10話 契約技

 ステラ先生に呼び出されたぼくは、ぼくの契約技であるアクア水について詳しく教えてほしいと言われる。

 一体急にどうしたんだろう。よくわからないので、先生に訊いてみる。


「詳しくというと、どういうことですか? 何から話せばいいでしょう」


「そうですね。まずはどのような使い方をしているかでしょうか」


「先生も知っていることですと、水の召喚と操作ですね。前のキラータイガーとの戦いですと、水を入れた袋を水ごと操ったり、泥水を操ったりですね」


「泥水を操れるんですか? それは、水が動くと、摩擦などで土も一緒に動くということですか?」


 ステラ先生は本当に真剣な目をしている。よほど重要な問題なのだろうか。

 でも、そこまで変なことはなかったはずだ。


「よくわかりませんが、泥水をキラータイガーの目にぶつけて、視界を奪いました。袋の中に入れた泥水を、袋を破ることで、キラータイガーの目にかかるようにしました」


「そうですか、では、水の中で、土が偏っていたということはないと?」


「恐らくそうです。普通の泥水のような様子でした」


「そうですか……」


 そう言ってステラ先生は少し考えこむ。

 泥水が操れると、何かおかしいんだろうか。普通に動かせていたから、特に気にしたことはなかったけど。


「すみません、ユーリ君。では、他の使い方はしていますか?」


 気を取り直した先生が次の質問をしてくる。他か。アクア水を飲んだりするくらいかな。


「飲み水として使ったり、お風呂に使ったり、生活用水にしていますね」


「そうですか。先生も飲んでみて構いませんか?」


「アクアが言うには、ぼくが飲むならいいという事らしいんですけど。どうされます?」


 ステラ先生は少し眉をひそめた。ぼく以外がアクア水を飲むと害になるだろうと考えているのだろうか。


「では、やめておきます。その水を飲んだり、お風呂に使ったりしているといいましたが、何か変わったことはありましたか?」


「それなんですけど、この水、とても美味しいんです。お風呂にしてもとても気持ちよくて。戦闘に使えなくても、これだけでいいと思えるほどです」


 今でも毎日使っている。高級な水というのがどういうものかわからないけど、アクア水を超えることは無いんだろうな。


「美味しい、ですか。どんな味ですか? 天然水のような感じでしょうか」


「あまり気にしてはいませんでしたけど、なんとなく甘いような気がします」


「なるほど。それでは、召喚した水を見せてもらってもいいですか」


「わかりました」


 ステラ先生の前にアクア水を召喚する。ステラ先生はアクア水の周りを眺めたり、匂いをかいだりしていた。


「ふむ。見た感じではただの水のようなんですね。なるほど……」


 またステラ先生は考え込む。

 なんだろう。何かおかしいことでもあったのだろうか。少し不安になってくる。

 でも、アクアはぼくに害のあることをしないだろうと信じる。


「アクア水って、何か変だったりするんですか?」


「そうですね……いえ、先生は調べ物ができました。これ以上は、また、何かわかったときにお話しします」


 そう言ってステラ先生は去っていく。どうしたんだろう。

 まあ、ステラ先生なら、ぼくに危険がありそうならすぐに言ってくれるだろうし、そこまで心配しなくても大丈夫かな。


 その夜、ぼくはアクアと話していた。

 今日、ステラ先生と話していた時、アクア水は何か特殊なんだろうという雰囲気だったので、アクアに聞いてみることにした。


「アクア、普通の召喚した水って、美味しくなかったり、泥を操れなかったりするのかな?」


「知らない。他のスライムと比べてみたら分かるかも」


「そっか。急にごめんね。少し気になったからさ」


「別にいい。気にするなら、撫でてくれればいい」


 という事らしいのでぼくはアクアを撫でることに。

 それにしても、別のスライムか。ハイスライムなんて滅多にいないらしいけど、出会う機会があるのかな。

 仮に他のスライムのほうが有用だったところで、アクアより契約したくなる相手はいないだろうし、特に気にすることもないか。


 そして次の日。ぼくはステラ先生に話しかけられる。


「ユーリ君、エンブラの街の闘技大会に優勝したことですし、ちょっといい店に食べに行きませんか。空いている日を教えていただければ、予約しておきますね」


「近々の予定は学園くらいですけど。ステラ先生が生徒と出かけるなんて、珍しいですね」


「それほど先日のユーリ君が素晴らしかったということです。奢りですので、お金の心配はしなくてもかまいませんよ」


 お金の心配をしなくていいのはありがたい。正直なところできるだけ節約したいから、ステラ先生がそう言ってくれることは渡りに船かな。


「ありがとうございます。ステラ先生にお祝いしてもらえるなんて、嬉しいです」


「お上手ですね。では、3日後はどうでしょう」


「それで構いません。楽しみにしておきますね」


「ええ。私も楽しみです。では、3日後、よろしくお願いしますね」


 ステラ先生と食事に行けるらしい。本当に尊敬できる先生だし、わざわざ機会を取ってくれるなんてありがたい。今から3日後が楽しみだった。


 その日の夜。機嫌がよさそうなアクアと話す。


「アクア、何かいいことでもあった?」


「なくはない。でも、ユーリには内緒」


「アクアが隠し事なんて珍しいね。言いたい気分になったら教えてよ」


「分かった。気が向いたら教える」


 それにしても、アクアが隠し事か。

 そんなことまでできるようになって嬉しいような、ぼくに隠すようなことができたのかと寂しいような。アクアの成長ということで、今は喜んでおくか。

 もっといっぱい隠し事が増えたら、考えも変わるかもしれないけど、今のうちはこれでいいかな。


 そして3日後、ステラ先生と食事に行くことに。

 待ち合わせ場所に向かうと、そこには赤いドレス姿のステラ先生がいた。ふだんあまりおしゃれをしているようには見えないステラ先生だけど、格好が変わるとだいぶ印象が変わる。

 いつもおっとりして安心感のあるステラ先生だが、今日はかなり色気が出ているように見える。なんだか緊張してきた。


「ユーリ君、待っていましたよ。もうすぐ店の予約時間です。急がなくてもかまいませんが、そろそろ向かいましょう」


「ステラ先生、その衣装似合ってます。お奇麗ですね」


「ありがとうございます。ふふっ、ユーリ君はいつも通りですね」


 そうだ。ステラ先生がこんな格好をするってことは、ぼくはこんな衣装じゃだめだったんじゃないか? 思っていたより店のグレードが高いかもしれない。


「あ、そうです。ユーリ君、衣装のことは気にしなくてかまいませんからね。私の知り合いのやっている店で、事情は説明してあります。気にせず楽しんでいってください」


 ぼくの反応は予想していたらしい。先生はやっぱり大人だな。

 まあ、先生の着ているドレスに合わせた衣装なんて用意できないから、そう言ってもらえるのはありがたい。


 そして少しの移動後、店に到着する。


「よう、ステラ。こいつがキラータイガー討伐の立役者で、エンブラの闘技大会で優勝したユーリってやつか。とてもそうは見えねえが、人は見かけによらねえもんだな。坊主、しっかり楽しんでってくれや」


 軽そうな調子で店主らしき人が話しかけてくる。格式ばった対応をされるとどうしようかと思っていたが、これくらいなら安心できる。マナーなんて、ただの学生に分かるはずもない。


「ユーリ君、今日は特別な料理を用意してもらいました。マナーについては、そこまで気にしなくてもかまいません。今日は他のお客もいませんし、ひっくり返したりしないよう気を付けるくらいで十分です」


「そうだな。ただの学生に細かいマナーなんて期待しねえよ。せっかくステラが高い金を払ったんだ。お前も楽しんでいけ。それがステラも一番喜ぶだろうよ」


 そういうことらしい。ここまで言われて、あまり気にし過ぎるのも逆に失礼かな。無理しない範囲で気にしておくことにしよう。


「まずは1品目だ。食べ終わるころに次を出すから、まずはこれを食べておけ」


 そう言って料理が出てくる。1品目と言っていたけど、まさかこれは噂に聞くコース料理という奴だろうか。ステラ先生はかなり奮発してくれたらしい。

 ステラ先生の食べ方を見ながら同じように食べていく。これはおいしい。カタリナの料理もぼく好みでとてもおいしかったけど、これも負けていない。

 食べ終わったころに次の品が出る。これも美味しい。そうして何品か出された後、


「これが最後だ。しばらくは外しておくから、ゆっくり話しておいてくれや。坊主も知らん奴と一緒に祝われても困惑するだけだろうしな」


 といい、店主は離れていく。後でお礼を言わないとな。


「ユーリ君、キラータイガーの件、闘技大会、お疲れさまでした。大きなけがもなく終わって、先生も安心しました」


「ありがとうございます。先生にたくさん配慮していただいて、おかげでいい結果になれたと思います。先生には感謝でいっぱいです」


「そうですか。ユーリ君たちのお役に立てているのであれば、先生は嬉しいです。ユーリ君は本当に見違えましたね」


 ステラ先生は若干遠くの方を見ているようだ。昔の事を思い出しているのかな。ぼくは本当にずっと弱かったからな。見違えたと言われるのも当然かもしれない。


「先生のおかげです。そういえば先生、前言ってた調べ物は終わりましたか?」


「ええ。問題ありませんでした。ユーリ君には心配させてしまったみたいで、申し訳ないです」


「いえ。先生がぼくのことを気にしてくださってのことだというのは分かっています。謝ることはありません」


「ふふ。そんなユーリ君だから、期待に応えようと頑張って、闘技大会でも優勝できたんでしょうね。ユーリ君、苦しいこともあったでしょうに、よく頑張ってくださいました」


 そう言ってこちらに来たステラ先生に抱きしめられる。

 ステラ先生にここまで褒められるだなんて、意外だな。ステラ先生は優しいけど、深入りはしてこないというイメージだった。


 それにしても、ステラ先生に抱きしめられていると、すごく安心感がある。これもステラ先生の人柄によるものだろうか。

 少ししてからステラ先生は元の席に戻る。なんだか名残惜しい気もする。


「ユーリ君、今日は楽しかったですか?」


「はい。ステラ先生、こんな機会を用意していただいて、ありがとうございました。これからも先生の期待に応えられるよう、頑張ります」


「そうですか。ユーリ君、頑張るのはいいですが、くれぐれも無理はしないように。ユーリ君に何かあったら、先生は悲しいです」


「わかりました。これからもよろしくお願いします」


 それからしばらくして、店主が戻ってくる。ぼくは店主にお礼を言う。


「今日はありがとうございました。本当においしかったです。おかげでいい時間を過ごせました」


「おう、次は自分の金で来れるよう、精進しな。そん時は、今よりマナーも覚えてこい」


 そしてステラ先生と別れてぼくは家に戻る。今日はいい日だったな。ステラ先生のおかげでリフレッシュできたし、また頑張ろう。

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