裏 ステラ

 ステラがアクアについて本格的な疑念を抱いたのはつい最近である。

 初めは、些細な違和感でしかなかった。ユーリが使う契約技であるアクア水を使う時、水を多く呼び出すことができるにもかかわらず、ほとんど動かすことができないということ。

 たいていの場合、契約技というのは規模と精度が同時に向上していく。水であれば、召喚できる水の量と、操作精度は比例するものである。才能によって偏りが発生することは無くはないので、ユーリもその類であるかもしれないと、考察をそこで止めていた。


 次はユーリたちだけでキラータイガーを討伐したことである。

 本来、ユーリたちの実力であれば、アリシアたちの助けを得ずにキラータイガーを討伐することなどできなかっただろう。

 だが、ユーリは自分のアドバイスから順当に成長したような策を用いていたことと、最初にアクア水を見た時の召喚量を考え、ユーリは特に才能があるのだろうと流していた。


 違和感が大きくなったのは、エンブラの街において行われた闘技大会。

 その決勝において、ミーナの一撃を受けたユーリは、それでダウンするように見えた。これまでのユーリであれば、そうなるはずであった。

 だが、ユーリはその一撃に耐え、さらにミーナに攻撃を加えることまでできていた。

 それだけでなく、その後も平然と過ごしていた。とっさにアクア水を使って防御したとも考えたが、服が濡れるなどの痕跡は見当たらなかったし、ユーリの性格ならば、優勝を辞退する、そうでなくとも、悔しそうな顔をするくらいはしたであろう。

 そこまで考え、アクアとの契約において、ハイスライムとの契約では起こりえないようなことが起きているのではないかという疑念が生まれた。


 それからしばらく。自分1人で考えていても埒が明かなかったので、ユーリに確認を取ることにした。その中において、ステラはさらに疑念を深めていくことになる。

 本来、ハイスライムなどとの契約で水を操る際には、水と触れているものを直接的に動かすことはできなかった。水の圧力などを利用して、間接的に動かすことしかできないのである。

 他の契約技においてもそうである。風の影響で砂を吹き飛ばすことはできても、その中の砂を直接操ることはできないように。

 ステラの考えでは、水を操るだけでは、泥の成分と分離して、砂と水に分かれるはずだった。

 また、ユーリがアクア水を飲料として利用し、さらに美味であるとまで感じていることもおかしかった。契約技に流れる力を抜かない限り、普通は飲んだ後も操作できてしまうので、干渉をしないままある程度時間を経過させるなどしないと、飲料としては利用できなかった。

 そこまでしても、味は単なる水のはずであった。ユーリが水を美味だと感じているからアクア水もそうだという様子ではなかったので、さらに疑念を深めていた。


 そしてステラは、ユーリはアクア水を飲料と使用している中で、アクア水から何らかの影響を受けているという可能性に思い至った。

 その考えであれば、ユーリが最近身体能力を伸ばしていること、キラータイガーを倒せるまでに成長していること、ミーナの一撃に耐えたこと、アクア水を美味だと感じていること、そのすべてに説明がつくと思えた。

 そこまでのことができる契約技など、ハイスライムとの契約ではありえない。

 ステラの頭の中に、荒唐無稽ともいえる考えが思い浮かぶ。アクアがオメガスライムであるという可能性だ。

 オメガスライムはかつて3つの国を滅ぼすに至ったと伝えられている。だが、はるか昔の伝承ということもあり、多くの者には作り話の類であると思われていた。


 ステラがその可能性をユーリに告げなかったのは、まだ半信半疑であったためでもあるが、ユーリに心配をかけることにはためらいがあったということ、現状大きな問題を起こしていないように見えるアクアを刺激することで、もっと大きな問題が発生することが避けたかったという思いがあった。


 その夜、ステラは書庫でスライム種について調べていた。他の教員や生徒にも内容を告げず、閉め切った部屋で調査を行っていた。

 大きな話になることを避けたかった他、万が一の際、周りに被害を出さないためでもあった。

 黙っていた場合のリスクも考えたが、アクアが本当にオメガスライムであった場合、ただ混乱を招くだけで何ら有効な対策が行えそうになかったこともあり、黙っていることを選んだ。

 実際、現在のアクアは特に理由がない時には他者への干渉を行うつもりはなかったため、他者に話をしてその内容がアクアに伝わった場合でなければ、即座に大勢が犠牲になるということはなかっただろう。


 ステラはアクアがオメガスライムであるという確証は得られなかったが、少なくともただのハイスライムではないとは確信していた。

 これ以上のことを調べるためにはもっと多くの資料があるところ、もっと大きな学園や貴族などが持つ書庫をたどらなくてはならないだろうという結論に至り、これからどうするかについて考えていた。

 もっと調べるか、ここで止めておくか。ユーリやその他の人間に伝えるべきか、伝えないべきか。

 考え事に浸っているステラの足元に水が触れる。こんなところで? 疑問に思っているとある可能性に思い至る。それと同時にステラは水に拘束された。


「アクアちゃん……? ここは閉め切っていたはずなのに。いえ、それよりもどうしてここに」


「アクアは水。人間が入れない程度の閉鎖なら問題ない。それに、ユーリのことなら何でもわかる」


 ステラが考えた通り、その正体はアクアであった。自身がとてつもない窮地に追いやられていると、ステラは理解していた。

 しかし、自分に対して返答したアクアに対し、一縷の望みをかけてさらに話を続ける。


「アクアちゃん。あなたはオメガスライムなのですか? ユーリ君のことを何でもわかるとおっしゃいましたが、これはユーリ君が望んだことなのですか?」


「オメガスライムが何かは知らない。アクアはただのハイスライムでもないけど。それと、ユーリはステラを気に入っているから、単に殺すつもりはない」


「それはどういう……? いえ、それよりも、あなたはユーリ君に危害を加えるつもりはないんですね?」


「アクアはユーリのもの。ユーリはアクアのもの。ユーリをユーリでなくすつもりはない。アクアが考えてることは、すぐにわかる」


 そう言うとアクアは、ステラの口から入り込み、体を制御する。

 自分の意思で体を動かせなくなったステラは、それでも言葉を発することができたため、会話を続ける。


「まさか……! 私に成り代わるつもりなんですか!? いえ、それだけじゃない。アクアちゃん、あなたまさか、キラータイガーも……」


「ユーリのことは心配しなくていい。それより、自分のことは心配しなくていいの?」


「ユーリ君……アクアちゃんは、あなたのそばには……」


「それ以上は許さない。ステラ、これまでユーリの役に立ってくれてありがとう。お礼に、せめて苦しませないであげる」


 そう言うとアクアはさらにステラの体内に侵入し、体のすべてを支配下に置いた。

 ユーリよりはるかに優れた水の操作能力を持つアクアは、自身の水分を介して、ほとんどのものを操作、さらに自在に作り変えることもできた。

 その力を利用して、ステラの体の大部分を自身の操りやすい形に変え、脳の記憶領域以外を休眠状態にした。ステラは眠っているような状態のまま、アクアに操作され続けることとなった。

 ステラを操作できるようになったアクアは、ステラの記憶を読み取った。

 今日、ステラがアクアに対して行った調査と考察は、ただでさえ怪物だったアクアが、さらなる化け物へと変化するきっかけになった。


 次の日。アクアはいつも通り自分自身でユーリと接するほかに、ステラとしてもユーリと接触した。

 普段、ユーリがアクアと会話する時とは違う態度に、アクアは新鮮味を覚えていた。単に自分の異常性がユーリに伝わらないことを目標としてステラを乗っ取っていたのだが、自身が思っていた以上に得るものがあった。

 アクアは、アクアとユーリではできないことをステラの姿を利用して実行することにした。

 その一歩として、ステラの交友関係を利用し、ただの学生では通えないような店へユーリを連れていくことに決めた。

 アクアの擬態は他の人たちに違和感を持たせないことに成功しており、学園にいるほかの生徒や教師、ステラとして予約した店の店主、その他ステラの交友関係にある人間は、ステラがいつも通りのステラであると思っていた。

 この調子ならば、ユーリと自分の時間を増やすに等しいことを行えると確信したアクアは、その日上機嫌だった。


 それから3日後、アクアはステラとしてユーリと食事に出かけていた。店主を乗っ取ることも検討していたアクアだったが、まだ乗っ取りという行為に慣れていないということもあり、特に気づいていない様子の店主に何かすることは避けていた。

 ユーリがマナーに詳しくないことは知っていたので、事前に店主を適当に言いくるめ、ユーリが自身との会話を楽しめるように誘導していた。

 いつもとは違うユーリの反応。いつもとは違うユーリの会話。

 アクアはそれらを楽しみながら、ステラという外面をどう利用するか考えていた。他の人の立場からもユーリと関わることができる以上、アクアと言う顔を通してはこれまで通りのユーリを楽しむことに決めていた。

 ステラとしての自分は、教師と生徒という立場を利用してユーリに甘えさせるのもいいかもしれない。アクアとしてはするつもりがなかったアドバイスを通してユーリに頼られるのも面白い。

 なんにせよ、ユーリと距離を近づけることは絶対だ。アクアはこれまでなかった可能性に思いをはせていた。


 そしてステラとしてはユーリと別れ、アクアとしてユーリを迎える。今日はユーリの知らない一面を知ることができた。アクアは今日も幸せだった。

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