輪を渡してくれる。ぼくとアクアがそれぞれを別に着ければいいのかな。
「それはですね、契約の補助をしてくれる指輪なんです。他の形のものもありますが、ユーリ君もアクアちゃんも近接で戦うこともありますからね。邪魔にならないものにしました。
この指輪は契約技の補助に使う他に、習熟すれば、お互いの考えていることを送りあうこともできるそうですよ。もちろん、相手に全部筒抜けというわけではありませんが。仲のいいユーリ君とアクアちゃんにはぴったりだと思います」
「ありがとうございます、ステラ先生。こんな良い物を頂いてしまって。大切にしますね」
早速もらった指輪を着けてみる。ぼくが左手の中指に着けると、アクアも同じところに着けていた。
「おそろいですね。ふふっ、これからもお2人で仲良くしてくださいね。そうすれば、これを贈った甲斐もあります」
アクアと仲たがいするつもりなんてないけど、せっかくの贈り物だから、アクアとの関係と同様に大切にしよう。それにしても、契約の補助をする道具か。初めて聞いたな。
それからしばらく雑談した後、ステラ先生と別れて帰宅する。その後、もらった指輪を試していた。
アクア水の操作は少しだけ楽になったけど、考えを送りあうことはできなかった。
ステラ先生は習熟すればできると言っていたし、これからの練習に組み込まないとな。
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