9話 決勝

 ついに決勝戦だ。ここまでも大変だったけど、これからが本番だ。


 決勝の舞台でぼくとミーナは向かい合う。試合前でも朗らかな様子で、ミーナは話しかけてくる。


「僕と君とで決勝戦を迎えられるなんてね。なんだか運命を感じてしまいそう」


「そうかもね。でも、せっかくここまで来たんだ。応援してくれるみんなのために、ぼくは勝つよ」


「その意気だ。せっかく楽しい展開になったんだから、全力で楽しまないと。ただ、勝つのは僕だよ。君には申し訳ないけど、ここで負けてもらう」


 そしてお互いに構える。

 それと同時にミーナの雰囲気が一気に鋭くなった。恐ろしさを感じるほどだ。ぼくはそれを見て気合を入れた。

 それからすぐに試合開始の合図が鳴る。


 合図と同時に、ともに動き出す。まずは数合ぶつかり合う。

 ミーナの剣は速くて重い。少なくとも、1回戦で戦ったマカロフとは比べ物にならない。素直に戦うだけなら、ぼくが負けて終わりそうだ。

 でも、急いで何かしようとしても、その隙をつかれて終わりだろう。

 ぼくはできるだけ最小限の動きで様子を見ることにする。ミーナの剣は正統派の剣術で、ぼくの剣を押し込もうとしているようだ。手や足は出てこない。

 手足での攻撃を一度試してみるか。そう考えたぼくは、ミーナの剣がぼくの剣にぶつかった瞬間に足払いを仕掛けてみる。ミーナは一歩下がって避ける。


「見えているよ。僕の相手は人間だけじゃないんだ。冒険者になるつもりだからね。隠れた攻撃をしてくるモンスターだっているんだから、それくらいは対応できないと」


 さすがに通じないか。なら、次だ。

 ぼくは先ほどから、縦に攻撃されたときは右側に動くようにしていた。さっき足払いを回避されてからもさらに何度か同じ動きを繰り返した。


 それからしばらくして、またミーナは縦の攻撃を仕掛けてきた。ミーナの目は右側に寄っている。

 でも、今度は左から攻撃してやる。そして左側から仕掛けるけど、ミーナは目線を切ったまま剣を振ってくる。特にミーナに隙はできない。


「おや、その顔、何度も同じ方向から仕掛けてきたのは作戦だったみたいだね。でも、1回目に通じなかった以上次はないよ」


 確かにそうだ。だけど、土壇場で失敗するよりはましだ。

 あの感じだと、タイミングを変えたくらいじゃ通用しなかったはず。そう自分を慰めるけど、どんどん追い込まれていく。このままじゃ負ける。

 ぼくは焦りながら隙を探していると、つばぜり合いが仕掛けられそうなタイミングがあった。


「もらった!」


 そう言いながら全力で押し込もうとする。避けてくれれば、いったんは落ち着くことができる。そう目論むも普通に受けられてしまう。


「やぶれかぶれ。いや、はったりかな。とても決め技には見えないよ」


 見破られていたのか。どうする。これ以上どうにかする手段は思いつかない。焦りながらも守って時間を稼ごうとする。時間があれば、何か思いつくかもしれない。そう期待するもミーナは取り合わない。


「時間を稼ごうとしても無駄だよ。それじゃ、決めさせてもらおうかな」


 そう言ったミーナはぼくに一撃を与える。クリーンヒットだ。このまま負けるのかな。そう諦めそうになる。


「ユーリ!」


 悲鳴のようなカタリナの声が聞こえる。

 そうだ。諦めてたまるか。これまでアクアには何度も組み手に付き合ってもらった。カタリナにはたくさんアドバイスをもらった。ステラ先生にはとても優しくしてもらえた。

 何より、みんな応援してくれた。ぼくの勝利を祝ってくれた。

 このまま負けたくない。負けるわけにはいかない。勝って、みんなの喜ぶ顔を見るんだ。ステラ先生には心配かけるかもしれないけど、ぼくは勝ちたい。


「これで、本当に終わりだよ」


 そう言ってミーナはぼくに全力の一撃を放つ。避けることもできないままぼくに当たる。全力で振り切ったから、ミーナは体勢を崩している。攻撃できれば勝てるかもしれない。

 なぜかわからないけど、ぼくの体はまだ動いた。隙だらけのミーナの剣にぼくの剣を全力で叩きつけた。ミーナの剣は遠くへ飛んで行った。


「まいった。決まったと思ったんだけどね。これは、僕の負けかな。参りました」


 そう言ってミーナは降参する。数秒後に喜びが沸き上がってきた。本当に優勝できたんだ。カタリナ、アクア、ステラ先生。ぼくは勝てたよ。


 それからしばらくして、簡単な表彰式を終えた後、ぼくはみんなにお祝いの言葉をもらっていた。


「ユーリすごい。ユーリが勝って、アクアも嬉しい」


「あんた、少しはやるみたいじゃない。最後なんて完全に負けたかと思っていたわ。これなら、前に言ってたご褒美をあげてもいいかもしれないわね」


「……」


 ステラ先生は黙ったままで難しい顔をしている。何か問題があったのだろうか。アクア水は使っていないから、反則ではないはずだけど。


「先生、どうかしましたか?」


「いえ、何でもありません。それよりユーリ君、本当におめでとうございます。少しだけ心配でしたが、今も元気な様子ですし、本当に嬉しいです」


 ステラ先生は先ほどとは違いぼくに笑顔を向けてくれた。この顔を見られただけでも優勝して良かったと思える。頑張ってよかった。


「みんなの応援があったからです。それに、これまでにもたくさん支えてもらいましたから。本当にありがとうございます。

 カタリナ、アクアもありがとう。カタリナのアドバイスがあったから勝てた試合も何度かあるし、アクアとの組手のおかげで上達できたのは間違いないよ」


「当然よね。せっかくあたしが練習に付き合ってやって、試合まで見に来てやってるんだから、いい結果を出してもらわなきゃ怒ってたわよ」


「アクアがユーリを支えるのは当然。これからも頼ってくれていい」


 みんなにこうしてお祝いしてもらっていると、本当に優勝できてよかったなと思う。

 応援が力になるなんて話を聞いたときは、そんなわけないと思っていたけど、今回は本当に応援の力を実感できた。これからも、みんなの期待にこたえられるといいな。


「ユーリ、今回は本当におめでとう。悔しいけど、君も見事だったよ」


「ミーナ。今回ぼくが勝てたのは奇跡のような気がするんだ。でも、たとえ奇跡だったとしても、応援してくれるみんなの期待に応えられたことだし、素直に喜んでおくよ」


「そうだね。優勝した人が納得していないような顔をしていたら、僕だって少しくらいは嫌な思いをしただろうし、それがいいよ」


 そう言ってミーナは手を差し出してくる。ぼくも握手に応じていると、何かに気づいた様子のミーナが話しかけてくる。


「その左手の紋章、君は契約技の使い手だったんだ。悔しいな。剣技だけは負けたくないと思っていたけど、手札を全部さらしていない相手に負けてしまうなんてね。次に会う時には、もっと強くなって、君の全力にも対応できるようになるつもりだから、また会おうね」


「そうだね。また会えると嬉しいな。せっかくの縁だし、これからも機会があることを期待しているよ」


 そう言うと、ミーナは手を振って去っていく。

 それにしても、契約技か。もしアクア水が使えたなら、他の相手には楽に勝てただろうけど、ミーナだったらどうかな。

 少なくとも順調に勝てたとは思わない。あの速さに対応できる技はそう持っていないしね。今回も反省点は多くあったし、ぼくももっと強くならないと。


 そうして、ぼくたちはミストの町へと帰ることに。


 ミストの町に帰った後、学園でそれなりに祝いの言葉をもらった。カタリナたちにお祝いしてもらった時ほどじゃないけど、まあまあ嬉しかった。


 次の日。カタリナがご褒美をくれるというので、アクアと一緒にカタリナの家に向かった。

 そこでは、カタリナが料理を用意してくれていた。見るからに豪華だ。

 魚の煮物に焼き魚が目に付くけど、それ以外にもたくさんの料理があった。これは相当気合を入れてくれたらしいな。


「ほら、前に行ってたご褒美よ。どうよ? あんたが思っていたようなものとは比べ物にならないでしょう。ほら、用意したあたしにたくさん感謝しながら、ありがたくいただきなさい」


「うん。本当にありがとう、カタリナ。ここまで手間をかけてくれてるなんて。本当にうれしいよ」


「すごい、カタリナ。本当にごちそう」


「あたしならこれくらいは楽勝よ。さ、話はいいでしょう。すぐに食べなさい。あたしがせっかく用意してやったんだから、残すんじゃないわよ」


 残すわけがない。量はまともだし、ぼくの好物である魚料理が多い。

 それに何より、カタリナがこれほど頑張ってくれたのだ。多少無理をするくらいでも、全部食べるつもりだった。

 カタリナの用意した料理を食べ始める。本当においしい。ぼくは夢中になって食べ進めていた。あっという間に食べ終えてしまう。


「カタリナ。本当においしかった。ありがとう。今日のことはきっと忘れないよ」


「当然よね、あたしの手料理を食べられたんだから。感涙にむせび泣くべきところよ」


 そう言ってカタリナは満足げな顔をする。

 ぼくは本当にカタリナと幼馴染であったことに対して感謝した。カタリナにはこれまでに何度も支えてもらっている。ぼくはカタリナに十分なものを返せているだろうか。


「それにしても、随分がっつくのね。あたしの料理が美味しいのは当然だけど、もうちょっと優雅に食べられないのかしら。いや、あんたに優雅なんて似合わないわね。忘れなさい」


「カタリナの料理なら、何度だって食べたいよ。ここまで手間をかけたものじゃなくてもいいから、また食べさせてくれると嬉しいな」


 ぼくの言葉を受けて、カタリナは少し照れた様子になる。

 しかめっ面をしていることが多いカタリナだけど、いつもこうなら可愛いのに。でも、しかめっ面のカタリナも魅力的だとは思うけど。


「そ、そう。ま、気が向いたらね。いくらあんただからって、材料そのままを食べさせたりはしないから、よだれを垂らして待ってなさいよ」


「ありがとう。ゆっくり待つとするよ。カタリナ、今日のこともだけど、いつも本当にありがとう。カタリナが応援してくれたおかげで、闘技大会も優勝できたんだ」


「何よ急に。あんたが殊勝になったって気持ち悪いだけよ。でも、感謝したいっていうなら、存分に感謝しなさい。あたしが許してあげるわ」


 本当にカタリナには感謝している。

 今回練習に付き合ってくれた事や応援してくれたことはもちろん、この料理をごちそうしてくれたことも本当に嬉しかった。

 だから、カタリナに喜んでもらえる何かがしたい。


「感謝するのにも許可がいるの? でも、何かお礼を考えておくよ」


「あんたなんかのお礼であたしが喜ぶとは思えないけどね。ほら、そろそろ帰っていいわよ。これ以上いると暗くなっちゃうわ」


「わかった。カタリナ、またね。アクア、いこっか」


「うん。カタリナ、また」


 そしてぼくたちは家に帰る。今日はアクアもぼくと同じものを食べていたけど、これからはアクアにもぼくと同じ食事を用意すべきだろうか。


「アクア、餌のことだけど、これからはぼくと同じものを食べてみるかい?」


「いつものでいい。アクア、味にこだわりはあんまりない」


「そう。別のものがいいならいつでも言ってくれていいからね」


「わかった。でも、たぶん言わない」


 アクアは本当にどうでも良さそうな雰囲気なので、食事は何でもいいというのは事実なのだろう。食事が楽しくないなら、別の楽しみを知ってほしいかな。遊んであげる以外にも何か考えた方が良いだろうか。


 それから、今日もアクアと一緒に寝た。アクアはぼくに抱き着いたまま絶対に離そうとしない。でも、アクアと一緒に寝ることは心地いいから、これでいいのだろう。


 そして次の日。ステラ先生に呼び出される。


「ユーリ君。ユーリ君の契約技について、少し詳しく聞かせてもらってもいいですか」

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